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リアクション
第三章 遊女の恋1
マホロバ幕府唯一の公許。東雲遊郭(しののめゆうかく)。
楼閣『竜胆屋(りんどうや)』では、幕府の規制や不況など構いもせず商売繁盛である。
胡蝶(てふ)とう見習い遊女、ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)が茶屋で龍騎士に拐われたという扇情的(センセーショナル)な話題が、東雲遊郭以外にも知れ渡り、『竜胆屋(りんどうや)』はあっと言う間に有名所となっていた。
「銀鼓(ぎんこ)! そこはさっき言っただろう? こう、だよ!」
舞妓である透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)に扇子が容赦なく飛んでくる。
『竜胆屋(りんどうや)』の看板遊女である明仄(あけほの)が、彼女に稽古を付けているのだ。
「胡蝶が居なくなって、これから誰が竜胆屋を引っ張っていくんだい。あんたたちが頑張ってくれなきゃね……!」
「はい……明仄姐さん。もう一度お願いします」
透玻が扇を広げる。
楼主海蜘(うみぐも)がそっと透玻に耳打ちした。
「明仄を恨むんでないよ。胡蝶がいなくなってからずっとあの調子だが、あんたや他の鼓のことも心配してるんだ。お座敷に出して恥ずかしい思いをさせてやりたくないのさ」
「わかってます」
「さ、お座敷にお呼びがかかってるよ。早く着替えて支度をおし」
座敷に出れば、何か情報がつかめるだろう。
銀鼓こと透玻は、明仄とともに着替えを始めた。
髪結いが来て櫛を通し、椿油が黒髪を濡らす。
香が立つ。
芳丁(花魁簪)が差され、おしろい、紅が引かれる。
艶やかな着物に袖を通し、帯を前に結ぶ。
彼女たちの舞台衣装だ。
「さあ、仕事だよ」
しゃん、しゃん……。
晴れやかな花魁道中が始まった。
「お客さんがたくさんいるでござるよ。お話に付き合ってくれる遊女殿がいるでござるかなあ?」
昼見世の前に、見世の中を伺う秦野 菫(はだの・すみれ)。
パートナーの仁美たちと共に遊女殺しの犯人探しをしている。
彼女は話好きな花扇や雛妓といった遊女がと出てくるのを待っていた。
「遊郭って夜のイメージがありましたが、お昼からも見世をやってるんですね。わたくしも今宵こそは良きお相手に出会いたいものです、昼のうちから、探しておくのも悪くありませんね」
梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)は犯人探しよりも、今夜の相手が気になる様子である。
一方、色事に興味のない李 広(り・こう)は、さっさと茶屋にいこうと言う。
「座敷に上がれば、なにか情報を得られるかも。早く行きましょう。飲み過ぎは禁物ですけどね」
菫たちが茶屋を覗くと、ひときわ賑わう茶屋があった。
派手に遊んでいる若い男がいるらしい。
彼は10万ゴルダ(1000万円)を積んで、茶屋ごと貸し切りにしているという。
どんなお大尽が来たかと野次馬も集まっていた。
当の本人、お大尽黒崎 天音(くろさき・あまね)は、雛鼓(ひよこ)遊女から苺を食べさせてもらっていた。
「黒崎様の横顔、とても色っぽいです。もうひとつどうぞ」
「……そうかな? 君はこの前、竜胆屋で話し相手になった鼓(こ)だよね」
「わあっ、黒崎様、覚えててくださったんですねぇ!」
遊女がまたひとつぶ、赤い苺を天音の口元に運ぶ。
天音は美味そうに食べた。
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がイライラとした様子で彼らを眺めていた。
「今回はまるごと借りきったから、我も同席して良いとのことだが、天音のこの堕落ぶりはどうしたことか! ……ええい、解せぬ。許せぬ! 我は酒の席で一滴も飲んでないというのに!」
そんなブルーズをよそに、女の声が聞こえる。
「今夜のお相手はあの人がいいわ」と、仁美。
すっと、天音の隣りに座る。
広の方はというと、酒が入れば、自然と噂話を始めるのではないかと考え、彼らの側につく。
