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パラミタ・オーバードライブ!

リアクション公開中!

パラミタ・オーバードライブ!

リアクション

「余計なことしちゃったわね」
 ちゃんと確認すべきだったわ、と反省するローザマリアに、上杉 菊(うえすぎ・きく)が声をかける。
「いえ、あなたは普通のことをしただけですわ、今回は相手が偶然そのような気概をお持ちの方だったということ」
 そこでレーダーに映る敵影に気づいた。自分たちのほう、というよりも先ほど対峙していた二人のほうへ向かっている。
「反応はA陣、敵ね」
 ああ言われてしまったのだ、ローザマリアは今更誰も二人のほうへ行かせまいと、やがて住宅街の影から現れる相手に向かってアーチェリーの狙いをつける。
 自分も住宅街の瓦礫に踏み込んで、姿を隠して待ち受ける。軽装支援型である彼女らの機体は、その線の細さから推測できるとおり、それほど装甲は厚くない。
 建物の影から姿を見せた相手に即座にアローを打ち込む、ちらりと見えたシルエットはどう見ても近接型だ。
「近寄らせはしません!」
 菊は即座に追いかけてくる相手から隠れるように壊れた住宅に隠れ、また隙間を迂回する。
 ぐるりと頭部カメラで大体の軌道をトレースしてくる相手に、間髪入れずアローを打ち込む。つかず離れずを保とうとして、不意にロックオンサイトが掻き消えた。
「何これ、ジャマー!?」
 システムの補助をうけた照準システムが突然沈黙し、ローザマリアは手動での狙いを余儀なくされる。敵反応もレーダーから消えうせて、煙にまぎれた敵を見失う。
「シューティングジャマー発動、しばらくは弾は飛んでこないはずだよ、残り時間176秒」
 マナ・メイヤ(まな・めいや)が状況を述べる、範囲も持続時間もそれほどないが、領域にいる機体はこれにより軒並みロックオンを妨害されているはずだ。瞬発力よりも持続力を重視したこのEMP兵器は、残念ながらキャンセラーを搭載しないかぎり、味方にも影響を及ぼしてしまう。
 森上 将矢(もりがみ・まさや)が悠々と、建物に隠れたつもりの敵目掛けてトンファーを振り下ろす。
 電磁波レーダーではなくソナーその他3要素によってそれを回避したローザは、完全に領域内に捕らえられたことを悟る。続けざまにトンファーのグリップ側ヘッドからバシャン! という奇妙な爆発音がして、銃弾というより大きな針のようなものが浴びせられ、半ば転がるようにそのトンファーを掻い潜る。
 あれの軌道は銃よりも剣よりも変則的で破壊的だ、下手に隠れることは得策ではないと判断し、足元を踏みしめて相対する。
 トンファーのグリップから空の弾倉がイジェクト、悠々と腕を組むように、右のトンファーを左脇に、左のを右脇に、背負ったバックパックから伸びた副腕が予備弾倉をリロードする。
 グリップからガシリという重々しく鈍い音が響き、底知れない力の存在を感じさせる。その拳の下から、形のない何かが鎌首をもたげて牙を向くイメージ。
 再びにらみ合い、改めて名乗りをあげる。
「森上将矢、アーベントだ。お相手願いたいな」
「ローザマリア・クライツァール、セレーネ、仕る」
 その名乗りに答え、セレーネは携えていた弓を格納し、手にエネルギーを収束してランスとして構えた。
「菊、そういえば操作はどう?」
 菊はかたかたとキーを叩き、微妙な調整を加えながらレバーを動かしている。住宅地を戦場と定めたので距離を稼ぐ必要はない、クイックな挙動を得るため、スラスターの出力ゲインを絞る。
「ええ、気位の高い荒駒よりは遥かにおとなしいですわ」
 おそらく、ロボットというものはいかな駿馬も及ばぬ力を秘めているのだろう、比べることはおかしいが、駆動システムから伝わるかすかな振動や音が、かつて己が乗りこなしていた馬の鼓動と呼吸にも似ているような気がした。
「あら、そういうものなの?」
 攻撃担当のローザは笑って、その他の全てを菊へと預けた。

「マナ、相手はどんな感じだ?」
「ちょっと機動ではこっちが劣るね、でも装甲は勝ってるもん」
 マナが相手のポイントの割り振りを動きと装甲の外見から診断し、その結果にそうか、とうなずく。
 続けて彼女は、ばら撒かれた欺瞞粒子量の薄れ方から残時間を逆算した、風があまりないため残留値に数コンマのプラス修正を加える。
「ジャマーの効果が切れるまで、あと132秒だからね」
 思いっきりいっちゃえー! とゲームを存分に楽しんでいる妹分の様子に、将矢は微笑んだ。
「今日は思いっきりやるからな、ついてこいよ!」
 ここのところ立て続けに彼女の表情を曇らせることばかり続いていた、しかしゲームなら、どれだけ思い切りやろ
 うが血が流れることはない。ただ純粋に楽しむことができるのだ。
 それに何よりも、イコンではできないことが出来そうなのだ、これにまさるメリットは他には早々見当たりそうになかった。

