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甘味の鉄人と座敷親父

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甘味の鉄人と座敷親父

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【八 ヅラー、来たる】

 再びケージ内に視線を向けると、こちらでは美奈子が小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のミニスカートから伸びる美脚にしがみつき、物凄くいやらしい手つきで寝技へ持ち込もうとしていた。
 各種の足技を得意とする美羽も、自慢の美脚を封じられてしまっては、為す術も無い。
「天国のお父様、お母様、何ということでしょう。こんな素晴らしい美脚を誇る美少女と、こうして巡り合うことが出来るなんて……流石はスイーツの大会ですッ! これ程の役得、中々ありませんわッ!」
「きゃあッ! ちょっと、どこ触ってんのよッ!」
 やたらハァハァと興奮している美奈子を、恐ろしいものを見るような目つきで眺める美羽。
 しかしここで怯んでいては、自慢の焼きドーナツを完成させることもおぼつかない。相手は女子生徒だが、美羽は敢えて心を鬼にして、踵落としを数発、美奈子の脳天に叩き込んだ。
 流石に美奈子もこれは堪えたらしく、美羽の美脚から離れてごろごろとその場に転がり、悶絶していた。
 やっとの思いで美奈子の密着戦術から脱出した美羽は、必要な調理器具を手にしてケージから転がり出た。
 その際、隣のキッチンのティエンが随分と心配そうな面持ちで、息も絶え絶えの美羽にそっと手を差し伸べてきた。
「あの……だ、大丈夫?」
「あぁ、うん……あ、ありがとう」
 ティエンにとっては、美羽は対戦相手であり、もっと端的にいえば、敵なのである。
 しかし性格的に、目の前で美羽が苦しんでいるのを放っておく訳にもいかず、ついつい手を差し伸べてしまったというのが、正直なところであった。
「あ、そうだ……つい勢い余って、要らない調理器具まで持ち出してきたんだけど……もし良かったら、どうかな、これ?」
「わぁ、丁度これ欲しいなって、思ってたところなんだ……どうも、ありがとう」
 エプロンの端をつまんで礼を述べるティエンに、美羽はえへへと頭を掻きながら照れ笑いを返す。
 そんなふたりのやり取りを、内野スタンド席で応援しているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、微笑ましげに眺めていた。
(やっぱり、こういうところは女の子なんだな……こんな大会だけど、美羽には美羽の、女子としての本領を発揮して貰いたいよ)
 そして出来れば、例え優勝出来なくても、美羽が作った焼きドーナツを何とか東カナンにも流通させてやりたいとも願っていた。
 それだけの魅力が、あの焼きドーナツにはある筈だという思いが、コハクの中に強く湧き起っていた。

 やがてCブロックでも、色々な紆余曲折を経て、ようやく審査員による試食が始まろうとしている。
 美奈子が用意したティラミスは、出来映えと味の点に於いては予想外の高得点を叩き出したが、しかしいかんせん、なまものであるという点が致命的であり、敢え無く予選敗退が早々に決定した。
 そして同じくティラミスを用意したジェライザ・ローズ陣営も、内容的にはかなり常軌を逸しており、インパクトの面では美奈子を遥かに凌駕していたものの、矢張りなまもの厳禁の原則には抗えず、予選敗退。
 必死の思いで味見役を担当した学人の死ぬような努力は、結局実を結ばなかった。
 こうなると、セリス陣営の鮑最中、ティエンのシフォンケーキ、美羽の焼きドーナツによる三つ巴の勝負となったのだが、決定打になったのは、控室での休憩を終えて審査員席に復帰した関羽のひと言であった。
「チョコ味か……これは、我が好みに実に合う」
 どういう訳かチョコレート風味に対して異様なこだわりを持っていた関羽のこの鶴の一声によって、チョコレート風味の焼きドーナツを用意していた美羽の決勝進出が決まったのである。
 しかし内容的にはどれも紙一重であり、鮑最中とシフォンケーキに対しては、南部ヒラニプラの一部の商人達が交易品としてではなく、地元産業での販売を視野に入れたオファーが届くという、予想外の結果をもたらしていた。
「鮑が、遂に日の目を見る時が来たか……ッ!」
 感激するセリス。
 そして同じく、シフォンケーキが商業的に認められたティエンも、東カナンへの交易品としては採用されなかったものの、南部ヒラニプラのスイーツ事情には影響を与えることが出来たという点で、大いに満足する結果となった。
「……結局、笑いを取れなかったな」
 何故か陣ひとりだけが、妙に残念そうにしていたのだが、ティエンは全く気にしていなかった。

