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パラミタ・オーバードライブ!

リアクション公開中!

パラミタ・オーバードライブ!

リアクション

 天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、B陣トーチカに向かう途中で遭遇した相手と、じりじりとにらみ合っている。
 B陣営側の住宅街は、すでにひと波乱あった後らしく、あちこちで瓦礫と煙を作り出し、天然の煙幕を張っている。
 普段落ち着きのない姉の天貴 彩華(あまむち・あやか)は、こういうときは操手としては優秀だ。言葉にしなくても、操縦を任せた姉は精神感応で従順に動く。考えるのは妹の役目だとニコニコしている。ましてや楽しそうなのだから、自分も楽しいらしいのだ。
「天貴彩羽、イロドリ、お手並み拝見といくわ!」
「じゃあ彩華もーっ。天貴彩華、よろしくねぇー」
 相手が聞いていないとかはどうでもいい。イコンに日常的に触れ、命を預ける相手がいるということ、どこか信仰にも似たその拠り所は、天御柱学院生というプライドだ。
 名乗りをあげるということは、つまりそれなりの矜持があるからだ。
 今の自分の搭乗機、まるでフリル付ドレスのような、青系の都市迷彩カラーの装甲を持つ軽やかな少女型のロボットを脳裏に思い浮かべる。
 ―私は、私たちの機体は、戦場に紅を刷くものだ。
 彩羽は自分に言い聞かせる呪文としても機能するその名乗りをもって、この現状を破壊すると誓った。
 ビームマシンガンを撃ちこみ、また住宅などの遮蔽物に隠れて移動する。
 姿勢を伏せ、距離を離した相手からは見えないはずだが、相手のミサイルランチャーが後を追ってくる。
 またマシンガンで打ち落としては移動する。
「この敵、音に反応しているのかしら」
 どういうわけだか、相手は光学迷彩の立体映像に反応しない。幾度目かの会敵で疑問を確信に変える。
 的確に自分の位置を突き止めて、ミサイルランチャーを撃ち込んでくる敵が不思議でならなかった。
 彩羽がその性能に疑問をもつ相手、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は全盲である、視界を失った代わりに他の感覚が鋭敏になり、つまり彼女自身が天然のソナーなのだ。迷彩を主に視覚に頼る天貴姉妹とはその点で相性が悪い。

