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リアクション
第1章 探索への第一歩 3
とはいえ、そこはシェミーとて目的を忘れたわけではない。ヒラニィやジークたちと一緒に、棒状のスティック飴を舐めながらも、真剣な眼差しで遺跡を観察していく。
「すごいな、これは。単純に建物を建てているわけではなく、山の内部を切り開いて作っているのだ。外からは単なる小さな神殿にしか見えないが、ほとんど大人数で暮らせる巨大集合住宅のようなものだぞ」
「なかなか面白いね……君の考察では、この神殿遺跡にどんなものを感じるんだい?」
感心した目で辺りを見回すシェミーに向かって、思慮深げな声をかけたのは黒崎 天音(くろさき・あまね)だった。その隣では、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が絶えず彼を見守っている。
(厄介ごとが×2されたのか、厄介ごとの二乗になったのか……どちらにしても、ろくな事にならなさそうな気がするな)
天音の興味あることに首をつっこむ危険体質は慣れたものなのか、ブルーズはため息だけをこぼして警戒を強くすることに努めた。
「ふむ……不吉な気はするな。いずれにしても、卓上の凹凸や壁の意味深な模様を見るに、儀礼的な何かが行われていたとは考えられる」
「ということは、これは何かを流し込むパイプの役目なのかな? 問題は、何が流れてたかってことになるけど」
天音とシェミーに混じって、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)も意見を述べた。そこからは、まるで学会のそれにも似た意見交換の嵐である。天音が何かを言えば、シェミーが意見を述べ、トマスがそれに補足を加える。
「そういえば、ツァンダのこの地方では――」
「山中信仰は人間の生命を――」
「いや、そうなるとこの朽ち果て方は計算が――」
もはやこうなっては、誰にも彼女たちを止められなかった。トマスのパートナーであるテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は、ブルーズと顔を合わせて、お互いに大変ですね。いえいえ、そちらこそ。といったやり取りを顔だけで伝え合う。
そんなわずかに穏やかな時間が破られたのは、刹那の炯眼が鋭く細められたときだった。
「……くる」
飛び込んできたのは、無数の影だった。
「カカカカカカカカッ!」
しゃれこうべ……いや、スケルトン!
まるで裁断機のように幾度となく歯を噛み鳴らしながら、さびた剣と盾を構えた骨剣士はシェミーたちへと襲いかかってきた。
「……おとうさん?」
が――そんな危機的状況にもかかわらず、アイリスは魔鎧化を解いてとてとてとスケルトンに近づいていった。どうやら、何かと勘違いしているようであり、
「……ちがった……」
「いや、それはそうでしょう……いくら互いに骨だからって……」
司のツッコミほどまともな意見はない。勘違いだと分かると、アイリスはスケルトンとしても不毛なまでに空飛ぶ箒で奴らを弾き飛ばした。そのままの勢いで、司のところまで戻っていた彼女は、再び赤い布と化して敵に立ち向かう。
スケルトンの数は、わらわらと多くなってきていた。
「シェミーさん、ヒラニィちゃん、あたしたちの後ろに…………って、あれ?」
愛用の槍を手に一度後退して構えをとった鳳明が声を張るが、それまで天音たちと話していた二人の子供はぽつねんと姿を消していた。
では、どこに……
「おお、これは保存状態がいい! でかした、ヒラニィ!」
「はっはっは、この程度、わしにかかれば朝飯前じゃ!」
「石版か……当時は紙よりも長い間保存できるから、重宝されてたんだろうね」
ちょこまかと動き回るシェミーとヒラニィに、天音があまりにも冷静すぎる態度で考察を続けていた。
「お前たち、ここには街の図書館や博物館でも無いし、敵もいるのだぞ。危機感は無いのか」
天音たちに冷静に進言するブルーズだったが、これがいわゆる聞く耳なしというものである。好き勝手に動く彼らを呆れながらも、ブルーズはスケルトンに向かってアルティマ・トゥーレで対抗した。これで多少は、足止めにもなるだろう。
「シェ、シェミーさんっ、勝手に進んだりしたら護衛の意味ないよ!? ってヒラニィちゃんまで! 勝手に壁いぢくっちゃ……」
ヒラニィは、まるで悪戯をする子供のように、続けてスケルトンの影に隠れて見えなかった石板を引っ張り出した。途端――
「わっ、危なっ!?」
ガコンッ! という不吉な音とともに、スケルトンとシェミーたちのいる広間に、新たな石卓がガタガタと床からせり上がった。仲間たちも足もとが危なくなるが、どうやらそれはスケルトンも同じようで、もたついている。
不幸中の幸いか……と思われたが、むしろこっちが不幸だったようだ。
「げっ……」
テノーリオは嫌な苦鳴を漏らした。というのも、石板を抜きだしたことで動いたのは床だけでなく、どうやら隠されていた扉も開いたようで――そこからぬっと身を乗り出してきたのは、不気味な姿をしたゾンビだったからである。