 前半戦である予選ブロックでの各試合を終えて、審査員達は一旦、共同使用の控え用大広間へと引き返すこととなった。
「いや〜……流石にあれだけのスイーツを一気に食べると、飽きるっていうより、お腹にどっぷり来るわねぇ〜……」
 審査員席で十五食ものスイーツを片っ端から平らげてきた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、自身の腹部をぽんぽんと軽く叩きながら、満足げな笑みをパートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)に向けた。
 アデリーヌもスイーツ連発に耐性が無い訳ではなかったが、しかしさゆみ程の食いっぷりは、流石に披露出来ない。
 というか、さゆみのスイーツに対する執着心のようなものは、他の審査員と比較しても一線を画しているように思えてならなかった。
「それにしても、さゆみの実況アナウンサー並みの解説も、凄かったわよね……それにあの、オーバーアクション気味なリアクションも。いい方悪いけど、プロのリアクション芸人も真っ青な反応だったもの」
「そりゃあ、私はコスプレアイドルデュオのシニフィアン・メイデンよ。あれぐらいの芸当が出来なくてどうするの? ってな話だわよ」
 強気に笑うさゆみに対し、アデリーヌはただただ、感心したような呆れたような、複雑な笑みを返すばかりであった。
「でもぶっちゃけ、ザカコさんが用意してくれた色んなお茶が無かったら、ちょっとつらかったかも、という部分はあるかもね」
 いいながら、さゆみは決勝に用意するお茶リストを手にして、あれこれ考えている様子のザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の端正な面に視線を向けた。
 まさかここで、自分に話題が振られようとは思っても見ていなかったザカコは、慌ててソファーから上体を起こして、照れ隠しに頭を掻いた。
「あれだけの数ですからね……お茶無しでは、とても耐えられないと思いまして」
 いいながら、ザカコは手にしていたお茶リストをアデリーヌに手渡した。
 このザカコもアデリーヌも、派手なリアクションや評価説明は苦手なようで、参加選手から供された各種のスイーツに対しては、取り敢えず、
「大変、美味しゅうございました」
「見事な御手前で」
 と返すのが精一杯で、さゆみのようにテレビ映りを意識した反応は、全く返すことが出来ていなかった。
 但し、審査員としての本来の仕事は、きっちりとこなしている。
 下手に贔屓することなく、例え知り合い・友人の作品であっても公平にジャッジすることが出来ていたのは、流石というべきであろう。
「ところでさ……あのひとって、ずっと審査員席に居なかった、よね」
 不意にさゆみが声を潜めて、アデリーヌとザカコに不審げな視線を向けた。
 ふたりも、さゆみが誰のことを指しているのか、即座に察して、ごくりと喉を鳴らす。
「確かに、居なかったわね……ザカコさんは、あのひとがどこに居るのかご存知?」
「えぇ……確か自由審査員とかいう肩書を持って、審査員席ではなく、スタンド席を徘徊しているとのお話でした」
 ザカコの説明を受け、さゆみとアデリーヌは揃って「え、マジで?」というあからさまな反応を見せた。
 この三人が話題に挙げたあのひととは――即ち、サニー・ヅラーのことであった。
 下手にその名を口にすると、待ってましたとばかりに出現する可能性が高い為、敢えて名指しは避けていたのであるが、話題にするだけでも、いつ、どこから現れるのか分からない恐怖が三人の中にあった。
「まぁ……こっちに来ないのはとてもありがたいことだけど……」
「そうですね。ただ……観戦に訪れたお客さん達にしてみれば、良い迷惑になってるでしょうねぇ」
 三人は、恐ろしく疲労感漂う溜息を漏らした。
 大量のスイーツを食するのも結構な重労働の筈なのだが、サニー・ヅラーの被害に遭うひとびとのことを考えると、それ以上に疲れてしまう気分であった。