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8章 最後の戦い

「……事情はだいたいわかった、それで、そのソフィアという子はこの子かい?」
 奈留島 琉那(なるしま・るな)たちから事情を聞いたライナスは、タカシのそばに座っているソフィアのところへやってきた。今はただ苦しそうに目を閉じていた。
「なるほど……たしかに寿命が近そうだな。よくここまでもったと言うべきか……」
「お願いします、どうかソフィアを助けてください」
 タカシがライナスに向かって頭を下げた。
「うーん、できれば助けてあげたいんだが……」
 ライナスは困ってしまっていた。
「もちろんただでとは言いません。必要な条件があるのでしたら何でも言ってください」
 琉那が言った。
 ライナスは、その言葉を聞いてもしばらく黙って考えていた。
「もしかして、血が必要ですか? ならぼくの血を吸ってください」
 タカシが言った。彼はソフィアをどうしても助けたかった。吸血鬼は血を吸うと恐れられているが、今のタカシにとっては恐れている場合ではなかったのだ。
「タカシ、何言ってるのよ! あなたに何かあったらソフィアが悲しむでしょう! それより私の血をあげるわ!」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が立ち上がってライナスに言った。
「俺も血を提供する! どうかソフィアを助けてくれ」
 ヨヤもライナスに向かって言った。
「歌菜、よせよ」
 ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)が歌菜を引きとめようとする。
「私は本気よ、レイ。そりゃあ少しは怖いけど……ソフィアを救うためにできることなら何だってしたいの」
 歌菜のブラッドレイを見て言った。その目は本気だった。
 彼女は魔法使いの家系であるが、考えるより先に行動する部分がある。彼女とにとって今大切なのは、ソフィアとタカシが無事でいることなのだ。
「……歌菜がそういうなら、仕方ないけど……」
 ブラッドレイは心配そうにライナスの方をみた。
「ああ……心遣いはありがたいが、血は今のところ必要ないんだ」
「あら、そうでしたか、では何が必要なんですか?」
 琉那がほっとしつつたずねた。
「機晶石を交換するには、交換用の機晶石が必要だろう……」
「もしかして、ないのですか?」
 津波が心配そうに言った。
「いや、ある。ここの遺跡から発掘されたものだ。もちろん壊れてない……しかし、この石には厄介なものがついているんだ」
「厄介なもの?」
「古代の精霊だ。これが近づいた人や物を片っ端から攻撃する代物で、私では取り除けなかった。さわれないから、交換もできないと言うわけだ」
 ライナスが困った顔で言った。
「そういうことでしたか。つまり、私たちでその精霊を倒してしまえばいいのですね」
 琉那がなんてことない、という顔で言った。
「その通りだ……しかし、簡単に言うほど精霊は弱くないぞ」
「いいえ、大丈夫です。この中には頼もしい人たちが沢山います。荒野のモンスターや蛮族から力を合わせてソフィアを守ってきた人たちです。きっと精霊とも戦えると思います」
 琉那が自信を持って答えた。その確信はここまで旅をしてくる間に、皆の戦う様子を見ていたから持てたのだ。
「そうか……ならどうか精霊を倒してほしい。そうすればソフィアの機晶石を交換しよう」
「わかりました。その機晶石はどこにありますか?」
 琉那が言った。
「この地下の発掘現場にある。案内するからついてきてくれ」
 ライナスが壁の近くの床をはずすと、さらに地下へと続く階段が現れた。。
 精霊と戦うと決めた者たちは、ライナスに案内されて発掘現場へと向かうことになった。その中には、もちろんタカシもいた。
「ソフィア、必ず君を助けるから……待っててね」

