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パラミタ・オーバードライブ!

リアクション公開中!

パラミタ・オーバードライブ!

リアクション

「エネルギーの貯蔵は、十分ですね」
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は、レーダー上で消えてゆくいくつかの光点を眺めながらささやいた。
 味方が撃破され、また敵を撃ち落とし、お互いにゆっくりと数を減らしていく。
 超大型の陸亀のような機体が、ゆっくりしたホバー移動で静かにA陣の障壁前に移動する。どうあっても直線で敵陣を見通すのは難しい。
 ずしん、と大きな足音を響かせて、アンカーを備えた足ががしりと地面に突きささる、甲板の一枚一枚がその身を起こして内に格納された超大型主砲を取り出した。高出力粒子ビーム砲と、その砲撃軌道制御アレイでもある甲板が外殻ともなって、その砲口を擡げる。
 溜めにため込んだエネルギーを、さらにオーバードライブのリミットを外して開放しようというのだ。これ以上のチャージは、逆に危険でしかない。
「…それではシークエンスを開始します」
 彼らの納まるコクピットは頭部だ、そのまま亀が首を引っ込めるように、殻の内側に格納される。
「…これより、大出力の荷電粒子砲を発射します。ルート上にいる方は退避してください。繰り返します…」
 クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が照準の最終補正を行い、A陣の通信チャンネルを全てあけ、進路上にいる味方すべてにその場所を退くように通信、すでにチャージは最終段階、カウントがはじまる。
 ロックオンカーソルは、ゆらゆらと揺れ続けている。フィールドに散らばった僚機からデータをもらってマッピングは完了しているが、電磁波での制御はわずかながら一定しない。
 安芸宮 稔(あきみや・みのる)が動力制御のリミットを外し、フルチャージへの最後のボルテージを押し上げる。
 こんな大火力、たった一度きりだ。しかし確実に戦況をひっくり返せる要素も、これだけだ。
 荷電粒子が周囲のイオン値をかき回したのか、シールドされているはずのコクピット内の空気まで変質した気がする。無意識に唇をなめ、何も口に入れていないのに何かを含んだような感覚と、自分たちだけしかいないのに、未知のにおいが鼻をかすめる。同じことを思っているのか、二人とも顔を上げてすこし不思議そうな顔をしている。
 ターゲットを睨み、自分のまぶたすら邪魔に思える、ざわざわと肌が粟立ち、トリガーの感覚をなくしたような気がした。指がぴくりと引きつり、ああ、さっきのは錯覚か。
 実際にコクピットからほんのシールド一枚隔てたそこに、巨大なエネルギーの塊がある、既視感と未視感が交互にやってきて、次第にトリガーを引くためだけ、力を解放するためだけに自分の性能を、機能を特化しているのだという理解。
 ―そしてすべてを忘れ、力の名前だけが残った。
 モニターが一瞬光度を落とし、計器の表示が暴れ、色が消え、音が消え…
「エル・ブラスタ―――狙え――!」
 細心の注意を払って解き放たれたものは、ただ純粋な“暴力”に他ならなかった。

「…すげえ…」
 巨大な粒子ビームはマップ中央の丘を迂回・湾曲して、それでも半分近くをえぐり、B陣近くの建造物を傾け、障壁を一枚蒸発させて消滅した。
 フィールドが静まり返り、そのすさまじい神風に理解が追いついたA陣は俄然勢い込んだ。敵を何体片付けるよりもまさる意気の上昇が、生き残っているA陣プレイヤーをB陣へと雪崩れ込ませる。あたりの磁場が完全にかき乱されて、目視以外に敵味方も区別がつかない。通信すらひと時通じなくなった。
「突っ込むわよ!」
 彩羽が大吾と夏菜、近辺への味方へ向けて声をかけ、B陣へと攻め込んだ。

