First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
【五 スイーツのイは、『イてこますぞオラァッ!』のイ】
だが、結果的には裁のシュー山は敗退した。
理由は至極単純で、輸送面での問題であった。
「シュークリームは基本的に生産後からの賞味期限は僅か一日……これでは、長距離輸送を必須とする交易品としては不可、と判断せざるを得ませんね」
審査員席のクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が、酷く残念そうな面持ちで、審査員一同を代表しての総評を加えた。
今大会では基本的に、なまものは総じてアウトである。南部ヒラニプラから東カナンまで移送することを前提にしたレシピを考えるのも、参加選手に要求されている必須事項であった。
裁のシュー山は、両地域間の距離、という最大の敵に敗北を喫した格好となった。
次いでエースとエオリア組のパート・ド・フリュイ、春美のマカロン、そして弥十郎と真名美組のラフィングウィッチが審査員席へと運ばれてゆく。
いずれもスイーツ単品としては中々甲乙つけ難く、審査員達も割りと真剣に、判定を下さなければならなかった。
「どれも美味しいし、甘くて最高〜!」
エクスは三品とも絶賛し、ディミーアも、
「味は良し。材料と手間も……まぁ、それなりかしら」
と、決定打に欠けるところで頭を悩ませている。
セラフもまた、いずれの品も生産性と利益率の高さが拮抗しており、簡単に結論が出せないと悩んでいる様子であった。
「これは……いきなり難問が湧いてきたねぇ」
エクスとは異なり、相当に細かいところまでチェックしているセラフだが、そんな彼女をしても、この三品に対する優劣の下し方は難しいようである。
だが、この三品の中で最初に脱落したのはラフィングウィッチであった。
理由は、東カナンでも簡単に模倣が出来てしまうというオリジナリティ保持の面であった。
「折角交易品として採用するからには、矢張り、シャンバラでなければ製造が難しいというものでなければ、意味がありません。弥十郎さん達のアイデアは非常に面白いものでしたが、しかし結局のところは家庭調理の域を出ず、製品調理としてのプライオリティで劣っていたように思われます」
クエスティーナが下す総評を、真名美は残念そうに聞いていたが、しかし弥十郎は意外とさばさばした表情で耳を傾けていた。
どのような料理、どのようなスイーツにも、向き不向きがある。今回弥十郎が敗れたのは、その向き不向きに嫌われただけの話であった。
そして残ったのはパート・ド・フリュイとマカロン。この二強対決となった。
勝負を分けたのは、天然に拘ったかどうか、であった。
「春美選手のマカロンは、味と生産性では決して劣っていないんだけど、天然品、つまり防腐面で弱いというところが敗因となってしまったわね」
セラフからの説明に、春美はあちゃー、失敗したーと天を仰いだ。
「う〜ん、良かれと思ってやったことが却って仇になっちゃったか〜……流石のマジカルホームズも、そこは盲点でしたぁ」
こうして、Aブロックの勝者はエースとエオリア組のパート・ド・フリュイとなり、決勝進出が確定。
ところで美晴はどうなったか、というと――。
「うぅ……リングでの勝負は、悪くなかったんだけどねぇ」
実のところ美晴は、時間切れでスイーツを仕上げるには至らなかったのである。
弥十郎との楊枝争いでは決して引けを取っていなかった美晴だが、ピンでの出場が大きく響いた。
というのも、弥十郎は美晴と勝負している間にも真名美が調理を進めることで、並行してのスイーツ製作が可能だったのだが、美晴は単独での出場であった為、ケージ内に居る間は調理が全く進まなかったのだ。
これはもう完全に、戦略ミスである。
いい訳のしようが無かった。
春美が敗退する様子をライトスタンド席から眺めていたディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は、敗退が決まった瞬間には至極残念そうな面持ちで何度も溜息を漏らしていたのだが、隣で応援していたミディア・ミル(みでぃあ・みる)から元気づけと称して肉まんを供され、そこそこ気分が回復するに至っていた。
「マカロンが負けちゃうなんて、けしからんよねー」
「うー、でも味では負けてないって話だったし、はるみんもそこは面目躍如、なのかにゃ?」
愚痴るディオネアをミディが慰めるという何とも微笑ましい光景に、コルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)は口元を僅かに綻ばせていた。
