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リアクション
第1章 探索への第一歩 2
神殿に入ってからそう間もなく、シェミーたちは広間へとたどり着いた。そこは、まるで過去には大勢の人が生活していたかのような、そんな名残を残した場所だった。
中央にあるのは、おそらく噴水だろう。今では枯れ切った石畳が顔を見せているが、かつてはそこから美しい水があふれ出ていたであろうことを思わせる。そして、噴水を中心として円形に広がった広間のところどころには、意味深げな凹凸のある石卓が迷路のように繋がっており、その周りにはこれも同じく石造りの長椅子が置かれていた。
「フフッ……好い雰囲気の神殿ね。落ち着くわ」
神殿の内装を見て、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が小悪魔にも似た微笑を浮かべる。そんな彼女と一緒というべきか、シェミーも同じく、神殿の内装に感嘆の息を漏らしていた。
「これは……見事な精巧さだな……。ふふふ……これほど保存状態の良い遺跡も珍しい」
「な、何でしょう寒気が……」
シオンのパートナーである月詠 司(つくよみ・つかさ)は、彼女とシオンを見比べてぞくりとしたものを感じた。いわゆる、同族種を見たときのそれである。二匹の蛇を見たときのカエルも、きっと同じ気持ちだったに違いない。
「ま、まあとにかく……今度は失敗しないようにしないと……」
司は一人で自らに言い聞かせるように呟いた。なにせ、毎度毎度トラブルに巻き込まれること――主にシオンによって――が多い彼である。せめて遺跡ぐらいは、トラブルメーカーの巻き添えにはならないようにしなければ。もう、木に吊るされるなんて事態はごめんである。
「い、意地でも調べてみせますとも!」
「ツカサ……その意気……ワタシも……頑張る」
一人で頷いて決意を新たにする司に、ぼそっとした声が囁かれた。司の魔鎧――アイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)である。そんな彼女がなぜ司とともにこんな場所にいるかというと……それはチラリと横目で見るお騒がせ吸血鬼から司を護ろうとしているに他ならない。
アイリスは静かに魔鎧化すると、防衛の意味を込めて司の身体に装着された。しゅる……と全身を覆うような赤い布が纏われる。
お騒がせ吸血鬼は、パートナーたちの真摯な態度に肩をすかせた。
「みんな真面目ねぇ……そんなんじゃ退屈であくびが出ちゃうわよ。あ、ほら、ツカサー! 面白そうな遺物だわ!」
「え、なんですか……ってわあああぁぁ!」
振り返った彼の目の前に、突然突きつけられていたのは、人骨の頭部――つまりしゃれこうべであった。無論、そこには不吉なオーラが纏われており、いかにもな朽ち果て方をしている。
怖がり、というわけではないものの、さすがに人骨の頭部を突きつけられて冷静でいられるほど司は鈍感ではなかった。
なんとか気を落ち着けた司は、改めて骨を見やった。
「ま、まったく驚かさないでくださいよ」
「なに言ってんの、いたせり尽くせりじゃない。オカルト好きとしては、こういうのは外せないしね」
けらけらと笑うシオンだが、そんな彼女の持っている人骨に、シェミーが興味深い声を漏らした。
「人骨か……生きて戻れないというのもあながち間違いじゃないかもしれないな。そう朽ちてはいないし、きっとここ数十年の間の骨だろう」
骨を見るのは慣れているのか、ひょいとシオンから骨を受け取って観察するシェミー。彼女と同様に、タァウ・マオ・アバター(たぁう・まおあばたー)が骨と神殿を見比べていた。魔道書……だからというわけだろうが、女性にしては身長の高く、シェミーと隣で並べば雲泥の差であった。
「コノ神殿……具体的ニハ何ニ使ワレテイタノカ……気ニナルナ……」
「歴史学的に言えば、そちらのほうが重要だな。歴史は想像だ。いかに想像できるかが、謎を解くカギともなる」
片言とはいえ、マオの知識には高い評価を持っているのだろう。シェミーは彼女と一緒に考察を続ける。
「ねー、ねー、シェミーちゃん、あれ、アレなに?」
「あれは……壁画か?
ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)に指を指された壁には、どうやら家族のような姿が見てとれる壁画が刻まれていた。それは、まるでいくつもの家族が集まっているかのような印象だ。
ここは憩いの場だったのだろうか?
