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パラミタ・オーバードライブ!

リアクション公開中!

パラミタ・オーバードライブ!

リアクション

 フィールドのどこかで、巨大な爆発が起こる。さっきまで狙撃用スコープで眺め、今は引き剥がすように目を背けた場所。
 緊張、束縛、重圧、無理矢理にぎりぎりと神経を引き絞られる感覚に、今わずかに後悔が加わった。
 スナイピングのため、寝そべった姿勢であっても、リラックスとははるか遠くかけ離れた場所にいる今、それはもはや吐き気のしそうなほどの自責に近かった。
 ぴぴ、と音がしてモニター視界に、ちらりと敵影が映る。IFF反応はそれがA陣に属する敵だと告げている。
 影野陽太は、ひどく唇が乾いていることに気がついた。それに気が散らされることが無性に嫌になり、唇をなめながらトリガーを引く。
 もしそれを誰かが見ているとしたら、暗い目をして舌なめずりしながら、獲物を狙っているのだと見えたことだろう。

 B陣近くの住宅地で、爆発を感知して一瞬戸惑い、立ち止まった無限大吾は、隣の七那 夏菜(ななな・なな)に問いかけた。ちょうど丘の反対側で起きたことで、詳細はまだ伝わらない。
「なんだろうね…?」
「す…すみません! ボクの機体にはそこまでのレーダーはないんです…わからないですね」
 彼女の機体は、エプロンドレスとナースキャップをつけた、ローラーブレードを履いた小さな少女のようなデザインだ。エプロンドレスのリボン状のバーニアが、羽のように広がる。
 攻撃のための装備を一切持たず、手持ちの武器はただ相手を無力化させるためのネットガンだけである。
 七那 勿希(ななな・のんの)に操縦と武器を任せ、皆を癒す支援機という役割を勤めている。
「わっ、危ない!」
 足元にどこからか弾が突き刺さり、砂を蹴立てて煙をたてる。思わずよろめくように勿希は機体を下がらせた。
 アウトレンジからの攻撃を、大吾のアペイリアーは夏菜を庇いながら盾で耐える、逃げようにも身を隠せるような建物から少し離れてしまっていた。
 弾が飛んでくる方向に打ち返そうにも、アペイリアーのビームガンでは射程も威力も到底足りない。悔しさに歯噛みした時、別角度からビームマシンガンの掃射音が聞こえてくる。
 敵かと一瞬身を固めたものの、それは味方が敵の居場所に弾を撃ち込む音だった。
 狙撃手は即座に身を翻したようで、弾がやみ、かすかな砂煙をあげて気配は霞と消えた。
「逃げられたわね。大丈夫だった?」
 同陣営の天貴彩羽が近くへやってくる、射角から居場所を割り出したものの、距離があってただ追いやっただけになってしまったことに歯噛みしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ありがとうございますね。大吾さんもボクをかばってくださって…」
「いや、君が無事ならいいよ」
「お礼言い合うのもいいけど、そろそろ移動しない?」
 A陣近くの大きな建造物の影まで移動し、一息をつく。
「戦況はそろそろ、奥の手を出してもいいわね」
 夏菜がヒールをかける、アペイリアーの丈夫な装甲にはさすがに微細なダメージの蓄積があり、ナノマシンを付与してダメージによる駆動系の干渉を取り除いていった。
 イロドリの失った装甲を戻すことはできないが、同じように駆動系にかかった負荷を取り除き、過熱している部分を冷却させる。
 彼らはそれぞれ敵の分布データや、近辺での戦闘記録をつき合わせて現状を予想する。擱座した機体などからどれだけの戦闘が行われたかをはかる。
「あのデカブツが二機も倒されてたのは幸いね」
 今いる場所の近くには、巨大な戦車型の機体が二機も力尽きて倒れていた。
 まだ出てくる機体があるかもしれないが、少なくともこの絨毯爆撃の可能な機体がもうないということは、敵陣に直接突っ込める可能性が少しは出てきたということだ。

