空京

校長室

建国の絆(第3回)

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建国の絆(第3回)
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リアクション



百合園レース展

 教導団後方陣地。
 百合園看護隊の看護活動用テントでは、次々と運ばれてくる怪我人や病人の対応に忙しい。
「治療、頼むよ」
 待田イングヒルト(まちだ・いんぐひると)が急いでテントを出て行こうとしたところにも、怪我人がやってくる。
「えっ、怪我、でも、お礼、あわわわ!」
 イングヒルトが慌てていると、エレオノーレ・ボールシャイト(えれおのーれ・ぼーるしゃいと)が怪我人をわしっと捕まえる。
「怪我人は任されたからぁ。ま、駄目で元々、当たって砕けろぉ。行けばいいんじゃない?」
「はいっ!」
 イングヒルトはバタバタとテントを出ていった。ポカンとした怪我人に、エレオノーレの手荒な治療が待っている。
「消毒よぉ」
「ひょえええっ、しみるーッ!」

 教導団が雇ったシャンバラ人の馬車に、戦場を離れる者達の荷物が積み込まれていく。
 百合園女学院美術教師ヘルローズ・ラミュロスも、そこで荷物を積む順番が回ってくるのを待っていた。彼女はこれから看護隊を離れ、空京に向かう予定だ。
「ヘルローズ先生ー! どこですかー!」
 人波の間を走ってくるイングヒルトに、ヘルローズが気づく。
「あら、待田さん。どうしたの?」
 イングヒルトはヘルローズの前まで行くと、ぺこんと頭を下げた。
「ええと、その、みなさんの怪我を治してくれて、ありがとうございますっ! その、助かりました! その、嬉しかったです!」
 ヘルローズは、ほほ笑んだ。
「ふふっ、仕事だから当然よ。お見送りに来てくれたのかしら?」
「あ、あの、そうじゃないんです! 一緒について行っても良いですかっ?」
 イングヒルトの勢い込んだ様子に、ヘルローズは少し驚いたようだが、また笑顔になった。
「もちろんよ。一緒に来てくれたら嬉しいわ」
 ヘルローズの返事を聞いて、イングヒルトは表情を輝かせる。



 空京には、屋上のヒーローショーで有名な空京デパートを始め、多くのデパートがある。
 そのひとつ、カタシマヤのイベントスペースで、百合園レース展が催されていた。方島グループ総帥のご令嬢が、東京の百合園女学院に通う縁である。
 百合園生が編んだ、地球とシャンバラ双方の伝統的な美しいレースが来場者の目を楽しませていた。
 だが空京にモンスターが出没するようになった影響で、客は少ない。
 レース展を見にきて、そのまま手伝いに入った百合園生雷霆リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が人の少ない会場を見回し、こぼす。
「ヒマですねぇ。魔物に襲われても平気な、戦闘力のある学生か、立派な車のあるお金持ちくらいしか来ないし……」
 会場で案内役を勤めるヘルローズは、肩をすくめた。色っぽいタイトスーツに身を包んでいる。
「方島さんの顔を潰す訳にいかないから開いているようなものよ。
 他に、お嬢さんを百合園に入れたい内外の有力者に、学校の説明をしたり、契約相手探しの相談に乗らないといけないわ」
 ヘルローズはそのために、女学院の要請でレース展に参加していた。レース編みの技能に加え、あの性格でなぜか交渉能力が高い事と、百合園創設期から教師をしている点を買われたらしい。
 リナリエッタが彼女に色々と聞きまわったところ、ヘルローズは看護隊参加の辞令が出る数ヶ月前からレース展開催の準備に関わってきたという。
 男装の麗人ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)は会場警備をする素振りで、耳だけはヘルローズ達の会話に集中させていた。
(でも、なーんか怪しいんだよねぇ、あの先生)
 一方、リナリエッタは話を続ける。
「魔物って鏖殺寺院がらみなんでしょうかぁ。私、皆、少しは寺院の話、聞いてあげたら? って思うんですよねぇ。下手に力で解決しようとすると泥沼になりますよぉ。相手の方が力、強かったら最悪ですし……私達百合に何が出来るんですかねえ、せんせー」
「あら、政治力なら百合園がトップよ。武力魔力ごり押しの学校とは違う所を見せてもいいんじゃないかしら。……あら、お客さんだわ」

