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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

リアクション



【仮面舞踏会・7】

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の狐の面が、会場を見渡す。アレクやら、他の契約者やらの姿を見つけて、軽く肩を竦めた。
「やっぱ、他にも胡散臭いと思った奴、いるよなー」
 その上で面白そうだから、と、唯斗はこうして此処にいるわけだが、どうにも、パーティーが無事に終わりそうもない予感をひしひしと感じる面子である。
「に、しても……主催者は何処よ?」
 主催者に挨拶はしておきたい。できれば警告も。
 何が目的の招待状か知らないが、集めた連中は、ともすれば酷い火傷を覚悟せねばならない顔ぶれだ。

「ん?」
 周囲を見渡していると、休憩室に続く扉から、双子の姉妹が会場に入ってくるのに気づいた。可愛らしいが、何だかとても、慌てた様子だ。
「驚いた、驚いたわね、インニェイェルド。契約者は腐敗したものを食べるのかしら?」
「ええ本当に、本当だわ、マデリエネ。契約者の味覚は特殊なの?」
 興味を持った唯斗は、話している双子に歩み寄る。
「どうした、嬢ちゃん達?」
「なあになあに、犬の仮面のお兄さん、私達に、何か用?」
「狐だ。なあ、このパーティーの主催者に会いてーんだが、知ってるかい? 挨拶したいんだがな」
 唯斗の言葉に、双子は顔を見合わせた後、もう一度唯斗を見た。
「あら、どんな? どんな挨拶をしてくれるの?」
 赤いドレスのマデリエネが訊ねる。
「んん、そうだな……じゃあ、嬢ちゃん達、一曲どうだ?」
 差し出された手を見て、二人は首を傾げた。誘われているのはどちらだろうか?
「私かしら私かしら」
「ああ、二人一緒で構わねぇ」
 そう言った唯斗の体が、二つに増える。
「ほら、これで大丈夫だ」
 分身の術で双子に同時対応、更には超高速でのダンス展開で、唯斗は双子を翻弄した。

 唯斗の中の、時間感覚が狂っている。
 倍速で動きつつも永遠に終わらない一曲を、高速対応のまま踊り続ける唯斗に音を上げて、双子はフラフラになってダンスの輪から外れた。
「疲……れ、たわ……とっても疲れたわ。契約者の体力は底なしなのね?」
 唯斗は、双子が逃げたことに気づかないまま、エア双子を相手に今も踊っている。

「全く、女性のエスコートとは思えませんね」
 大丈夫ですか、と、フィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)が歩み寄った。
 大広間の壁際に居た彼は、唯斗に振り回される双子を見て、心配していたのだろう。
「全くだわ、全くよ。こんな乱暴なダンスは初めてよ!」
 ヘロヘロになりつつも、マデリエネは強気に答える。
「ええ……、全くね」
 インニェイェルドは肩を落として頷いた。マデリエネとは反対に、彼女は今のダンスで会場の契約者を暗殺しようという気力を落としてしまったらしい。
「それでは、気を取り直して」
 フィッツが誘ったのは、二人では無かった。差し出された手が自分が選ばれた事に示すのに、インニェイェルドは驚いて目を見開く。
「美しいお嬢様、是非私めと一曲踊っていただけないでしょうか?」
「あの、あの……」
 どう答えればいいのかとすっかり困ってしまった様子のインニェイェルドの背中を、マデリエネの掌がぱちんと叩いた。
ほらほら、何をしているのインニェイェルド。これは契約者を『確かめて』暗殺するチャンスよ!?
「そ、そうだったわ! そうよね!?」
 びくんと跳ねながらひっくり返った声で答えると、インニェイェルドはフィッツの手を取った。
「宜しく……お願いします…………」
 取り繕うのを忘れた答え方をしてしまったのに、フィッツは微笑んでインニェイェルドの手を引いていく。
 二人がダンスの輪に入って行くのを見て、次百 姫星(つぐもも・きらら)が、残るマデリエネに声をかけた。
「すみませ〜ん、よろしければ、私と一緒に踊りませんか?」
「ええ、いいわ。私は疲れてなんかいないもの!」
 マデリエネは誰か別の人物に言いきかせるようにそう答え、姫星と共にインニェイェルド達に続いた。



 料理をたっぷりと食べて堪能したら、次はダンスとばかりにマデリエネを誘う姫星。魔法により誂(あつら)えた白と黒のゆるふわゴスロリドレス姿も愛らしく、どうもダンスにも自信があるようだ。
 それもそのはず。彼女は社交ダンスの講師アシスタントのバイトの経験を持っているからだ。
 プロ並みとは行かないけれど、基本のステップはきちんと押さえてある。
「はい、ワンツースリーフォー……上手ですね」
「そうでしょう? そうに決まっているもの! 貴女のは応用が無くてつまらないわ!」
 褒められて満更でもないマデリエネ。
 強気のマデリエネに、姫星は、うん、と微笑む。
「では、もっと激しく行ってみましょう!」
 本番はこれからと、姫星は流れを変えた。