 階段を下りていくと、だんだん道が洞窟のようになっていた。
「ここも遺跡の一部であるのだが、地中に埋まってしまっていたんだ」
 ライナスが説明する。階段を最後まで下りると、広い洞窟のような場所に出た。
 ライナスが明かりで照らすと、長い間掘り進めて作った空間であることがわかった。地面にはシャベルなどの道具が転がっているのも見えた。
 洞窟の奥にはロープで区切られた場所があり、その奥に機晶石が置かれていた。
「あれが機晶石……」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)がつぶやいた。
「ロープより先に行くと精霊が現れて攻撃してくるようになっている。気をつけてくれ」
 ライナスがナナたちに向かって言った。
「さて、どうしたもんだろうね」
 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が言った。好奇心に負けてナナが勝手に踏み込まないように彼女を押さえている。
「全員で突撃して、たたくのが手っとり早いんじゃないか?」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)が言った。ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)も同意した。
「そうだね、悩んでいてもしょうがないよ! はやく精霊を退治して、石を手に入れよう!」
 そうと決まれば、あとは戦うのみだ。
 巽たちは、ロープを切って一斉に機晶石の近くへ駆け寄った。
 その瞬間、機晶石が光を放ち始めた。光は波のように吹きあがると大きな女性の姿になり、巽たちの方をみた。
「あ、あれが精霊……」
 ティアは驚いた。精霊の表情は硬く、冷徹な雰囲気をかもしだしていた。
 精霊は巽たちが近づいてくるのを見ると、右手を突き出して光線を放った。巽が急いで避けると、地面が熱で焦げているのが確認できた。
「これは……近づくのが難しそうね」
 ティアが困ったように言った。
「たしかに強力な攻撃だが、禁猟区(サンクチュアリ)なら光線から身を守れるんじゃないか?」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)に向かって言った。
「はい……といっても人一人分しか結界は守れないですよ」
「それで十分だ……わたくしたちが精霊の気を引き、その隙に皆で攻撃してほしい」
 司がナナ、巽たちに言った。
「わかりました! 私たちに任せてください」
 ナナが答えた。
「よし、いくぞ、グレッグ!」
「はい!」
 司の合図で、グレッグは彼女の周りに結界を出現させる。
 司はそのまま精霊に近づいていき、精霊に向かって槍を繰り出した。精霊は槍に向かって光線を放つ。空中で光と槍は激しくぶつかり合い、司は弾きとばされないように必死に槍を押さえていた。
「いまだ!」
 司が上げた声で、タカシ、ナナ、巽、御凪 真人(みなぎ・まこと)アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)らが一斉に精霊に向かって攻撃を繰り出す。
 武器の攻撃と魔法が一度に精霊に命中した。精霊は獣のようなうなり声をあげて、近くにいたアリアに向かって光線を放った。
「うっ……」
 とっさのことで、避けられないと思ったアリアは剣で防ごうとしたが、その直前に司が割り込んで、結界で光線を弾いたのだった。
「ありがとう、司さん」
「なに、ナイトとして人を守るのは当然のことだ」
 司が笑って答えた。
 精霊は攻撃を受けて怒ったらしく、光線を次々に乱射してくる。司、アリアたちは避けるのが精一杯だった。
「これなら……どうですか!」
 ズィーベンと真人が同時に火術を放つ。ズィーベンの魔法は魔力が増幅によって威力を増していた。
 魔法の炎は精霊に命中すると、精霊は燃えながら崩れるように姿を消していったのであった。

「精霊を倒したの?」
 アリアは不安そうに言った。
 ナナがおそるおそる機晶石のそばに近づいた。だが今度は何も現れる気配はなかった。
「……」
 ナナは無言で、機晶石を持ち上げた。すべての機晶姫の動力となっている不思議な宝石である。
「これで、ソフィアさんを助けることができますね」
 アリアが安心したようにつぶやいた。
 ナナたちは、離れて様子を見ていたライナスの元に機晶石を運んできた。
「ありがとう、これで彼女の機晶石を交換することができるよ」
 ライナスがうれしそうに言った。
「ほんとによかったね!」
 ティアもうれしそうに言った。
「本当に機晶石を手に入れるだけでよかったのですか? 何か必要なものを言ってもらえれば、できる範囲で用意したいのですが……」
 真人が心配そうに言った。交換条件の精霊退治はできたが、これで手に入れた機晶石は結局ソフィアに使われるわけで、ライナスの手元には残らない。
「ああ、君は私が対価を必要としていないのか気にしているんだね。ありがとう。でもこれで十分なんだよ。長い間、精霊のために地下の発掘は止まっていたからね。またこれで発掘を再開させることができるんだ」
 また長い時間、発掘や研究に打ち込めることこそ、ライナスにとって一番の喜びなのであった。
「さて、急いで交換作業に入ろうか、早くしないと、彼女が苦しむばかりだ」
「そうね、早くソフィアさんに元気になってもらわないと」
 アリアが言った。ライナスたちは急いでタカシ、ソフィアたちの元へと戻ることにした。