「た、確かにこりゃあ、獣人も近づきたくねえはな」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。ほら、近づいてくる! ……って、だからシェミーさん、おとなしくしってってば!」
顔をしかめた熊の獣人と一緒に、鳳明は新たに出てきた石卓へと楽しげに近づいていくシェミーの前に飛び出した。いやはや、これぞ子供に振り回される親のお守である。
しかし、そこはそこ。仮にも護衛である。
「はぁっ!」
光条兵器の長槍を振り回し、鳳明はゾンビの足を素早く斬り裂いた。
無論、それだけで終わるわけにはいかない。鳳明の影からゾンビの前に進み出たのは、美羽のパートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)であった。優しげな面持ちの顔が、アンデットたちを前にして苦渋に歪む。死者の骸とはいえ、攻撃の手を加えるのはわずかながら躊躇われた。
ごめんなさい……。
「バニッシュ……!」
ベアトッリーチェの両手からまばゆく光が放たれる。そこに、狂気も叫喚もない。暖かな、母の手に眠る我が子を護るかのような、そんな光だった。光に浄化されたゾンビは、そのまま安らかに眠るよう、淡く姿を消した。
「よし、俺も負けてられねぇぜ」
「ふふふ……わらわも安らかに眠らせてやろうかのぅ」
自分の心を震わせてまでゾンビと戦う彼女に負けていられないとばかりに、テノーリオ――そしてシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)がアンデットたちに立ち向かった。が、いかにもパワー系といったテノーリオとシニィの安らかな浄化方法は、もちろん力任せであるに違いなく。
「おらっ!」
ゾンビを殴り飛ばすテノーリオに続けて、手に握った瓶からシニィがなにやら液体をどばどばゾンビにぶちまけた。その匂いは……まさか。
「ア、アルコール……?」
「あ、そーれファイアー」
テノーリオの嫌な予感は的中した。
シニィの指先から放たれた火術がゾンビにかかると、アルコード度40%を超える液体に火炎が燃え移る。燃え盛る火の海は、轟々とゾンビたちを燃やしつくしていった。まさに、火炎地獄だ。
「うーん、お酒って便利」
「そういう問題かよ」
テノーリオのツッコミなど聞いていない酒豪吸血鬼のファンアー攻撃は、ゾンビに致命的なダメージを与えていった。
「わ、わたしも頑張るー! おにーちゃんみたいにみんなの役に立つんだもん!」
アンデットたちと戦う護衛者たちにおいて、一際戦いに似合わなそうな精霊――ノーンが自らも戦闘に参加した。彼女自身には直接的に戦う力は、おせじにもあるとはいえない。しかし、その分だけ、というべきか。
「んぬぬぬぬぬ、わああぁぁ」
ノーンの気合を込めた力が、護衛者たちに降り注いだ。『荒ぶる力』――肉体的な能力を格段に飛躍させる、ノーンの魔法である。彼女のバックアップに後押しされて、護衛者たちは更に敵へと立ち向かってゆく。
「…………っ!」
スケルトンの攻撃に抵抗する護衛者たちにおいて、刹那の素早さは骨剣士のそれに勝っていた。子供ながらの体躯を生かした身軽な動きが、壁を蹴って宙に舞い上がる軽業を可能にする。古代中国の貴族が着ていたかのような服の広い裾から、刀やダガーといった数々の武器を敵に放った。いわゆる――暗器といったものだ。
いかにスケルトンといえども、身体を構成する骨がバラバラになってしまえば再生はそうたやすいものではない。刹那の放つ細かな刃先が、スケルトンを次々と砕くように解体していった。
やがて……護衛者たちの前に敵の姿はなくなる。
「はぁ、ようやく終わったぁ」
鳳明が息をついた。
スケルトンは強敵だった――と言いたいが、どちらかと言えばちょこまかと動き回るお子さまたちに四苦八苦手を焼いていたようである。そんな彼女を尻目に、シェミーたちは今度はくずおれたスケルトンの骨を調べだした。
「……こっちのスケルトンは、さっきの骨よりもかなり古いみたいだな」
「それにこのスケルトン、材質が悪いわね〜」
「ソウダナ……コノ剣ヤ盾モ、劣化ガ激シイ……」
トマスが骨の年代を大まかだが予想すると、シオンとマオがしゃがみこんで骨剣士の持っていた装備の劣化具合を特定した。つまり、
「ということは、これはより過去の冒険者か何か、ということになるね。ますます噂が真実めいてきたってことだ」
天音が愉快げに唇を吊り上げた。
噂が本当だということは、魔道書の噂もあながち間違ってはいないということである。そして、その魔道書の少女がこの神殿にいる可能性も、少なからずある。
「そう言えば霊的な研究と言う噂も在りましたね……となると、それに関する部屋か資料でもあるかもしれません」
「霊的ナ研究ノ資料? ……ソノ少女ガ研究ノ結果造リ出サレタモノダトデモ? イヤ、ソレトモ神ヲ造リ出ス為ノ魔術的実験ノ生贄カ?」
司の言葉に反応して、マオが首をかしげながらも推論を述べた。
いずれにしても言えることは……
「奥に行ってみるしかないか」
シェミーは、ゾンビが現れた後の、奥へと続く道を見やった。誰も、それに反対する者はいなかった。
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