「……うん、どうでもよくなったヨ」
 紫のミニ丈ドレスは大胆な性格のバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)に良く似合う。
「あの双子はどう見ても脅威じゃないヨ。すっごくドジっぽいヨ、あ、またコケたネ……」
 姫星に翻弄され息を切らし、足を縺れさせて転ぶマデリエネを眺めて呟くバシリスの隣りで、呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)はドレスが乱れてないか裾の方に手を伸ばした。
「先ほどから演目が進まないわ」
 シックな黒のドレスは墓守姫の冷静さを表すように静かなる色を秘める。
「進まないってことは終わらないってことよね。終わらない舞踏会か……
 もし、仮にそうなら、脅威、と言えるし、それは、誰かの思惑あってこそ……」
 謎だらけの招待状。
 給仕からグラスを受け取り、墓守姫はそれをシャンデリアの光にかざす。濁りも埃も浮かばないどこまでも澄んだ液体。世には無色透明の劇薬が存在するが、そんな物が混入しているようには見えない。
 見えなくて当たり前だろう。それは墓守姫が欲しいと望んだ飲み物である。“毒の入った飲み物”という明確な望みならいざ知らず、飲食者にバレずに害を及ぼそうなんていうそんな卑劣で低俗な行為を、ヴァルデマールがやるのだろうか。アッシュの両親と仲間を殺害する際に、自ら敵地まで赴いた男が――?
 何か無いかしらと探る墓守姫を木偶達が被る仮面が見据えている。
 宮殿内に出現する食べ物や飲み物や、部屋や小道具達は皆、招待客が望むもの、欲しいものの具現化であり、その本質を知らしめる。
 心の内を曝け出して、形とする。
 永続なる夢。
 夢は、紛い物であり、また、本物だ。
 偽物の中に交じる真実のせいで、怪しみながらもそれが現実だと認識してしまう。
 夢の綻びは何処か。
 それを、誰が、見つけることができようか。
「踊りは結構得意ヨ。シャルウィーダンスネ!」
 答えが目の前にあっても、夢と現実との境はあまりにも曖昧で契約者達は自らその輪舞曲の歯車を回す。
 転んで立ち上がり、ぷんすぷんすと苛立つマデリエネの愛らしさに「宴はパーッと楽しむことにするネ♪」とバシリスが黒い翼を広げる。
「見せてあげるネ! バシリスの情熱的なパソドブレ、激しい激しいステップ!」
 そして、ついでに可愛い子をシルブプレ!男も女も、可愛ければOKダヨ♪
「もう、皆初々しくて可愛いネ」
 堪(たま)らないとバシリスは翼をパタパタと開閉する。
 特にあの赤いドレスと紫のドレスを着た双子が、先程から可愛くて可愛くて……、
「本当ニ……、オ持チ帰リシテ食ベチャイタイクライニ……」
 つい、本音が漏れる。
 猛禽類の獰猛さをその瞳に宿し、バシリスは「フフフ」と優艶(ゆうえん)に笑みを浮かべた。
 タッタッ、と大理石に似た石床を軽快に蹴ってマデリエネに駆け寄るバシリスを眺め、墓守姫は、ふう、と溜息を吐いた。
「あの子の体力はいつまで持つのかしらね?」
 唯斗、姫星、と次いでバシリスに振り回されるマデリエネを眺め、大広間で契約者以外に明確な意思表示と行動で目立つ双子を「この子たちが?」と朧気に検討を付けるも、
「しかし、一緒に同じ舞台で踊ってて意味があるのかしら?」
 疑問が、逆に思考の邪魔をした。
 先程受け取ったグラス。他にも料理等、丁度欲しい物がそこにある。その実に気の利くこと。それが、目の前で状況に振り回されて目を回すマデリエネに出来るだろうか?
 と、すれば。
 他に何かある。
「と思ってディテクトエビルを展開させてるけど、引っかかるような邪念はあの双子以外に無し、なのよね……。
 それなら、それに甘えて持て余して貰おうかしら、ね」
 グラスに口を付けて、死者を統べる墓守姫は、自分の目の前に差し出された手に気づいた。
 見上げると仮面の男。
「お嬢さん、よろしければ私(わたくし)と一曲いかがかな?」
 しかし、死者を統べる墓守姫の返事はない。どうやら経験皆無からの、思考停止に陥ったようだ。



 届いた招待状は、あまりに胡散臭かった。
 第一現地集合とか普通はありえない。
 その芳しく匂い立つお誘いに、逆に心を擽(くすぐ)られ惹かれて応じる気になったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の行動は迅速であった。
 渋る恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も連れて、勝手にドレスまで調達し、マスカレードへいざ出陣!

