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3章 過酷な荒野

 朝の涼しいうちから、一行は遺跡を目指して出発した。
 シャンバラ大荒野はシャンバラ地方の中心を占めており、広大な大地が広がっていた。地面にはほとんど植物も生えておらず、石や岩が多い土地である。今のところ遺跡らしき建物も見あたらない。
「方角は間違ってない、基本的にまっすぐ進めば遺跡にたどり着くはず」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)が地図を見ながら言った。彼はタカシたちから少し離れた先行隊を率いていた。モンスターなど何か現れたとき、すぐに対処できるようにするためである。
 時間がたつにつれ、日差しが強くなってくる。
 一行は食事をとるためにテントや大きな岩の影などで休憩していた。
「あの、ちょっといいかな……」
 箒を片手に休んでいた七尾 蒼也(ななお・そうや)は声をかけられて顔を上げた。見慣れぬ青年がたっていた。
「はじめまして、俺は神名 祐太(かみな・ゆうた)
「神名……? 昨日は見かけなかったが」
 蒼也は不思議そうに首を傾げた。
「うん、実は昨日ヒラニプラでタカシ君の協力者を募集しているのを見かけたんだけど、そのときは声をかけようか悩んで結局かけなかったんだ。だけどやっぱり気になって、今日の朝箒をとばして追いかけてきたわけ」
 祐太はすらすらと事情を話す。
「ふーん? そうか。もちろん協力者は多い方がいいから歓迎するぜ」
 蒼也はそう言ったが、祐太を信用しているわけではなかった。まっすぐ進んできたとはいえ、遺跡の方角を知らないと蒼也たちに追いつくことはできない。だから出発したときから自分達を追跡していたのではないか、と思ったのである。また祐太の態度も落ち着きすぎていて妙な違和感を感じた。
 蒼也はとりあえず彼の様子を見張っておこうと考えた。

 午後になり、再び移動が始まった。
「モンスターだけじゃなくて、ジャンク屋なども相手にしなきゃいけないのですね」
 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)がつぶやいた。彼女はナイトであるが、移動手段は馬ではなく箒である。どうすれば騎士らしく箒に乗れるだろうか、と色々なポーズを試していた。今のところのんきな様子である。
「そうだな。とはいえ、ソフィア達は大勢の人間に護衛されている。大勢の人間と戦うのをおそれて、ジャンク屋達が近づかないことを願おう……」
 ジーナのパートナー、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が言った。

「うん、あれはなんだろう?」
 箒にのって上空から偵察していたクラーク 波音(くらーく・はのん)は、何か影のような物が近づいてくるのが見えた。
「あれは……砂嵐!?」
 波音はいそいで地上近くまで高度を下げると、砂嵐が近づいてきていることを皆に知らせた。
「動くと危ない! 嵐が過ぎるまでじっとしてるんだ!」
 ガイアスが大声で言った。一行は岩などの物陰に隠れて嵐が去るのをただただ待った。
 すぐに強力な風が砂を巻き上げながらやってきた。ゴーグルや外套などでほとんどの人が砂を防いでいたが、強い風のためじっとしていることしかできなかった。
 嵐はすぐに過ぎ去り、静かな空間が戻ってきた。

「ふう……進むだけでも一苦労やな」
 黎のパートナーであるフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は、砂嵐の過ぎ去った方を見やった。
「そうだな、遺跡に着くまでにも、思ったより時間がかかるかもしれんな」
「まあ食糧は余分に持ってきとるから、少なくとも飢えることはなさそうやな。もっと新鮮な材料が手に入ればうまいもん作れるのに」
 フィルラントは料理の腕に関しては定評があった。
「食事の心配だけではありませんわ。ソフィアさんの寿命はもってあと一ヶ月と言われていますし、移動時間が長いほどモンスターなどにおそわれる危険も増えるわけです」
 ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が言った。彼女は契約者である高潮 津波(たかしお・つなみ)の元を離れ、黎たちと行動をともにしていた。
「確かにその通りだ。とにかく、急ぐことに越したことはないな……」
 黎たちは、ふたたび移動を始めた。

 夜になった。一行はキャンプを設営して休息をとることになった。
 砂嵐はあの後2回ほど遭遇したが、慎重に行動していたので特に被害などは発生せずに進むことができた。
 夕飯までの準備の間に、黎は蒼也から裕太の話を聞いていた。
「もしかすると、敵とつながっているのかもしれないな」
「敵というとジャンク屋? じゃあこっちの情報はまるわかりということか?」
 蒼也はあわてた。
「いや、丸見えではないだろう。荒野ではパートナー同士以外は携帯で連絡が取れない。もし敵側に彼のパートナーがいないなら、ジャンク屋たちと連絡を取りに行くはずだ。だからぜったい目を離さないようにしていれば大丈夫だろう」
 とにかく携帯で誰かに連絡するか、どこかへ行くようなことがあれば止めてしまえばいいということだった。
「わかった、そういうことなら任せてくれ」
 蒼也はそう言って、元の持ち場へと戻っていった。

