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白の夜

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白の夜

リアクション






※当リアクションはBL的な表現を含みます。リアクションをご覧になる際、苦手な方はご注意下さい※




「パーティーへようこそ!」
 屋敷を訪れる人々の姿に、ヴラド・クローフィ(ぶらど・くろーふぃ)は両手を広げて声を上げた。
 様々な菓子で飾り付けの為された屋敷からは離れていても分かる程に甘い香りが漂い、どこか近寄りがたい雰囲気を呈している。シェディ・グラナート(しぇでぃ・ぐらなーと)の案内によりひとまず広間へと案内されていく生徒達を見送るヴラドの元に、ふと歩み寄る見知った姿があった。
「ご招待ありがとうございます、お久し振りですね」
 上から下まで真っ白な服に身を包んだエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の挨拶に、一瞬悩む間を置いてから、ヴラドはぽんと手を打ち鳴らす。
「ああ! 皆さんようこそ、この間はお世話になりました。今日は楽しんでいって下さ……い?」
 少し前の事件で迷惑を掛けたばかりの瀬島 壮太(せじま・そうた)早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の姿も目に入れたヴラドは、思い出したように一礼をして挨拶を返した。しかし、半ばで差し出された箱に言葉尻を疑問符へと変える。白い箱に白いリボンの掛けられたその箱と、全身真っ白のエメを丸めた瞳で交互に見遣るヴラドへ、エメは穏やかに笑って「ご招待頂いたお礼です」と添えた。
 その上へ、呼雪によって無造作に袋入りの薄焼き煎餅が乗せられる。更にミミ・マリー(みみ・まりー)によって袋詰めのミカンが乗せられ、「先日はありがとうございました」と以前燕尾服を借りた際の礼を述べつつ片倉 蒼(かたくら・そう)が控え目に差し出した黒い包装紙のプレゼントも積み重なり、両手に抱えたそれらにきょとんとしたヴラドは、一拍置いて嬉しげに破顔した。
「ありがとうございます」
「凄い、お菓子のお屋敷だぁ!」
「行こう、ファルくん!」
 その傍らをお菓子の香りに目を輝かせたファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が尻尾を振り振り駆けて行き、ミミがそれに続くと、二人を見守るユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)も後を追う。
「さあ、皆さんもどうぞ」
 微笑ましげにそれを見送ったヴラドは、残る一同を促すと共に屋敷の中へ向けて歩き出した。


