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ホレグスリ狂奏曲

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ホレグスリ狂奏曲

リアクション

 第7章 唇争奪戦の結末!?


「えー、やめなよー」
 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)は、前を行くザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)に超棒読みな感じで言った。
「止めないでください、クエス。これは必要なことなんです。こういう時にきつく叱らないと、エリザベート校長はちゃんとした大人になれません」
「相変わらず真面目ね。物好きというか……」
 クエスティーナとしても、本気でザカコを止めるつもりは毛頭ない。彼女は、なんだかんだ言いながら校長室まで付いていき、頃合を見てザカコにホレグスリを飲ませるつもりだった。荒事は苦手だし、飲ませるのは勿論、パートナーのサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)の役割になるのだが。教導団衛生科として、薬が精神治療に使えるのか試してみたいというのもあったが、彼女の一番の動機は単純で、誰かに惚れるザカコを見てみたいというものだった。
(どうも、様子がおかしいような……?)
 なぜか楽しそうにしているクエスティーナに、ザカコは内心で首を傾げた。

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、纏わりついてくるミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)を引き摺りながら屋上を目指していた。
 解毒剤が投入される前にスープを飲んだミュリエルは、エヴァルトにくっついて始終喋り続けている。恥ずかしがりやの彼女が、普段ではありえないことだ。
「お兄ちゃん……えっと、お嫁さんってどうやってなるんですか?」
 とか。
「お兄ちゃん……さっきの人達みたいに服を脱いでくっついたらお嫁さんになれるんですか?」
 とか。
「お兄ちゃん……今日……一緒にお風呂入りませんか?」
 とか。いろいろ。
「わかったから離れろ! ……いや、わかったというのは決して風呂に入ることをOKしたわけじゃなくてだなっ……! あ、痛っ、ミュリエル、ツノ! ツノ当たってるって!」
 ミュリエルの症状がホレグスリのせいだと知ったエヴァルトは、暫く、ヤケクソになってカップルの様子を観察していた。、自分には理解できない「恋愛」というものを、見て学ぶように努めてやる! とか思って。ミュリエルへの影響を考えて、えろいことをしてたりするカップルではなく、健全な2人組を眺めようとはしていたのだが、そんな連中は数えるほどしかいなく、ミュリエルには立派に悪影響を与えてしまったようだ。薬が切れた時には忘れてくれているとありがたい。
「お兄ちゃん……」
 とはいえ、このくらいなら他のカップルより症状は軽微だ。
「まったく……、合体型機晶姫がいたのかどうか調べにきたら、とんだことに巻き込まれたな。屋上なら、さすがに安全だと思うが……」
 状況が落ち着いてから脱出しようと考えていたが、そんな悠長なことをしていられる場所じゃないと察知して、エヴァルトは階段を昇っていた。目指す場所まではあと少しだ。
 ちなみに屋上というのは校舎としての屋上で、どでかい世界樹からすればまだまだ低層部分に当たる。
「お兄ちゃん……もう歩けません……」
 ミュリエルが、踊り場に座り込んだ。どうやら、くっつき続けることで体力を消耗してしまったらしい。
「お、おい! ミュリエル!」
 くったりとしたミュリエルを慌てて抱えてやっていると、下の階の方から影野 陽太(かげの・ようた)がやってきた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
 駆け寄ってくる陽太に、エヴァルトは言う。
「大丈夫だ。ただ、疲れてしまったみたいで……ホレグスリも飲んでいるしな……」
「大変ですね。薬の方はそのうち切れるでしょうが……。そうだ、俺と一緒に逃げませんか?」
「え?」
「屋上に『サンタのトナカイ』を停めてあります。3人くらいだったらソリに乗れますから。同じ蒼空学園のようですし」
「本当か!? 助かるよ!」
 屋上に出ると、トナカイは退屈そうに昼寝していた。トナカイを起こし、眠気が取れるのを待ってから出発する。
 空を飛ぶ彼らの姿は、遠くからだとSF映画に出てきた自転車少年のようにも見えた。――ザンスカールでは後日、昼間からサンタクロースが出たという噂になった。
 
「安心してください校長。今、俺のパートナーが犯人の捜索中です。無差別恋愛魔は必ずとっちめてやりますよ」
 一方、校長室では、いつもの席に座ったエリザベートと出雲 竜牙(いずも・りょうが)が話していた。机の上にはペットボトルに入ったホレグスリが置かれている。竜牙は、未だに校長のことを露ほども疑っていなかった。このペットボトルも、薬を持っていた生徒から没収したものだと勝手に思っている。
「大丈夫なのです、校長せんせ。悪い人はきっと、モニカさんが捕まえてくれるのです」
 エリザベートの膝に乗ってもふもふしながら、出雲 たま(いずも・たま)が慰めの言葉をかける。エリザベートは、不貞腐れた顔をしてたまの毛をいじっていた。そこに、モニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)が帰ってくる。
「モニカ、犯人は分かったか?」
 竜牙の問いを無視して、モニカはエリザベートの前に立った。無言のまま、右手を上げて拳を作る。
 ごいん。という擬音が適切だろうか。その拳は、エリザベートの頭に振り下ろされた。
「モニカ!」
「痛いですぅー!」
 涙目になった校長を無表情で見下ろして、モニカは手帳を開く。
「スープにホレグスリを入れたのはあなたね? 調味料だと偽って、食堂のお姉さんに飲ませ、惚れさせた上で鍋に入れる……。実に悪どいやり口だわ」
「えっ……!」
「そうだったんですかー?」
 モニカは、驚く竜牙と、能天気に言うたまをちらりと見て、エリザベートに視線を戻した。
「私も修羅場は潜ってきたつもりだけど……今まで見た中で、いっとう酷い有様よ、これは。解毒剤は出来たみたいだけど、それだけで許される罪じゃないわね」
「待っ……、待てよモニカ!」
 唇を尖らせるエリザベートとモニカの間に竜牙が割り込む。
「校長はまだ7歳だし、きっと寂しかったんだ。そんなに怒ることないだろ?」
「…………」
 モニカは、無言で竜牙を睨みつける。あんたは被害に遭ってないからそんなことが言えるのよ。私は湯気で変な気持ちになるわナンパされるわ大変だったんだから、とはわざわざ言わない。……まあ、悪いナンパでもなかったが。
「ちゃんとけじめをつければいいんだろう? 校長」
 竜牙が振り向く。
「人の上に立つ者として、模範は見せないといけませんよね? 騒ぎを起こした責任、きっちり取ってもらいますよ」
「何をしろって言うんですぅー?」
「クリスマスパーティを開いてください」
「は?」
 エリザベートと、モニカの目が点になる。
「今晩、正気に戻ったみんなと一緒にクリスマスパーティをしてお詫びをすること。ただし、費用は全部校長持ちです」
「…………」
 ぽかんとしていたエリザベートだが、数秒後に不服そうな顔に戻って頷いた。
「わかりましたぁー。そのくらいなら簡単ですぅー」
「校長せんせ、一人でさみしかったから、みんなとらぶらぶになりたかったですか?」
 たまが見上げて言うと、エリザベートはそっぽを向いて沈黙した。竜牙が優しげに苦笑して、ペットボトルを取り上げる。
「こんなモンなくても、みんな校長のことは大好きですよ。俺も含めて、ね」
 その時、扉がノックされる。
「怪しいものではありません。シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)です。みなさん、紅茶でもいかがですか?」