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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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【プロローグ または豊浦宮にて】


[やりました、ミリツァさんっ!
 兄さんが舞踏会に誘ってくれたんですっ!
 やだ、何を着て行きましょうっ!
 そして、会場では、あんなことやこんなことが――]

 ――その日の午後。
 友人であり同志でもある高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)から届いたメールに、ミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)は微睡みから跳ね起きた。
 咲耶の兄といえば『世界征服を企む秘密結社オリュンポスの幹部』を名乗る自称悪の天才科学者というこれ以上無い位怪しい人物だ。
 その上過去に何度も事件を起こしては、そのたびに妹を巻き込んでいる。本来なら咲耶の努力が実ったのだとパーティーを開いて祝ってあげたいくらいの気持ちなのだが、絶対にそれは罠だという気持ちが勝り、ミリツァはメールを猛烈なスピードでタイピングする。
 しかし数分しても、数十分しても返って来ない返信に痺れを切らし、ミリツァは兄アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)を頼った。
(お兄ちゃんなら止めてくれる筈――!)
 友達を助けて欲しいと縋った先だったが、今度は兄が捕まらない。一体どうした事かと行方を探し空間を探索出来る能力『反響』を行使したミリツァは、兄の気配を捉えた瞬間、彼が一瞬にしてそこから立ち消えた事にある人物を思い当たる。
(今のは『転移』――破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)ね)
 それに反響する感覚の中に、ミリツァの友人シェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)や、飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)ハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)、更にはハルカ・エドワーズ(はるか・えどわーず)の痕跡も見つけていた。
 不思議なところは、その後の彼等の気配が、『反響』も以てしても曖昧にしか感じられない事だ。
「皆一体何処に……、今度は何があったのかしら?」
 一人呟いたミリツァは、事件の予感に戦きながら、彼等が姿を消した場所――『豊浦宮』を目指して、部屋の扉を開くのだった。


 * * * 



 その『豊浦宮』では飛鳥 馬宿アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)、そしてルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が居合わせていた。
「この招待状を受け取った時から、これは罠よね、って思ってたの。
 私は会場に蔓延るおぞましい悪夢を終わらせる為に、アッシュ、あなたの力を借りたい。協力してくれるわよね?」
 ルカルカの言葉に、アッシュはもちろんです、と頷く。先の戦いでアッシュはルカルカのサポートを受けてゴズと対等に渡り合っていたし、そもそも会場にはヴァルデマールが居るかもしれないのだ。本当はいち早く会場入りしたかったが、アッシュまで行ってしまえば外部から内部の者を脱出させる戦力が不足する。それを見越してルカルカはアッシュを一旦引き止めた上で、このように切り出した。
「場所が分からないのは、厳しいわね。事前に得られる情報が限られてくる。まさか飛空艇をパラミタ全土に飛ばすわけにもいかないし……」
 そう口にするルカルカは、軍人として凛とした態度を取りつつも、悔しさがあるように感じられた。可能な限りの情報を手に入れ、精査し、行動を決定するのを良しとする――これは特にダリルが得意とする所であった――教導団の方針を実践できないのは、ルカルカにとって歯がゆくもあった。
「気持ちは分かる。……先行した者達がどこまで、事態を契約者側に有利に持っていけるかも、作戦の成功に寄与するだろう」
「アレクと豊美ちゃんであれば、必ずやってくれると信じている。僕は彼らの行為を無駄にしないためにも、万全の準備をするつもりだ」
「その心意気は、頼もしいな。期待しているぞ」
 激励の言葉を送り、アッシュとルカルカ、ダリルを送り出した馬宿は、視線を向けているリカインに身体ごと振り返った。
「……馬宿君は会場へは行かないつもりなんだ?」
「突入は俺向きではないからな。“場”を守り維持する事ならある程度は行えるが」
 自分の発した問いに答えた馬宿の回答を耳にして、リカインはどうしようかな、と考える。先の事件で馬宿と離れ離れになった経緯から、リカインは今回は馬宿の傍に居よう、と思っていた。……もう一つにはアッシュの所に招待状が届かなかった、つまりヴァルデマールはアッシュをターゲットとしていないという点だった。
(……これがもし、一連の事件で力を取り戻しつつあるアッシュだったら?)
 敵が急にアッシュをターゲットとして行動を起こすかもしれない――そう考え、リカインは先行突入組には加わらなかった。
「詳しい場所が分からないなら……会場で歌姫として歌って、その歌を馬宿君に探し当ててもらう、ってのも考えたんだけど」
「……何か問題があったのか?」
 純粋な疑問を馬宿がリカインに向ける。今リカインが口にした策は、有効であるかも知れなかった。歌が完全に遮断されてしまう空間なら難しいかもしれないが、少しでも外部へ発されるのであれば――それはリカインほどの力量があれば可能だっただろう――それを馬宿が“聞く”ことは可能だった。
「えっと、その……聞いたのよ、ミリツァ君がたとえ地球の裏側からでもジゼル君の声を逃さないアレ君は変態だ! と胸を張って言ったとか。
 今の馬宿君の態度から、きっと馬宿君は私の歌を聞いてくれるって思うし、それはとても嬉しいんだけど、流石に変態の仲間入りをさせるのはちょっと……」
 リカインの心配に、馬宿は苦笑する他なかった。馬宿はミリツァのその発言をもちろん覚えていたが、あの変態という言葉は何というのだろう、“おかしい”の類ではなく“すごい”の方だ。ミリツァが日本語を習得したのは一年程前だそうだ、共に居たのが同年代の少女達なのだから若者言葉など妙なものが入り交じっているのも致し方ないだろう。
「……そうだな、アレクと一緒というのは違和感があるな。
 だがリカイン、俺はたとえどれほど離れていようと、お前の声を聞いてみせる」
「あぅぅ……ハッキリと言わないでよ、照れるじゃない……」
 耳まで真っ赤にして、リカインが顔を背ける。