「くそ! ヘマをやったな」
 大佐は心から現状をののしった。転がるように建物の影から影へと紛れこむ。
 至近距離でEMPバラージをくらい、動きを一時止められたのみならず、衝撃でカメラやセンサー類の大半が死んでしまった。
 繊細な光学迷彩装置がオシャカだ。隠密機動ができなくなり、苛立ちをつのらせる。あちこちに機雷をしかけてあり、それに迂闊にも引っかかったのだ。
「…死んだセンサーを迂回して生き残った部分を連結…できるか…?」
 必死にシステムをチェックして、死んだ部分を切り離し、生き残った部分を検索、がちがちとレバーを動かして全身の動作を確認する。
 しかしそうやって丸見えになって身動きとれずにいる間、既に敵に完全にロックされていた。
 フォルクマン・イルムガルト(ふぉるくまん・いるむがると)が、その様子を無言で見守っている。
 周りの景色に同化し、大型の狙撃ライフルをリロード、隠れたつもりでいる無防備なウサギに狙いをつける。
「………」
 指先が小さく動いたと思ったときには、既に弾はターゲットの頭を打ち抜いていた。
 立て続けにもう二発コクピットを打ち抜き、ターゲットがその分を弁えて動かなくなったことだけを確認し、速やかにその場を移動する。
 姿勢を低めたまま移動する彼女の機体が、移動の際に光学迷彩が切れたために、そこでようやく垣間見えた。
 ただ巨大なライフルと機雷を取り回し、最大限に運用するためだけの一切の飾り気のない無骨な姿。手足は他に移動・固定用のマニュピレータとしか考えていないような、突き放したシンプルすぎる設計理念がフォルクマンの機体を表す全てだ。
 次のターゲットを探して、戦闘のあるだろう場所へ移動し、要所に機雷を撒いていく。
 敵を求め、じわりとA陣に向かって距離を詰めていく。移動中の会敵に備えてサブマシンガンに持ち替え、背中のハードポイントにライフルをマウントしている。いっそバランスが悪いと思えるほどの大きさにいよいよ、ボディはただの武装運用フレーム、機動構造体という印象を深めるばかりだ。
「…敵は全て倒す。…それが勝利の一と全だ…」
 フィールドに下りてから全てを自動的に進めていた彼女の、それが初めての言葉、そして決められた結末だった。

 どこからともなく飛んでくる銃弾に翻弄されながら、パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)の叫び声がフィールドにこだまする。
「問われて名乗るもおこがましいが、このA陣エーススーパーパルフェリア撃滅ロボ・プロフェッショナルエディション(無償OSアップデートコード付き)のここで会ったが100年目! いいから姿見せなさいよ!」
「パルフェうるさい。しかも問われてないのに恥ずかしい…」
 北郷 鬱姫(きたごう・うつき)が憮然と突っ込み、タルト・タタン(たると・たたん)が半ギレで返す。
「案ずるな、スピーカーは切った。パルフェ、黙らないと後で絞めるぞ」
「ここで出会ってしまった事を後悔し、涙で枕を濡らしつつ、大人しくログアウトされるといいよ!」
 まっっったくもってパルフェは聞いちゃいなかった、絞め落としは確定事項となった。
 タルトの操縦と鬱姫の索敵でかろうじて敵弾を回避しつつ、敵の方向へと迫る。
「おっと、当たらぬわ」
 ひょいひょいと軽い動作でタルトが避け、次の予測弾道を鬱姫がコンピューターで計算しつづける。
 ボルトナックルを両手に装備したスーパーパルフェリア撃滅ロボは機動に全てを恃む近接戦闘型なのだ。
「いっけー! 必殺鬱姫カリキュレーション!」
「名前出さないで…」
 ちなみにパルフェ担当は火器管制だが、スーパーパル(略)に火器装備は残念ながら、ない。

