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甘味の鉄人と座敷親父

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甘味の鉄人と座敷親父

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【十二 交易品に相応しいのは】

 いよいよ、決勝である。
 勝ち上がってきたのは美羽、ルカルカ、そしてエース&エオリアのペアの三組である。
「ミーの気が確かならば……」
 ここで再び、進行役のキャンディスが意味不明な解説を始めたが、そんなものは誰も聞いちゃいない。
 既にリング脇での調理は始まっており、会場の注目は、簡易キッチンで黙々と調理に没頭している三組の静かな戦いぶりに集められていた。
 予選では、あれ程に激しい戦いが繰り広げられたリング上のケージも、この決勝では全く争奪戦が発生していない。
 三組とも必要とする調理器具が微妙にずれており、争奪戦に発展する必要が無かったのだ。
 決勝に用意したレシピは、美羽が高級チョコソースを用いた焼きドーナツ、ルカルカがチョコのランチプレート、そしてエース&エオリア組がシンプルなバウムクーヘンであった。
 最初に仕上げてきたのは、チョコレートで全てを統一したレシピの簡易さから、時間的に最も有利なルカルカであった。
 審査員席でプレートを受け取ったさゆみが、いきなり表情を変えて喉の奥を唸らせる。
「おぉっとこれは、チョコレート至極の逸品だぁッ! そこのけそこのけルカルカが通る。今日からチョコチョコ・ルーと呼べよ人民。チョコの前にチョコは無く、チョコの上にもチョコは無いッ! 唯我独尊、チョコはただチョコのみッ! これを味わわずして、チョコの何を語れようかッ!」
 何故か実況風に吼えるさゆみの隣では、アデリーヌが恐ろしくお上品な仕草でプレート上のチョコをひとつずつ丁寧に食してゆく。
 最後はお決まりのひと言。
「大変、美味しゅうございました」
 まるでどこかの料理評論家を彷彿とさせる仕草だが、そんなことをいちいち気にしてはいけない。
 他の審査員達からの評価も、概ね良好である。
 ルカルカは手応えを感じていたが、スタンド席で戦況をじっと見つめているダリルは、厳しい表情を崩さなかった。
「そんなに難しい顔して、一体どうしたのだ? ルカに負ける要素があるというのか?」
「……無い、とはいえん」
 淵の問いかけに、ダリルは腕を組んだまま鋭い視線を審査員席に向けている。
 チョコレートの威力に、間違いは無い。ダリルにも、その自信はある。
 だがこの大会は、ルカルカ自身の技量、或いはダリルによる素材選定だけが全てを決するのではなく、他の参加者の技量の優秀さや、審査員との相性も結果を大いに左右してくるのである。
 単純に、自分との戦いで済む話ではないのだ。
 そして何よりダリルが懸念しているのは、美羽の焼きドーナツと、エース組のバウムクーヘンのコストパフォーマンスの高さであった。
「チョコのランチプレートは、失敗だったかも知れん」
「何? 駄目なのか?」
 ダリル曰く、チョコレートそのものの交易品としての優秀性に問題は無い。だがこの決勝に於いては、審査員はランチプレートそれ自体を交易品の品目として評価する可能性も、非常に高いといわざるを得ない。
 そうなった場合、果たしてランチプレートが交易品として成立するかどうかといえば――否、と考えるのが妥当であった。
「はっきりいうが、ランチプレートではコストパフォーマンスに問題があり過ぎる。俺の指導ミスだった」
 ダリルは決していい訳など口にせず、己のミスを素直に認めた。
 そんなダリルの結論を裏付けるように、次に美羽が完成させた焼きドーナツが、ルカルカのランチプレート以上の高評価を勝ち得ていた。
 そんな中でザカコとクエスティーナは、苦渋の決断を迫られていた。
 ルカルカは、ふたりにとっては確かに大事な友人ではあったが、審査員という立場にあっては、私情は一切禁物であった。
 交易品の選定という縛りさえなければ、ルカルカのランチプレートには非の打ちどころも無かっただろう。
 しかし他の審査員達が判定を下しているように、それ自体を交易品として見ると、どうしてもコストパフォーマンスで劣ってしまうのが明らかとなってしまっていた。
 この時、クエスティーナはちらりとジーバス太守や関羽、或いは正子といった顔ぶれの仏頂面を見た。
 この三人ですら、ほとんど迷うことなく美羽の焼きドーナツに軍配を上げていたのである。ここでクエスティーナが下手な私情を持ち込んでしまっては、折角開かれようとしている南部ヒラニプラと東カナン間の交易開始に、ケチをつけるようなものであった。
 だが、ここで更に頭を悩ませる問題が発生した。
 最後にエースとエオリアが仕上げてきたバウムクーヘンが、これまた絶妙な味わいだったのである。
 美羽の焼きドーナツとの一騎打ちという形となったバウムクーヘンだが、どちらも優劣つけ難く、審査はここへきて、いきなり難航するようになってしまった。