 結局、アッシュと一緒に突入することに決めたリカインが部屋を出て、そして入れ替わるようにミリツァがやって来た。
「おば……豊美ちゃんは“マスカレード”に向かわれました」
 状況を聞きに来たミリツァへ、馬宿が経緯を話す。ハルカの受け取った招待状にヴァルデマール・グリューネヴァルトの魔力が残されていたこと、他にも招待状を受け取った者が既に会場入りしている都合、罠と知りつつも無視は出来ないと判断し会場へ向かったことを聞かされたミリツァは、なるほどね、と呟いた。
「気配が曖昧にしか感じられない点について、何か思い当たるものはあるかしら?」
 ミリツァの問いに、馬宿は少し考えてから(何故分かる、とはもちろん言わなかった)答える。
「……多くの招待客を収容出来る建物となると、限られてくる。元々そこにあった建物が何らかの魔法を受けて位置を偽らされたか、そもそも建物自体が魔法によるものなのか、そこまでは分かりかねるが、ヴァルデマールかその部下かの魔法によるもの、という可能性が高い。この前の採石場の時のように突然あちらの世界へ飛ばされる、ということは今のところ、起きていないようだな」
 馬宿の言葉に、そうね、とミリツァが頷く。採石場での事件は当初『反響』ですら位置を特定できないほどだったが、今回は少なくとも存在は確認できている。となると、ヴァルデマールが手を下したというよりは彼の部下、たとえばゴズのような人物が事を起こしたという可能性が第一候補として浮上する。
「敵の陣容は未だ不透明な所が多い。ゴズを締め上げれば何か分かるかもしれないが」
「あら。“締め上げる”だなんて、見かけによらず荒っぽいのね」
 くすくす、と笑うミリツァが冗談を口にしているのを理解しながら、馬宿は「……しかしあれでは」と締めくくる。異世界の亜人との戦闘は、アレクの古代と現代の掛け合わせの魔法によって誕生した“変装”豊美ちゃんの全てを凍らせ眠りにつかせる魔法で決着した。今の時点で魔法は未だ解除されず、その威力の大きさを物語っていた。
「あの二人が一緒というなら大丈夫でしょう。
 お兄ちゃんとダンスが出来ないのは惜しいのだけれど、それは仕方ない事だわ。それにミリツァはアレクの妹なのだから生まれた瞬間から、何時でも好きな時にお兄ちゃんとダンスする権利を持っているのだし――、我慢出来るわ、ええ、我慢出来ますとも!」
 言葉以上に惜しいと思っている素振りのミリツァを見て、馬宿はいつか女絡みで豊美ちゃんが被害を被らなければ良いが、とちょっとだけ思った。無論そういうことにはならないだろうとも思っていたので、この考えはすぐに別のものにとって変わられたのだが。
「馬宿さーーーん! 大変ッス、魔穂香さんが!」
 その別の考えをもたらしたのは、部屋に飛び込んできた馬口 六兵衛だった。
「大凡の検討はついている。魔穂香も会場入りしているのだろう?」
「会場入りって、どこかのイベントホールってことッスか?
 ああいえ、ボクは魔穂香さんの身に何が起きたのかよく分からないッスけど、居なくなってるのは分かったので」
 六兵衛は、ついさっきまで眠っていたこと、起きたら馬口 魔穂香が居なくなっているので何があったのかと思い、ここにやって来たことを説明する。
「今の時間までお休みだなんて、暢気なものね」
「サラリーマンにとって休日は、普段の睡眠不足を解消する大切な日なんスよ。
 ……なるほど、豊美ちゃんが向かったのなら、安心ッスね。ボクたちは一応、何かあった時のために待機してるッス」
 よろしくッス、と頭を下げて六兵衛が部屋を後にする。アッシュも同様に待機している現状、ルカルカの言う『外部からの援護戦力』に不足はない。
 おそらく、ただ普通に仮面舞踏会を終えるだけではいかない――そんな予感と共にミリツァと馬宿も、それぞれ“兄”と“叔母”の帰りを待つ。
(豊美ちゃん、どうか、ご無事で)