リアクション
prologue あの、砂漠を行く群れは、戦を逃れた難民なのだろうか、それとももうこの世のものでない幽鬼か。 長く続いた戦乱、あちこちで起こるその火に巻かれ重なる屍。 医療鞄に一振りのサバイバルナイフを携えた夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、この南部戦記の序から最終回までの間の、見えざる旅で、何を見てきたのだろう? もちろんそこにも物語はあり…… 軍医見習いとして第四師団に従軍後、三日月湖を独自に去ったひとりであった。いや、ひとり旅ではなく、彼女の後ろには……ガチャ、ガチャ、……見えざる騎士デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)が付いている。デュランダルはおそらくこれまでにこの旅で、幾度彼女を助けその剣を振るってきたであろう。 夜住は、そんなデュランダルに見守られつつ、行く先々でともかくは医療活動を行い、旅を続けてきた。 いずれは教導団に帰り、おそらくこの戦で増え続けているであろう負傷者の治療に戻るつもりではいた。でも教導団を離れてみたい理由や思いも彼女にはその旅の始めにあったはず。それに、何らかの答えを見つけたいとも、意識裏に感じていただろう。 夜住はそうやってして、巡る町や村で、戦争によってもたらされた各地の情勢の変化や、人々の思いを、あくまで第三者として黙々と書き記していった。 「あ。ところで、少しだけ気になる噂を聞きました。 ええっと、……教導団女子生徒の皆さんの情報や私物が何故かオークションなんかに出回って、辺境のマーケットなどでも売られていたとか……。ちなみに私はまだ第四師団や南西分校の所属でないから、盗難被害はないかとは思いますが…… え。何ですか」 夜住もデュランダルも、天の声に耳を傾けている。 「……。ええ。……えっ。やっぱり盗まれて、いる、……ですか。……ああ」 ガチャン。ガチャン。 「あっ、ああ。デュランダル?!」 夜住に過保護なデュランダルだから、エリュシオンだろうと、ナラカの底だろうと、阿頼耶識の世界だろーと夜住の私物を取り戻しにいく。 「私の私物ですか。一体私の何を盗んだのでしょうか。……はぁ。……。 ……デュランダル? デュランダル? ……ひとり、ですね、本当の」 夜住は、歩き出す。医療鞄とサバイバルナイフとメモ帳を持って。 ――何が正義で、何が悪だったのか、その判断は後世の人に委ねたい、そう思います。夜住はその記録をあえて人の目に触れないところに封じこめることになる。 * 戦争で居場所を失った人たちの頼ってこれるようにと、作った密やかな場所であった"白百合の園"。 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)もまた、そこで人々を治療しつつ、そういった人々に話を聞いていた。 白百合の園には、前回ここを発った商人によって広められた噂を聞きつけた、様々の人が訪れた。家族とはぐれてしまった人、あるいは家族を失ってしまった人は……家族に宛てたもの、自分がこの戦で何かあやまちを犯してしまったと思う人なら、罪の懺悔を、大切な人をなくしてしまった人は、恨みを訴えるのでもいい……戦場で一瞬まみえたあの敵の兵士はどうなったろう、そうして何故かちょっと心に引っかかっていることでもいい。訪れた人々に、その思いを聞いて、それを紙に記して…… 茫然自失として、ものも言えない人たちもいた。 そういう人たちは、言葉になりきらない断片や、詩や、それとも絵なのか模様なのか得体の知れない殴り書きを残していってくれた人もいる。 そして、こうして七瀬や、さきの夜住が残した文書が、『南部戦記』文書としてのちに伝えられる書の断片のひとつひとつとなっていく。(七瀬文書・夜住文書は、比較的無傷なままに保存され後代に残されることとなる『南部戦記』の代表的な資料である。) 七瀬は、長くこの白百合の園に滞在した。七瀬がそこを出たのはもう、ほぼ戦争が終結するときであった。それまで七瀬は人々を癒し、書き続けた。 七瀬はこの期間に、原本と控え(写し)の二部を作成した。 もちろん、その後土地の人々の憩いの場として引き継がれることになる白百合の園に残されたのが、後の七瀬文書。 原本の方は、七瀬だけの『南部戦記』になった。そこには、七瀬文書としては伝わっていない七瀬だけの想いも記されていたが、それは七瀬しか知らない。 * 『ヒラニプラ南部戦記〜最終回〜』
◆prologue 夢の続きから…… ◆第一部 1章 最終決戦前(1) 2章 最終決戦前(2) 3章 黒羊郷最終決戦(1) 4章 東の谷 5章 黒羊郷最終決戦(2) epilogue-I- 帰途 ◆第二部 6章 存亡(2) epilogue-II- 夢の魔物 ◆第三部 7章 南部諸国・オークスバレー決戦 epilogue-III- 『南部戦記』 ◆あとがき(マスターコメント) ※目次《詳細版》は次頁にあります。 |
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