「わーい、お菓子たくさん食べるよー!」
 満面に笑みを浮かべてそう声を上げた小林 翔太(こばやし・しょうた)は、言葉通り猛烈な勢いで机上の菓子へと手を伸ばし始めた。手当たり次第にお菓子を口に運んでは頬張り、幸せそうにもぐもぐと食べていく。
「甘いものもっと甘くして食べるとおいしいのですよ〜」
 その向かい側では、ナイト・フェイクドール(ないと・ふぇいくどーる)が持ち込んだ蜂蜜の容器へとお菓子を突っ込んでいた。甘い蜜に包まれたそれを笑顔で口に含み、髪の間から見える狼の耳をぴょこぴょこと跳ねさせる。
「持ち込みもオッケーだよね、……よっと」
 その隣で、サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は自ら持ち込んだトリュフとブラウニーを机へ乗せていた。途端にひょいと燕 蓮果(えん・れんか)の指がそれを拾い上げ、ぱくりと口内へ収めてしまう。
「うん、ルウは料理上手だから安心ネ」
 満足げに面持ちを綻ばせた蓮果に笑みを向けたサトゥルヌスは、自らも無数に置かれたお菓子へ手を伸ばそうとして、ぴたりと動きを止める。彼の目には、甘い香りを漂わせる菓子に紛れた妙に歪な物体が映し出されていた。
「……いや、料理は見た目も大事だけど、一番大事なのは味だよね!」
 漆黒の物体を前に一人呟いたサトゥルヌスは、意を決してそれを摘まみ上げようと手を伸ばした。触れる寸前にまで近付けられた彼の繊細な指先は、しかしそこで不意に横の菓子へと逸れる。
「見た目で全てを否定するのは……うん、駄目だって解ってるけど……こればっかりは否定したいな」
 自らへ言い聞かせるように呟きながらごく普通のクッキーを手に取ったサトゥルヌスは、小さくそれへ齧り付きながら一つ溜息を漏らした。
「あ、それ僕も食べたいな!」
 その彼の手製のトリュフへ、両頬にお菓子を詰め込んだ翔太が期待に満ちた双眸を輝かせる。もごもごとした言葉に一度目を瞬かせたサトゥルヌスは、一瞬間を置いて「どうぞ」と微笑んだ。
「ありがとー! ……うん、おいしい!」
 差し出されたそれをしっかりと味わってから飲み込んだ翔太は、満足げに瞳を蕩けさせた。次いで彼の手が伸びた先にあるのは、明らかに見た目のおかしいヴラドお手製の菓子である。
「……それは……大丈夫かな?」
 翔太のショートヘアをじっと眺めていたサトゥルヌスは、翔太の手中に収まった焦げ茶の物体に不安を滲ませる。しかし翔太は輝くような笑顔のまま、「手作りの物は想いの分だけ美味しくなるんだよ!」と自信満々に言い放ち、口に入れたそれを何事も無く咀嚼した。
「見た目と違って美味しいカ?」
 その様子を横で眺めていた蓮果が、さっと手を伸ばして同じものを摘まみ上げる。疑い半分ながらもその塊を口へ放り込んだ彼女は、次の瞬間ぴしりと表情を引き攣らせた。ひくひくと頬が震え、ともすれば吐き出してしまいかねないその刺激物を、気力をフルに動員して噛まないままに嚥下する。やがて喉を通過したそれに深々と安堵の吐息を零した彼女の額は、汗でびっしょりと濡れていた。
「……レンレン、普通のお菓子だけ食べてるヨ……」
 ぐったりと疲れ切った蓮果の隣では依然として猛烈な勢いで翔太がお菓子を食べ進め、ナイトの手には何を作ろうとしたのかも分からない、ヴラドお手製の砂糖の塊が握られていた。
「兄様、あっちのお菓子もおいしそうなの〜」
 そんな時、少し離れた所から紫桜 瑠璃(しざくら・るり)が無邪気な声を上げた。彼女の視線は、真っ直ぐサトゥルヌスの手元のブラウニーへと向けられている。
「こらこら、あんまり他の人のを強請っちゃ……すみません、一つ頂けますか?」
 彼女に付き添う緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が苦笑交じりに瑠璃をたしなめ、サトゥルヌスへと向き直った。快く差し出す彼の隣では、ナイトが蜂蜜の瓶を差し出しながら「これ付けるともっと甘いのですよ!」と嬉しそうに声を上げている。
「わーい、おいしいの! 兄様も食べないの?」
 ちゃっかり蜂蜜を付けて楽しげにブラウニーを口に含む瑠璃の言葉に、遙遠は笑みを浮かべつつ肩を竦めて「食べ過ぎると太りますよ」と返した。
「ん? 食べ過ぎ? 全然大丈夫なの! ね!」
 早くもブラウニーを食べ終え別のお菓子へ手を伸ばしていた瑠璃は、満面の笑みで答えると自分以上の勢いでお菓子を平らげていく翔太へと声を掛けた。頬にたっぷりとお菓子を含んだ翔太は、すぐに「うん、まだまだいけるよー」と同意を返す。
「やれやれ……ああ、あまり壁は食べない方がいいですよ。見栄えが悪くなっちゃいますし、衛生面も不安ですし」
 微笑ましげに彼女らを見守る遙遠は、続けてお菓子で覆われた壁へ駆け寄る二人を静かに制した。蜂蜜片手にこっそり後へ続いていたナイトも、悪戯を見付かった子どものようにぴくんと尾を立てて歩みを止める。
「壁は食べちゃ駄目なの? じゃああっちを食べるの!」
「……美味しそうに食べている瑠璃を見ているだけで、お腹一杯ですね」
 言うや否や翔太とナイトと共に別のテーブルへ駆け出す瑠璃を見送り、遙遠は満更でもなさそうに呟いた。


