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リアクション
ヴァイシャリー
「先ほど、誰かと話していたようですが?」
ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)の問いに、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が鼻を鳴らす。
「ウゲンですわ」
「ウゲン・タシガン? 妙なフラワシを貸して回っているという噂の。では、サルガタス様も――」
「いえ」
サルガタスが口端を歪ませる。
「わたくしの目的には興味が無いそうですわ」
サルガタスらとミストラルたちの目指すところは違ったが、『この隙にヴァイシャリーを落としたい』という点では共通していた。
そのため、彼女たちは手を組んでいたのだった。
細い路地裏にまで鈍い銃撃音が響いていた。
変わらぬ風景、慣れ親しんだ空気が不穏に振動している。
路地を抜ければ、穏やかな街並みの向こうの空に、寺院のイコンが見えた。
街の外では、ヴァイシャリーに残っていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)たちのイコン部隊と戦闘を続けている。
「――メイベル!」
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の声に、ハッとする。
寺院が攻め入ろうとしている地域から避難する人たちの足音が耳に戻る。
「大丈夫かね?」
手を引いていた老人に問い掛けられ、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、こく、と頷いた。
「ごめんなさい、大丈夫なのですぅ。急ぎましょう〜」
戦闘の音を背中に、老人と先を急ぐ。
メイベルたちは何人かの契約者と共にヴァイシャリー住民の避難を行っていた。
当初は帝国のヴァイシャリー入りを想定していたが、今は寺院が迫って来ている地区の住人の避難を優先している。
ヴァーナーたちのおかげで、寺院たちはまだ街に入ってきてはいない。
しかし、それも、いつまで保たれるか分からなかった。
「まるで……彼らは、この争いに歓喜しているようですわね」
複座のセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が言った。
「どうして……」
ヴァーナーは上空からの銃撃の間を、必死にセンチネルを駆っていた。
上空ではバルバロイが旋回している。
「どうして、せんそうなんです……」
バルバロイ周囲のシュメッターリンクを攻撃する味方たちの援護を受けながら、ヴァーナーは高台に昇った。
「どうして、せんそうなんてするんですか……みんな、みんな、きずつくだけなのに」
ヴァーナーの呟きをあざ笑うかのように周囲に降り注ぐ銃撃、応戦する味方の砲撃。
ヴァーナーは、スナイパーライフルの照準を、強行突破しようとしていた上空のバルバロイへ合わせた。
味方の援護に合わせて放たれた銃撃が、ヴァイシャリーへ侵入しようとしていたバルバロイを貫く。
すぐに次撃の準備を行う。
バルバロイは体液を散らしながら上空に身を翻し、こちらに向かって滑空し始めていた。
ヴァイシャリーへ侵入するために、こちらを撃破しようというつもりらしい。
「ヴァーナー、落ち着いて」
「はいです……。うえのひとにあたらないように……」
迫るバルバロイへ照準を定めながら、息を整えていく。
できれば、バルバロイも殺したくない。
理想を重ねるほど狙いはシビアになっていく。
でも。
何一つ捨てる気は無い。そして。
「……ここはとおさないです!」
空気を貫いた衝撃波と音を放ちながら銃弾が頭上を抜けていった。
銃弾の軌道へ螺旋状に身を返していたバルバロイが、コゥ、と巨体を巡らせて再びセンチネルへと巨体を馳せていく。
バルバロイを駆るジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)はパワードヘルムの中で、嘲るように息を捨てた。
「帝国の統治下になった場合を考え、無用な流血は避けようと思っていたが――」
存外、ヴァイシャリーに残されていた戦力が素直に事を運ばせてはくれない。
「一点突破だ」
こちらもあちらも戦力は少ない。
あのセンチネルを砕き、迅速に主要施設を押さえ、降伏させる。
ヴァイシャリーを陥落させれば、戦いの火はシャンバラで燃え上がる。
「そうなれば、あるいは――」
何発目かの銃弾がバルバロイを掠める。
センチネルはもう目の前に居た。
――ヴァイシャリーの街並みに、バルバロイの影が滑っていく。
この区画は避難が終えられているのか人気は無い。
街防衛のイコン部隊を強行突破したジャジラッドは、ラズィーヤの居るだろう百合園を真っ直ぐに目指していた。
バキンッ、とバルバロイの口から砕かれたイコンの装甲が虚空に散る。
しつこく食い下がったセンチネルを撃破した名残だ。
やがて、百合園の上空にたどり着く。
「さすがに、分かっているな」
ジャジラッドが見下ろした庭には、ラズィーヤの姿があった。
帽子を押さえながら、バルバロイを見上げている。
己が素直に出ていかねば、どうなるか分かっているのだろう。
後はバルバロイを降下させ、彼女を捕らえるだけだった。
と――
メニエスからの通信。
『帝国が撤退を始めたわ』
「こちらは制圧間近だというのにな」
『沿岸部から、こちらに向かっていたイコンも既に近くまで来てるわ。あたしたちが撤退している隙に逃げておきたいなら急ぎなさい。もっとも、一人で大立ち回りを希望なら、それもいいかもしれないけれど』
通信は切られる。
ジャジラッドはラズィーヤを一瞥し、バルバロイを旋回させた。
「――チッ」
吐き捨てて、彼は、再びヴァイシャリーの街並みにその巨大な影を滑らせた。
「ラズィーヤ様ぁー」
メイベルはセシリアと共に百合園に駆け込んでいた。
百合園へ向かうバルバロイの姿を見たからだ。
ちょうど、庭から屋内へ戻るラズィーヤの姿を見つけ、
セシリアが、はぁああっと思いっきり安堵のため息をつく。
「無事だったんだ……良かったぁ」
「心配をかけてしまいましたわね。住民の避難、ご苦労さまです」
微笑んだラズィーヤに、メイベルは小さく首を振ってから。
「外の寺院兵は撤退を始めたのですぅ」
「どうやら、帝国を退けることが出来たようですわね。まずは防衛に当たってくださった方の――」
と、ラズィーヤの目がスッと細められた。
彼女の表情がわずかに強くなり。
「申し訳ありません。わたくし、少々行かねばなりませんので、皆様のことをお願いします」
セシリアが、首をかしげて。
「行く、って何処へ……」
その言葉が終わらぬ内に、既にラズィーヤは屋内へと駆けて行ってしまっていた。
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