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ホレグスリ狂奏曲

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ホレグスリ狂奏曲

リアクション

 
 アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は、校内の様子に呆れながらも食堂へ向かっていた。
「よくもまあ、ここまで広がったものじゃな。人の欲というのは果てしない……」
「アーデルハイト様〜!」
 正面から、物凄いスピードで風森 望(かぜもり・のぞみ)が迫ってきた。バーストダッシュを使っているのだ。
「お慕いしております、アーデルハイト様〜!」
「なんじゃ!?」
 逃げる間もなく飛びつかれ、アーデルハイトは慌てた。勢いで、着ていた服(?)がずれる。どこがずれたかは各自の想像に任せるとして。
 望は、アーデルハイトにキスを迫る。
「や、止めんか!」
「只の挨拶です! だから問題ありません! 何度でもしちゃいましょう! さぁさぁさぁ!」
「問題あるわ! これ以上ないほど問題あるわ! 1度もせんぞ! 絶対せんぞ!」
 アーデルハイトは、ぐぬぬと手で望の口を塞いで押し返す。しかし腕力の差は歴然で、望は肌を抱いたまま離れない。
「むむむむ、むぬむみゅむむむふむうううむむももむ(訳:それなら、キス以外なら問題ありませんね)!?」
 望が『ひも』を掴む。どこの『ひも』なのかは各自の(ry
 掲載禁止になる前に、アーデルハイトは子守歌を使った。効果は、すぐに現れる。まどろんで力を失いながら、望は言った。
「あぁ……こんなにも……お慕いして……おりますのに…………ヨヨヨ」
 アーデルハイトは『ひも』の位置を直しながら、望を壁際に寝かせてやった。「至れり尽せり」で毛布を出すと、上から掛けてやる。
「お、思った以上に恐ろしい薬じゃな……」

「や、やったでござる! 撮ったでござるよエリザベート殿!」
 歩き去るアーデルハイトの背中を眺めながら、暗がりで光太郎がひそひそと言う。
「早く見せるですぅ! というかそこどくですうぅ〜! 狭いですうぅ〜!」
 狭い場所に、光太郎とエリザベート、取り巻き達がぎゅうぎゅうと入っていた。完全にアーデルハイトが見えなくなってから、全員は暗がりからまろび出る。
「で、では……」
 光太郎がビデオを再生しようとする。
「おっ、ロリ……エリザベート!」
 突然やってきたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)に、一同は飛び上がった。隠し撮りしたマル秘動画を確認するというのは、やはりそれなりにうしろめたいものだ。
 光太郎がカメラをしまうのを見て「おっ」という顔をしてからトライブは言った。
「心配したぜ、作ったホレグスリのせいで誰かにセクハラされたり恨まれたり薬を盛られたりしてるんじゃないかってな。元凶だとはいえ、7歳の子供にそれはやりすぎだ。……俺が護衛してやるから逃げようぜ。アーデルハイトはどうした?」
 アーデルハイトとのラブ写真を撮ってやろうと画策するトライブとしては、その居場所が気になるところだ。
「逃げるわけにはいきません〜、勝負の途中なのですぅ〜」
「勝負?」
 エリザベートは【おっぱい無し三国志】について説明した。
「なるほど、それでレオタードか…………よし、俺も協力するぜ!」
 ぶっちゃけ、エリザベートの近くに居られれば理由はなんでも良い。アーデルハイトには、そのうちどこかで会えるだろう。
「でもそのコスプレ、かなりキワどいな。イラストに出来るレベルを超え……」
「エリザベート様あああああああああ!」
 次にやってきたのは、ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)だ。ホレグスリを飲んでいる彼は、レオタード姿のエリザベートにすっかり目をハートにしていた。エリザベートの前に進み出た取り巻き達14名が、守りを固める。それを、ヴェッセルはドラゴンアーツを駆使した無駄にいい動きで容赦なく薙ぎ倒していく。
「キスしてください! エリザベート様!」
「仕方ない。やるでござるか」
 アーデルハイトは撮ったがエリザベートはまだ撮っていない。志半ばでやめるのが不本意である以上、ここでエリザベートの信頼を勝ち取っておく必要がある。
 全く同じ理由で、トライブも綾刀を構えた。
「今回は邪魔させてもらうぜ、悪いな」
「邪魔する奴は、排除する!」
 ドラゴンアーツに隠れ身を併用して、ヴェッセルが動く。位置が特定しづらくなり、光太郎が連続して雷術を放つ。あぶりだしたところで、トライブが綾刀を振る。わざと大振りにするとヴェッセルは空中に避け、そこを光太郎の氷術が襲う。
 見事に直撃して、ヴェッセルは目を回した。
「目標が沈黙したアル!」
 幻奘がブラックコートですかさずヴェッセルを拘束した。無事な取り巻きの1人がそれを抱えてとりあえず保健室へ連れて行く。
「よかったですぅ〜。逆ハーレムとキスは別ですからねぇ〜」