 アーベントのトンファーを払いのけるランスの反発力をそのまま生かす、手首のジョイントをほんの少しひねるだけで綺麗に回転したトンファーは、その長端をぴたりと揃え、力強く踏み込みそのまま肩口へと突き込んだ。セレーネはランスを払われさらに間合いを変えられて、苦しい体勢で逃げを打つ。
「菊、10時に踏み込んで!」
 ともすると倒れこみそうに見える勢いでセレーネはアーベントの右脇へ滑り込む、体をひねり瞬時に左の逆手に持ち替えたランスは、ただ体と肘を引く動作だけで受け止め、払いのけられる。さらに勢いを殺さず払われたまま、地面を蹴りつけて距離をとる。
「格闘特化型となると、ちょっと分が悪いわね」

 離れたセレーネへ、アーベントの左トンファーが無造作に向けられ、大きな針が打ち出された。さらに避け、弓を取り出しビームアローをばらまく。
「くっ…!」
 右腕を振って手の中のグリップをぐるりと滑らせ、直撃だけは回避、飛び上がってセレーネのいた場所を轟音と共に踏み下ろす。
「せいやっ!!」
 ぐらぐらとあたりで崩れた住宅が、さらに瓦礫を振り落とす、応酬は長引いていた。
「あと…36秒だよ! 距離をとられたら不利になる!」
 しかし転機は訪れた、距離を離される前に牽制で放ったトンファーのダートが、セレーネの膝を貫通、瓦礫に突っ込むように停止したセレーネに詰め寄り、ビームアローを撃つためにかろうじて持ち上げられた腕を、手首から吹き飛ばし、肘を折り伏せ、そのままコクピットを渾身の力で叩き潰した。
「やったあ!」
「なかなか、面白い戦いだったと思うぜ」
 将矢は倒した相手へ向けて一言手向け、前線へと足を向けた。

「ひゃひゃひゃ、ワシも参加させてもらうとしよう」
 いいかのー? いいともー! と自作自演までして、シラード・ヌメンタはいつの間にか戦場に降り立っていた。どちらにもつかず見敵皆殺、まるで蜘蛛のような多脚形の機体でカサカサとフィールドを駆け回る。火力はそれほどないものの、装甲と機動力に全てのポイントをつぎ込んでいる。
「ん? あの機体はどちら様?」
 下界を眺めていたフューラーが、見覚えがなく、もちろんIFFでもどちらの応答もしない不審な機体を見咎めた。
 その様子にヒパティアが恐る恐る告げ口をする。
「フューラー、口止めされていたのですが、実はあの機体はシラードの…あの…兄さま、ごめんなさい…」
「なんだってー!?」
 あごを落とさんばかりにフューラーは驚愕した。乱入するだなんて何考えてんだあのおっさん!
「…止めてくる。ティア、足の一番速いやつ出して」
 自分でいくつか作った機体データのうち、自分にもっとも合っていると感じたものを用意する。
 機動はMAX、装甲は最低限、あとは火力に回した配分だ。
「いってらっしゃい」
 見送る言葉を受け、建物の影からプレイヤーに襲いかかろうとしていたシラードに向けてまっすぐ降下し、そのままスピードに乗せて蹴りをくれる。
「おおおう!!」
「何やってんだーっ!」
 ものすごい音をたてて蹴り転がされたシラードは多脚を振り回し、コメツキバッタのような動作で即座に体制を立て直す。
「…さすがに機動性では勝てんな」

