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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

リアクション



【舞踏会の終わり】


仮面の裏に素顔と共に隠した想い。
 あぁ、貴方の手で早くこの仮面を外して……


 きゃー! 素敵な仮面舞踏会!
 ここで新たなロマンスが生まれるのね!」
 お尻をふりふり妄想を生み出しているユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)に、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は息を吐き出してもう一人のパートナーを待っていた。恐らくこの会場の何処かにアレクやハインリヒが居るだろうが、華やかすぎる彼等は逆に溶け込んでいて軽く歩いても見つける事が出来なかったからだ。
「――そもそも今時仮面舞踏会ってなんだ? 古くさすぎる」
 呟いて、陣は待機の間食事をしようと考えた。
 だが彼が思いついたのは、皆のように立食で出てきた食べ物を……というものではなかった。
(食いたいもんが出てくるんだろ?
 どんな無茶なものでも出てくるなんて、面白いじゃないか)
 色で言えば黒だろう笑みを浮かべて、陣が頭の中に描いた――そして彼の目の前に現れたのは、鉄板焼きセットだった。
「――なんだか場に相応しくないいい匂いがするんですけど!」
 非難めいた声を上げユピリアが後ろから覗き込んでくる。
「…………もんじゃ焼き?」
「トッピングは明太子もちチーズな。
 ユピリア、お前もなんか食えよ」
「は? そ、そうね」
 思わぬ状況と提案に、軽く困惑を見せたユピリアだったが、そこは矢張りパートナーである。
 ふうと息を吐き出して、ユピリアは思い浮かんだメニューを上げた。
「……鉄板見てたらお好み焼きを食べたくなっちゃった」
 豚玉。ソースはたっぷりめ。マヨネーズもたっぷりめ。
 それからジョッキに注がれた生ビール。
 じゅうじゅうと鉄板が音をたて、辺りいっぺんに庶民的な香りが充満し始めた。勿論絵面も合わない。これに比べればご飯やみそ汁なんて可愛いものだろう。
(これ絶対、舞踏会主催側からクレーム来るわよね)
 ユピリアはそう思ったのだが、寧ろ陣の狙いはそこなのだろう。
「この場に相応しくないものを出す事で、元からある違和感をさらに大きな綻びにしてやるのさ」 
 にやりと笑った口の端で矢張りそんな考えを吐いた陣に、彼を理解するパートナーは頷く。
「うん、私は楽しければそれでいいわ。
 こんな機会滅多にないんだから、しっかり楽しんでおかなくっちゃね」
 そうやって暫く二人がまるで屋台の客ように動いていると、アレクたちを伴ってティエン・シア(てぃえん・しあ)が戻ってきた。
「おー、遅かったな。いいからお前らも食えよ」
「ん? 僕も食べたいもの頼んでいいの?
 焼そば食べたい!
 じゅわ〜ってソースが焦げるのが美味しいんだよね!
 いっぱい作るからお兄ちゃん達も食べようよ。みんなで食べた方が美味しいよ♪」
 天板の上につい今し方『出てきた』ばかりの麺を開けて、ティエンはアレク達に振り返った。
「はいお箸、豊美ちゃんにハインツお兄ちゃん。シェリーさんもどうぞ」
「ありがとうティエン。不思議な形ね」
 受け取った箸を不思議に思い、使い方を教わったシェリーは改めてティエンが作っている料理と対面した。焦げたソースの香ばしさはまず嗅いだことのない匂いで、きょとんとするものの、陣達の様子で美味しいものらしいと予想でき、シェリーは好奇心に食べたいと思う自分を持て余していた。
 院の子供達は皆揃って食べ物に対して躊躇いが無いが、これは保護者の許可が降りてこそ、だったりする。