「行こうか、カシス」
 タキシードに身を包んだヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は、ヴラドへの挨拶を済ませると早々に傍らのカシス・リリット(かしす・りりっと)を促した。室内に漂う濃厚な甘い香りに辟易したように眉を下げていたカシスは、彼の言葉に首肯を返す。ヴィナが片手に幾つかお菓子を持ち、見繕っておいた外のベンチを目指して同じ歩調で二人が歩み始めると、不意に背後から声が掛かる。
「ヴィナさーん! ヴィナさんもおったん? あれ? この人だれ? 友達? 内妻さん! ほえー」
 口端にクッキーを咥えたまま元気良く捲し立てるミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)に、ヴィナは軽く目を瞬かせた後「こんばんは、ミゲルくん」と挨拶を返した。
「あの、オレミゲル・アルバレスっていいますーいつもヴィナさんにはお世話になってます! それにしてもお似合いやんなー羨ましいわーオレもこんな素敵な恋人欲しいわー」
 がばりとカシスへ頭を下げて挨拶したミゲルは、口を挟む間もなく快活な調子で二人を誉めちぎる。彼の勢いに気圧されたように返礼のタイミングを失っていたカシスは、困ったように曖昧な表情を浮かべた。
「ミゲルくんはお菓子を食べに来たのかな?」
 さり気なく助け船を出すようヴィナが問い掛け、ミゲルはぱっとヴィナへ視線を戻して頷いた。両手に溢れんばかりに抱えた菓子を示しながら、相変わらずの勢いで言葉を紡ぐ。
「そうそう、ここのお菓子もなかなかいけるでー。あ、でもドミニクの作った菓子のが美味いかなー」
「今日はドミニクさんは?」
 うーん、と首を捻って考え込むミゲルに、ヴィナは疑問気に問いを投げた。疑問気なカシスへ、「彼のパートナーだよ」と説明を添える。
「今日はオレ一人ー。オレもドミニクとくればよかったなー、ドミニク強いからきっとスペシャルお菓子も楽勝だったやろなー」
 失敗したわー、としょげる彼を穏やかに見守るヴィナの視線の先、ミゲルはすぐに元の陽気な笑顔へ戻って顔を上げた。
「っと、ドミニクに土産話する為にもたっくさんお菓子食ってくるわー。ほななー、チャオ!」
 ぱっと手を上げた拍子に抱えていたお菓子を落とし、何事も無かったようにそれを拾い集めながら、ミゲルはひょいひょいと人の間を縫って去って行った。嵐のように訪れ過ぎ去った彼を呆然と見送るカシスを促すように、ヴィナは彼の腰元へ軽く手を添える。
「……さて、行こう」
「……ああ」
 頷いたカシスからすぐに手を離し、二人は連れ添って屋敷の玄関口へと向かっていった。背後の広間からは、「あっオレにもそれ食わせてやー」と快活なミゲルの声が響いていた。


 夜闇の落ちた、屋敷の庭。中の喧騒とは打って変わって静謐な雰囲気に包まれたその空間を歩む、二人の人影があった。
「……聞いても、面白くありませんよ」
 静かにそう告げたのは、闇と見紛う漆黒のコートを身に付けた樹月 刀真(きづき・とうま)。その彼の手を引く玉藻 前(たまもの・まえ)は、油断なく細めた双眸を彼へ向け言葉を返す。
「刀真。先ほどお前の他人を見る目、殺す相手を見るそれに近かかった。……普段から冷めた目をしているとは思ったが、このような場であの目は異常だ。原因を話せ」
 そんな二人の後方、辛うじて声の届く距離では、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が木陰に身を潜め彼らの会話に耳を澄ませていた。断片的に届く言葉に、集中して耳を傾ける。
「俺は、昔『何か』に両親を殺されました。……俺を守ろうと覆い被さった、暖かく柔らかい両親の体が段々冷たく硬くなっていく……多分心が耐え切れなかったんでしょう。その時俺の中で最愛の者がただのものに変わった」
「最愛の者がただのものなら、それ以下の者など等しくただのものに過ぎない……と、そういうことか」
 屋敷内の和やかな、楽しげな雰囲気とはかけ離れた彼らの会話に、月夜は眉を下げた。パーティーへ彼を誘い出したのは月夜だ。それが彼の気分を害していたのだとしたら、そう不安が込み上がる。
「まあ、そういう事です。……そして、困ったことにその自分自身に嫌悪を抱く自分もまた、俺の中には存在しているんですよ」
 淡々と語っていた刀真は、そこで一旦言葉を切った。ふう、と白い息を吐き出す彼を、前はじっと見詰めている。
「常に自己嫌悪を抱いていた俺は、その原因となったあの過去を否定したくて……両親を殺された弱い自分を殺す為に、周囲を排除して力を求めた。……それが、月夜と契約を結ぶ前の樹月刀真です」
 静かな風が、生い茂る森の木々を揺らす。獣の遠吠えがどこからか響き、包む静寂を微かに震わせた。
「……ふむ。その話を聞くに、月夜と会ってからは大変だっただろう?」
「ええ。強力な武器だと思ったら、女の子でした。おまけに記憶も常識も無いときた。大変でしたよ……というか、今も大変ですが」
 肩を竦める刀真に、前はようやく表情を緩めた。
「まあ、それで救われた部分もあって、今の俺がいるわけですが……喋り過ぎました。飲み物を取ってきます」
 苦笑交じりに述べた刀真が己の真横を通り過ぎていくのを、月夜は息を殺して見送った。