「すごーい。本物のお大尽様だ。あのー、私たちもご一緒していいかな」
「もちろん。このところ鬱憤を晴らして、今日はぱっと騒ぐつもりできたからね。君たちも気兼ねなく楽しんでくれたらいいな」
「天音も鬱憤が溜まっていたのか?」
目をむくブルーズに彼は苦笑した。
「それは、僕だって人間だからね」
やがて花魁道中とともに、銀鼓(透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ))を引き連れた明仄が登った。
明仄が席につき、銀鼓が三味にあわせて舞う。
「あの人が明仄か。きれいな人だね」
「そうですね……あの、もしよければ私、朝までご一緒してもいいかしら」
仁美の艶っぽい言い草に天音は少し考えて、にこりと答えた。
ブルーズがさらに耳を大きくして聞いている。
「ごめんね、僕は女性とは……ちょっとね」
天音の言葉に仁美はがっかりとしたような表情をし、ブルーズは小さくガッツポーズをしてとる。
明仄はその様子を見て、見習いの妹遊女に言った。
「優々花(ゆうか)、お前。この方のお酌をしてさしあげて。夜明けまで席を外していいよ」
優々花と呼ばれた妹遊女は、ぽかんと明仄を見つめている。
仁美が怪訝そうに尋ねた。
「あの……それは」
「梅小路様、もし宜しければこの鼓がお相手したしますよ。まだ水揚げ前の生娘ですが、遊女として、女性のお客様のお相手もできるようちゃんとしつけてあります」
「それは、私は願ったりですけど。こんな可愛い鼓(こ)なら」と仁美。
しかし、妹遊女は赤くなったり青くなったりしている。
明仄は容赦なく畳み掛けた。
「お前、竜胆屋の看板になりたいんだろう。花魁道中、したいんだろう?」
「はい……姐さん。でも……あ!」
明仄が優々花の帯紐をぎゅっと縛った。。
「いちいち声を上げるんじゃないよ、みっともない」と、明仄。
「遊女が魅せなくてどうする」
酒の席がざわつく。
いつの間にか座敷にあがりこんでいた東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が、明仄に問うた。
「明仄さんひどいです。遊女だって自分の意志はあるはずよ」
「お嬢様、アタシたちは遊女なんです。これが仕事なんですよ」
「……私、あなたのことも言ってるのよ、明仄さん。遊女だから恋しない、なんておかしいよ。みんな普通の女の子なんだから、恋だって普通にするでしょ?」
「……普通ねえ」
「俺も、秋日子さんとは同じ意見だなー」
遊馬 シズ(あすま・しず)が横から顔を出す。
「明仄さんが恋をしているようにみえるな。なんというか、そういうオーラが……ね。あれ、要サン、外で待ってるんじゃなかった?」」
柱の陰で、おどおどとしている少女がいる。
要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)はぽつりといった。
「シズくん……やっぱり、この遊郭の雰囲気。苦手です……」
「だから無理するなといったのに……!」
秋日子は彼らを指さして言った。
「……ね、あんな感じ。無理して遊女のふりしてる。そんな気がするよ」
菫が酔った振りをして、明仄に聞いた。
「殺された遊女さんたちだってそうでござるよ。みんな普通の娘だったのに、ただ遊女というだけで存在を快く思っていない人もいるかもしれない、そんなのはおかしいでござるよ」
「……殺されたのは、それ相応の理由が……あの方は、決して理由なく殺めるような方では……」
明仄ははっとし、そして謝った。
「ここは楽しくお酒を呑むところ。とんだ茶番をお見せしちまいました。どうかお赦しください。お口直しにといってはなんですが、うちの新しい舞妓をご紹介します。銀鼓、こっちにおいで」
明仄が三味線を引く。
その艶やかな音に合わせて銀鼓が舞った。
やがて太鼓持ちが現れ、盛大な騒ぎとなる。
紙花(ご祝儀)がちり紙のようにまかれ、座敷を埋めつくす。
「さあ、つらい浮世など忘れとくれ! ここは遊郭、遊里。心も身体も極楽さ!」
明仄の一際通る明るい、悲しい声が響いている。
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