 すさまじい粒子ビームの勢いに、アンカーとして地面に突き立てていた足が後方に滑り、障壁にぶつかっていた。
「…だめだ、パルス・ブラストまで吹っ飛んでしまいました、エネルギー残存量ももう…」
 稔のうめき声が聞こえたが、我ながらあれだけの砲撃を行ったのだ、もうホバー移動できるかすら怪しいだろう。
 和輝は虚脱感に襲われ、その中でただこれだけを思っていた。『…やってやったぞ…!』と。

「あ、危ないところでした…」
 矢野佑一は胸を撫で下ろした。狩猟猫型の機体は、荷電粒子砲をすんでのところでかわしていた。
 隠れていた住宅街はまともに直撃コース、肌をざわりと舐めたあの怖気だつ感覚は、今だ心拍を高めたままだ。
 完全に住宅街を飛び出し、遮蔽物もないばしょで立ち止まってしまったが、あたりの電波状況が完全に狂っていて、レーダーや通信の類が今は全く効かなくなっている。
 自分の飛び出してきた場所を振り返ると、そこがごっそりと粒子砲にえぐりとられているさまが見えた。
「…うわ、見なきゃよかったね…」
 ミシェルがすこし腕をさすりながらため息をついた、あんなものを食らえば、気づかないうちにゲームオーバーだ。
「ミシェル、いけますか?」
「う、うん…もうすぐ電波状況、回復しそうだけ…ど…」
 佑一は、その銀色の目を闘志に煌めかせていた、ともすると喜色にも似たそのまなざしは、爛々と周囲へ向けられる。
 その時は既にB陣へとなだれ込んでくる敵の数々が、レーダーや索敵センサーの類を使わずとも、もはや目視で確認できたのである。

「オラオラオラ、来るならきやがれってんだ!」
 獣 ニサト(けもの・にさと)は力を使い果たした和輝のエル・ブラスタを守っていた。
 あんなすっげーの見せられて、奮い立たないほうがどうかしている。もしかしなくて最後の足掻きで雪崩れ込んでくる敵がいるだろう。亀さんはやらせねー、とバルカンで飛んでくるミサイルを撃ち落とし、またその両腕で叩き落す。
「俺の源五郎だってけっこうやるんだぜ! おいそこの、こっち見ろよ!」
 田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)がその挑発に激昂する。
「ちょっと待て。そこは無謀だろ!?」
 わざわざ敵を自分に集めようとするニサトの言動は勘弁してほしい。
 B陣へ撃ち込まれた荷電粒子砲は、B陣のプレイヤーをも奮い立たせていた。
 剥がされた障壁の残りを打ち破られるのが先か、遊撃隊がA陣トーチカまでたどり着くのが先か、どちらも死力を尽くした戦いが行われていた。
 超重装甲の機体は、その一足ごとに重々しい音を立てる。がつんと合わせた両腕には盾が装備され、鉄壁の守護を約束する。
 それでも、囲まれてしまえば鈍重な源五郎はひとたまりもないだろう。
 牽制に肩のビームキャノンを打ち込みながら、クリスティーヌはニサトに対してせめてもの抵抗を叫んだ。
「少しは砲撃を担当してる私の身にもなってみろ!!」
「おう! 俺もがんばるぜ!」
 いやコイツはちっともわかっちゃいない! クリスは確信した。
 敵が大きくジャンプし、爆雷を振り落としながら頭上を飛び越えた、爆雷は次々と爆発してチャフ交じりの煙幕を張る。
「障害は、排除しなければね」
 ザカコ・グーメルのハーミットは障壁を蹴り、煙にまぎれて源五郎の背後に迫る。
 源五郎のビームキャノンの基部がぐるりと肩から脇へ回り込み、180度背後へ狙いをつけた。
「やべっ!」
 アンカーを咄嗟にキャノンへ直接ぶつけてわずかに逸らし、直撃をかろうじて避ける。
「ここは通さねえぜ!」
 突き込んだカタールを腕のシールドで受け止める、シールドの縁にめぐらされたチェーンソーの歯がカタールを噛み締めて、がりがりと刃が削り取られていく。
 その脇で鈴木周のガトリングがミルディア・ディスティンを追いかける。
「がーっ! ちょこまかとっ!!」
 最後の力を振り絞って駆け回るミルディアを、どうしても捕らえきれない。高機動型が霍乱するA陣前を後方から御剣紫音がライフルで狙撃する。こちらの本丸を落とされる前に、なんとしてもこちらに攻め込むのだ。

