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リアクション
イリヤ分校
イリヤ分校では井戸掘りが佳境に入っていた。
「だいぶ土が湿ってきたな。もう少しだ」
「おお、水でもお宝でも堀まくってやるぜーッ!」
開発を手伝う瑞江響(みずえ・ひびき)の指摘に、パラ実生伊達恭之郎(だて・きょうしろう)はスコップで掘るの勢いを増す。
天流女八斗(あまるめ・やと)が言う。
「恭ちゃん、掘るのは勢いじゃなくてリズムが大切だって、砕音先生が言ってたでしょ。頼りになる先生がいなくて寂しいけど、その間もしっかり工事を進めて、先生が戻って来たときにビックリさせちゃおう!」
「おお、分かってるぜ! おりゃあああ!」
「もぉ、ほんとに分かってるのかな」
恭之郎が掘り出した土を、八斗が桶に入れ、その桶を他の生徒たちが滑車で井戸の外に運び出すのが、作業の流れだ。
響はアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)と共に、井戸内部に石をはめこんでいる。井戸を強化しつつ水を浄化するためだ。
「アイザック、随分と作業が進んでいるな。疲れたら休んでいいんだぞ」
丁寧に石をはめていたアイザックが、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「当然だ。俺様が響の頼みを聞かない訳にいかないだろう。疲れならば、後で響にこってりと癒しても…」
ゴツン
スコップを振っていた恭之郎が振り返る。
「ん? 今、鈍い音がしなかったか?」
「大丈夫だ。問題はない」
響は笑顔で答えた。その横では両手で頭を押さえて、うずくまるアイザック。と、地面を見たアイザックが言う。
「そこ、水が染み出していないか?」
「あら、ここね」
八斗がシャベルで土をのける。そこから勢いよく水が噴き出した。
「きゃっ?! 水よ!」
「おぉー! 出た出た!! うわ?!」
水はどんどんと嵩を増していく。
「上げてくれ! 水が出たぞ!」
響が上に声をかける。イリヤ分校生徒会長姫宮和希(ひめみや・かずき)が滑車を回し、周囲の者に呼びかける。
「おぉーい! 水が出たぞ! 引き上げるのを手伝ってくれ!」
最初に八斗が、滑車のロープで上がっていく。
「ちょっと恭ちゃん! お尻、押さないでよ!」
「うるせー。後がつかえるから急げ、急げ」
次に、身が軽い響が上がり、井戸のヘリでアイザックと恭之郎が登るのを手伝う。
皆が無事に外へ出ると、和希が井戸をのぞきこんだ。
「すげえ! こんなに水が出てくりゃ、畑の作物もバッチリだぜ!」
「やったな、姫やん!」
パラ実生も他校生も、皆は歓喜の表情でハイタッチし、抱き合った。
「井戸が出来たら、次は畑について考えねぇとな」
和希は、イリヤ分校校長マゼンタ・ヴィー、最近は【弁当屋】が二つ名の弁天屋菊(べんてんや・きく)とガガ・ギギ(がが・ぎぎ)と相談を始めた。
「麦はどうかな?」
ガガの言葉にマゼンタはうなる。
「この辺りじゃどうだろうねぇ。やっぱり大荒野にはパラミタトウモロコシが合ってる気がするよ」
「いいな。焼きトウモロコシは俺も好きだぜ」
和希が楽しそうに言うと、菊が苦笑する。
「パラミタトウモロコシは油っぽくて、食べるのはゆる族ぐらいだよ。元は家畜の餌だけど、今じゃ、あたしらのバイクのガソリンさ」
話し合った結果、すでに土地に合うと分かっているパラミタトウモロコシを中心に、以前仕入れた各種作物の苗の生育状況を見ながら自給自足を目指していく、となった。
菊は相談を終えると、機械部品を広げたテントに向かう。燃料を自給しようと、トウモロコシからバイオエタノールを精製する設備を作っているのだ。
