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【序章】〜浜辺にて〜


 頬に当たる不思議な感覚は、塩水を含んだ髪をあっという間に乾かしていく。
 それは轟音と共に自分をめがけてきた様に吹き付けてきて、思わず目を閉じる。
「……やっぱり慣れないわね」
 地上を吹き抜ける風は、海の生き物である自分には合わないのだろう、とジゼルは思う。
 特に海辺の風の強さと言ったら自分の存在を拒否するような、まるで「地上に出るな」と言われている様で、不愉快だった。
「言われなくても今日で終わりよ」
 浜辺の白い砂を蹴り上げて、ジゼルはそう呟いた。

 地上に出るのは久しぶりだ。
 今日まで計画の準備に余念が無かったから、外に出る暇等無かったのだ。
 会場の飾り付け。食器や食材の調達。
 そもそもジゼルは地上の事をそれ程知ってはいないから、まずそこからだった。
 多くの人を持て成すのにはブッフェという形式が良さそうな事。
 それから沢山の人が満足する食べ物は一体どれだろう。
 あの娘が好きと言っていたちょこばーって何?
 歌や踊りのお芝居をしていると言うあの娘の前で下手な踊りは見せられないわ。
 それに、普通のパーティーが好きじゃない人には何を用意したらいいかしら。
 考え出したら止まらなくて、毎日が目まぐるしく過ぎて行く。
 ずっと孤独に暮らしてきたジゼルにとって、初めての経験だった。

 もうすぐその彼等がくる頃だ。
 ジゼルが地上で初めて関わった人達。
 困っていたジゼルを助けてくれた――本当は全部自分が仕組んだ事だったけれど――人達。
 彼等と過ごすほんの少しの時間は、ジゼルの中に小さな変化をもたらしていた。
 これまで全知の存在であるセイレーン一族の三賢者に、地上人は愚かだと聞いていた。
 我々清廉で誇り高いセイレーンとは違い野蛮で、醜悪で、滅ぶべき存在なのだと。
 けれど本当に全ての人がそうなのだろうか。
 頭をもたげる考えが浮かぶたび、ジゼルは一族の事を強く考える様に務めた。
 一族も家族も、三年前には全て居なくなってしまった。
 宝玉アクアマリンの力を完全に復活させれば、彼女達は生き還り、一族は復活する。
 ただそれだけを信じて。
 ジゼルは浜辺から見える人々の街を睨みつける。
「……そろそろ時間ね」
 一族の生き残りとして”彼等の力を欲する”気持ちと、
 初めて得た友達に”ただ純粋に会いたい”という気持ちと、
 奥底に隠したはずの”何かが起こって彼等が逃げてくれれば”という考え。
 枝分かれした心の中は目茶苦茶で、考えようとすると壊れてしまいそうだ。
「誰も、来なければいいのに……」
 思わず呟いてた言葉に慌てて被りを振る。
 そうして頭を上げれば見知った姿達が笑顔でこちらへ歩いてくるのが見えて、ジゼルは自分でも知らない間に珊瑚色の唇が赤い血の色になる程噛みしめていた。