 ところが、思わぬ助け舟が現れた。
 ニキータとカーミレがお茶の給仕役として審査員達に紅茶を淹れて廻ったのだが、その紅茶が、実にヴラデル家秘伝の味わいを放つ、スペシャルブレンドだったのだ。
 審査員全員がほんの一時、頭を悩ませるのを忘れて、ついつい感心してしまう程の味わいが、その紅茶には秘められていた。
 そして同時に――この紅茶が、決定打となった。
「優勝は、決まりましたな」
 ジーバス太守が関羽と正子に、ある一点を静かに指差した。
 問いかけられた両者も、異論は無いとばかりに頷き返す。
「確かに、決まりましたな」
「異論はありませぬ」
 この三人だけではない。
 さゆみも、アデリーヌも、そしてエクス、ディミーア、セラフの三人も全く同意見であった。
 更にはザカコとクエスティーナも納得した様子で、ジーバス太守の視線の先を静かに追っている。
「スイーツの本来の機能のひとつ……即ち、お茶請けとしての役割を今、改めて認識しました。甘味の鉄人の優勝者を、キャンディス司会進行から発表して頂きます」
 ジーバス太守から大役を仰せつかったキャンディスは、特設ステージ上で静かに立ち上がり、勝者が立っている側の腕を高々と掲げた。
「勝者! エース・ラグランツ及びエオリア・リュケイオンッ! 勝利品目は、バウムクーヘンッ!」
 会場が、どよめきに包まれた。
 意外な程シンプルで、予想外にありふれた品目だったが、しかし審査員達を納得させるには十二分の威力を持っていた――それが、エースとエオリアの作成したバウムクーヘンだった。
 そして準優勝は、美羽の焼きドーナツである。
 南部ヒラニプラから東カナンへと送られる交易品は優勝品目と準優勝品目が選ばれる運びとなった。


     * * *


「ご苦労様でした」
 ステージ裏で引き上げてくる審査員達の満足げな表情を眺めながら、トマスはひとりひとりに一礼しつつ、子敬とテノーリオに目配せして、大会終了後の段取りを進めるよう指示を出していた。
 と、そこへお茶の給仕役として審査員席横に待機していたニキータとカーミレも引き返してきたのだが、ニキータはトマスの前でふと立ち止まり、神妙な面持ちを浮かべて首を左右に振った。
「何だか、余計なことをしちゃったわねぇ。ヒラニプラの復興に、アジェン家の想いが少しでも関与することが出来ればって思ってのことだったんだけど……」
「まぁ、良いんじゃないかな。大会運営スタッフが判定基準に関わってしまったっていうのは、あまり褒められたことじゃないけど……」
 厳密にいえば、ニキータとカーミレは正式なスタッフではなく、アレステル女史の特別な計らいで臨時の給仕役を担当したに過ぎない。
 だがそれでも、自分達の淹れた紅茶が勝者を選ぶ決定打となったことに、多少の戸惑いを覚えない筈は無かった。
「でもお蔭で、アジェン家の紅茶の存在を世間に知らしめることが出来たわね。それは大きな収穫だわ」
 ニキータの満足げなひと言に、カーミレが穏やかな笑みで頷き返していた。