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パラミタ・オーバードライブ!

リアクション公開中!

パラミタ・オーバードライブ!

リアクション

「えっ…嘘、ひどい…」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、僚機が戦っている相手が、卑怯な手を使って仲間を陥れた衝撃的な光景を見ていた。
 上から不意打ちに頭を叩きつぶし、火花と部品を撒き散らしてごみのように踏みしだく。
 AでもBでもないという意味では、仲間のはずではと思ったのは甘かったのだろう。
 横から手を出すか出すまいか躊躇したが、当の卑怯者が完全にこっちをロックして挑発を仕掛けてくる。
「おい、そこのおじょーちゃん、てめえも来な。一人増えたってかまやしねーよ」
「…あたしを相手にして、あんた、後悔するわよ」
 ようやく紫音の機体のカメラが回復した、幸いミルディアは同陣営だったので警戒を解く。
「悪いけど、あたしも参加させてもらうわ、手を組みましょう」
「判った、やろうぜ」
 ミルディアの機体は、装甲を全て削ったかわりに、関節の稼動域を大きくとってある。関節の隙間を守るための装甲が風になびくようなラインを抱いている。
 ただ心のままに飛び跳ね、走り回るために洗練された、優雅な印象をうけた。
 互いに少し離れた位置から相手をうかがう。ミルディアは手慣らしにとん、と地面をつま先でタップ、タイミングは僚機に委ねることにした。全身に風を切るように配置されたフラップがその切っ先を一斉にそろえた。
 紫音の威嚇射撃のサブマシンガンが奔り、同時に走りこんだミルディアがあっというまに距離をつめる。
 軽いジャブから流れるように中段蹴り、足払いのコンボはいなされ、かわされた。さっと飛び退ったところに煙幕の置き土産。
「これでどう!?」
 ライフルがそこに打ち込まれ、反響する音に手ごたえを手探りする。
 着弾のするどい音が鳴ったけれど、二人ともその音を快く受け止めることはできなかった。
 アクチュエーターがオクターブを駆け上がり、銃弾のスタッカート、風を切るスラーの音楽たちを、凶悪なモーター音が打ち壊す。
 晴れかけた煙幕の隙間からトライブの機体がのぞき、間髪入れずにライトスピアを掲げて突進する。
「…軽い…軽いなぁ!」
 確かに距離もスピードも載せきれなかった。槍が右腕の表面を滑り、そのまま右腕で吹き飛ばされる、空中で受身をとる間に紫音のライフルが立て続けに開いた胴をかすめて火線の花を咲かせた。
「ちっ」
「おとなしく食らえってんだ!」
 スピードで打ちかかっても、カウンターを取られてしまう、撃っても右腕が跳ね返す、そういった状況はチーム戦にて解消できたが、敵もなかなかトリッキーな動きで翻弄してくるのだ。
 決定打の不在に次第に互いに苛立ちがつのっていく。
 しかし何度目かのヘッドオンで状況が変わった。
「くっ、このセクハラ男!」
 ミルディアは無造作に胴をつかまれた。援護のサブマシンガンはミルディア自身を盾にされて銃口を下げるしかない。
 トライブはオーバードライブを発動、特に右腕のモーター音が耳障りなほどに轟音をあげ、加えられた力が簡単にミルディアを真上に放り上げた。
「うああっ!」
「唸れ、輝け、そして、ぶち抜け! 俺のオーバードライブ!」
 重力に負けて落ちてくるミルディアを、トライブの拳がカウンターを狙って待ち受ける。このままではひとたまりもなく、コクピットを叩きつぶされるか、胴をブチ抜かれる!
 ミルディアもオーバードライブを発動、スピードを生むための背面スラスターを、無理矢理体をひねることで軸線を向け、直前までいた座標を入れ替える。しかし全身がぎしぎしと無茶なやり方に抗議していた。
「せいっ!」
 オーバードライブで生じる膂力によりさらに増大した慣性モーメントをそのまま生かし、ミルディアは巻きつくようにして頑丈な右腕を外向きに引きちぎった。
「くそおっ!」
 限界を超えた挙動に、関節のほうが耐え切れなくなったのだ、外部刺激を不可能な方向に少し加えるだけで、驚くほど簡単に自壊した。
 振り回される左腕をひらりと避け、強く地面を蹴って相手の肩を支点にくるりと体を翻し、手のひらを巻きつけるように首に手がかかったかと思うと、逆立ちに近い姿勢から綺麗に膝が頭部に叩き込まれる。
 同時に紫音の超音波振動剣が、背中からコクピットへ向けて突き抜けていた。
「くそっ、俺を倒すとは、見事だとほめてやるよ!」
「そいつはありがたいね」
 もっと暴れたかった、と言わんばかりの悔しげな声だが、紫音は賞賛だけは素直に受け取ってやる。
 敵を倒すことはできたが、そのままミルディアは地面に倒れこんでしまった。アクチュエータが悲鳴をあげ、ジェネレータの過熱が見過ごせない、機体のあちこちがばちばちと火花を噴いている。
 いきなりの墜落に紫音は駆け寄り、助け起こそうとした。
「おい、大丈夫か?」
「あはっ、さすがに…機体が限界」
「すげえな、今のところイコンじゃああはいかねえ」
 しばらくは無理はきかない、回復しても前のようには動けないだろう。
「周囲に機影はありません、少しだけなら休んでいかれては?」
 風花は、なんとなく紫音が彼女にやさしくするのでむっとしながら、こらえて休息を提案した。