 望から逃れたアーデルハイトは、這這の体で食堂に入った。小瓶以外にもエリザベートが薬を仕掛けているとは夢にも思わずにスープを頼む。いざ、それに口をつけようとした時――
「アーデルハイト様、待ってください!」
 腕を掴まれた。制止の声を上げたのはユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)だ。教導の使いでイルミンスールに来た彼は、ホレグスリ事件の原因を知って怒っていた。惚れ薬などと人の心を無視したモノで人の心を動かすなどとは他校の校長であろうと言語道断だ。聞いたところによると動機は復讐らしく、ならばエリザベートを悔しがらせようと、アーデルハイトを探していた。その折に、食堂に入る彼女を見つけたのだ。
「そのスープにもホレグスリが入っています。未確認ではありますが、他の飲食物にも混入している可能性があります。騒ぎが収まるまでは食事をしない方がよろしいかと」
「…………」
 アーデルハイトはスープの皿とユウを見比べ、それから溜め息を吐いた。
「むう……仕方ないな。エリザベートはとんでもないものを作ったものじゃ」
「ひとまずお部屋に戻りましょう、自分がお送りしますので。どうも、アーデルハイト様に何かしようと企む者がいるようです」
 それがエリザベートだということは一応伏せておく。
 ユウは、名残惜しげにスープに目を遣るアーデルハイトを連れて食堂を出た。超感覚で黒猫の耳と尻尾を生やしつつ、第六感を使って警戒する。これで、守るふりをして何かしようとする人が来ても安心だ。気分は姫を守る騎士、というところだろうか。アーデルハイトになら仕えてみたい気もするが。
 中央ホールに差し掛かったところで、ユウは休憩しているエリザベート達を見つけた。レオタード姿の取り巻き4人に光太郎と幻奘、トライブ、それにエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)だ。
「エリザベート!」
 アーデルハイトは迷うことなく集団に近寄ろうとした。一言、否、二言でも三言でも文句を言ってやらないと気が済まない。
「アーデルハイト様、危険です! 彼女は……いえ」
 ユウの超感覚がそこで反応した。これから起こる危険に対してではなく、既に起こってしまったことに対してだ。
 2人は、エリザベート達と接触することにした。

