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ホレグスリ狂奏曲

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ホレグスリ狂奏曲

リアクション

 
 イルミンスール魔法学校の食堂では、ホレグスリの入ったスープの配膳が始まっていた。
「おばちゃん! あとスープ大盛りね!」
 コック帽をかぶった20代半ばの金髪お姉さんが、こめかみをひくつかせてスープを盛る。それをトレーに載せて、茅野 菫(ちの・すみれ)は席についた。向かいには志方 綾乃(しかた・あやの)がいて、他にパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)相馬 小次郎(そうま・こじろう)仲良 いちご(なかよし・いちご)も同席している。
「菫ちゃん、今日もいっぱい食べますねえ」
 綾乃は言って、スプーンを口に運ぶ。この日のスープはじゃがいもやニンジン、鶏肉に各種菜類がたっぷり入って食べごたえがありそうだった。
「寒いからな、こーゆーもんで暖まらないと。……ん? 綾乃……」
「なんですかあ?」
 なんだか綾乃がものすごく可愛い。この惹きつけられる感じは何? 顔が火照ってくる。見られているのが恥ずかしい。恥ずかしいのに、目を逸らせなくて。
 こんなの、初めてだよ。
「綾乃!」
 我慢できなくなって、菫はパビェーダを押しやって彼女に飛びかかった。テーブルから料理が零れる。首に手を回した瞬間、えもいわれぬ安心感が菫を包んだ。滑るように椅子から降り、綾乃が目線を合わせてくる。腕が回され――
 唇を重ねたのは、どちらが先だったか。
「ふ……ぅんっ……」
 一度付けたら、やめることなんて考えられない。レモン味なんてカワイイもんじゃなくて、スープの匂いとどこか淫靡な香り、体温――
 息が出来なくなったところで、菫は濡れた唇を離した。綾乃の熱い視線に身体が反応する。
「うん、あれよ。これは同意の上だから問題ないのよっ」
 綾乃の服に手をかけ、ボタンを1つずつ外していく。
(菫ちゃん……)
「だめ……」
 綾乃の深奥の部分から、むらむらと何かがこみ上げてくる。体が熱くて、足がガタガタと震えた。この想いを我慢したら、冗談じゃなくて本当に死にそう。でも我慢しなきゃ、みんなが見てる……。
 涙を溢れさせる綾乃の肌に、菫の吐息がかかる。
「ああっ! 菫ちゃん、もうだめっ!」
 気がつくと、綾乃は菫を押し倒していた。胸に頬をつけて、言う。
「ずっと想ってたの……菫ちゃんの『せふれ』になりたいって」

 パヴェーダは、スープの味がおかしいことに一口で気付いた。それが、男子達が騒いでいたホレグスリなるものであることも。しかし時は遅し。彼女にとって、食堂にいる女の子全てがもう恋愛対象である。
「ねえ、ちょっとこのスープ飲んでみない? 特製のスパイスを入れてみたの。味見してほしいんだけど……おいしい?」
 素面の女の子にはこう言って、既にスープを飲んでしまった女の子には遠慮なくスプーンを口に滑らせて対象を変える。
「え、私の名前? パヴェーダっていうの。ねえ、今晩あなたの部屋に行って良い? 時間は……」
 手帳を繰って、Wブッキングに注意しながら約束を取り付けていく。いつもなら、菫が他の子と仲良くしているのを止めるパヴェーダだったが、この時ばかりは綾乃との絡みも気にならなかった。