ヒラニプラ人の技師が応援に訪れている。彼は以前、空京建設に反対した友人のゆる族をかくまったのがバレて、仕事を失ったそうだ。しかし一年程前から砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)を通じて仕事を請けられるようになった。そこで砕音への恩返しも兼ねて分校に来たという。
「まだ不純物が混じるな。これじゃエンジン内部を痛めるから、まだ改良が必要だ」
「試作用のトウモロコシの茎なら、ゴクモンファームから貰ったのが、たくさんある。改良を重ねるしかないね」
菊は積み上げられたトウモロコシの茎を指し示した。ファームから移ってきた労働者たちに、餞別として送られたものだ。
ゴクモンファームでは他校の追求を避けるため、麻薬の代わりに他の作物を育て始めていた。
マフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)はかき集めてきたパラミタトウモロコシの種を、パートナーアルフライラ・カラス(あるふらいら・からす)と共に、小人の鞄から出した小人にも手伝わせて畑にまく。
もともと家畜用に少量のトウモロコシは育てていた事もあり、残った農民もマフディーの呼びかけで種をまいた。
(農民も減ったが、まだここに暮らす人はいる。麻薬に頼らずに生きる術を彼らと共に見つけよう)
マフディーは農作業に勤しむ人々を見て思った。
バイオエタノールの原料となるパラミタトウモロコシは利益率も大きい。イリヤ分校など精製できる場所が増えれば、さらに需要も高まるだろう。
場所は戻ってイリヤ分校。
ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は工事用の図面を睨みながら、用水路の補強を行なっていた。
緒方章(おがた・あきら)の提案で、彼や恭之郎などパラ実生が、用水路を兼ねた堀を、分校を囲むように掘っている。
その傍らでは、素朴な私服姿の林田樹(はやしだ・いつき)が労働者や現地民と共に、クワやスキを持って振り回したり、構えたりしている。ガイウスが樹に声をかけた。
「当初に比べれば、様になってきたようだな」
「ああ、始めは我ながら妙なダンスのようだったからな」
樹たちは農機具を使って身を守る方法を模索していたのだ。ガイウスは言う。
「幸い分校は戦火に巻き込まれたり、略奪の憂き目にはあっていないが、今後いつ、そういう事があるか分からんからな」
明智珠輝(あけち・たまき)は図画工作の授業を開き、集まった生徒たちに言う。
「今日は、皆さんのお口で甘美な音色を奏でる道具を作ってもらいます」
珠輝が例によって妖しい事を言いながら取り出したのは、ストローの束だ。
「ストロー笛をぜひ一緒に作りたいと思います。ストローを切って、吸い口を作るだけです。ほぉら、簡単」
珠輝の方法をマネて、集まった分校生がストローを切っていく。珠輝は、満足げにその様子を眺める。
「分校の周りで妖しい人を見かけたら、この笛を吹いてくださいね。飛んでいきます、リアさんが」
はたで聞いていたリア・ヴェリー(りあ・べりー)が呆れた様子で言う。
「珠輝……もうちょっとこう、役に立つものとかさぁ……。自分が楽しみたいからやってるとしか思えないんだけど」
普段は分校周辺のパトロールをしているリアだが、珠輝が授業をすると聞いて不安を覚えて見学に来たのだ。
同じく授業を見物するマゼンタ校長がガハハと笑う。
「いいじゃないかい。今まで授業らしい授業なんて受けた事なかった奴らなんだ。いい経験になるよ」
一人の生徒が、珠輝を指して言う。
「妖しい人、発見!」
ピィー! とさっそくストロー笛が吹かれる。
「本当だ、妖しいー」
他の生徒たちも次々と笛を吹き始め、大合奏になってしまう。
珠輝はなぜか歓喜と照れの入り混じった、恍惚とした表情を浮かべる。
「皆さんの視線に、私の体が熱くなります……ッ!」
リアは額を押さえ、深く深く溜息をついた。
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