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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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第三章 遊女の恋3

 二階の明仄の部屋。
 魔鎧罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)は単刀直入に話す。
「胡蝶(てふ)が、正識(せしる)って男に攫われたようだが、この話は知っているか」
「ええ、大勢が目撃したそうですね。でも、攫われたというのはどうでしょうね。お金を置いてったんでしょう。胡蝶は、自分で行ったかもしれないじゃないですか」と、明仄。
「なんだ、男の肩をもつのか」
「まさか、そうじゃありませんよ。アタシはそんな人知りませんが、胡蝶は可愛い妹遊女です。もし、『足抜け』だったら、廓に連れ戻されて折檻されますからね。そうじゃなくて、安心してるんです」
 そういう明仄の声は力ないものだった。
 それが、ティファニーのことを考えてのことか、正識のことを想ってのことか、フォリスには判断付かなかった。
 彼は彼女を抱きよた。
「正織には抱かれたのか? 愛を教える遊女が、それも天神にまで至った者がなにをつまらん事で、悩んでいる。とりあえず押し倒せば済む話だろう」
「あの方は、そんな方ではありません」
「一人前の女なら、愛しているなら、相手に向かって飛びこんでゆく事だ。そして、その過程で傷つき、後悔するのも愛するという事の醍醐味だと私は思うがな」
 明仄は何も言わずじっとしている。
「なぜ、あなた様もなにもしないんです」
「さあな。お前が可哀想だからかな」
 そう言って、明仄の目の前に金を置く。
 その重さや厚みから、それなりの額であることがわかる。
「どういうことですか?」
「風はいつも同じ様に吹いているわけじゃない、乗るべき風に乗れということだ」
 フォリスは部屋を出ていこうとしている。
 明仄は唇を噛んだ。
「……私はあなた様の身請けをお受けすることはできません」
 フォリスは不振り向きもせず、部屋をでる。
 彼女は泣いていた。


卍卍卍


「よう、また来たぜ。って、泣いてたのか」
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、座敷で待てど暮らせど明仄の姿が現れなかったので、明仄の部屋に入り込んでその姿を目撃してしまった。
 トライブは、正識のせいかと思いこみ、即座にあやまった。
「いや、すまん。この前も……今回も。俺のせいだろ。あんなお目当ての色男と会う時間をさいちまったんだもんなあ。俺は気の利かねえ野郎だ」
 明仄は顔を上げて涙を拭く。
「いやですよ、トラさん。田舎のおっかさんを思い出して泣いていただけです」
「あんた、身寄りがなくて売られてきたっていってなかったか」
「……トラさんは、アタシのこと覚えててくれるんですね。嬉しい!」
 そういって、にこりと笑う。
 相手は海千山千の花魁である。
 トライブが聞き出したい情報も簡単にはぐらかされてしまう。
 彼はさらにカマをかけることにした。
「しっかし意外だね。天下の七龍騎士、蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)があんたの想い人だったとはね。けど、当の本人は他の遊女にご執心のようじゃねぇか。悲しいねぇ」
「アタシはトラさんが来てくれればそれでいいんです。他の男のことなど知りません」
「俺は、実は瑞穂藩士日数谷 現示(ひかずや・げんじ)の仲間だったんだ。龍騎士の漆刀羅シオメン(うるしばら・しおめん)を斬った」
「え?」
 トライブはようやく反応を得た。
 彼はそのままゴロリと横になる。
「俺は一晩、ここで眠らせて貰うぜ。疲れてるから、誰が来ても起きないかもなぁ。突き出せば、あの男の関心の一つも手に入れられるんじゃねぇか?」
「トラさん」
 トライブは寝たふりをし、明仄は身動きひとつしない。
 やがて彼女は立ち上がり、「トラさん許して」とだけいった。
 手紙をしたため部屋から出て行った明仄の後を、トライブが付ける。
 すると、妓楼の裏庭に大きな木があり、そこに夜鷹が止まっていた。
 明仄が口笛をふくと夜鷹が彼女の腕に止まった。
 小さな足袋に紙切れをいれてやる。
「驚いた、伝書夜鷹とは。よく手懐けたもんだ」
 トライブが急に現れて、夜鷹は驚いて逃げてしまった。
 落とした紙切れをトライブが拾う。
「ふーん、『愛しい正識様』か。綺麗な字だ」
「トラさん許して。後生だから」
 明仄が両手を合わせる。
 トライブは紙切れをびりびりに破いた。
「――どうして? アタシをお上に付き出さないの?」
「姐さんがあまりにいい女なんでね」
 トライブは片目をつぶってみせた
「恋する乙女は美しい。明仄が美人なのはきっと、恋をしてるからさ」