「歌菜ちゃん達見つけた! すみません、前に出ます!」
 B陣の椎名 真(しいな・まこと)は、是非とも戦いたかった相手を通信の中から検出した。ネットワークでマッピングしたデータを受け取り、自陣プレイヤーがが目撃・会敵した履歴の中から位置を割り出し、それまで守っていた自陣の深い場所を離れて大胆に敵側へと切り込んだ。マップ上方、胃袋の上の遮蔽物のない場所をルートに選ぶ。ズシン、ズシンと重々しい足音は、どうしたって存在を教えてしまうことになる。
 じゃわがが突出しようとする彼をさりげなく援護して、彼に向かおうとする敵を引き付ける。
『援護する。存分に暴れて来るのだな、まっすぐそのまま進めば出くわすはずだ』
「感謝します、でも戦闘に入るまででいいですよ! …もうちょっと機動にポイント振ればよかったかな」
 こちらの機動が鈍重なので手間をかけさせてしまった。でもそれは隠し玉として後にとってある。

 遠野 歌菜(とおの・かな)は、どこからか飛んでくる弾に意識を向けていた。装甲をMAXまで上げているので無視してもよいが、背後に砲手たる七枷 陣(ななかせ・じん)を庇っているために、予測される方向に向けて盾を掲げて警戒する。陣は索敵、砲撃のために建造物の上にいて、周りからどうしても目立つのだ。
 後ろで控えていた陣に、小尾田 真奈(おびた・まな)が周囲の索敵結果を伝える。
「ご主人様、真様がお見えになりました」
「そうか、歌菜ちゃん、真くんが来たわ」
「えっ」
 A陣近くまで踏み込んできた勇気と無謀は賞賛しよう、出くわすなら是非とも戦いたかった相手を前に、二人は喜色をあらわにする。
「来てくれてありがとうね、さあ戦いましょう!」
「それならば、場を盛り上げましょう、少し失礼します」
 真奈は外部スピーカーを使って、持ち込んだBGMをかけはじめた。
「ノリノリやな! やっぱバトルって言ったらこのBGMに限る!」
 テンポが速いにもかかわらず、どこか焦燥感を煽るビートがフィールドに流れた。
 真は、さてどちらから攻撃するか考え込む、陣の機体は肩に二本のキャノンを担ぎ、歌菜の機体は盾と槍を抱えている。
 まず建物から降りてきた陣に狙いを定めるが、視線すら遮断するように歌菜が割り込んだ。その動きを見て内心歯噛みする。
「しまった、機動力ではやっぱり劣るな…」
 住宅街に入り込み、機動力に頼れない状況に持ち込む。挟まれてしまってはさしもの装甲でも危なかろうし、遮蔽物を増やして有利な状況を作り出さねばならない。
「さあ、来い!」
 がつりとナックル型の分厚い装甲に包まれた拳を打ち付ける、彼のメイン武装はまさしくこの拳なのだ。ごつごつと操作レバー越しに伝わる振動が、戦いの予感と共に背筋を震わせる。
 腕を向けてトランプを撃ち出し、二人を間違いなく引き付け、足を止める。乱雑に立ち並ぶ住宅を盾にしながら移動し、陣から飛んでくるロケット砲を拳で叩き落す。
「こ〜れでも、食らってみる? ってかぁ!?」
 断続的に陣から打ち込まれる弾と、その陣を守るために役割を分担した歌菜との格闘戦を繰り広げる。
 槍をいなし、拳はシールドに防がれる。
「こんな攻撃で沈む私じゃありません! 無駄無駄無駄ァ!!」
「だからって、負けられないよっ!!」
 乱戦に持ち込む中で、時折相手をうかがう瞬間がある。体制を立て直すためにも、真は大きく距離をとった。
 カードが飛んでくるのかと警戒した歌菜が陣を庇うように立ち、そこに彼は機を見出した。
 クラウチングスタートの姿勢をとり、コクピットの中で耐衝撃姿勢をとる。
「…オーバードライブッ!」
 バクン! と背中側の装甲が一部開き、バーニアノズルが姿を見せる。今まで封じていた機動力を開放、装甲の重量とともに突進力に換えて、二人に体当たりを仕掛けた。
「気合の…一撃いっ!」
 スピードに乗せた拳をかかげ、空気を引き裂いてまっすぐに歌菜と、軸線に重なる陣に襲い掛かる。
