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リアクション
第1章 探索への第一歩 1
くしゅんっ! と、かわいらしい声とともに、自称天才歴史学者の少女はくしゃみを発した。ずずっと鼻をすすり、彼女は低く唸る。
「うーん、誰か私の噂をしているな」
「あ、俺も……」
「な、なんか私も……」
それに続くように、ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)と琳 鳳明(りん・ほうめい)もくしゃみをする。三人は嫌な偶然にお互いの顔を見合わせて首を傾げた。
「まあ、どこかの誰かさんが魔王様すごいとでも言っていたってことだな。くしゃみも魔王の性か」
「天才の噂を誰かがしていたのか……まったく、これだから才能は困るな」
自信満々に自分を評価する二人に、鳳明は乾いた声で愛想笑いを浮かべるしかなかった。
目下、シェミーたちは魔道書の噂を追って神殿内に侵入したところであった。曰くつきの神殿ということもあって、シェミーやその他の面々――の、一部――はピクニックにでも行くかのように楽しげな様子だ。
とはいえ、彼女たちについてきた歴史研究会部員にとっては、生きて出てこれないと噂されるこの場所は、恐怖の館でしかない。
「あ、あのシェミーさん、私たちはこのへんで〜」
「まったく、なんて根性のない連中だ。ここには歴史のロマンが詰まっているのだぞ。仮にも研究会部員なら、『え、マジっすか、じゃ、ついていきますよ〜』ぐらいのことは言えんのか」
「え、マジっすか。じゃ、ついていきますよ〜」
シェミーの声に反応して楽しげな声を返したのは、部員ではなく小柄な少女、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。無論――小柄とはいえ、シェミーよりも背が高いのは当たり前なのだが。
「いいね、いいねっ、歴史のロマン! 私そういうの大好き!」
「ふむ……遺跡、謎の少女に魔導書……いかにも『冒険』! という感じで中々にそそられるな! 天才とわしの『ばいおてくのろじー』。そして優秀なしもべたちの面々。これだけあれば、向かうところ敵なしじゃっ!」
美羽だけでなく、さらにちっこいのが加わって彼女たちは一致団結し合った。鳳明のパートナーである南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)は、シェミーに負けず劣らずの自由奔放な人材のようだ。
更に――
「となれば、魔王である俺の力が必要なことは言うまでもないな! ふはははっ、安心しろ。俺の知力と知恵で、この神殿の謎も解いてみせる!」
そこに魔王なる若者が混じれば、歴史研究会部員はもはやタジタジである。美羽だけでもシェミー×2かと思いきや、シェミー×4であった。そして、そんなシェミーエンジンにオイルを流し込むように、フリーライターでもある羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)が手帳に書き込んでゆく。
「うーん、いいわねー。不吉な噂の広がる謎の神殿、挑むは天才歴史学者に学園アイドル、地祇の発明家、それに魔王。そして冒険家たち! これは素晴らしい記事になるわ〜」
なるほど……こんな人たちだからついてきたのか。歴史研究会の二人は妙に納得したような顔になる。もちろん、それが同時にひきつったものであったのは言うまでもなかった。
「なんだ、やっぱり書くつもりなのか?」
呆れ気味のシェミーの声に、すらすらと書き記しながらもまゆりは胸を張った。
「もっちろん。今回の記事であなたの名前が売れれば、もっと多くのもっと不思議な遺跡への探索依頼が殺到よ! もちろん部員の2人の名前も記事に載せるわ! いっきに有名人になっちゃうかもね〜」
「まあ、好きにすると良いだろう。私はあまりそういったことは分からんのでな」
「ふむ……シェミーは名声に興味はないのか?」
まゆりにひらひらと手を振ったシェミーに、ジークが尋ねてきた。
「興味ないな。第一、私はどうもそういうのが苦手だ」
困ったようにぽりぽりと頭をかくシェミー。そんな彼女を見て、まるで小動物でもあやすかのようにアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)が頭を撫でてきた。
「シェミーちゃんって小さいのに色々なこと知ってて凄いわねぇ、なんだか態度も大人ぶっちゃってて可愛いわ〜」
「ば、や、やめろっ! あたしは子供じゃないぞ!」
じたばたと暴れるシェミーの小さな体をぎゅっと抱きしめて、アルメリアはなでなでなでなでと彼女をかわいがる。どれだけわめいても、逆にそれがかわいい子供に見えるのだから逆効果というものであった。
それに……
「わー、なんかお似合い〜」
美羽の言うとおり、美しい紺碧の髪のアルメリアと青みがかった乳白色の髪をしたシェミーが連なると、どこか親子のように似合っておりほほえましくもあった。
それでも鬱陶しがるシェミーは、なんとかアルメリアの腕を逃れて逃げ出すことに成功する。
「ああっ、もう、なんで逃げるのー?」
「だから、あたしは子供じゃないと言ってるだろ! ったく……これでも年齢はお前たちとそう変わらんのだぞ」
「あら、可愛いなら歳の差なんて気にしなくても!」
「そういう意味じゃないわっ!」
アルメリアに激しくツッコミ、シェミーははぁはぁと息をついた。そんな彼女に、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が声をかける。
「まあまあ、落ち着きなさいってな。ほら、飴でもいかがですかい?」
「…………」
甘いモノは好きということか?
シェミーは不機嫌そうにしながらも、クドの差し出した飴をコロコロと舐めはじめた。
「まったく、こんな扱いは初めてだ……」
「はは、確かに。天才歴史学者っていう肩書には、似合わない扱いだったな」
ため息をつくシェミーに、ジークが面白そうに笑いかけた。魔王とか名乗るお前ともそう変わらん気がするが……とシェミーは思ったが、言ったところで似たようなもの。彼女は口をつぐむにとどまった。そんなシェミーに、ジークが続けて尋ねてくる。
「ところで……その天才っていうのはどこからきてるんだ? なにか偉業でも成し遂げたのか?」
「……偉業と言えるどうかは知らんが、先日はシャンバラ大荒野の遺跡を発見したことがあったな。少しずつ研究を進めていたが、あたしの知らないところでどこぞの馬鹿が馬鹿なことをしたせいで、遺跡そのものが崩壊した」
「ほう、荒野の遺跡か……」
二人の会話を聞いてギクゥっ! と心臓の音を鳴らした者が数名いたことは、知る人ぞ知ることであった。
「だがまあ、それも歴史の一ページだ。あたしは別に考古学者ではない。……あたしは、ただ、ただ歴史のロマンが感じられればそれでいいのだ! 謎の遺跡、噂の魔道書……ふふ、ふふふ、歴史の匂いがぷんぷんするぞ〜」
スイッチが入ってしまったのか、シェミーは悦に入った表情で恍惚に酔った。力のこもった美羽が、彼女に同調した。
「よーし、じゃあ、まずはその魔道書……っと、魔道書を持ってる女の子かな? を見つけることだね!」
「ああ、そういうことだ。よし、行くぞ!」
歴史研究会の部員二人がいつの間にかこそこそといなくなっていることにシェミーが気づいたのは、それから五分後のことだった。
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