 B陣はどう見積もっても追い込まれていた。
 カデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)は大きく舌打ちをする。あんなとてつもなく馬鹿げた兵器を考え付くやつがいたとは。
 至近距離でミサイルが爆発した。しかし直接の被害はない、朝野未沙が自分をかばうように立ちはだかり、変わりにミサイルの被弾を引き受けてしまったからだ。
『大丈夫? 早く下がって!』
「申し訳ありません、ミサさんも無理せず!」
 せめてヒールをかけ、彼女が受けたダメージを回復する。装甲がナノマシンの修復を受け、内部構造を復元した。
 カデシュは無難に答え、通信を切ってからまたも盛大に舌打ちした。歯がゆさに思わずやってしまう。
 佐伯 梓(さえき・あずさ)はその音に、ちょっとびくっとしてしまう。
 正直、フィールドをぶっ飛ばして目の前の障壁を溶かしたあのビームより、カデシュの舌打ちがこわいかもしれない。彼はこんなキャラだっけ…?
 下半身がキャタピラになった、ずっしりした人型の機体は、その手にアーミーショットガンを抱えて360度を見渡すことができた。ただしキャタピラなので、移動操作を担当する梓は、移動にコツがいるため一瞬考え込んでしまうのだ。
 少しあせりながらキャラピラを動かし、カデシュがやりやすいように努力する。そろそろと下がり、すぐに遮蔽物の陰に隠れられる位置をキープする。
「こ、ここでいいかな?」
 (ステ振り、やりたいっていわなきゃよかったかなー…? こういうの得意なカデシュに全部任せとけば…)
 カデシュはただ、アズサがそれでいいなら、とは言ってくれたのだけれども。
 なにせこういうゲームは梓はさっぱりだ。後ろからずっとフィールドを見渡して、状況のデータをもらってはいたけれど、どこに目をつけていいのかがわからない。きっとカデシュはわかるんだろうけど。
「アズサ、余計なことは考えなくていいんです、思いっきり逃げて、思いっきり突っ込んで、考えるのはそれからですよ」
 装甲も攻撃力も十分ある、そうそうやられることはない。怖がらないでまずは楽しめ、と彼は言っているのだ。
「う、うん、そう言ってくれてうれしいや」
 一旦遮蔽の影に隠れ、ショットガンの薬莢をポンプアクションで吐き出してリロードする。敵に向かってその砲口を向け、近寄ってきた相手に牽制をかけるが、残念ながら避けられてしまう。
「当たれよテメぇ! あぁ!?」
 とたんに口の荒れる彼を見て、あやっぱカデシュこわいよ、そう梓が思ってしまったことは仕方がないと言えよう。