「千百合ちゃ、後ろ…!」
 日奈々は他の人と比べて大きめのヘルメットを被っている
 外界の音や電磁波を取り込み、エコー増幅とノイズキャンセラを施してピックアップしたものを、彼女へとフィードバックしているのだ。
 敵がプロジェクターを起動する微細な音さえ聞き分けてパートナーに伝えているおかげで、彼女らは相手のデコイには惑わされることがない。
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、その感覚に絶対の信頼を置いて機体を操作していた。
 日奈々の声に千百合は横へとジャンプした、その場所をマシンガンが奔る。
 振り向くと、少女型のロボットがまた煙や建物にまぎれて消えていく。
 先陣が荒らしていったこの場所は、あちこちで煙が立ち込めて視界が悪い。そのつもりで向こうもここに場所を移したのだろうが、こちらにはそんなものには惑わされない日奈々がいるのだ。
 時々立体映像らしき影を見かけるが、要するにそのそばに敵がいるのだと逆に教えることになる。
 さすがに状況として高機動を生かせないが、わざわざ相手が持ち込んでくれた状況が、自分たちを楽にしてくれていた。
「当たって、ですぅ…!」
 両肩と腰のミサイルポッドから、立て続けに障害物越しの敵にミサイルを打ち込む。直接当てることなく、相手の近くに追い立てるように狙いをつける。敵も今度は誘われていると判っていても、逃げ場所がなくそれに乗るしかなかった。障害物が切れ、無防備に全身をさらす羽目になる。
「しまった!」
 即座に千百合は距離を詰めた、日奈々は手に持ったごついランチャーを振り上げ、大きくスイングする。
 イロドリはバックステップでかわしたが、スカート部の装甲をなぎ払うようにもって行かれた。
「くっ、このドスケベ!」
 多分相手にその台詞を聞かれたとしても『そんなこと言われても…』というところだが、さしもの日奈々にも聞こえるわけがないので、攻撃の手は一切怯むことがない。
 多少の瓦礫は蹴立ててさらに追撃、返す手で払われるランチャーを今度はスウェイで避けると、その間に再び距離を離される。障害物の陰に隠れて次を思考しようとしたが、ものすごい風切り音に思わず顔を上げた。
「…!!」
 障害物ごとイロドリを吹き飛ばそうと、日奈々はオーバードライブ技、全武装からの一斉発射を敢行した。
 彩羽は目を見開いた。マシンガンは追いつかない、デコイは意味がない。だがその時、本来の用途ではないが、残された手段が脳裏から浮上した。
 放電実験を武器として置き換えたスタン・ショッカーでミサイルを防御。だがダメージを全て消せたわけではない。至近距離の爆発を多少遠ざけたとしても、その爆風までは防げないのだ。
「千百合ちゃん、当たった…の…?」
「いや、放電かなんかで防がれちゃった…!」
 そんな馬鹿な。渾身のあの攻撃を防御されたとは!
「…こ、このっ!」
 一方彩羽は、近接攻撃で使うべき武器を防御に使ってしまった屈辱にまみれていた。対策をとられる前に、がむしゃらに突進、自分らしくなく荒々しい手段だが、今はどんな手を使ってもこの悔しさを晴らすのだ。
 オーバードライブが効かなかった驚愕に動きを鈍らせた日奈々に、今度こそ強引に組み付いて、渾身のスタン・ショッカーをぶつける。
「きゃあああ!」
「わああああ!」
 センサーや電装部が過負荷でショートし、全ての入力も出力も止まる。音は聞こえず、何一つ機体を動かせなくなった。
「千百合ちゃん、回復…できる…?」
「わ、わからないよ、真っ暗なんだ!」
 暗闇はこわくない、ずっとその世界で生きてきたのだから。しかし音のない世界はこわかった。
 千百合の存在だけが日奈々をなだめるが、今彼女に触れることはできない。その代わりに自分の左手薬指にはめた指輪を、パイロットスーツ越しに握り締めた。
 数秒後にはその状況は回復を見たが、イロドリに首を吹き飛ばされるには十分な時間が経過していた。
「ん…残念だったね」
「そうだね…」
 今度こそ二人は手をつないで、もろともに意識はブラックアウトした。

 夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は、障害物の陰などを神の目で探りながら移動していた。まったく装甲にポイントを振っていないので、トラップなどに引っかかっては即座に窮地に陥ってしまう。
 アンリ・マユ(あんり・まゆ)が提示したマップ下部の南壁をたどり、崖を常に左手に見るようにしてB陣へと進路を向ける。
「ネザースカイ、頼んだぞ」
 冥界の名を冠しながら、それでも空を仰ぐのか。そんな象徴的な暗青色の機体を駆りながら、綾香はこのフィールドへ、ただ楽しみを求めて降り立つのだ。彼女らの機体は二丁魔道拳銃を携え、その背中にまるで花のようなものを背負っている。
「む、そこか?」
 ふと意識を引いた場所へ拳銃を撃ち込む。敷設された地雷が連鎖を起こし、断続的に爆発を起こした。
 その爆発の中をすり抜けて、見えない何者かがネザースカイに討ちかかる。斜め上から飛び掛ってきたそいつは、おそらく近隣の住宅街の屋根の上からでも跳んできたのだ。
 煙を押しのけて、かろうじてシルエットが垣間見える、煙が光学迷彩の効果を一時薄らせていた。
「爆弾!?」
 爆雷がそいつからばらまかれる、その中からいくつかが爆発して次々と煙幕が展開される。視界がふさがれ、光学迷彩の不具合など押し隠していった。
「奈落彼岸花の威力、見せてやろう」
 ネザースカイの準兵装である背中の花が開く、そこから酸の霧が発生し、あたりのものを、主にロボットに使われている装甲を蝕んでいく。煙にまぎれて起動していない爆雷が霧に触れてじわじわと形を崩し、無効化されていく。
「…何でしょうね、あの霧。風向には気をつけてください」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は機体を風上へと常に移動させる、微風ではあるが、まったくの無風ではなかった。
「おう! なんかすげーワクワクするぜ!」
 強盗 ヘル(ごうとう・へる)がわくわくと叫びながら、地雷の設定を瞬発信管へと変えていく。射出してしまえば、軽く衝撃を与えるだけで霧に蝕まれる前に爆発させられるのだ。
 敵の市街地用の迷彩塗装に覆われた機体が市街地に転進するのを見て、綾香は背中を追う。
「来ましたね、ハーミット、やりますよ」
 ザカコはロボットにそう呼びかけて、煙を抜けて光学迷彩を起動し、脚部のブースターで住宅の屋根の上へと駆け上る。ブースターと爆雷格納を兼ねた頑丈で大きな脚部が、最低限まで装甲を省いた上半身とのアンバランスさを見せていた。
 ネザースカイは拳銃を抜き、時折ひらりと姿を見せるハーミットに向けて発砲する。自分も住宅の上に飛び上がり、屋根を渡る。見下ろされたままでは不利だし、相手にできることなら、自分もできるはずである。機動力はこちらが勝っているのだ。
 ハーミットがブースターを使うたび、光学迷彩が大きくぶれる。カモフラージュのためにブースターを使わない移動に切り替えて、あえて屋根から下りた。
「…見失った、な。これ以上踏み込むのは無意味か」
「そうですわね、離れましょう」
 その時、煙に埋もれた足元からザイルが飛んできた、足に巻きついた瞬間電撃が奔り、ネザースカイのセンサーと操作を奪い取る。
「自分の…勝ちです!」
 電撃を送り込んだままジャンプしたハーミットが、カタールで背中の花からコクピットへ向かって渾身の力で貫きとおし、ネザースカイをしめやかに冥界へと送り返した。