「さて……フィルラはどこだ?」
 黎はフィルラントの姿を探した。
 彼は水橋 エリス(みずばし・えりす)とソフィア、タカシとともに夕食をとっていた。
「エリス殿、特に変わったことはなかったか?」
 彼女は今日一日、ソフィアの近くで危険はないか、見張っていた。
「いいえ、砂嵐以外はこれと言って、敵などもいなかったようです」
「そうか。タカシ殿は大丈夫か?」
「はい。ですがソフィアが……」
 タカシは心配そうな表情でソフィアを見た。荒野の暑さはつらかったようで、出発前より疲れているようだった。
「まだ大丈夫です。心配しないでください。タカシもあまり無理しないで」
 ソフィアが無理に笑顔を作って笑った。
「そうは言っても、心配だよ」
「タカシ、ソフィアは君を信じているからそう言ってるんや」
 フィルラントが料理を並べながら言った。
「うむ。契約者とパートナーがお互いを信じあう。その姿、その絆は非常に美しいものだ。とにかく今は、できることをするまでだな」
 黎が深くうなずきながら、自分に言い聞かせるように言った。

「今日は戦闘にはなりませんでしたが、いつ敵が現れてもおかしくありません」
 ジーナが夕食をとりながら、ガイアスに言った。
「そうだな、明日からも気を抜かずに行こうと思う」
「そうですね。役割分担を守り、きちんと行動すればうまくいくでしょう」
 一緒にいたエリスが言った。
「うん、みんなの得意な分野を生かすことが大事よね」
 波音もエリスの言葉に同意した。
 そこに裕太がやってきた。相変わらず蒼也は彼の様子を監視していた。
「そういえばジーナさん、出発前にはもう何人か機晶姫の方がいたと思うんだが、すこし少なくなってないか?」
「何人か別行動しているらしいですよ。クレアさんから話を聞いてませんか?」
 ジーナが不思議そうに答えた。
「そうか、いや実は、俺は今日ここへ来たばかりだから知らなかったんだ。ありがどう」
 裕太は笑顔で答えるとその場を去った。
「なんでしょうね?」
 ジーナたちは不思議そうに顔を見合わせた。

「どこへ行くんだ?」
 蒼也がどこかへ行こうとしている裕太に声をかけた。
「え、星が綺麗だなあと思って、眺めてただけだ」
「そうか、よかったら一緒に見てても良いかな」
 蒼也の提案に、裕太は渋々同意した。
「う、いいけど……」
 二人はキャンプのはずれで長い間星を眺めていた。
 周りはビルも何もない荒野で、夜空がどこまでも広がっているような気がした。
「ふぁ……眠いな。明日も早いし、そろそろ寝るか」
 裕太があくびをしながら言った。
「そう、おやすみ。俺はこれから見回りの時間だからもう少し起きてるよ」
「そうか……」
 裕太は何か言いたげであったが、結局何も言わずにキャンプへと戻っていった。

 ソフィア達はテントで寝ていた。
「ソフィアさん、寝苦しくないですか?」
 エリスがソフィアに声をかけた。ソフィアは横になっていたが、眠っていないようだった。
「大丈夫です。ただ少し気がかりなことがあって……」
「タカシさんのことですか?」
 エリスがたずねた。
「それもですし、無事に遺跡にたどり着けるか、ライナスという人が良い人かとか色々ありますけど……こんな不確かな状態で、多くの人の力を借りることができた。それが不思議なことだな、と思ってたのです」
「そうかな、あたしはそれほど不思議ではないと思うよ」
 外にいた波音がテントに入ってきて言った。
「どうしてですか?」
「だって困っている人を見たら、たすけなくちゃと思うのは自然なことだもの。助かる確率が低いとか、そういう言い訳をしながら可能性に目をつぶるのはよくないことよ。困難があるなら、時には協力して乗り越えていけばいいのよ」
 波音の答えたことはごくまっとうな意見であったが、それが簡単にできることかというとそうでもない。
 それでも、彼女の話を聞いていると、ソフィアは未来へのかすかな光を見たような気がした。
「本当に、そうですね……」
 ソフィアはそう言って天井を見上げた。
 テントの上ではたくさんの星が輝いているのだろう。