 蒼空学園の音楽教師早川あゆみ(はやかわ・あゆみ)が、レースで編み上げたウェデンィングドレスを前に、ほぅと溜息をつく。
「すごいわ。これ、すべてが手編みなんて」
 彼女に歩み寄ったヘルローズが声をかける。
「お気に召しまして? 以前デンマークで習ったレースで作ったドレスですわ」
「まあ、では貴女がこれを?」
「ええ。着る予定は無いのだけれど……よかったら着てみませんこと?」
 あゆみは笑った。
「私、もう結婚してるのよ」
 そうして、彼女が家族の話をするうちに、二人は打ち解けていく。共に教師であり、あゆみもレース編みは未挑戦だが、手芸が趣味だ。世間話に花が咲く。
「昔は息子と一緒に買い物に行くと、よく姉弟と間違えられたけれど、今はそれもなくて寂しいわ。男の子って、いつの間にか大きくなっちゃうのよね」
「分かるわ。うちもそんな感じだから」
 ヘルローズの相槌に対し、あゆみは尋ねる。
「先生もご家族……ご兄弟がいらっしゃるの?」
「ええ、弟が一人。この前まで私が言う事は疑いもせず、何でも素直にハイハイって聞いてたのに、恋人が出来たとたん、反抗的になっちゃって。家出する勢いよ」
「まあ、反抗期? 大変ね」
 ヘルローズは溜息をついた。
「結局、私の腐れ縁の男友達が間に入って、話をまとめたのよ。私に何かあったら後を継ぐのは弟で、だからこそ弟には私と違う道を進ませるべきって説得されちゃって」
 彼女の浮かない表情を見て、あゆみは聞いた。
「その男友達さんって、実は先生の恋人とか?」
「なっ……違うわよ。コクッたけどフラれたもの。『昔の恋人を忘れられないから』って。でも最近、新しい恋人が出来たって聞いて、殴ってやろうかと思ったわ」
「あらー。今でも彼の事を?」
 あゆみの質問に、ヘルローズは直接には答えない。
「もともと罪作りな奴なのよね。普段はへにょへにょなクセに、急に真剣に人の目を見つめて『お前の求める未来は、そんな物なのか?!』とか……普通、誤解するわ。
 おまけに私の死んだ元彼の研究を引き継いで『絶対、無駄にはさせないから信じて欲しい』って。無自覚にそんな事を言うのよ」
「そうねぇ。真面目な子って、自覚せずに人をドキドキさせるような事を言うから困りものよね」
 あゆみも、そうした人物に心当たりがあるのか、うなずきながら言う。

 そこにイングヒルトが、綺麗な包装紙に包まれた箱をかかえて来る。
「先生、地下でお菓子、買ってきましたー! あれ? このぬいぐるみも飾るんですか?」
 彼女になでられ、鳥っぽいゆる族メメントモリー(めめんと・もりー)が翼を振る。
「ボクは展示品じゃないよ?」
「わわわっ、ごめんなさーい! きゃっ?!」
 イングヒルトは思わず後ずさり、つまずいた。ヘルローズが優しく笑いながら、彼女の肩を抱き押さえる。
「おつかい、お疲れ様。ちょうどいいわ、皆でお茶にしましょう」
「すっ、すみませんー! お茶、お茶ですね。じゃあ準備しますねー」
 イングヒルトは菓子折りを持って控え室に急ぐ。
「待田さん、今度は転ばないようにね。早川先生もご一緒にお茶をいかが?」
「せっかくだから、いただくわ」
 ヘルローズとあゆみも、いそいそと控え室に向かう。
 イングヒルトに付き添ってきたエレオノーレとモリーは、視線をかわした。
「今のところはぁ、いい先生みたいねぇ?」
「そうだねぇ。でも空京は、世間話で盛り上がってる場合じゃないのにねぇ」