「今日のイルミンスールは何か浮ついていますね。なんですか、俺に対するあてつけですか?」
「まあそう落ち込むなよ。この後、どうせヒラニブラで会うんだから良いじゃねえか」
「それとこれとは別ですよ……。ティエルさんも来るっていうからわざわざザンスカールくんだりまで来たというのに……」
 志位 大地(しい・だいち)は、会いに来た友人に向かって溜め息を吐いた。好きな人の顔を見るのを楽しみにしてきたら、その当人は来ていなかった。携帯電話で連絡をしてみたら、待ち合わせをすっかり忘れてタシガンで紅茶を飲んでいたようなので、まあ事件とかに巻き込まれているわけではなく安心はしたのだが。
「それにしても、いくらなんでもおかしくありませんか。本来なら、人目を憚って行うべきことを堂々としている人が多すぎます。クリスマスとはいえ、風紀の乱れが尋常じゃありません」
「ああ、そりゃホレグスリのせいだろな」
「は?」
「エリザベート校長が作って、俺達に配ったんだよ。逆ハーレム計画だったみてえだけど」
 友人が小瓶を振ってみせ、テーブルに置いた。それはさっき、液状コショウだとか言って食事に混ぜたやつではないのか……?
「まさか……」
 嫌な予感にスプーンを持つ手が止まる。
「お前が俺に惚れたらどうなるかなーって思ったけど全然変わんないでやんの。本人が居なくても、お前の頭ん中ってティエルで一杯なんだな」
 つまらなそうに言う友人に、大地は愕然とした表情でスプーンを置いた。
「そういえば、今日は大してあなたがうざったくありません。これがホレグスリの効果というやつですか?」
「おいっ!」
 友人がずっこけた所で、大地は何やら危機を感じて立ち上がった。後ろから、身長が2メートルを優に超えた男性アリスが突進してくる。
「お゛兄゛ち゛ゃ゛あ゛ん゛」
 男性アリス――仲良 いちご(なかよし・いちご)にとって、ある程度以上の身長と体格のある男は全て『お兄ちゃん』である。スープを飲んだいちごにロックオンされたのが、大地だった。
 女性を器用に避けながら、黒光りする羽を広げて走ってくる筋骨隆々のいちごに、大地は顔に縦線を引いてのけぞった。ハグされそうになったところを身を沈めて躱し、腹部に拳を叩き込む。いちごが身体を折ったところで、テーブルに置いてあったホレグスリを口の中に突っ込んだ。次に、その顔を友人へと向けさせる。
「へ?」
 にやにやと見物していた友人が、目をぱちくりとさせる。
「お゛兄゛ち゛ゃ゛あ゛ん゛ーーー!」
「だああっ! ちょっと待てえ!」
 大地の友人がアリスキッスされる様子を、相馬 小次郎(そうま・こじろう)がのんびりと見物している。他にも、小次郎は食堂にいるカップルを眺めて、1人楽しんでいた。和食を頼んだ彼女は、スープの被害に遭っていない。
「ふむ、三次元も悪くないものだ。これはこれでいいものじゃのう。しかし……おお、そのカップリングは思いつかなんだ。眼福、眼福」
 気に入ったカップルは携帯で撮影し、後で楽しめるように取っておく。
「ホレグスリ様々じゃな。ほっほっほ」

「へえ、そんなことがあったんですか」
 朱宮 満夜(あけみや・まよ)は、スープを飲みながらパートナーのミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)に午前中の話を聞いていた。
「置いてくるのも危険だからな。持ち帰ってきたのだが……、我輩1人が使わなかったからといってどうにかなるものでもなかったようだな」
 満夜に惚れて飛び掛ってくる有象無象を張り倒しながら、ミハエルは言う。
「解毒剤を作ろうと思ったんですよね? ……でもお、それって難しくないですかあ?」
「難しいだろうが、どんなものにも必ず答えはある。1つずつ順に問題を解いていけば、解毒剤を作るのも不可能ではないだろう。イルミンスールの生徒として、実に燃える課題でもある」
 冷静に的確な答えを返すミハエルに、満夜は口を尖らせた。
「みんながラブに燃えてるのに、ミハエルは解毒剤作りに燃えるんですかあー? そんなのつまらないですうー。私といいことしませんかー?」
「いいことって……満夜? 何か先刻からおかし……」
(! まさか、スープの中に惚れ薬が仕込まれた!?)
 満夜は、身体を寄せてきてキスを求めるように目を閉じた。
「ミハエルぅ……もうパートナーとしての関係だけじゃ満足できない……」
「いや、満夜待つのだ。とにかく部屋に戻ろう。話はそれから……」
「えぇ〜、ここで良いじゃないですかあー……」
 ミハエルは満夜を抱え上げて、急いで食堂から脱出した。