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甘味の鉄人と座敷親父

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甘味の鉄人と座敷親父

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【四 ひとは何故、シュー山を喰らうのか? そこにシュー山があるからさ】

 参加選手が全員、割り当てられた簡易キッチンへと配置に就き、いよいよ、戦いのゴングが鳴り響くのを待つだけという段階に至った。
 しかしながら戦闘開始を告げるのは、ゴングではなく、キャンディスの妙に裏返ったけたたましい声音であった。
「アーーーーーレッ! キュイズィーーーーーーーーヌッ!」
 会場内に、耳障りといっても良い程の大音量で戦闘開始の雄叫びが響いた。
 それと同時に、各簡易キッチンで臨戦態勢に入っていた参加者達は一斉にケージの各面に設けられた扉を開け放ち、調理器具争奪戦へと突入する。
 予選Aブロックのリングには、武闘派と呼べるスイーツ職人が三人揃っている。
 ひとりは鳴神 裁(なるかみ・さい)
 今ひとりは、蒼空学園料理研究部鉄人組の第二代組長三沢 美晴(みさわ みはる)
 そして最後のひとりは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)
 いずれも、互いに相譲らぬ闘争心を前面に押し出してきていた。
 残る二組の代表――エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)霧島 春美(きりしま・はるみ)の両名は、金網デスマッチに於ける熾烈な接近戦を想定していたとはいい難い。
 いや、普通は想定せんだろう、という意見はこの際、敢えて却下する。
 辛うじて春美は得意のバリツの使用を念頭に置いてはいたが、乱戦に発展するといささか分が悪い。ここはまともに正面から戦わない方が良い、との判断が春美の中で働いていたのも頷ける。
「は〜い! みんな〜! ごにゃ〜ぽッ、な甘味の鉄人が始まるよ〜! 画面の前のみんなはお部屋を明るくして、飲み物を口に含んでから見ようね〜!」
 裁(正確にいえば、裁に憑依している物部 九十九(もののべ・つくも))が、いまいちよく分からない宣戦布告を高らかに口上し、美晴と弥十郎への突撃を敢行。
 このふたりさえ潰してしまえば、他は恐れるに足らぬと判断した故の特攻であった。
「面白いッ! はっきりいって、敵はあんたらふたりだけだッ! その出鼻を挫いてやるよッ!」
「我が体既に鉄、我が体既に空……その勝負、お受けしよう」
 美晴も弥十郎も、迎え撃つ態勢は整っている。
 ところがこのAブロックに限っていえば、武闘派が必ずしも有利であるとは限らなかった。
 というのも、三人がお互いの勝負に没頭している合間に、エースと春美は取り敢えず自分が欲しい調理器具だけをちゃっかり持ち出し、そそくさとケージ外へと出て行ってしまっていたのである。
 こういうのを所謂、漁夫の利というのであろう。
 要領良く、必要な調理器具を持ち出して早々に調理へと着手しているエース組と春美組の姿を目の当たりにした武闘派三人も、自分達の出遅れ感を漸くにして理解し、はっと我に返っている。
「っていうか、ワタシ達が必要としている調理器具って……何か被ってるの、あったかな?」
「えぇっと……多分、今のところは何も無いような気がする……」
 弥十郎と裁(九十九)の判断に、美晴もうむむと唸るように頷いた。
「と、取り敢えず今は休戦っちゅうことだねッ!」
 そのひと言を切っ掛けに、三人は慌てて自身が必要としている調理器具を素早くチョイスし、これまた慌ててケージを飛び出していった。
 一方、既に調理へと入っているエースは、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)と共にパート・ド・フリュイの製作に入っている。
 パート・ド・フリュイとは、フルーツのピューレなどを固めて砂糖をまぶしたゼリーっぽい砂糖菓子のことである。
 輸送性と見た目の華やかさ、そして日持ちの長さなどに於いて、今大会の趣旨を最も理解しているチョイスであるといって良い。
 一方、春美が製作に着手しているマカロンも、お取り寄せ品としては的確である。輸送面、商業面ではエースと良い勝負であろう。

