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ホレグスリ狂奏曲

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ホレグスリ狂奏曲

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 第6章 愛の育みは2人の場所で


 図書館での調べ物を終えた土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)は、空いた小腹を満たそうと食事にやってきた。愛の発祥地の1つである食堂だったが、意外と客は循環するものだ。現在の食堂は比較的平和で、本来ベッドの上や車の中でやるべきことにふけっているカップルはいなかった。
 恋を語り合う人々を横目で見ながら、2人は丸テーブルを選んで向かい合った。
「イルミンスールって、随分と自由な校風なんだな。座る所ならいくらでもあるのにジベタリアンが一杯いるぜ」
「良いじゃないか。恋に落ちると、人はテーブルという障害物さえ我慢できなくなってしまうんだよ。雲雀だってそうだろ?」
 言いながら、エルザルドは食堂内を観察した。桃色の空気を放出しているカップルの前には、例外なくスープの皿が置いてある。飲ませっこをしているカップルなんかは、口にスープを入れる毎に遠慮がなくなっているような気がする。
(――なるほどね、ちょっと面白いな)
 雲雀は、エルザルドの言葉に少し考える素振りをして首をぶんぶん振った。
「と、とんでもないであります! そのような恐れ多い……って、何でお前に軍人語使わなきゃなんねーんだ!」
 片想いの上司を思い出したのか赤面する彼女を笑って眺めやり、エルザルドは言う。
「まあまあ、それより雲雀、食事はしないのかい? せっかくのスープが冷めてしまうよ」
「あ、ああ……」
 誤魔化すようにスープをかきこむ雲雀を、笑顔で見つめる。その笑みを少し不審に思いながらスプーンを使っていた雲雀は、自分の中に現れた変化に気が付いた。
(……なんだ、これ……何か、くらくらするって言うか、変な気分……そういえばエルって、割といい野郎だったり、する……? うっすら笑ってる唇とか色っぽくて、なんかすごく意識しちまう……いつもこんなこと思わないのに、何だろ、なんかおかし……)
「俺、雲雀が大好きだよ……」
 耳元で囁きが聞こえる。(ただし、可愛い俺の小鳥として、ね)とエルザルドが内心で付け足したことはもちろん知らない。満たされた気持ちで、雲雀は彼を見上げた。
「雲雀?」
 注がれる熱い眼差しに、エルザルドはさすがにたじろいだ。ちょっと可愛いところを見せてもらおうと思っただけなのに、これは予想以上の効果だ。見ると、雲雀のスープは空になっている。飲みすぎだ。
「……エル、……好き」
 雲雀が、頭に腕を回してくる。唇が接近する。あと少しで触れる、というところで、エルザルドは彼女の鳩尾に一発入れた。
 気絶した雲雀を抱き上げ、保健室へと向かう。
(俺だって本命がいる子の初めてを奪っちゃうほど鬼畜な訳じゃないよ。ホストは女の子には優しいのさ)

 エルザルド達と入れ替わりに、アルカリリィ・クリムゾンスピカ(あるかりりぃ・くりむぞんすぴか)が解毒剤を完成させて食堂を訪れた。爆心地であるスープに解毒剤を入れれば、騒ぎの収束も早いだろうと思ったのだ。彼女は、涼介が中央ホールで解毒剤を配ったことを知らない。
 アルカリリィはスープ鍋の前まで行くと、コック帽のお姉さんに無断で薬を降りかけた。そして、何か言われる前にさっさと食堂を後にする。
 この短時間で自分に惚れてしまった少年がいることも知らずに。

 ホレグスリの噂は、既に他校まで広がっていた。イルミンスールの友人から電話で話を聞いた神楽崎 沙織(かぐらざき・さおり)は、どうしても調べたいことがあると言って神楽崎 俊(かぐらざき・しゅん)を連れ出した。
 俊は、図書館奥の閲覧机で本を読んでいた。その間に解毒剤混入前のブツを調達した沙織は、彼の正面に座ってスープを差し出す。
「ここは少し寒いですね……飲んで下さい温まりますよ?」
「ああ、ありがとう。沙織はいいのか?」
「私は、義兄さんと一緒にいるだけで暖かいですから」
 当然の如く訊いてくる俊に、沙織は余裕の笑みで答えを返す。あながち嘘でもないので、俊は何を疑うこともなく皿の中身に口を付けた。食べている途中から、なんだか気分がおかしくなってくる。まっ昼間から感じるべきではない、本能が訴える衝動。
 笑っている沙織がぼやけて、それでいて惹きつけられる。原因がスープなのではないかと頭の片隅が教えてくれたが、食事の手は止まらない。
 身体が、ホレグスリを……いや、沙織を欲していた。
(沙織がいつもより……可愛く見える。やばい、抑えていた邪な気持ちが……押さえ切れなくなってきたし、意識が朦朧と……)
「義兄さん、取りたい本があるので手伝って頂けますか?」
(沙織が呼んでる……行かなきゃ……)
 俊はふらふらとした足取りで、本棚の暗がりで待っている沙織へと近付いて行った。途端、沙織が抱きついてきた。
「義兄さん……」
 見上げてくる沙織と唇を重ねる。一度始めると、もう、抵抗などどこにもない。キスをしたまま、左手を沙織の服の中に這わせると、声を上げる彼女の下着に指をかける。沙織の方も、俊のシャツのボタンを器用に片手ではずしていく。その手はベルトにかかり――
「あっ……っ!」
 これはどちらの声だったのか。
「焦らないでください、私は逃げませんから……」
 するり、と沙織のスカートが床に落ちた。

