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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)
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第一章 渦巻く策謀



 決定戦当日―――
 広場に作られた特設会場には、大型のモニターがいくつかと、急造りの舞台が用意されていた。決定戦そのものは、インターネット接続環境があれば誰でも見る事ができるが、こういうものは集まって見た方が盛り上がる。
 当初の予定よりも、若干多くの人が集まっていた。商売のチャンスと見たのか、呼んでも無いのに露天まで出ている。朝早くから、音と煙だけの花火もあがって、お祭りか運動会か、そんな雰囲気だ。
 集まった人たちは、それぞれに誰が勝つだの、こんなに賭けたぞという自慢なんかをして、言いようのない熱気に包まれている。
 突然、大音量での恐竜の鳴き声が響いた。ざわつきがぴたりと止まると、今まで準備中とだけ表示されていたモニター映像が映った。
 決戦場として用意された荒野の一画、その中央の様子だ。今はまだどの陣営もそれぞれの陣地にいるため、静かだ。が、何故か突然映像が途切れた。
「そっちじゃないよ! こっち、こっちだってば!」
 そんな声がしたかと思うと、すぐに映像が切り替わった。
 画面の中央に、アルカネット・ソラリス(あるかねっと・そらりす)が映し出される。背景は空、アルカネットはプテラノドンの背中で、エレキギターを構えていた。
「大丈夫? うん。わかった。それじゃ、会場の空からの映像と共に、一曲いっくよー!」
 アルカネットの元気な掛け声のあとに、さっそく演奏が始まる。
 各陣営の上を空から眺める映像と、その大将の簡単な紹介が映し出されていく。
 多少手違いがあったようだが、試合開始前のプログラムは順調に進んでいった。



 さて、時間が少し巻き戻る。
 ちゃんと屋根と壁がある飲食店の中、佐野 豊実(さの・とよみ)は店内を見渡していた。探していた人物はすぐに見つかり、真っ直ぐその席に行って腰をおろした。
「目立つね、やっぱり」
「それはいい意味ですかー? それとも悪い意味ですかー」
 鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)がじと目で豊実を見返した。荒野では肩で風を切るような人間の方が多い中、小柄な六韜は目につきやすいという意味だったが、豊実はそれを口にしないでおく。
「そっちから呼び出しなんて珍しいね? どうしたんだい?」
 サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)の問いに、豊実は「んー」とわざとらしく時間を稼ぐようなしぐさをしてみせる。
 何か嫌な予感を感じる六韜は、それとなく店内を見渡してみた。昼間っから酒を提供している店内はにぎわっていて、言うならばいつもどおりでしかない。
「ちょっと困った事になってね」
「困ったこととはなんです?」
「それはねー」
 つーっと豊実の視線が店の出入り口に向く。サーシャと六韜はそれを目で追うと、先ほど見渡した時にはいなかった姿が入り口に立っていた。
「え……」
「ちょっと、説明してくれないかな……」
 豊実が答える前に、ツカツカとその人物はこちらの席に向かってくると、当たり前のように椅子を一つ引っ張ってきて、それに座った。
 敵の顔ぐらい、それもなんだかんだと一番動き回っている相手の顔ぐらいサーシャと六韜も知っている。今回の新団長決定戦での運営を行っている、コランダムだ。
 彼が席についてから、豊実は今日の天気についてでも言うように、
「ちょっと手違いで、見つかったのだよ」
 と言ってのけた。
「……」
「……」
 絶句。
 そんな二人の様子が面白いのか、コランダムはにやにやしている。
 気がつけば、賑わっていた店内は静かになっていた。おかげで、外の音がよく聞こえる。
「おかあさーん、恐竜がいっぱいいるよー、かっこいいねー」
「こら、近づいたら食べられちゃうわよ!」
 どうやら、囲まれているらしい。キマクも随分恐竜に慣れたものだ。
 私達を売ったのですねー、とか、せっかく肉体労働から離れられたと思ったのにー、とか、色々な言葉が六韜の頭をよぎった。よぎったが、口からは出てこなかった。
「なんか面白い事たくらんでるらしいな?」
 サーシャと六韜は目だけの会話で、白を切るか否かを相談しあった。その結論が出るよりも前に、
「俺も混ぜてもらおうか」
 という、コランダムの思いがけない一言が耳に届いた。
 断る言葉も、結局出てはこなかった。