 ハインリヒが横にいる手前、大声で「食べてみたい」とも叫べず、何とかアイサインで伝わらないだろうかと目を向けるが、残念ながら破名は他の人との会話に夢中で気づいてはくれない。
 悩む中、周囲の会話はどんどんと進んでいき、料理も出来上がる。綺羅びやかなシャンデリアの光の下、姿勢も正しく美しく洗練さを纏い品を纏い、談笑の声すら上品に聞こえる。
 その中で、目の前の料理にお腹が鳴りそうになっているシェリーは、ぐっとお腹に力を入れた。
(でも、待って、シェリー。隣にはハインツさんが居るのよ。食べたいと言うべきかしら。っていうかどうやって食べればいいの。きっと大口を開けたら笑われてしまうわ。
 ……でも、綺麗な食べ方って私、出来たかしら)
 シェリーが頭の中に彼女が今迄見た中で一番優雅に見える友人――ミリツァの食事する様子を描いていた時、ハインリヒはふらりとその場から背を向けていた。
 欧州で生まれ欧州で育ちパラミタへやってきた彼は、この日本の庶民的な料理を知らなかった。――ごく最近までは。
 ティエンの麺の上にソースをぶちまけるあの豪快な料理法を見ていた時に思い出されたのは、音信不通の恋人だった。どうせ惰性からスタートした関係だから、連絡が取れないのは――相手に何かあったのでなければ――つまり振られたという事だろうが、こうやって思い出す度に自覚させられそうになり落ち込んでしまう。
 求められるまま流される様に振る舞う事で忘れようとしてきたものが、どっと溢れ出しそうになりハインリヒは額を抑えた。たかが料理でスイッチを押された自分が情けなく、溜め息が溢れる。
 が、ハインリヒのあの容姿だ。苦悩し憂える姿は影を背負い、ハムレット様もかくや――。まさか『焼きそば見て落ち込んだ豆腐メンタル』とは誰一人思わず、女性達の悩ましげな視線が彼に集中する。
 しかし彼を取り巻いていた少女達は、そうは思わなかったようだ。
「ハインツお兄ちゃん、どうしたのかな?」
 ティエンの言葉にハインリヒの状態に気付いたシェリーは、彼が――丁度破名が文明酔いを起こした時と同じ状態になったと思い込んだ。
 そして水の入ったコップを手に駆け寄ると、ハインリヒと視線を合わせ逸らさずしながら、すっと頬に触れる。
「ハインツさん、嫌だったら言ってね」
 シェリーはそう断ってから彼の頬を柔らかくふわふわとさすった。だがこんな対応は一般的なものではない。文明酔いを起こす人間は早々居ないし、破名が彼の手引書から受ける処置など受ける人間は勿論居ない。だから見ていたティエンも豊美ちゃんも、勿論それをされたハインリヒも驚いて言葉を失う。
「……シェリー?」
「なぁに? お水も飲む?」
「僕、病気じゃないよ」
 頬に触れていた手を上から握って、ハインリヒがくつくつを笑い出す。シェリーは、はた、と目を瞬いた。
「え?」
「病気じゃない、大丈夫。有り難う」
 理解できずきょとんとしたシェリーにハインリヒが優しく繰り返したことで、シェリーは自分が一体彼に何をしたのかを自覚した。
 そう、全く見当外れな事をしたのだと。
「え、やだ、私……」
 反射的に退けようとした手は、握られたままなのでまだ動けない。初めてこちらに向けられたハインリヒの砕けた表情はとても魅力的だったが、シェリーは羞恥心で一杯になっしまう。恥ずかしかった。ティエンと豊美ちゃんの微笑む視線も、何もかも。もう、色んな意味で恥ずかしかった。
 そんなやり取りを横目で見ながら、アレクは陣へ向き直る。
「……あいつらここが敵地だって忘れてないか?
 否、お前もか陣。ベルテハイトも歌菜も真も皆自由過ぎて、少し心配になるよ」
「敵の方がか?」
 陣が返した言葉に、アレクは片眉を上げて堪える。
「そうだ」
「なぁ、アレク。
 『契約者』ってのはこんなもんに縛られないよな?」
 言葉に勿体をつけながら歯を見せて笑う陣に、アレクは大広間をぐるりと見渡した。
 