「クッキーですかぁ〜?」
 渡された2種類のクッキーを両手に持ち、エリザベートは唸った。休憩用の簡易テーブルにはオレンジジュースが置かれている。エリザベートが疑わしげにクッキーを凝視している隙に、トライブがジュースにホレグスリを入れた。光太郎がにやりとする。
「ささやかだが、私達からのクリスマスプレゼントだ。日頃、世話になっている礼だと思ってくれれば良い」
「う〜ん、怪しいですねぇ〜」
 エリザベートは袋の中の匂いを嗅いでみたりしている。しかしホレグスリは無臭である。
「私をハメようとしてませんかぁ〜?」
「仮に、どちらかに薬が入っていたとしよう。だが、折角のクリスマスなのだ。たまには校長も羽目を外して、わざと罠に引っかかってみたらどうだ? どうせ一生効果が続くものでもあるまいし、解毒剤の1つや2つあったりするのだろう? 私ではなく校長がやるからこそ面白い」
「だから、解毒剤なんかないですぅ〜」
「おくつろぎの所、失礼いたします」
 そこに、ユウとアーデルハイトが割り込んだ。ユウは全員を順番に眺めやってから、光太郎の持つビデオカメラを注視した。
「……それですね」
「な、何でござるか?」
「それに、アーデルハイト様関連の映像が入っているとみました。こちらに渡してください」
 冷や汗を掻く光太郎に、ユウは冷静な面持ちで掌を差し出す。
「さあ」
「出すのじゃ!」
「…………」
「いいじゃないですかぁ〜、見せてやりなさいぃ〜」
 カメラをしっかりと抱く光太郎に、エリザベートが言う。
「アレを本人に見せるというのも、また一興ですぅ〜。ショックで倒れなきゃいいですけどぉ〜」
 アーデルハイトは風森 望(かぜもり・のぞみ)に迫られた時のことを思い出した。アレを撮られていたら、かなりの破廉恥ぶりであろうことは、想像に難くなかった。
「ユ、ユウ! 早くビデオを取り上げるのじゃ!」
「はい!」
 そんな映像をこの場の皆に見せるわけにはいかない。慌てるアーデルハイトに、エリザベートは上機嫌だ。
「大ババ様が私の邪魔をしたからですぅ〜。それに、そんな格好してるのがいけないんですうぅ〜。大事なところがかろうじて隠れているだけの衣装なんて、グラビアアイドルでもそんなに着ないですぅ〜」
 エリザベートはクッキーに集中しながら、言う。
「う〜ん、これはひっかけですぅ〜。ピンク色の方に薬が入っていると見せかけて、実はシロですうぅ〜」
 選択したピンク色のクッキーを口に入れ、オレンジジュースで流し込む。
(おっ!)
(やったでござる!)
(あらあら)
(どうなるアル?)
(校長の負けだな)
「大ババ様、私の勝ちですうぅ〜〜〜! ………………はれぇ?」
 子供の身体には、少量でも抜群の効果がある。その薬をダブルで摂取したエリザベートは、あっという間にアーデルハイトに惚れてしまった。
「うぅ〜、好きですうぅ〜。愛してますうぅ〜。今まで年寄り扱いしてごめんなさいですうぅ〜」
 アーデルハイトの腰に抱きつき、尻を突き出した格好で取り縋る。――7歳ながら、なかなかいい尻をしている。その様子を、トライブが携帯電話で撮影した。ミッションコンプリートだ。ビデオの方は、もうユウの手におさまっている。だが光太郎としても、エリザベートの恥ずかしい姿さえ記録に残れば満足だ。
「……その写真、あとで環菜校長に見せるでござるよ」
 小声でこっそりと、トライブに言う。
「これからはアーデルハイト様と呼びますうぅ〜!」
「校長ー! 大変です校長! 学内がバカップルの巣窟に! って、ああ! 校長がバカップルの犠牲に!」
 出雲 竜牙(いずも・りょうが)出雲 たま(いずも・たま)と共にホールに駆け込んできた。屋上で弁当を食べていた竜牙は戻るなり無差別恋愛状況に直面し、それ以来エリザベートを探していたのだ。彼は、この現象にアーデルハイトが絡んでいると思っていた。午前中にある教室の近くを通った際に『それは惚れ薬じゃ!』というアーデルハイトの声を耳にした。後半の台詞は聞いて居ない。
 この機に乗じて校長の貞操を奪おうとする輩が現れそうだ。そう思った竜牙は、純粋に心配してエリザベートを捜索していた。
たまと協力してアーデルハイトから引き剥がしながら一同に言う。
「な、なに呑気に見物してるんだ! 校長がこんなことになってるのに……校長! 大丈夫ですか校長!」
「ああ〜、アーデルハイト様ぁ〜〜」
 とにかく運ぼう、とエリザベートを背負う。
「解毒剤が出来たぞーーー!」
 という声がしたのは、校長室に向かっている途中だった。
 声のする方へ行くと、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が解毒剤のカプセルを生徒達の口に突っ込んでいるところだった。
「俺にもくれないか?」
 申し出ると、涼介はレオタードを着た恋するエリザベートに驚いた。これはかなり恥ずかしい。自業自得とはいえ、少し気の毒だった。
「まずいのなんのって味だったから、カプセルにした。……噛んだりしたら意味ないから気をつけろよ」
 喉の奥に入れて、持っていた水で流し込む。
「………………ん? なんですかぁ? 私、どうしてこんな所に居るですかぁ〜?」
「校長、行きますよ!」
 念のためもう何粒か解毒剤を受け取ると、竜牙はぼけっとしているエリザベートを背負い直し、走った。事態が収拾するのも近い。それまでは篭城していれば安全だろう。