「同盟?」
 ラミナの口から出た言葉は、歓迎している様子は全く無かった。むしろ、疑っているという様子だ。
 大将が来たのならまだしも、使いをよこしてきたのだ。当然の反応といえば、その通りだろう。ジャジラッド派の密使として来た鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)にとっても、予想通りの反応だ。
 だが、少なくとも話を聞きはするだろうという予測が鏨にはあった。脳筋のソーとは違い、ラミナは様々な手を打って自分の勝利を目指している。警戒はしているだろうが、いきなり切り捨てられたりはしないだろう。
「……ま、聞くだけきいてやるさ、言ってみな」
 予測は一切外れる事なく、ラミナはそう口にした。
 小ざかしく見えないよう、託された提案を鏨はラミナに伝えた。
 この同盟は、一番危険なソーを排除するために行うこと。同盟間で倒れた者がいる場合、その残存勢力を吸収すること。同盟のメンバーだけが残る状態になるまで、互いへの攻撃を行わない、もしくは小競り合い程度に留めておくこと。同盟同士だけが残ったら、一騎打ちで勝負を決めること。
 その他仔細を余すところなく伝えた。
「ふーん……」
 ラミナは窓の外に視線を向けながら、少し時間を置いた。
 彼女の陣営は、初期数値だけで見れば最大だ。他の陣営から見れば、一番の厄介者である。事実上、バトルロワイヤルの形式であるこの戦では、少数が結託してラミナを先に潰すという選択肢は消せない。
 この同盟は、決して一方が得をする話ではない。少なくとも、鏨は騙しにここに来たわけではないのである。それでも、プライドとかいう犬の餌にも劣るもので断られる可能性もある。
「大体わかった。けど、その条件では飲めないね」
「どうしてだ?」
「小勢力が大勢力にお願いするのなら、土産の一つでも用意しろって話さ。人質とも言うけどね。まぁ、それはいいとしましょう。いくつか気に食わない点があるのよ、その話」
「気に食わない?」
「ソーを倒したいのはあんたらの勝手でしょう? それになんであたしが付き合う必要があるんだい?」
「しかし……」
「あんたらは、あたしを見くびってるのさ。その条件を提示した時点でね。冗談もいいところよ、ほんと……けれど、命をかけたあんたに少しは誠意ってもんを見せてあげるのも必要かしらね?」
 ここは、獣の巣の中である。そして、鏨はその獣の主の目の前に立っていた。
「誠意か……どんなもんだい?」
 ここで引いては、それこそ餌になるしかない。交渉を進めるためにも、何より自分の命を守るためにも、気概は見せなければならない。
「まず、同盟という言葉が気に食わないから協定って事にしましょ。それで、中身だけど、最後のコレがまずありえないわよね。同盟した相手同士が残ったら一騎打ちっての。なんで不利な方に合わせる必要があるのかしら?」
「……わかった、その件は無しでいい」
「勢力の吸収自体はルールとして問題ないからいいとして、そうねぇ……互いの戦闘の部分も、これは頂けないわ」
「では、どうすればいい?」
「こっちに手を出さない間は、私の裁量の上で見逃してあげる。という事なら、それでもいいわ」
「つまり、俺達が攻撃しないでくださいとお願いしている、と、そういう事にしたいわけか」
「あら、間違ってるかしら?」
 ジャジラッド派は、名実共にナンバー2である。いくらなんでも、そこまで腰の低い姿勢を取るわけにはいかない。この戦が終わったあとの事もある。
 なんとか条件を、ソーが倒れるまでのもの、という位置に持っていき、とりあえず協定を結ぶ事になった。もっとも、相手がどれだけ守るか、という点においては未知数である。
「これを報告するのは、気が重い」
 成功か失敗かで言えば、成功ではあるのだが、どうもいいようにあしらわれた感が否めない鏨は、ため息をついた。殺気だけでああも人はけ押されるものだというのは、ちょっとした収穫ではあった。
 