「かつては……ここにたくさんの人が住んでいたのかもしれんな」
「へー、そうなんだー! みんなで一緒に住んでたなんて、楽しそうだね!」
にぱっと、ノーンは明るい笑顔を向けた。
彼女曰く、なんでも今回はパートナーである影野 陽太(かげの・ようた)という人物の代わりで、依頼を受けたらしい。彼女のおにーちゃんと呼ぶその人物がどんな人間なのか気になるところではあるが、ノーンを見る限り、悪い男ではなさそうだった。
能天気とも言えるような彼女だが、その実、こうして分かりにくい壁画を見つけたりと、観察眼は鋭い。聖霊ゆえの子供のような純粋さは、どうやら大人のそれとは違う目を持っているようだ。
そう思いつつも……シェミーの見た目がとんでもなく子供なのは変わらないわけで。
「はいはーい、じゃああたしも質問質問!」
ボンキュッボンの効果音を地で鳴らしそうなルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)が、勢いよく手を上げた。
「シェミーちゃんの初キッ――」
ザク……! と、ルルールの声をさえぎって、代わりに彼女の頭に槍がぶっささった。そのまま、どかっと蹴りをかまして、夢野 久(ゆめの・ひさし)が変態という名の悪魔を退治する。
いかにもヤンキー然とした無骨な男だが、どうやらこのメンバーの中ではむしろ常識人のようだ。
「うう……無言で槍突きなんてひどいわ……」
「わー、生きてるー! すごーい!」
ツッコミ攻撃に慣れているのか、ルルールはかなり頑丈なようだ。起き上がる彼女に、はしゃぐノーン。ルルールはシェミーへの質問――もといセクハラを続けようとするが、久のツッコミが彼女を再び弾き飛ばした。
「……ったく。わりぃな、あいつ馬鹿でよ」
「ま、まあ、あたしは、お、大人だからいいが……お前も大変だな」
「ペットのしつけはちゃんとしないとな。義務みたいなもんだ」
シェミーの大人発言が背伸びのように聞こえるのはさておき、久は彼女の見ていた壁画をまじまじと見つめた。
「しかし、こんなのよく分かるな。俺には変な棒人形が遊んでるとしか思えねえ」
「はは、棒人形か。面白いことを言うな」
「歴史学者だったか? ずっと通して調べてる事とかってあんのか? テーマっつーか目標みたいなの」
「おお、それを聞くか。ふふ、聞いて驚くなよ。あたしはな、いつかこのシャンバラの全ての歴史を記した大辞典を作ろうと思っているのだ。これはあたしが歴史学者を志したとき、そう、天才としての道を歩み始めた時からの夢、もとい、使命! そのためには、この遺跡もその一つとして――」
久はシェミーが語るのを黙って聞いていた。
正直に言えば、そこに彼の理解できる単語は半分程度しかなかっただろう。しかし、少なくとも彼女が言わんとしていることは分かったつもりで、彼女の生きようとする生き様も見えたような気がした。
「まあ、俺にはよく分からんけど……頑張ってんだな」
「そうとも。そのために、確か、久……とかいったか。お前たちの力を借りるのだ。天才のために働けるとは、運が良いぞ」
シェミーはいたずらに笑った。夢のために頑張っている彼女の姿を見ると、運が良いと言われるのも悪い気分ではなかった。
「シェ、シェミーちゃん、すごいね……。そんなに元気でいられるなんて……。ボクなんて、こ、こんな薄暗いところにいるだけでも怖いのに」
「なんだ……アルミナは暗いのが苦手か?」
「う、うん……」
おどおどとしながら傍にいるアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)は、パートナーの辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の裾を握りながら、物音がする度にビクッと震えていた。赤髪の下の深緑の瞳が、うるんだ輝きを持つ。
お互いに身長はシェミーと同じほど……いや、それ以上に低いが、アルミナと対照的に、無口な刹那の目は周りを常に警戒していた。わずかながら、その子供らしからぬ洗練された目に、シェミーは親近感を覚える。
怖さを紛らわそうというのか、アルミナはよくシェミーに喋りかけてきた。やがてそれは、彼女が握ったまま離そうとしない、相方の刹那がどれだけ格好いいかという話に移ってゆく。
「でね、せっちゃんは、こんな子供なのにすごい強いんだ。服の裾からバンバン武器を出して、敵をずばあぁっってやっつけるんだよ!」
「ほう……それはすごいな。この神殿には魔物もいるというし、見れる機会があるかもしれないな」
「うん! きっと、シェミーちゃんも、うわー! ってなると思うよ」
笑顔で刹那のことを語るアルミナは、とても幸せそうであった。それほどに、刹那のことを信頼し、尊敬しているのだろう。彼女の言葉を意にも介さぬかのように冷然なままの刹那であったが、その顔がわずかに赤みがかっているのは、きっと言葉なき返答なのだろう。
「んぐぐ……しまったぁ」
刹那たちと話していたシェミーの耳に、うなだれた少女の声がかかったのはそのときだった。
「クド公……ひどいことをしでかしてしまったのだ」
「あら、ハンニバルさん、どうかしたんですかい?」
クドが声をかけると、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が乳白金の髪の奥から哀しそうな瞳を覗かせた。両手で広げているのは、肩から提げていたポシェットの口である。その中には……一本のバナナがぽつんと入っていた。
「……バナナ、ですねぇ」
「そう、バナナ。バナナ……一つしか持ってきてなかったのだ。事前の準備をもっとしっかりしとけばよかったのだ。実に悔しいのだ。ぬぬぅ、バナナ……」
これが、かの歴史的戦術家の英霊だと誰が気づくであろうか。少なからず地球の歴史にも精通しているシェミーであっても、このハンニバルがカルタゴの英雄とはなかなか思えぬものであった。
まあ、英霊とは得てしてそういうものであるのだろうが……。それにしても、美味しそうなおやつがたくさん……。
「ん? なんだ、貴様も食べたいのか?」
「い、いや、あたしは大人だ。そんなおやつなんて……」
「なに、遠慮しなくてもいいのだ。おやつはバナナ以外にも五〇〇G以内で持ってきてるのだ」
ハンニバルはポシェットから取りだしたおやつを、シェミーに分け与えた。彼女以外にも、ヒラニィやクド、ノーンなど仲間たちへと分け与えていく。
「わーい、おやつおやつー!」
「わしは子供じゃないぞ! おやつなんて………………もらうがなっ!」
「ハンニバルさん、おやつに入らないバナナはたくさん持って来たかったんですかね」
おやつを食べる子供たちと保護者の図――これってなんの遠足? であった。
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