「この辺りなら良いかな。ほら、カシス」
 人気のない庭を暫し歩き、見付けたベンチへ、ヴィナは一足早く腰を下ろした。促す言葉に頷いたカシスは、次の瞬間に動きを止める。ぽんぽん、と、ヴィナは誘うように自らの脚を軽く叩いていた。
「……今日だけだからな」
 自分が甘いものを苦手としている所為で早々に広間を後にしてしまったことに罪悪感を感じていたカシスは、暫し躊躇った後に、ややぶっきらぼうに言い放って恐る恐るヴィナの膝へと腰を下ろす。
 冷えた外気の中で身を寄せ合い、人目のない空間で二人きりという状況に、カシスの面持ちも自然と幾らか緩んでいた。思い出したようにヴィナが持って来た菓子を差し出すと、カシスは怪訝と眉を寄せる。
「カシス、食べさせてくれないかな」
「…………」
 反射的に差し出された長細いクッキーを受け取りながら、カシスは双眸を見開いた。慌てて周囲を見回すが、勿論他に人影はない。上機嫌なヴィナの要求に逡巡する間を置き、視線を彷徨わせたカシスは、やがて意を決したように短く吐息を零した。「ん」と短く言葉を添えて口元へ差し出された菓子を緩慢に唇で食み、ヴィナは満足げに笑みを深める。
「甘いね」
「……俺は甘いものの何がいいのかわからないけど」
 嬉しげなヴィナの様子に相好を崩したカシスは、肩を竦めつつ言葉を返した。困ったように苦笑したヴィナは、一拍置いて悪戯な笑みを浮かべる。
「これでも?」
 言うや否やクッキーから口を外すと、予告も無く身を乗り出すようにして、ヴィナはカシスへ唇を重ねた。


「月夜、盗み聞きは感心しないな」
 不意に掛けられた声に、月夜の肩が跳ねる。薄く笑みを湛えた前の視線は真っ直ぐに月夜を向いており、刀真の去って行った方向へ視線を注いでいた月夜は観念して姿を現した。
「えぅ……玉ちゃん、気付いてたの?」
「ああ。……今の話、聞いてお前はどう思った」
 当然の如く頷く前の続く問い掛けに、月夜は面持ちを引き締める。
「あの話は前に刀真から聞いてたけど……刀真の人を見る目が変わらないことに気付いてから、私は人殺しは駄目って言い始めたの。あのまま刀真が変わっちゃうのが嫌だったから……刀真は邪魔だとか思ってないかな……?」
「それは考え過ぎだ。その証拠に……ほら、戻ってきた」
 前の言葉とほぼ同時に、戻ってきた刀真の手から月夜へとジュースが差し出される。きっちり三本の飲み物を手にした彼の姿に、月夜はようやく盗み聞きを気付かれていたことを悟った。その上で何も言わず飲み物を差し出す彼に、月夜は暫し黙した後、おもむろに表情を綻ばせる。
「……んと、刀真、ありがと」
「こちらこそありがとう、これからもよろしく」
 刀真が答え、三人は近くのベンチへと向かって行った。刀真の鋭い視線に追い払われていた吸血コウモリたちは、やれやれと溜息を交わし合い再びその場を飛び回り始めた。