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甘味の鉄人と座敷親父

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甘味の鉄人と座敷親父

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【六 テロリストの明日無き戦い】

 対して牡丹はというと、こちらは自分の意思で参加選手として戦いに臨んでいた。
 勝負に徹しているというよりも、純粋にお菓子作りを楽しんでいるという雰囲気であり、何が何でも決勝に勝ち進むというような気迫は、微塵にも感じられなかった。
 とにかく牡丹の場合は、自慢の柿の水羊羹を審査員に食べて貰い、美味しいと思って貰えればそれで良いという方向性だけを抱いて、簡易キッチンに立っているのである。
 日頃は技術屋として男勝りな一面も多分に見せている牡丹だが、お菓子作りを楽しみたいというひとりの女性としての感性は、失っていなかった。
 そんな牡丹の嬉しそうな表情を、レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)がレフトスタンド席から声援を送りながら眺めている。
 しかしただ応援するだけではなく、レナリィは他の参加選手達が製作するスイーツのレシピをメモに取り、更にはデジカメに望遠レンズを装着して画像に収めるという作業にも手を出していた。
 実のところ牡丹は、他の参加選手達が披露するお菓子作りの技術を、この大会で参考にしたいと考えていたらしい。
 レナリィもまた、色んなスイーツを堪能出来るということで牡丹に協力し、こうしてせっせと、情報収集に勤しんでいるのである。
 そういう意味では牡丹もレナリィも、この大会を大いに楽しんでいる健全な参加者といって良い。
「すごぉい、あんなメニューもあるんだぁ……よっし、大会終わったら、早速作ってもらおっと」
 嬉々としてメモを取るレナリィだが、牡丹自身も己の調理を進める傍ら、他の参加選手達が立つ簡易キッチンに目を向けることも忘れていなかった。
(わぁ、あちらのキッチンではあんまんですか……美味しそ〜)
 あゆみが蒸し器に放り込んでいる白い円形物を、牡丹は楽しげに眺めた。そして返す刀で別方向に視線を向けると、ゆかりとマリエッタが微妙な空気を漂わせつつ、それでもきっちりとミルフィーユ×モンブランの製作を進めている最中であった。
 同じ場所で、これだけ極端に違うスイーツが同時に製作される場面など、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
 ところが――。
(うっ……あれは一体、何でしょう?)
 牡丹は思わず、手を止めた。
 その視線の先に、吹雪が立つ簡易キッチンがある。その簡易キッチンの調理台に用意されていたのは、サッカリンと、大量の蜜蟻が生きたまま詰め込まれたタッパーであった。
 このふたつを、審査員の口に運ばせようというのか。牡丹がしばし呆気に取られたのも、無理は無かった。
 だが吹雪は、本気だった。
 本気でこのふたつを、審査員に食わせる腹積もりだったのである。
 勿論そのままで出す訳ではなく、彼女が用意するスイーツ、即ち饅頭と大福に詰め込んで、の話ではあったのだが。
(ふっふふふ……この殺人スイーツがあれば、馬場校長に一矢報いることが出来るであります!)
 最早、何の為に大会に参加しているのか――少なくとも吹雪には、優勝して最強スイーツの座をゲットしようなどという、極々当たり前の目的は完全に失われているようである。
 今の吹雪の頭の中には、甘味の鉄人という場を借りたリベンジ劇しか無さそうであった。
 一見すると、吹雪が用意する二種のスイーツ(和菓子)は、普通の素材を使っているようにも見える。事実、ほとんどの品は普通の製法で作られていた。
 だが、その中にひとつだけ、異常に甘さを高めた品を紛れ込ませるテロを、吹雪は仕掛けようとしていたのである。
 それが、サッカリンと蜜蟻というふたつの素材であった。
(証拠が残らぬよう、ひと口サイズで勝負をかけるであります……まかり間違って、他の審査員殿の口に運ばれることがあるやも知れませんが、そんなことは知ったこっちゃないであります)
 もしもジーバス太守の口に入ろうものなら、それこそ国際問題に発展する可能性も大いに孕んでいたのだが、それすらも全く気にしないのが吹雪の恐ろしいところであった。

