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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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   第一幕

 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、くあ、と欠伸を噛み殺した。隣のルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)に小突かれ、口をへの字にする。噛み殺したんだからいいじゃないか、と言いたいが、言えばまた小突かれる。更に終了後、蹴られるかもしれない。やめておいた。
 アキラはルシェイメア、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)と共に染之助一座の芝居を見に来ていた。
 美しい遊女が意に沿わぬ相手に身請けされることが決まり、恋仲だった貧乏侍と足抜け、追っ手を躱せぬと悟った二人が身投げする――というのが、そのあらすじだ。
 単純な話だが、侍を演じる染之助の凛々しさと二人の切ない恋は、女性たちを魅了した。セレスティアやヨンなどは、感極まって涙まで流している。
 なるほど染之助は大層なハンサムである。化粧を取っても、美人に違いない。仁科 耀助(にしな・ようすけ)が惚れこむのも無理はない――もっともあの男は、女なら誰でも構わない節があるが――とアキラは思った。
 だが、アキラはどうも入り込めない。
 この芝居は、染之助一座の十八番で、以前演じたときは大当たりを取ったそうだ。だが、今や客席はガラガラだ。その理由の一つは、明白だった。


 蒼空歌劇団の一員で歌姫であるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、これを良い機会だと捉え、全ての芝居小屋を網羅したマップを作成した。最も効率よく回る計画も立て、その合間に染之助一座の小屋の持ち主である伝兵衛(でんべえ)を訪ねた。
「ああ、確かに言った。このまま客の入りが悪かったら、出て行ってもらうとね」
 言いながら、伝兵衛は顔をしかめた。
「何しろ小屋の貸し賃の他に、売り上げからいくらか貰う約束になってるんだ。客の入らない一座を置いておくわけには、いかないだろう?」
「そんなに人気がないんですか?」
 リカインは一番最初に染之助一座の芝居を観たが、そう悪いとは思えなかった。確かに客は少なかったが、朝早いからだろうと考えていたのだ。ひょっとして、とリカインは尋ねた。
「染之助一座に何かゴシップ――悪い噂とかあるんじゃ?」
 伝兵衛は腕を組んで首を傾げた。
「いいや、知らんね。ただ、一座の何人かが入れ替わって人数も減ったらしい。何でも地方で祝言を上げた女が二人ほど、怪我をして休んでいるのが三人ほどいるそうだ」
 そう言えば、些か迫力に欠ける芝居だったかもしれない、とリカインは思い返した。悲恋物だから、そんなものだろうと気にも留めなかったのだが、役者が代わって質が落ちたのかもしれない。
「それに、すぐ近くにとんでもない芝居をかけている奴らがいるのさ。オリュンポス一座といったかな。観たかい?」
「いえ、まだ」
 最後に一つ残っているのが、噂のライバルだった。券もなかなか手に入らず、ダフ屋まで出回っている始末だ。リカインもやむなく、相場の二倍の金を出していた。
「まだなら、見てみるといい。あれを超えなきゃ、染之助にも先はないね」
 無論、元を取る気満々のリカインだった。


 ずらり並んだ客を前に、人型になったマネキ・ング(まねき・んぐ)は声を張り上げた。
「フフフ……圧倒的ではないか我が一座は……殺陣の技量? そんなものは我らオリュンポスは、常日頃から上から下まで死線を潜り抜けており、備え持って然るべきものである。大事なのは……お客様のニーズに応え世代層に合った時間帯のローテーションを組み、公演やスタンプラリーシステムの導入……加えて、日本人によろしくマホロバ人も弱かった言葉……『期間限定』を取りいれる事で、確固たるものとなったのだよ……染之助一座に敢えて言おう……カスであると!」
 何を言っているか分からないが、待ちくたびれた客たちは、これも芝居の一環だと思い込み、やんややんやと拍手喝采した。
 実際のところ、一風変わった芝居という噂は、ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)の【宣伝広告】の甲斐もあり、瞬く間に町民の間に広まっていた。噂が噂を呼び、三日目にして満員御礼である。
「突っ込んだらアレだと思ってたが……明倫館にその染之助一座を助ける依頼来てたぞ……」
 背後でセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)がぼそりと言う。
「知っている。確か仇討ちの依頼も来ていたな」
 マネキは振り返りもせず、拳を振り上げたまま応えた。
「知っていたなら、どうして――契約者と事を構えるつもりか?」
「大丈夫ですよ〜師匠は全てわかってやってますよ!」
 メビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)が紙の束をセリスに渡した。それをめくるセリスの表情が、見る見るうちに驚愕に彩られる。
「おい、この内容は……」
「没になった台本だ。好きに使え」
「面白そうですね!」
 メビウスはニコニコ笑いながら、マネキの横で手を振った。行列から、また歓声が上がった。