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ホレグスリ狂奏曲

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ホレグスリ狂奏曲

リアクション

 食堂では、和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が食事を摂っていた。
「それにしても、ホレグスリをあんな大勢に飲ませようとするなんて、校長も危ないなぁ。
襲われたらどうするんだか。……心配だ。なあ、フォルクス」
「ああ、そうだな」
 フォルクスは明後日の方を向いて生返事をした。食堂の様子が明らかにおかしい。ざっと見たところ、例の小瓶は使われていないようだがホレグスリの症状を現している者がそこらじゅうにいる。
 フォルクス自身は、薬を使おうとは思わなかった。
(ホレグスリか……面白いとは思うが、我には不要だ。今はああいう態度しかとれずとも、樹は我を好いている。薬になど頼らずとも、いずれは……な)
 そんなフォルクスを見て、樹は彼が薬を飲んでしまったのだと勘違いした。視線を辿った先には、それなりにかわいらしい顔をした男子生徒がいる。
(……まさか、引っかかっちゃったのか!? そうなのか!?)
 樹はイラっとしてポケットからホレグスリを取り出した。フォルクスが未だこちらを向かないのをいいことに、カップに薬をたらす。
「フォルクス、コーヒーでも飲まないか」
「ん? ああ……もらおう」
 全く疑うことなく、パートナーは姿勢を正してコーヒーを飲んだ。どんな変化が起こるのか少し緊張して見ていると、些細ではあるが、フォルクスの瞳が熱を帯びたような気がした。
「……樹……」
 次の瞬間、小瓶を口に突っ込まれる。
(えっ、ちょっと……待っ……)
午前中エリザベートに呼び出されていた2人は、1人1本ずつホレグスリを所持していた。
「もはや我慢ならん。今すぐ我のものになれ」
「……フォルクス……」
 心の奥底に押し込めていたものが、迫りあがってくる。指を絡めながら近付き、フォルクスは樹を強く抱きしめた。抵抗しない彼の肩に口をあて、首、頬、そして唇へと――
「……待って、フォルクス」
 樹はそこで、手のひらを翳して顔の前に壁を作った。
「俺はまだ子供だから……今の関係に、もっと自信を持ちたいんだ」
「……それなら、尚更ではないか? 恋心だけではいずれ冷める。異なる情愛を深めておかなければな」
 頭を抱き、フォルクスは樹の髪を縛っている紐を解いた。乳白金の髪を一房取って口をつけ、言う。
「一つになることで、見えてくるものもあるはずだ」
 樹の中で、何かが反転したような気がした。それはフォルクスも同じだったようで、しばし2人は見つめ合う。
「従属させたいとは微塵も思わん。だが……我のものになれ。……なってくれ。愛している……樹」
 樹は、フォルクスの胸に額を当てて、目を瞑った。
「自分の中にある気持ちに、本当は気付いてる。でも俺はまだ子供で……きっとすぐに恋に溺れて甘えすぎて、駄目になるから」
(え、何だ? 俺、なに言ってるんだ? 嘘ではないけど……、絶対に言うつもりなかったのに!? あれ!?)
 中での混乱をよそに、表の樹は言葉を紡ぎ続ける。
「フォルクスがそういう俺の気持ちを理解して、引いてくれてることも分かってる。結局、甘えてると思う。だけど……だから俺は、迷わずに好きでいられるんだ。あんたが俺に向けてくれる想いに、肩を並べられるようになりたい」
(わわわわ! まさかこれがホレグスリの効果なのか!? どうしよう、でも……フォルクス、嬉しそうだ)
「……わかった。ありがとう」