「ですが……こうなってくると、あゆみさんの方も中々厳しい展開になるかも知れませんわね」
コルネリアが幾分、真剣な面持ちで顎先に細い指先を添えて考え込む。
実のところ、コルネリアのパートナーも選手として大会に参加しているのだが、敢えて全く触れようともしない辺り、何らかの意図を感じないこともない訳でもないかも知れないがホントのところどうなんだろう。
ともあれ、春美の敗退によって楽しみがひとつ失われた格好の三人は、残る戦い――即ち、BブロックとCブロックでの予選に応援の視線を向けるしかない。
「それにしても、あゆみさんの用意したあれは……あれも、スイーツと呼ばれるものなのでしょうか?」
「うん、まぁ、そうなんだけど……何だかなぁ、ちょっと地味っちゅうか……華が無いというか……クリア・エーテルじゃないような気がするにゃ」
コルネリアの疑問に対し、ミディアも歯切れが悪い。
しかしディオネアは事前に試食していたせいか、決して悪い印象は持っていなかった。
「だいじょぶ大丈夫〜。あゆみなら、きっとやってくれるよ〜。あゆみがんばれ〜」
そんなディオネアの声援が、予選Bブロックで強豪達を相手に廻している月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)のもとにまで届いていたのかどうか。
このBブロックは、いささか不気味な展開を見せている。
というのも、各参加選手達はケージ内での戦いはほとんど見せず、時折思い出したように調理器具を取りに入るだけで、これといった争奪戦は発生していなかったのだ。
地味といえば、これほど地味な戦いもないであろう。
しかし顔ぶれはというと、いずれも曲者ばかりである。
チョコレート製作に取り掛かっているルカルカ・ルー(るかるか・るー)、ミルフィーユ×モンブラン製作に取り掛かっている水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)とマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)のペア、饅頭(お茶付き)と大福(これもお茶付き)という変わり種で挑む葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、そして柿の水羊羹というこれまた変わり種で注目を引く佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)と、いずれもあゆみにとっては、恐るべき強敵といっても良い連中が揃っていた。
もっといえば、このBブロックはあゆみ以外、全員が教導団員なのである。
あゆみにとってはいわば、Bブロックは完全なアウエーであった。
(うぅ……何でこんなところに……でも、あゆみ負けない! こしあんと粒あんの二種類を用意したこの特製あんまんで、きっと予選突破してみせるんだから! クリア・エーテル!)
ひとり内心で気合を込めるあゆみだったが、しかしその実、腰がやや引けている。
黙々とチョコレート作りに没頭するルカルカの不気味さに加え、何やら正体不明の食材をふんだんに取り込んでいる吹雪の異様なオーラに、あゆみは自身でも気付かぬうちに圧倒されてかかっていたのである。
そんな中で、ゆかりとマリエッタのペアと牡丹の両者は、あゆみの目から見ても比較的まともに見えた。
常識人が周辺に居るということのありがたみを、この時ほど嬉しく思ったことはないだろう。
だが、あゆみが抱いている印象とは裏腹に、ゆかりとマリエッタの間には微妙な空気が流れていた。
というのも、今回この大会にエントリーとなった経緯に、問題があったのである。
「ねぇカーリー、もしかして怒ってる?」
「いえ、別に」
マリエッタが食材を仕込みながら、時折ゆかりの様子を窺いながら、えへへと誤魔化し笑いに近い笑みを浮かべている。
一方のゆかりは、その美貌に何ともいえぬ仏頂面をぶら下げていた。
「こんな機会でも無いと、確かに中々スイーツなんて作れないけど……それでもマリー、やっぱりやり過ぎよ、今回は」
ゆかりがぼやいたのには、理由がある。
というのも、今回ゆかりがエントリーしたのは本人の意思ではなく、マリエッタが勝手に出場申込書を提出した挙句、周囲にも『カーリーが出場するよ〜』などと吹聴して廻っていた為、止む無く参加することになったというのが実情であった。
流石のゆかりもポーカーフェイスを維持出来ず、出場決定の通達が届いた際には相当に腰を抜かしそうな勢いだったのは、今でも強烈な印象としてマリエッタの脳裏に焼き付いていた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last