「やーい出てこーい!」
 後ろに詰めてるやつなら、きっとのろまだ。そう思ってヤジロ アイリ(やじろ・あいり)はA陣のトーチカ前へとやってきた。遮蔽物の手前に立って、外部スピーカーでその向こうにいる敵を挑発する。
 アイリはどちらにも属していないので、トーチカではなく純粋に相手を引っ掻き回しにきただけである。
 ユピーナ・エフランナ(ゆぴーな・えふらんな)は燃えに燃えている、ロボに燃え、メカに萌え、熱血を信奉する巨大ロボ信者なのだ。今回アイリは彼女に引きずられてきたようなものだが、そうでなくたってメカはカッコイイ! アドレナリンがあふれまくっているのはアイリも同じである。
 剣を携え、脚部にミサイルポッドをマウントした高機動型、背中に翼型のブースターを取り付けた、カッコイイこの姿を見るがいい! この点で二人の意識は完全にシンクロしている。
「よくここまで来たね!」
 遮蔽物の向こうから鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)が相手にショットガンを向ける。大抵の状況に対応できるようにバランス型の機体セッティングにしてあった。
 鈴木 周(すずき・しゅう)がガトリングを担ぎ上げ、ガシャンと重々しい足音を響かせた。重厚で直線的なシルエットが非常に強靭な印象を受ける。
「よう、おぼっちゃん! そのカッコいーロボット、大事におもちゃ箱にしまっときな!」
 ま、一番カッコいーのも、もっとカッコいーとこ見せるのも俺だけどな!
 手始めに、翔子があちこちに埋めておいた地雷のひとつが敵の目前で起爆、爆炎に包まれた相手に向かって二人はショットガンとガトリングを叩き込むが、スピードをもって飛び退ったアイリは、実は地雷源に踏み込んでいた。
「リモート爆雷の設定、IFF応答型に変更っと」
「うわっ! とっ!」
 敵信号に反応する近接信管に変更された爆弾が、アイリの周りで次々に爆発、地面を滑るように移動するアイリの機体は、その衝撃に翻弄される。
「こンのやろーっ! 突っ込むぞアイリ!」
 操縦を担当するユピーナが吼える、鈍重なほうを狙って進路をミサイルポッドで掃射、地雷も吹き飛ばして周目掛けて突っ込んできた。
「来ると思ったぜ!」
 迎え撃つようにチャフグレネードが撒かれる、突っ込んでくる勢いはそのままだが、剣を抜き放つ操作を一瞬迷ったらしい敵が進路をスライドして回避した。
「ロックオンできねえ!」
 アイリが驚愕する。異常はすぐに回復したが、極度の近視である彼には大きなエラーだ。絶好の機会を逃したことに間違いはなかった。
 ガトリングが追いすがり、多少なりと機動力を所持したほうがショットガンで先回りしてきた。ばらまきタイプの弾丸は一撃の威力が低くとも、自分自身の運動エネルギーがご丁寧にダメージを倍加する。焦燥がつのった。
「ちょこまかやられると、やっかいだね」
 どちらの陣にも属さないものは、トーチカに攻撃した時点で失格とは言われているが、それを覚悟の上で最後に自爆特攻される可能性はある、と翔子は思った。
「そうだな、ここらで決めるか」
 さらに挑発を行うと、簡単に乗ってくれる。二人に向けて再び哄笑を曳きつつブースターを唸らせてくる敵に応戦した。
 しかし今度はショットガンの出番を読まれ、くるりと反転したアイリは突然翔子へ向けて接近戦へと持ち込んだ。
 弾をひらりと横目にすりぬけて、次のアクションに出られる前に剣を跳ね上げる。
「ざんねーん!」
 爆雷を出す間もなく、機動力の劣る性能で逃げをうつ前に、ショットガンを真ん中から斬り飛ばされた。
 ガトリングの援護もむなしく、今は翔子のほうには有効な攻撃手段がないだろうと切り捨てた敵が、周に打ちかかる。装甲を盾になんとかいなしたが、そのまままた距離を離される。
「大丈夫か!?」
「うん、爆雷はあるからさ。…ってわけであとは頼むね!」
 まあここで使うとは思わなかったけれど、最終手段に持ち込むしかない。
「おいまさか…!」
 周は思わず止めようとしたが、それを無視して翔子はオーバードライブを発動した。
 スラスターのリミットをはずし、機動力をあげて、今度は自分が敵目掛けて走り出す。
「む…特攻!?」
「ふははははっ! ヤるかヤられるかだな!」
 無手で突っ込んでくる相手にアイリはいぶかしみ、ユピーナは上等だとばかりにミサイルで応戦。
 しかしそのミサイルを打ち出した時間がわずかな出遅れとなって、体ごと突っ込んでくる翔子に機体を掴まれた。
「くっ…放せぇっ!」
「悪いけど、ボクに付き合ってねえっ!」
「その前にこれで、終わりだぁ!」
 もんどりうって砂を蹴立てながら、トーチカから遠ざかる、アイリもオーバードライブを発動、剣に電撃を纏わせて苦し紛れに相手の腹部へ突き刺した、力任せにコクピットまで斬りあげようとする。
 しかしその前に、いつの間にか翔子の機体が抱えていた爆雷が光り―

「おい! 応答しろよ!」
 爆雷だけでなく、機体ごと爆発した音が響く、同時に僚機のIFF応答反応がモニターから消失した。
「無茶しやがって…バカやろー…」
 ただのマーカーでしかなかったものが、これほどの寂寥を呼び起こすとは…。
 爆発の煙の先を見上げながら、周はぼそりと悪態をついた。