「って、来たけど……」
 果たしてマスカレードは開催されていた。
 そして、諸手を挙げての大歓迎ぶりに、セレンフィリティは口を閉ざした。
 薄霧を超えて、世界の色まで変わった気がして、自分が何の為に来たのか、一瞬だけ忘れかけた。
 その欠けたように止まる沈黙は、セレンフィリティに魔法の時間を与えた。
 そもそもセレンフィリティという女性は、瑞々しい艶のある美しい肢体の持ち主である。常日頃から裸体に近い姿を曝し誰からの視線を受けても胸を張って応える、一片の遜色ない女性だ。
 仮面に隠れてさえ妖しさ漂う艶やかなる美貌、細い首、なだらかな肩、ツンと上を向いた形の良い胸、抱き寄せたくなる腰に、すらりと伸びた脚。
 男なら一度は想像するだろう女性という名の形に、TPOを弁(わきま)えた服を纏うとどうなるか。
 自分に最も似合うと選んだドレス。
 結果、セレンフィリティに備わったのは、彼女の美しい形に相応しい、気品と、微笑ましさを呼びこむ可憐さだった。
 佇む姿はまるでその目的の為だけに飾り立てた人形の様で、否が応でも注目を引き寄せる。
 しかし、悲しいか、セレンフィリティの魔法はそこまでだった。
 鼻腔に届き神経を刺激する料理の匂いを敏感に感じ取り、セレンフィリティの足は自然と大広間の立食スペースへと向かっていた。
 人形であればそのままの形を保てただろう。しかし、セレンフィリティは生きている人間だ。一度(ひとたび)動き出せば、人形たる秩序は乱れ、周りを惑わせた幻想は儚く解(ほど)け溶けた。
 食べ物に釣られ、歩き出したことにより醸しだされていた無色透明な品は消え、可憐さだけが残る。
「見て、セレアナ」
 見て、と言いながら既に皿を片手に料理を選び始めるセレンフィリティ。
 黙っていればお姫様然の印象を与えるセレンフィティとは違って、セレアナは下級かもしれないが歴とした貴族の出で、今身に纏うドレスとこの会場を満たす雰囲気に見合う相応なものであり、黙って居なくても一挙一動の端々から育ちの良さが滲み出てくる。
 セレンフィリティに負けず劣らずの美しい肢体を持つセレアナはパートナーと並ぶと、どちらが会場に馴染んでいるかは一目瞭然だった。
「ねぇ、セレン」
「ちょーと待っててね。んー、これ美味しいわ。どんな名前の料理なのかしら」
 花より団子か。
 あれやこれやと豪華な食事に舌鼓を打ち、底が知れない食べっぷりを披露するが、食べ方が食い散らかすような下品なそれではなく、ゆっくり味わって心底美味しそうに食べるので微笑ましくあったが、恋人の事をよく知っているセレアナはただただ溜息を吐いた。
 いきなりダンスそっちのけで並ぶ料理を端から一口ずつ堪能するセレンフィリティにいつもの事とは言え緊張感がと、セレアナは給仕から飲み物を貰い受け、恋人に喉が詰まらないようにとそれを渡す。
「セレン」
「ん。ありがとう。……はぁ。飲み物も結構いけるわね。
 セレアナも何か食べない? これなんか美味しかったわよ」
 どうぞと皿を渡そうとして、セレアナの表情に気づいたセレンフィリティは給仕に皿を返した。
 恋人の手を取る。そのままフロアの真ん中まで引き連れた。
「ちょっと、セレン」
「踊ろう」
「ねぇ、ちょっと、ちょっと待って、セレン!」
 気分屋と言ってしまえば身も蓋もないが、次から次へと自分のしたいことを行動に移され、それに付き合うセレアナは止められないとわかっていても、制止の言葉が出る。
「あたしと踊ろう、セレアナ」
 セレンフィリティの台詞を合図に曲が変わった。
 柔らかなスローテンポ。手を重ね、腰を引き寄せられ、視線が絡み合う。言われるがまま流されるままセレンフィリティの誘いを受けて、セレアナはワルツのステップを踏む。
 乗り気ではない自分を巻き込んでまで息巻いていたのに、すっかりと脳天気に状況を楽しんでいるセレンフィリティ。
 このまま何もせず楽しんで終わらせるのだろうか。
 セレアナの心に懸念と不安が過る頃、セレンフィリティは恋人の肩を抱き、彼女の耳元に唇を寄せる。
「宴はね、終わりがあるから楽しいのよ」
 沢山料理を食べて蓄積したカロリー。その消費先は既に決まっている。
「だから、セレアナ。今は踊りましょ」
 微笑みの中、虎視眈々とチャンスを狙う瞳を確かに見て、セレアナは一度目を閉じて、開けた。
「ええ、喜んで」