「今だ!! 唸れ、私の槍!」
 歌菜もオーバードライブを発動、全てのエネルギーを急速に槍を持つ腕に集める。腕を突き出した反動による急激な負荷が脚部アクチュエーターを軋ませコンデンサを吹っ飛ばす。
 激突の轟音が響き、運動エネルギーを互いに相殺しつくして3者の動きが止まる、いくつも家をぶち抜いた挙句に陣を一番下にして、折り重なるように倒れこんだ。
「くっ…!」
「…歌菜ちゃん…!」
 歌菜の機体のコクピットが、真の放つ拳によって完全にひしゃげていた。
「陣くん…私ごと撃って…」
 お先に。そう言い残し、歌菜の機体はIFF応答を喪失した。
 いち早く回復していた真奈が一瞬顔を伏せ、それを振り切るようにコンソールを叩いて残存エネルギーを全て胸部のビーム砲へ送り込む。
「…メガブラスター行けます、ご主人様…」
 コクピットのすぐ下、わき腹を深々と貫かれた真は身動きがとれない、そうでなくとも慣性に振り回されてパイロットは軽く人事不省に陥っていた。
 歌菜のクッションがあったとはいえ、結局は建造物に突っ込んで下敷きになった陣もまた、衝撃で思考がぼんやりしている。
 陣は、ただ言われたままトリガーを引くだけだった。それだけしかできなかった。だがそれだけでよかった。

「真君に勝ったは勝ったけど…歌菜ちゃん犠牲にしてしもたな…。機体状況、どうなっとる?」
「ご主人様、先ほどの衝撃で腰椎部アクチュエーターが歪み、ジャイロが狂ってしまいました」
「ってーと、…どうなるんかな?」
 ようやっと回復した陣が、真奈に問いかける。まさかと思いつつ、問わずにはいられなかった。
「背骨が折れ、三半規管が狂ったようなものです。つまり、まともに動くことはできません」
 身内もろとも撃ち抜いた自責を思い返す間もなく、もはや動かぬ砲台になるしかないと覚悟を決めたその時、その頭上に鋭い光が閃いた。
 とっさにもたれていた瓦礫を突き崩して体制を崩し、頭部とコクピットへの攻撃はかわしたが、投げ出していた脚を刈り取られた。
 やられた、いや違う。デッドウェイトを切り捨てたのだ。
 脚を斬り払ったものは、青黒い光を放つエネルギー粒子を強力な磁界で閉じ込めた死神のごとき大鎌の刃だった。緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は舌打ちをする。せっかく弱ったところを狙ったのに、一撃で仕留めることができなかった。
 スケルトン型の自走式爆薬をばら撒くべく遠ざかったその姿は、大きなマントを羽織ったおどろおどろしいシルエットだ。
 IFFは、敵味方どちらでもないと告げている。味方でもなければ、B陣に属するものでもなかった。まるで髑髏のような頭部は、あざ笑うように獲物を見据える。
「アンタか! それらしいわ!」
 特徴から相手を知己だと見定めた陣は、足を引きずりながら体ごと向き直り、叫びながらトリガーを絞る。肩のキャノンから放たれ、コクピット周囲を狙った弾はボッ、と体を貫通する。
「やった!」
「残念でしたね」
 陣は目を見開いた、穴が開いたマントの向こうは、何事もなかったかのように空を透かしていた。
 ―マントの下は、カラなんか!?
 背面部ブースターがまるで黒羽のようなエネルギーを吹き上げ、彼我の距離を詰める。
 一瞬怯み、動きを鈍らせた陣の機体に大鎌を振り上げ、遙遠は今度こそ悠々と首を掻き切った。
「悪く思わないで下さいね、これも戦略ですから」
 その場を立ち去ろうとしたその背中に、二発の銃弾が轟いた。その後頭部を貫通し、不気味な眼光と薄暗い笑いを引き裂いて、死神にも終焉が訪れる。
「な…なんだって…!?」
「悪く思わないでください、れっきとした戦略なのですよ!」
 最中こそ手を出すことはなかったが、遠くから彼らの戦闘を見つめていた黎たちは、その絶好の機会を我が物としたのだ。