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、視界に累々たる破壊の跡を見ては内心はしゃぎ、仲間の戦闘レコーダーにアクセスしてはロボ戦の醍醐味に胸を高鳴らせる、そのロボマニアぶりはまさに一騎当千の火の玉となっていた。
 何せ、ほんとうにどっちを向いてもメカなのだ、その熱狂は落ち着く隙を見せない。
「…ヒパティアさんがこういうものを作るとは、意外だな。兄貴分も許可するとは…」
 コクピット内のインテリアの作りこみや、コンソールパネルのキーアサインなどかなり本格的と見える、なんと自爆システムまで備えられているあたり、よくわかっている。
 やはりロボはいいものだからな! と満足げだが、訂正しておくと今回の主体は兄貴のほうである。
 そんな彼の機体は重装甲のシルエット、右腕にパイルバンカー、左腕はウィンチを仕込んだ鉤縄を供えている。
 正直操縦性はいいとはいえない、機動力がそれほどない反面、スラスターの調節は気をつけないと簡単に吹っ飛ぶバランスになってしまったが、彼はそれこそを面白いと感じている。
「やはり、あの機体と戦いたいな」
 物陰から遠くからの狙撃を避けつつ移動する機体を見ていた。機体動作が近接格闘型で、武術を基にする動きが見られる。近接戦となれば、是非ともお相手願いたい相手だ。幸いIFFが教える所属は敵であるA陣だと告げていて、相手をするのに不都合はどちらにもないはずだ。
「すまないが、お相手願いたい」
 エヴァルトの機体が立ちはだかる。行く手を阻み、どこにも余所見はさせじと手を広げた。
「望むところだーっ! この略してパルフェリアロボがミンチにしてあげる!」
 パルフェリアがいきりたって絶叫する。もちろん相手に聞こえてはいないけれども。
 (そこは…スクラップじゃないでしょうか…)
 鬱姫が心の中で突っ込みをいれた。お互いに構えをとって戦闘態勢にはいる。
 さっきの狙撃手は誤射を避けたのか弾は止まり、おそらく移動したのかそれきりになった。
「お互いに格闘型なら、腕前を試すいい機会じゃのう」
 構えたままじりじりとタイミングをはかる。風が静かに吹き抜けるかすかな気配に乗って、どこか遠くで爆発音が聞こえる、近くでがらりと瓦礫の崩れる音がした。
 先に踏み込んだパルフェの拳をエヴァルトが払う、返す拳がパルフェの腕を絡めとろうとして薙ぎ返される。
 スピードは明らかにパルフェが上で、こうくるだろうという予想がなければ、エヴァルトは一撃くらいはもらったはずだ。
 何度目かの応酬で、二体はがっしりと手を組み合った、パワーではエヴァルトの機体が勝る。
「せいやっ!」
 不意にパワーをいなされ、手を離そうとするが逆に阻止され、パルフェのたわめた足が首ごと蹴り飛ばそうとする。
「首狩りあっぱーっ!!」
 相も変わらずパルフェリアの絶叫は、ちょっとずれた方向を全力でえぐりこんでいる。
 だがタルトが繰り出したパルフェの蹴り技は、現実にはエヴァルトのマスクを剥ぎ取っていた。
「ぐっ、やるな…」
 剥がれたマスクの下には、有機的なラインを描くフェイスが隠されていた。ヒトに似た輪郭と鼻筋が容どられ、さらには暴かれた屈辱に歯を食いしばり、唇は引き結ばれている。
「…ここまでやるとは、倒し甲斐があるぞ! この目に間違いはなかったな!」
 エヴァルトの左腕からワイヤーが伸びる、咄嗟に飛び退ったパルフェは至近距離から逃げ切れず、右腕を捕らえられた。
「このっ!」
 巻きついたワイヤーに舌打ちし、手甲の下からアーミーナイフを起こして切り離す。ワイヤーのテンションを突如開放されて、エヴァルトがたたらを踏む。
「仕込みか!」
 姿勢を崩されたところに、パルフェが完全にナイフを起こして突きかかる。後退のためのスラスターを吹かしたが、もとよりピーキーな推進システムはリミッターぎりぎりまで簡単に吹っ飛んだ。
 その勢いを殺さずに、右側から回り込むように突進、今度こそパイルバンカーを食らわせようとして、さらに左の手甲からもナイフが飛び出してくる瞬間が見えた。
「くぅぅっ!」
 それは読めていた、パイルバンカーは即座に諦めて、すれ違い様に蹴りをくれ、押しやるように飛び退る。
 パルフェは突き飛ばされはしたものの、はるかに勝った機動力に付随する運動能力で簡単に体制を立て直す。ナイフをしまい再び拳のラッシュを浴びせた。
「いかん、距離を…」
「ろけっとぱーんち!!!」
 拳の勢いのままナイフが飛ぶ、唯一の飛び道具ともいえるナイフは、小さな爆音を立てて手首から射出され、さらに威力を増していた。
 エヴァルトの左肩に突き刺さり、そこを逃すことなくさらに踏み込んだパルフェの浴びせるような蹴りがナイフに止めをくれる。
 肩関節が完全に分断され、爆音を立てて腕が千切れる、残った肩の付け根はパージするほかない。
「………」
 ただでさえ機体バランスがお世辞にはいいとは言えない、スラスターを吹かしたときの重心移動などを再計算させながら、エヴァルトは再び距離をとった相手をにらみつけた。
「ひとーつ! 人の世の生き血をすすーり!」
 相変わらずパルフェリアは元気だ、スピーカーが切ってあることに気づいていないのは幸いである。ただ我慢してスルーすればいいのだ。
「ふたーつ! 不埒な悪霊ざんまい!」
「…悪行でしょう…」
「みっつ! みにくいハゲがあるっ!」
 コケた。
 タルトは決意した。さすがにもう、後でとは言わず今シメる!
「…な、なんだ、何かトラブルでもあったのか?」
 エヴァルトは様子のおかしい相手に逆に手を出しあぐね、人型フェイスの頬に汗がつたう。
 しかしこの機に攻め込むには、エヴァルトは潔癖であったし、分の悪い賭けや、貧乏くじもまあ、嫌いな状況ではなかった。故に相手が立ち直るのを見守っている。
 ちなみにコクピットの中では、シートから飛び出したタルトがパルフェリアに飛び掛って鎮圧完了、さわやかに汗をぬぐってやる気復活を成し遂げていた。
「さあ、今度こそ邪魔は入らんからのう」
「仕切りなおしと行こうか」
 体勢を建て直し、改めて構える双方の間の空気が張りつめた。
 片腕を丸ごと失ったエヴァルトと、せいぜい隠し武器をひとつ失っただけのパルフェ、少なくとも片方には切り札をどのタイミングで出すかが問題であり、もう片方はそれにどう対処するかの問題でもあった。
 しかしその時、不意にエヴァルトの背後からビームアローが飛来し、パルフェの周囲に突き刺さる。
「誰だ、手を出さないでくれ!」
 あたりを見回してエヴァルトが叫ぶ、ややあって通信回線が声を届けた。
『すみません、不利かと思ったもので』
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が遠くから状況を見ていて、援護射撃を行ったのだ。
「怒鳴ってすまなかったな、かまわず行ってくれ」
『では、ご武運を』
 セレーネは通信を終了し、A陣へ向け身を翻していく。