「……よぉっし、出来た」
 トラディショナル、ピスターシュ、シャンバラ・アメールという三種類のトリュフチョコレートを完成させたルカルカは、それまでの緊張から自らを解放し、ドーム天井を仰いでふぅっとひと息入れた。
 斜め前方の簡易キッチンでは、吹雪が殺人的なテロ饅頭とテロ大福を製作しているのであるが、ルカルカの目線確度からは微妙に隠蔽されており、全くそのような様子は見て取れない。
 ただ何となく、吹雪の陰険そうな笑みだけが印象的であり、ルカルカはこの時、背筋に冷たいものを感じてしまった。
(彼女……何するつもりなんだろ?)
 吹雪の攻撃的な意図は、決してルカルカ自身に向けられている訳ではない。それは、はっきりと分かる。
 だがそれでも、吹雪の暗鬱な色を称える闇色の炎が瞳の奥にちらちらと燃え上っているのを、ルカルカは心底不気味に思わずには居られなかった。
(また何か、やらかすつもりね……まぁ、いつものことなんだけど)
 軽い頭痛を覚えたルカルカだが、ここで下手に関わっては余計なとばっちりを食うだけだと判断し、敢えて無視することにした。
 そんなルカルカの判断を、遠巻きに見て頷いている者達が居る。
 内野スタンド席で観戦客の間に紛れ込み、ルカルカの戦いぶりを眺めているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)夏侯 淵(かこう・えん)の両名であった。
「いやしかし……吹雪殿は相変わらず何というか……危険だな」
 【グロウハニー】の効果で、前世の頃と同じ長身を一時的に獲得している淵が、機嫌が良い声音ながら、苦笑しながらやれやれとかぶりを振っている。
 一方でダリルは腕を組んだまま、いや、と小さくかぶりを振った。
「ただの冗談で済めば良いが、仮にもあの大福やら饅頭やらが太守の口にでも入れば、とんでもないことになる……サイアスには、頑張って貰わんとならんな」
 正直なところ、ダリルはジーバス太守の傍に侍して解説役と同時に護衛も務めたかったのだが、招待された者以外は審査員席に立ち入ることが一切禁止されている為、こうして内野スタンド席でサイアスに全てを託すしか無かった。
「ルカは優勝出来るかな?」
「味の監修は俺が念入りに行ったし、練習も積んだ。材料も吟味した。後は本人が落ち着いて調理に徹することが出来れば、問題は無い。少なくともあの表情を見る限りでは、それなりの出来栄えなんだろう」
 だからダリルとしてはルカルカに対しては、然程の心配はしていないのだという。
 となると矢張り、気になるのは吹雪の動向であった。
 サイアスを信頼していない訳ではないが、どうにも心配の種が尽きないのは、ダリルの慎重過ぎる性格が災いしてのことなのか、どうか。
「クエスにも、一本連絡を入れておいた方が良いかも知れん。最悪は馬場校長に、何とかして貰うしかないだろうな」
「まぁ、そうだな。馬場校長に一報入れておきさえすれば、下手な方向には転がらん……とは思う」
 淵の言葉が終わるか終らないかというタイミングで、ダリルは携帯電話からメールを発信した。
 送信先は当然、サイアスであった。

 Bブロックの審査は、静か過ぎる調理時間とは真逆で、波乱に満ちたものとなった。
 原因は矢張り、吹雪の仕掛けた超甘テロである。
 サッカリンがたっぷりと詰め込まれた饅頭を手にしたのは、よりにもよって、関羽・雲長(かんう・うんちょう)だったのである。
 ジーバス太守ではなかったのが不幸中の幸いであったが、その地獄のような超甘攻撃には、流石の関羽も意識が吹っ飛びそうになる勢いであった。
 更に吹雪は、甘過ぎたのならこれをどうぞと、舌が火傷する程の超熱々のお茶を無理矢理関羽の口の中に突っ込んだものだから、もうそこから先は関羽のひとり阿鼻叫喚地獄の開幕である。
 しかしその一方では、テロリストの面目躍如ともいえるから、吹雪的にはそれなりに満足だったのかも知れない。
 尤も、ここで終わる吹雪ではない。まだもうひとつ、密蟻入りの大福が残っていた。
「馬場校長、これを是非、食して頂きたいでありますッ! そして我が本望を遂げさせて頂きたく……!」
「何しに来たんじゃお前はぁッ!」
 吹雪は、最後まで口上を述べることは出来なかった。
 正子が振り抜いたバットが直撃し、そのまま盛大にぶっ飛ばされてドーム天井を突き破り、星と化した。
 結局、関羽はしばらく控室で休養することとなり、残った審査員で他のスイーツを判定することとなった。
 そしてこの予選Bブロックを勝ち抜いたのは――。
「ルカルカ・ルー。うぬのトリュフチョコレートが決勝進出よ。どうにも他の面々の出したものは、甘さが際立ち過ぎる。そのような中で、うぬが用意したホロ苦風味は、審査員ひとりを覗いては満点に近い結果を叩き出した」
 正子の説明に、ルカルカは直立不動の姿勢で敬礼を送った。
 トリュフチョコレートに低い点を出した唯一の例外は、単純に好みが子供っぽいエクスだった。
 勿論、トリュフチョコレートが選ばれた理由は他にもあり、何といっても輸送性と日持ちの良さが他のスイーツよりも群を抜いて総合的に優っていたのである。
 ルカルカの作戦勝ち、といって良いだろう。