 もう何度呼びかけたのか、回数が多すぎて武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)にもわからなくなっていた。意識を失っている相手にテレパシーで呼びかけ続けているが、一向に返事は無いままだ。
 懇々と、選定神バージェスは眠り続けている。日に数度は意識を取り戻すという話だったが、牙竜がここにたどり着いてからは未だ一度も目を覚ましたところを見たところがない。
「がりゅー……」
 アネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)が不安そうに牙竜の顔を見上げる。
「もう少ししたら休むさ」
 テレパシーはそこまで消耗するものではない。だが、この部屋の空気は異質なもので、意識を失っているはずなのに、言いようのない威圧感に押しつぶされそうになる。
 それでも何度も呼びかけ続けて、そしてついに微かな揺らぎのようなものが返ってきた。
 それは言葉にもなっていないもので、敵意の塊のようなものだった。
(聞こえているのか)
(……誰だ?)
 今度は、言葉になって返ってきた。
(俺の名前は武神牙竜。アナタと話がしたくてここまで来た。体の負担がないよう、念波で答えてくれ)
(……知らぬ名だ。俺を殺しに来たか)
(違う)
(ならば用は無い)
(待ってくれ。アナタはずっと眠っていたままだったんだろ、だったら、今何が起こってるか、少しは気にならないか?)
 バージェスの返答を待った。どれぐらい待っただろうか、計測すればたぶん十分も経過していないだろうが、長い時間を待たされた気がした。その最中、強い敵意が向けられたままだった。
(少しはマシな気概があるようだな……いいだろう、貴様が口を開く権利を与えてやる。好きな言葉を勝手に並べて喜べ)
 傲慢な言葉を口にした代金なのか、先ほどまでの威圧感は随分と薄れた。それでも、気の弱い人間なら当てられてしまいそうだ。彼が隠せる気配の限界がこの辺りなのかもしれない。
 それからしばらく、牙竜は自分の想いをバージェスに伝え続けた。会話というよりも、独り言だった。バージェスは、相槌もうなずきもせず、ただ黙っていた。
(くだらんな)
 牙竜の話を全て聞き終えたあとに、バージェスはそう返した。
(馬鹿げた話だとは思ったけど、くだらないか?)
(獣は、自分の腹を満たす分の獲物を取ればいい。獣の群れのボスは、群れが餓えぬように獲物を取ればいい。多くの獲物が取れるボスならば、大きな群れを作る事ができる。それだけの話だろう?)
(極論はそうかもしれないが―――)
(目の前に獲物が転がっているというのに、その事実から目を背けるような者の口からそんな言葉を並べられても、くだらんと言っているのだ)
 自らを獲物とバージェスは言った。確かに、選定神の彼を討ち取れば、名声にすることはできる。帝国には恐竜騎士団を嫌う人間も多いから、手柄にもなる。牙竜の目の前にある死に掛けた男は、獲物としての価値は確かにあるのだ。
 自分が弱っているのなら、そういった事実は隠そうとするのが人の考えだろう。バージェスは死んでいないだけで、今はまともに抵抗すらできる状態ではないのだ。今なら誰でも、気軽に獲物を狩ることができる。
(……まいったな、そう言われると今は何も言い返せない)
 人間の倫理でならば、殺さないのが正解のはずだ。しかし、バージェスはそう考えてはいないらしい。尊敬とか畏怖とか、そんな感情を通り越して、牙竜は単に呆れてしまった。
 彼についていくのは、想像以上に大変そうだ。
「どうしたの、がりゅー? なんかうれしそうだね?」
 アネイリンに言われて、牙竜は自分が笑っていた事に気づいた。呆れすらも通り越してしまったのかもしれない。
「ばーじぇすさんとお話できたの?」
「ああ、その最中だ」
「だったら伝えて! あのね、あのね、子供に親殺しの罪を背負わせちゃ、絶対に駄目! って!」
 アネイリンの真剣な眼差しに、牙竜は頷いた。英霊であるアネイリンは、過去に身内と戦った経験がある。その辛さを身に染みているアネイリンの言葉は、伝えなきゃいけないものだ。
 その為には、まずもって今の状況を伝える必要がある。
(俺の話を最後まで聞いてくれてありがとな。こっからは、今ここで何が起こってるか、もしかしたら知ってるかもしれないが、進展も含めて……勝手に説明させてもらう)
 了解を取ろうとしても、バージェスは頷きはしないだろう。
 アネイリンの言葉も含めて、全て勝手に牙竜は伝えることにした。



 会場を一周するのに合わせて、アルカネットの演奏も綺麗に終了した。
「みんなー、ありがとー!」
 カメラに向かって手を振っていると、カメラマンがカンペを取り出した。
 カウントダウンお願いします、とだけある。字がなかなか汚い。まだ映像は続いたままなので、頷いたりもせずにとりあえず従った。
「それじゃいくよー、さーん、にーい、いーち、ゼロッ、きゃっ!」
 突然の大きな音に、先に驚いたのは彼女を背に乗せているプテラノドンだ。いきなりバランスを崩したので、思わずアルカネットの声から小さな悲鳴が漏れる。
 どうやら、特大の花火か何かで大きな音を出したらしい。それに合わせて、眼下ではそれぞれの勢力が動き出した。
「え! 今の会戦のカウントダウンだったの?」
 プテラノドンもすぐに落ち着き、カメラマンと共に戦場から離れていく。
 もうこのカメラの中継も終わったのか、カメラを肩から外したカメラマンは頷いてから「ここに居ると危ないので離れますよ」と言う。恐竜の背に乗っているので、参加者と間違われたら大変だ。
 恐竜の背に乗って、空を飛びながらの演奏がちょっと楽しかったので、できればもう一曲いきたかった。後ろ髪を引かれるような思いで、アルカネットは会場から離れていった。

 恐竜騎士団新団長を決定するための戦いが、始まったのである―――。