 同じく遠くから、その首の取り合いを見ていたのはA陣の毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)であった。とはいえ射線を逆算してみれば意外な近くに狙撃ポイントがある。
「あの建物か」
 光学迷彩を張ったままではせいぜいゆっくり歩くような移動しかできない、じりじりと周囲を狭めるように移動し、あたりに細工を施していく。

 その時、黎の殺気看破が反応した、センサーが近寄ってくる影を察知する。
「じゃわ、敵だ!」
「にゅっ!」
 影に相対しようとして、背中を斬られる、衝撃でじゃわがシートから放り出され、ライフルを取り落とす。
 デコイだった正面の影が煙幕を噴出し、別角度から切りかかる敵をかろうじて捕まえると、建物から諸共にダイブした。
 しかし敏捷性では相手が勝った、落ちる間に大佐はアンカークローで建物に引っ掛けて上位をとり、そのまま落ちていく敵の上に、刀を構えて追いすがった。
 咄嗟に突き出したラスターエスクードで刃が滑り、しかしかまわず引き切った刀が脚を削いでいく。
 轟音を立てて建造物の下に落ち、満身創痍の黎の機体は脚を失い身動きもできない。
「殺りそこねたか、まあよかろう、スコアなどどうでもいいからな」
 せいぜい撒き餌になりたまえ、そう言い残して大佐はさっさと立ち去り、その背中を黎は歯噛みしながら見送った。
 それから気が付いた。モニターに映るあたり一帯が、地雷源になっている。
「…まさに帰還は無理、というやつか…」
 全体へ通信を入れる。現在ポイントの周囲が地雷原になっていること、今からそれらの掃討を行うこと。
『ちょっと待ってどうする気? その位置では、貴方は無傷ではすまないよ! 今そこを狙ってもらうから!』
 朝野未沙が如月佑也へと指示を出す。佑也からの応答があって対衝撃姿勢を命じられる。
『そちらを視認しました、あたりを掃射しますから…』
 影野陽太も叫ぶ。ポジションを確保しようと移動していた。
「どうせ動けんし武器も失った、足手まといになるのも御免被る、無駄玉を撃つことはない」
「…じゃわ、おつきあいするですよ」
「ここで終わるが、すまんな」
 むにゅ、とじゃわは黎のおなかにはりついた。黎がこわくないように、ぎゅっとするのだ。
 シートの後ろのレバーを引き、いくつかの安全装置を解除してコマンドを入力する。
 ― Accept ―
 ― Self Destruction ―
 自爆システムがブートされ、モニターに赤く文字が浮かび、カウントダウンが始まった。
 ― CountDown:10 ―
 ― CountDown:09 ―
 機体のどこかがごとごとと音を立てて、あるかなきかだった動力システムの振動が、次第に大きなものになっていく。
 聞き取れなくなるうちに、これだけは言っておかねば。
「…じゃわ、スナイパー姿、よく似合っていたぞ」
「ありがとです、えへへ、ほめられたのです!」
 ― CountDown:02 ―
 ― CountDown:01 ―
 じゃわの頭をなで、黎は目を閉じてシートにもたれかかる。
 ― CountDown:00 ―
 そして目裏に光を感じ、全てが終わった。