 イルミンスールの寮に朱宮 満夜(あけみや・まよ)を運んだミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)はいろいろなものと葛藤していた。ベッドに寝かせても、満夜はミハエルと密着しようとすぐ起き上がってきて、押さえようとすると結果、傍から見て彼は、かなり妖しい格好をしていた。
 具体的に言えば、そう、満夜を襲っているような。
 ベッドに仰向けになった満夜は、いつも以上に魅力的だった。濡れた表情に、流れるような黒髪が白いシーツの上に広がり、制服も乱れて臍が出ている。膝を立てているから、太腿も……
 ミハエルは、彼女を運ぶ時、一度キスされていた。その時に、ホレグスリが少量入ってきたことに彼自身は気付いていない。
(確かに満夜とはパートナーだし一緒にいるのも悪くはない。でも本当は満夜自身をモノにしたいと、我輩もどこかで思っていたのかもしれない……)
 こみあげてくる愛しい気持ち。
この想いは、本物なのかニセモノなのか。

 足先に引っ掛かった三角形の布をたくしあげ、スカートを穿き直している沙織を見ながら、俊はぼんやりと考える。
(何時かはとは思ってたけど……俺、やっちまったんだ……)
 本の散乱した床の上で、沙織は自分の上着の皺を整える。次に、はだけたままの俊のシャツを直しながら、彼女は言った。
「腰がガクガクです……義兄さん逞しすぎです」
 ――今後、沙織の歯止めが利かなくなってくるな……
 
 保健室に雲雀を運んでから暫くして、アルカリリィが解毒剤を持ってやってきた。
「もっと盛況かと思ったが、ここには1組と怪我人しかいないようじゃな」
 よく考えなくても、保健室は学校という施設の中では絶好のさぼりポイントであり×××ポイントでもある。
「これを飲ますとよい。じきに意識も戻るだろう」
 いや意識無いのは俺が殴ったせいなんだけどとか思いつつ、エルザルドは水色の液体を受け取った。
「あの御仁もそうなのかのう?」
 アルカリリィは、簀巻きのままのヴェッセルにも解毒剤を飲ませると保健室を辞した。エルザルドは雲雀の口に解毒剤を流し込む。
「うっ……けほけほっ……」
 余程の味だったのか、雲雀は咳と共に意識を取り戻した。
「ん……エル?」
 目を覚ました雲雀は、状況が掴めないままにパートナーの名を呼んだ。保健室に居る理由に心当りが全くない。エルザルドに理由を説明するように求めたが、彼はいつもの笑みを浮かべるばかりで口を割ろうとはしなかった。
(はぁ……何しにきたんだろ、自分……)
「……って、まずっ! 水! みずー!」

 一方、廊下に出たアルカリリィは、身体に巻きついた薔薇のツルに拘束されていた。とはいえ、抜けられないわけではなく、その状態に甘んじているのはツルの主に興味があったからである。
「おぬしじゃったか……我をずっとつけていたのは」
「き……気付いてたんですか?」
 皆川 陽(みなかわ・よう)は、おずおずと前に出ながら驚いたように言った。14年間の人生で一度もモテたことがない彼は、食堂で見かけてからずっと、正面からアタックする度胸のなかった陽は、隠れ身を使って彼女を遠くから見つめていたのだ。
 変態ではなく、気弱ゆえである。
「すみません……見つめていたらどんどんとあなたのことが気になってしまって……つい、その……」
「トラッパーで罠をかけて縛ったというわけか」
「す、すみません……」
 どこかの格闘漫画の妖狐のようにびしっと投げつけることはできないので地道に縛った。
 くどいようだが、変態ではなく、気弱ゆえである。へー、ふーん、あ、そう、みたいな視線を送るアルカリリィのツルを、陽は慌ててほどきにかかる。あの、どこから見ても変態としかいいようがない薔薇学校長が、見染めて集めた生徒に着せてる制服に巻きついている謎のツル。いかがわしい用途に違いない、とつい使ってしまった。
「あの……友達からでいいので……その……」
 彼女の手を握って、陽は赤くなる。
 アルカリリィは苦笑して、握られた手に、少しだけ力を入れた。
「明日になってもそう思っていたのなら、な」
 何故か解毒剤を飲ませる気にならず、彼女は言った。