「剛能く柔を断つッ! ラフィングウィッチ、製作開始ッ!」
 弥十郎の宣言に連動して、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が並行しての調理作業に突入した。
 ちなみにラフィングウィッチとは馴染みの無い名称だが、要はフルーツ飴である。
「相変わらず、無駄のない動きね」
 真名美の言葉に、弥十郎は一切動きを止めずに苦笑を浮かべる。
「ヴァイシャリーの師匠から習ったンだ。凌波……備蓄っていうんだっけなぁ。これ以外覚えきれなくて……よけ続けるのには、丁度良いよ」
 真名美がいうように、弥十郎の動きには全くといって良い程に無駄が無い。効率の良い鍋捌きで、飴を煮る準備にかかる。
 鍋の準備が整ったら、次は真名美が進めている裏ごし作業に合流して、オレンジ、マンゴー、桃といった素材の裏ごしの完了へとひた走る。
 その次は蚕豆を蒸しての裏ごしと、やることは山ほどあった。
 途中、真名美が飴を煮る為に鍋を火にかけ、菜箸で焦げ付かないように、かきまわす。
「飴は……コレくらいでいい?」
「いや、もう少しだけ、煮詰めてくれると嬉しいかな。食感が命だからね」
 ふたりの連携は、完璧であった。
 こうなってくると敵は、未だ未調達の調理器具の争奪戦ということになってくる。
「楊枝が無いな……取ってくるか」
 再びケージ内へと突入する弥十郎の前に、同じくケージ内で楊枝を取りに来た美晴が立ちはだかった。
 矢張りこの両者の激突は、避けようがないらしい。
「今度は、お互い逃げられそうにもないね」
「たかが楊枝、されど楊枝……いざ尋常に、勝負!」
 一方、このふたりの勝負に、裁の肉体に憑依している黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)が熱い視線を投げかけている。
 もともと、鉄人という大会名称からトライアスロン的な内容を創造していた黒子アヴァターラは、実際はスイーツコンテストだと知って、当初のうちは随分と肩透かし的な気分を味わっていた。
 だがこうして勝負が始まってみると意外や意外、本当に力勝負の戦いが目の前で展開されている事態を受け、二転三転しての驚きを覚えている有様であった。
「おぉっ、あれは伝説の泰山包丁儀ッ! よもやあれ程の技を、この目で拝む日がこようとはッ!」
「……え〜っと、うるさいから、ちょっと黙っててくれる?」
 折角『知っているのか雷○、もしくはあれは伝説の(以下略)民○書房刊』ごっこを楽しもうとしていた黒子アヴァターラのささやかな思いを、九十九は容赦なくぶった切ってしまった。
 こういう辺り、裁以下三人の力関係というものが、何となく見えたような気がしないでもない。
 そんな九十九(或いは裁)が早々に仕上げてきたのは、天高く、山のように積み上げられたシュークリーム群であった。
 命名、シューマウンテン。略して、シュー山。
 裁の【アニメイト】で命を吹き込まれ、節足動物の如き四対の脚が伸びるシュークリーム群が、まるで組体操の要領で次々と積み上がってゆく。
「はぁ〜いッ! 今週のビックリどっきりスイーツよ〜ッ。ポチっとなッ」
 別に何かスイッチが必要とか、そういう訳でもなかったのだが、取り敢えず裁(じゃなくて九十九? 何だかもう、よく分からない)がスイッチを押す仕草を見せると、シュー山は軽い地響きを立てて審査員席へとゆっくり移動してゆく。
 シュークリームそのものは、極々ありきたりの素材であったが、天を衝くような山となって積み上がる姿というのは、相当にインパクトがあった。
 しかもひとつひとつのシュークリームにはまるで意志があるかの如く、各審査員への口へと自ら飛び込んでいくという芸当まで仕込まれていた。
 スタンド席の観戦客にも、同様の形で振る舞われた。シュークリームが雨あられと場内へ降り注いでゆく光景は、ある意味、壮観でもあったが、ちょっと怖くもあった。
 小さい子供なんかは、泣き出す始末である。一部では阿鼻叫喚の地獄絵図と化した――かも知れない。