 そう、事態は陣の言う通りに変わってきていた。
 ベルテハイトがもっと良い酒を! 料理を! 音楽を! と欲の限りに煽るのに、その後ろですっかり酔っぱらった真が、傀儡達へ手当り次第にプロレス技をかけまくる。
 それを見ていたフレンディスが勝ち誇ったような笑みで「やはり武闘会なのですね!」と、自らも参加すべく腕を振り上げていた。
「何なのよ何なのよ此れ……!?」
 手綱を握っていた筈がすっかり手に負えなくなった暴れ馬達に、マデリエネは己の目が信じられず茫然と立ち尽くしている。
「あのねマデリエネ……」
 インニェイェルドが姉の腕を掴む。そうして何か口を開こうとした時、ドォンと轟音と煙を上げて、最後のショーが始まった。
「ククク、アレクよ。
 この会場を制圧し、貴様との決着をつけてくれよう!」
 派手に登場したハデスを見据え、アレクはハインリヒに横目で合図を送る。
「シェリー、こっちへおいで」
 後ろから乱暴なくらいに強く腰ごとを引き寄せて、ハインリヒはシェリーの仮面を捨て瞳の上に手を覆いかぶせた。シェリーが戸惑う間に破名の『転移』が発動する。

 唐突だったくせにやけに優しく外された拘束に、シェリーはゆっくりと目を開けた。眩しさに歪んだ視界では直ぐに判断がつかないが、耳の奥に響くのは鳥たちの歌う声だ。
 暫くして目が慣れてくると、今自分が立っているのは空京の自然公園だという事が分かってシェリーは驚愕する。
 一歩、二歩、と歩が進む。
 豪奢なパーティー会場も、華やかなドレスも何もかもが霧散してしまった。
「あれは全部夢、だった、の?」
「夢じゃないよ」
 声に振り返るとそこにはいつも通りの軍服を着たハインリヒが立っていた。
「雲雀はまだ鳴いてない。あれはナイチンゲールだ」
 微睡みの中のシェリーは、保護者がその場に居ない事すら疑問に思わない。微笑んで伸ばされた手をとってシェリーはもう暫しの時、夢の続きの中に落ちていく。
 大人達がこうして上手に目を塞ぐから、彼女が真実を知る事になるのはまだ先になりそうだ。



「ククク、アレクよ、ここで会ったが百年目!
 この会場を制圧し、貴様との決着をつけてくれよう! 行け、部下達よ!」
 決着をつけたいアレクより、会場の制圧を優先させる辺り、ハデスは完全に目的を見失っているが、それに突っ込みを入れる程アレクの漫才スキルは高く無い。
「ベルク! 陣!」
 アレクの切羽詰まった声に、呼ばれた二人が揃って「おう!」と反応する。するとアレクは続いてこう言った。
「ハデスに突っ込め!」
「そうじゃねえだろ!」「お前がやれ!!」
 取り敢えずアレクはボケ側だった。
 真面目にやるつもりのベルク達は、わらわらと走り出すハデスの部下達を目で追うが、すぐに逸らす。“都合よく”増えた部下達は、全くの木偶の棒で、わらわらと走り回るだけだったからだ。
「ぐ、うぬぬ、ならば俺が直接鉄槌を下す!」
 ユニオンリングを掲げて、ハデスは叫ぶ。
「了解シマシタ。合体シマス」
 ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)が、命令を受けて応じた。

 一方、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は、遅れて会場に到着していた。
 ハデスが舞踏会会場を制圧しようとしていると知り、それを阻止する為に来たのだ。
 長い恋心を実らせて、恋人が出来たアルテミスだったが、そんな自分が悪の秘密結社の一員では、胸を張ってお付き合いできない……と、最近は、秘密結社オリュンポスの悪事を止めようと考えている。
 けれど正面からハデスに逆らうこともできず、仮面の正義の騎士セレーネとして、こっそりオリュンポスと敵対していた。
 勿論、正体が隠せているのはハデスに対してだけである。
「“都合のいい”ことに、ここは仮面舞踏会会場。
 ハデス様達に正体がばれることもないですねっ!」
 会場入りしたアルテミスの装いは、都合よくも、正義の味方コスチューム。
 ハデスの発明品と合体し、今正にアレクに攻撃を仕掛けるメカハデスの前に飛び出した。

 メカハデスとなったハデスは、自らの装備に内心で首を傾げた。
 都合よく、身に覚えのない、しかし脳内理想の設計図通りの多数の重火器が装備されている。
(ククク、まあいい!)
 深く考えないことにして、ハデスは早速身に覚えのない新兵器を使おうとした。
 流石にアレクも冗談をやめ、会場を守るべく氷の壁を舞踏会の客の前に隙間無く張り巡らせると、物質化した大太刀を抜刀し構える。
「来いハデス! その防弾眼鏡ごと頭蓋骨バッキバキに割ってやるぜ!」
「喰らえアレク、積年の恨み!」
 が、都合よく増えていた装備には、弾が装填されていなかった。
 そこに飛び出すアルテミス。
「オリュンポスの悪事は、このアルテ……じゃなかった、正義の騎士セレーネが許しませ……
 きゃ、きゃあああっ!」
 丁度そこに、メカハデスから伸びた触手が、アルテミスに絡みつく。
「きゃああ、またですかっ、ちょ、変なとこ触らないでくださいぃぃぃっ!」

「……兄さんがこんなに真面目だなんて、まるで夢のようです。
 ああ、兄さんのたくさんの触手が私の身体を抱きしめて……って、えっ?!」
 触手が絡みついたのは、アルテミスだけではなかった。
 都合よく、理想の兄にパーティーのエスコートをされる夢を見ていた高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)は、巻き添えを食って触手に襲われ、ぎしぎしと締め付けられて我に返った。

「む、何だっ、いかん、改造が失敗したのかっ?」
 各部が思うように動かない。ハデスが慌て始めた、その瞬間。
 会場内に、爆音が轟いた。

 派手に自爆した後、舞踏会場の高い天井に激突することもなく、弧を描いて床に潰れたハデスを、それでも咲耶はうっとりと見つめる。
 咲耶には尚、ハデスの姿が、彼女以外の全員とは別の姿に見えているに違いなかった。


 そんな騒動を、双子は、いよいよ言葉もなく呆然と見つめる。
「な、何なの……」
 ようやくマデリエネが呟いて、
「……何なの」
 と、インニェイェルドも呟いた。
「契約者って契約者って、皆こんな、騒がしくて下品なの!?」
 訴えるようなその言葉に、しかし答える者はいなかった。