「逃げるなーっ!」
 煙幕をはり

 、それにまぎれてカサカサと住宅街に逃げ込むシラードを追うが、そこではフューラーの機体の機動性が十全には発揮できそうになかった。
「ゲーセンのレバーをへし折ったこともないヒヨっ子が、ワシをどうにかできると思うなよ!?」
「んなことしたの!?」
 よくわからない武勇伝をわめき、それに突っ込みを入れながら、二人は住宅地を破壊しつつやり合った。
 フューラーはビームランチャーを振り回し、シラードが逃げ込む先を読んでエネルギー弾を打ち込む。
 あぶり出されたシラードは地雷をばら撒き、動きを鈍らせては蜘蛛の口元からワイヤーを飛ばし、引き寄せて牙を突きたてようとする老獪さを見せる。
 その間にも舌戦は止まらず、大人気ないやりとりが繰り広げられている。
「大体こないだなんて、どんなゲームが気に入るか探られたんだぞ! あれは確かあんたの担当学生だった!」
 要するに空京大学で教鞭をとっているシラードのパートナーということで、彼を通して単位に関する袖の下を渡されるところだったのだ。
 別にゲームが好きなのは趣味なのだからかまわない、借りるのだっていいと思う。だがそういうもので懐柔できるとまで思われていることに関して、フューラーは顔から火が出る思いだった。
 まさか実際に袖の下を受け取りはしないだろうが、非常にいたたまれない思いをしたのだ。
「何を言う! コミュニケーションの一環じゃよ!!」
 シラードとてその辺は弁えている、ゲームばかりして授業をおろそかにするような生徒には声をかけない。だが、李下に冠を正さず、瓜田に沓を納れず、隙やそれに付け入る邪推があったということなのだろう。
 ついにフューラーはシラードの脚を何本か吹き飛ばし、ひっくり返ったところを押さえ込んだ。
「これに懲りて、これからは生徒からゲームを借りるのは禁止!」
「…わ、わかった…くそう…」
 いつのまにか、そういうことになっていたらしい。ゲームが好きなシラードは、ゲームでつけられた決着には比較的素直に従った。
 フューラーはそのままコクピットにビームサーベルを突き刺して、シラードを見物席に送り返した。

「彼らは外部スピーカーで何をやっているんだ…」
 お互いに陣に属さずIFFが応答しない単独行動なため、通信手段はスピーカーだけだったのである。
 それを見たものは、単なる大人気ないケンカに大いに呆れたという。天から見ていても、彼らの騒ぎは聞こえてきた。
 しかし、バカ騒ぎはそれで終わらなかった。
「ここで会ったが100年目でござるーッ!」
 他に迷惑かけないうちに、と引き上げようとした時、鹿次郎が仇敵見つけたりと立ちはだかったのだ。
「ああもう鹿次郎さん、そっとしといて下さいよ…」
「はっ! そんな腰抜けにヒパティア殿は渡せないでござるよ!」
「…人の妹を勝手にやり取りするなっ! あなたはいつものように巫女さん追いかけてればいいでしょう! てーか今バトルの最中なんですから、敵追ってください敵、ぼくは帰ります」
「ひとつ言っておくでござる! 確かにロボットは男のロマンでござるが、巫女さんはその倍の、否! 100倍のロマンがあるのでござるよ!」
 鹿次郎のコクピットで、鹿之助が頭をかかえている。静止も耳に入らず、フューラーを目撃して突っ込んでいった主である。やはりこちらが本命の試練であったか…。

「兄さま、ほんとうに楽しそう…」
 フューラーと鹿次郎のバトルを眺めながら、ヒパティアはつぶやいた。彼女の『楽しそう』と思う基準は大概において兄の様子を指すが、現在それははなはだしく疑問に包まれていた。
『はっはー安心なされよフューラー殿。巫女さんヒパティア殿は拙者の嫁でござるよ。安心して沈むと良いでござるよ!』
『っざけんなコラァ!』
『ヒパティア殿ー! バトルが終わったら勝者を巫女服でねぎらっていただきたいでうごふぁっ!』
『ログアウトすんぞボケがぁ!』
 二人の状況は、戦法、戦術、戦略、なにそれそもそも言葉なの? といわんばかりの取っ組み合いになってきていた。
 フューラーも自機の高機動力なぞ忘れた風、鹿次郎も自分の刀をただの鈍器と化してドツき合っている。
 はてしなく低レベルに落ち込んでいく彼らを、元の場所に叩き返されたシラードがニヤニヤと眺めていた。
 車椅子では下を見づらいので、ディスプレイを目前に出して一人ホームシアターだ。彼は電脳でも不便な車椅子を使い続けている。
「おーおー、坊主いい感じに荒れてきたのう」
「あれは、本当にフューラー殿なのですか?」
 慇懃無礼ににこにこと喋るか、妹に振り回されて慌てる姿しか知らない黎は、声を荒げてえげつない技を繰り出す姿に軽い驚きを覚えた。
「あやつは、ヒパティアだけにはいいかっこしいですからなあ。お、障害物を利用した前方回転ミサイルキック! やるのう! いいぞもっとやれ!!」
 こ、今度はパロ・スペシャルだと!
 …黎は、もう放置することに決めた、誰しも多面性はあるものだ。それに今更手は出せないし、見なかったことにしておこう。
 じゃわとむにむに握手しているヒパティアに声をかけ、夏に手に入れてきた写真データを取り出す。
「ヒパティア殿、先日地球へ観光したときの写真があるのだが…」
「是非とも! 見せてくださいますか?」
 さっきまでにこにこと兄とその友達(?)のほほえましいケンカ(?)を眺めていた彼女は、あっさりと興味を移した。兄が見れば嘆き悲しむことだろう。