(あら? なんでこんなところにドリンクが?)
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、イルミンスールのテラスで小瓶を見つけた。テーブルに載っているそれは、よくある栄養ドリンクのようだ。飲んでみると匂いは特になく、味は栄養ドリンクとは思えない摩訶不思議なものだった。何だか、心が浮わついてくる。
「まさかこれ、ホレグスリ……!? でも、薬はスープに混ざっているものだとばかり……あれ、あそこにいるのは……」
 一方、白波 理沙(しらなみ・りさ)も無造作に置いてあった小瓶の中身を飲んでしまっていた。男子生徒が使って余った分が、あちこちに置きっ放しになっているのだ。
(誰か取りにきたらその時に買って返せばいいよね。……うっ、まずっ! あれ? もしかしてこれって……)
「理沙!」
 そこに、祥子がやってきた。
「祥子……やっぱりコレ……ど、どうしよう! 私、好きな人いるのに……」
 理沙は急に気が抜けて、祥子に頼りたくなってきた。
「わかってる。とにかく、下手に誰かを見ると危険だし、しばらく人目につかない一つの場所に避難しときましょ。薬の効果が切れるまでそこに居れば大丈夫よ……あれ? 理沙、なんで猫に?」
 瞬間、2人の中の何かが反転する。
「うにゃ〜、祥子ぉ〜あったかいにゃ〜、ここでひなたぼっこしたいにゃ〜」
 超感覚でネコミミと尻尾を生やした理沙が、顔を擦りつけてくる。今にも、ごろごろとか言いそうな雰囲気である。
「理沙……」
 ――カワイイナア
 ――ナデタイナア
 地面に寝転がった理沙の頭を、祥子は撫で回す。膝枕をして、耳や背中をなでなでなでなで……。
「アハハ、ドコヲナデテホシイノカシラ?」
(はっ、人が見てる!? 駄目ー! そんな目で見ないでー! 身体が勝手にぃっ!?)
 その視線が、自分のことで夢中な人々がたまたま送ったものだとも気付かない。
 祥子が見えない葛藤をしている中、理沙も心で叫んでいた。
「ご主人さまぁ、構ってほしいのにゃー☆」
(ちょ……! て、いうか、私は百合じゃねぇぇぇぇぇっ!!!! いい、いい、撫でなくていいから! あ……)
 理沙は、腕で顔をごしごしこすった。
「幸せにゃ〜〜ん……」
(だーかーらー、私はノーマルだっつーのっ!! 祥子は友達! ただの友達なんだから!)
 すっかり丸くなった理沙を、祥子は母親のように目を細めて撫でている。
「アナタハドコノコカシラ? ワタシノトコロニクル?」
「にゃー?」
(え? 何言ってんの祥子! 目が、目がコワイよ!?)
「クビワハナニイロガイイ? オンナノコダカラピンクトカ?」
(ストーップ! 理沙には想い人が居るからダメー!!)
 理沙の手が祥子のジャケットを摘む。
(待て! 待て私! それ以上はダメ! 大切な人への私の愛は本物なのよ! こんな薬ごときに負けるものかぁぁぁ!)
 手が止まった。
(おお! やるじゃん私!)
「なんか、眠くなってきたにゃ〜…………」
 ――それから何度かの攻防の後、2人は疲れて眠ってしまった。
 
 ホレグスリに着実に侵食されていくイルミンスールであったが、抵抗勢力が無かったわけではない。少数ではあったが、解毒剤作成を始めた生徒がいた。本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)アルカリリィ・クリムゾンスピカ(あるかりりぃ・くりむぞんすぴか)だ。
「どうじゃ? 作り方は分かったかえ?」
 図書館で文献を漁る涼介に、アルカリリィが言う。
「いや、まだ……校長が持ってんのかなあ……」
「我はそろそろ、自室で研究に移ろうと思うが。食堂のスープは採取済みじゃしな、おぬしから分けてもらった薬もある」
「私はもう少し調べていくよ。ホレグスリのレシピなんてそう幾つもあるわけない。見つかれば、多分ビンゴだ」
「しかし、おぬしは薬を使ってみようとは思わんのか? 恋人を得る良い機会かもしれぬぞ」
 扉の近くまで歩いてから、ふと気になって、アルカリリィが訊く。
「それは、お互い様だろ」
「……まあ、そうじゃな」
 彼女が出て行くと、涼介は1つ溜め息を吐いた。
「私だって、恋愛に興味はあるし、彼女だって欲しいさ。いつもだったら、皆と一緒に楽しんでいたかもしれない。でも、今回ばかりは……ひどすぎる! 個人の目的、しかも逆ハーレムなんていうわけわからん事のためにここまでの混乱を作り出すとは……」
 恋をするのにこんな薬の力を借りてはいけないとも思うし、まずはこの騒ぎの収拾が最優先だ。
 涼介は拳を作って気合を入れ、解毒剤への決意を新たにした。
「周りからどう思われてもかまわない。この乱痴気騒ぎは、絶対に私が収拾してみせる!」

 イルミンスール魔法学校 1F
「……よし、もう居ませんね」
 食堂に入った直後、たまたま目が合った女子生徒に追いかけられた影野 陽太(かげの・ようた)は階段裏に隠れてラブアタックを何とかやり過ごした。御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に片思い中の彼は、他の女子と恋を語る気にはなれない。
 というよりも、今日明日中に環菜にデートを申し込むという大目標を掲げている陽太にはそれ以外のことを考える余裕がなかった。
 とりあえず、当面の目標は脱出である。
「何か、ゾンビ映画の登場人物になった気分ですね……」
 階段を昇りながらげんなりと呟く。エリザベートが男子生徒を集めてから数時間、イルミンスールにはホレグスリがすっかり蔓延していた。飲みかけの小瓶があちこちに置かれている上、他校生もスープを持ってうろうろしている。中には、厨房に押しかけて直接スープを貰う生徒がいるくらいだ。
 普通に歩いていると、どこから狙われるかわかったものではない。
「あ、見つけましたぁ〜!」
 その時、後ろから声が掛かった。自分に惚れてしまった女子生徒だ。
「わわわわっ!」
 慌てて逃げる。
 陽太は、屋上に『サンタのトナカイ』を停めていた。ソリには何人か乗れそうだから脱出しようとしている人がいたら一緒に逃げるつもりだったが、今のところそういう人達には行き合っていない。
 屋上に着くまでに会えるだろうか?