「私を越えようというものは、その一切の希望を捨てるがいい!!」
 燐と張りのある声が、B陣前に立ちはだかった巨大な機体から放たれる。月島 悠(つきしま・ゆう)がそうあるべきと望み、墨守を実現する設計理念を持ち合わせた鋼鉄の巨人が咆哮する。
 手にした巨大なビームガトリング砲から、猛然と弾が吐き出される、膨大な出力を支えるジェネレーターと、それを可能にする肥大化した機構を実現した武装だ。
 攻撃力に突出したパラメータの恩恵はそれだけではなかった。アームのモーターがその力を吐き出してぐんぐんとうなる。それ自体膨大なガトリングの質量を振り回してなお、そのマシンパワーは余りあるものだった。
 突如全てのセンサー、レーダーが狂った、無限大吾のアペイリアーが荷電粒子砲にえぐられた即席の塹壕に潜みつつ、至近距離でECM手榴弾を投擲したのだった。
「それしきの事で!」
 レーダーではなく、戦場でのカンがその相手を見つけ出した。そのあたりにガトリングをぶち込み、地面ごと崩す。
「そこかあ!!」
 塹壕の敵は大胆にも近くに隠れていた、土砂で咄嗟に身動きのとれなかったアペイリアーをそのガトリングで串刺しにし、頭上に掲げた。苛虐にもガトリングを回転し、見せつけるように腹から引き裂いてみせた。
「うわああああ!」
 がたがたと壊れた人形のように振り回されたアペイリアーは無残にも崩れ落ちる。重装甲ながらも、それを上回るパワーで粉砕されたのだ。
 その隙を突いて背後に迫る機体があった、天貴彩羽のイロドリが、その脇をすり抜けていた。
「させないよ!」
 麻上 翼(まがみ・つばさ)が、大きな武装の弊害で生まれてしまう空隙を、背中に畳んでいたサブアームを操作して迎え撃つ。マシンピストルで弾幕援護、しかし致命傷は与えられなかった。イロドリはデコイと同時に飛び掛かり、結果的に打ち込んだ弾数が半数になってしまったからだ。
「逃げられたっ!」
 イロドリのスピードは、双方が巻き起こした煙にまぎれてそのまま弾幕を振り切った。
 そこでようやく情報霍乱の嵐から抜け出したものの、残念ながら敵を何機か見逃してしまうことになった。

「…御空、ターゲット射程範囲に入りました」
 天司御空は丘のふもとの建造物に陣取り、通りかかるもの全てに狙いをつけていた。
 荷電粒子砲が建物をわずかにかすめ、その側面を一部削っていったのみで、一機くらいならその荷重に耐えられそうと踏んだのだ。コームラントに似た重厚なシルエットを、建物は危ないながらも支えていた。
 丘の向こう側で住宅地から少しずつ離れ、鉄球を振り回すごついやつと、女性型の機体がじりじりと移動してくる。ルイ・フリードのギガンテスと四谷大助のブラックマリアは、幸い他の邪魔が入ることなくバトルを続けていた。
 その二人をロックオンサイトに納めて御空はタイミングを待つ。
「デカいのが邪魔だな、まあいいけど」
 ちょうど視界では、ごついほうが背中を向け、完全にその相手を視界から塞いでいる。しかしどのみち両方獲物なのだ。
 その頭めがけ、大型スナイパーライフルのトリガーが引き絞られる。
 ギン! というものすごい金属の擦過音をたて、ギガンテスが傾ぐ。
「!?」
「頭部を狙撃されたようだ。心配ない、カラー部の装甲が弾いた」
 リアが冷静に分析する。深く首部分の装甲自体はえぐれたが、重要な場所は外していた。
 狙撃点を後方約640m、東南東の方角と検出するが、残念ながら有効な反撃手段はない。それよりも目の前の敵の対処が先決だ。
「くそ! 効いてない?!」
「装甲に弾かれたようです」
 ギガンテスの位置がずれたことによって、標的はブラックマリアに移行、即座にリロードし続けざまにトリガーを引く。
 目の前で狙撃された相手を教訓に、ブラックマリアもじっとしてはいない。ままならなさに、そして狙撃手としてあるまじきことに、焦りと稚気が御空の冷静さを奪った。
 スコープに標的を収めただけで狙いも定めきらないまま、闇雲にトリガーを引きまくる、敵は二体とも物別れとなり、ついに身を翻してスコープから消えうせてしまった。
「御空、この場所も限界です」
「…すまない、ヘマをやっちゃったなあ、行こう」
 足掻きは単純に悪手だとわかっているのに、これ以上はみすみす居場所を喧伝するようなものだ。
 しかし、その時には既に遅かった。御空の機体は、その砲口に完全に横腹をさらす形となっていた。
 フォルクマン・イルムガルドは音もなく、その意識の隙間に弾丸を撃ち込む。
「………」
 彼女はさらに数発追い討ちをかけ、確実に動かなくなったことを確認し、再び移動をはじめた。