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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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【仮面舞踏会・4】


 舞踏会の招待状を受け取った椎名 真(しいな・まこと)は、勿論それを訝しんだが、アレクらが向かうという馬宿の連絡を受けて会場へと足を運んでいた。
 平素から着込んでいた執事服は派手な燕尾服に変化し、顔を覆うシルバーのヴェネツィアマスクに矢張り事件が――と思うより、(髪型と体格で俺ってバレバレだよな)という微妙な気分が勝ってしまう。
 しかし大広間で真にダンスを申し込んでくる令嬢達は、誰一人彼に気付いていないらしい。
 否、気付かないというより知らないのだろう。マスクで顔こそ分からないものの、真の方でも彼女達に見覚えは無かった。
 彼等は自分と同じく此処へ導かれた契約者なのだろうか。それとも容姿の似た魔法世界の人間。或は――。
 そんな風に探りながら踊っていると、頭を使い過ぎたのか疲労の蓄積が早かった。
 襟首を人差し指で寛げながら息を吐き出し、真は壁際で改めて会場を見渡してみる。
 彼の目に目立つ、と感じたのは赤と紫のドレスの――恐らく双子の少女達くらいだろうか。
(と言ってもすぐ動く人はいなそうだし……俺もしばらく様子見るか)
 そう考え、真はひとまず立食のテーブルに近付いて、周囲の様子を伺う。
 同じ様にテーブルの横に立ち食事を始めて居るもの達に、変化の兆しは見られない。どうやら安心して休憩出来そうだと思い、テーブルの周りを軽く流した。
 が、ここで真はこの会場の妙なところに気がついた。
 色とりどりのデザートや皿に取り易い食事……というところは普通だったが、その中に幾つか豪奢な建物や洋風のそれに似合わないメニューが並んでいる。
「……みそ汁に……ご飯まであるよ!
 ここまできたら揚げ出し豆腐も出て来ないかなー……」
 ぼんやり呟いたのは、真の好物だ。
「出てきたらあれだよ、日本酒とかあいそうだよな。
 そしたらそれに合うおつまみがもっと欲しくなるし――」
「――真、真!」
 独り言を遮ったのは、アレクの声である。
 ひょこっと顔を横に向けて、アレクは真の前に皿を突き出した。
「これお前の好きなやつだろ?」
 何時ぞやアレクの妹というか妻というか彼女に揚げ出し豆腐を作って貰った事を、アレクは律儀に覚えていたのだろう。というか彼の家の献立が毎日それになったらしいから忘れよう筈もないか――。
「わあ、本当にあったんだね」
「あったというか出たというか……。まぁでも味は普通だと思う、多分」
「出た? うん? いいや、味が普通なら」
 アレクがサーブしてくれた皿からフォークでつつこうとすると、今度は割り箸まで渡してくれた。
「日本の食べ物があるのに、箸無いのかって思ったら出てきたよ」
「有り難う」
 妙すぎるが、確かに揚げ出し豆腐にフォークは味気ないと、真は素直に受け取ってぱちんと割る。
「あの時は毎日続いたから辟易したけど、これ結構美味いよな。
 なんかこの豆腐の上のぺらぺらしたのが癖になる」
「うん。しかもこれ……、俺が食べた中でも結構美味しい部類だよ」
「それでさっきSakeも見つけたんだけどさ、真飲めるよな? むしろあれ出したのもお前だろ?」
「わー飲む飲む」
 折角の盛装を台無しにする勢いでグダグダと会話を続けていると、向こうから声をかけられて二人はくるりと並んで顔を向けた。
「おーい、そこの残念なイケメーン。とりあえずこれどういう状況?」
 ふわりとしたピンクのスカートで、――しかし割に動き易いのか駆け寄ってきたのは佐々良 縁(ささら・よすが)だった。
「Wow! 縁ちゃんがふわふわだ、ふわふわ可愛いな!」
「佐々良さんもこういう恰好ならお嬢様にみえる……」
 思わずと言った様子でぼそっと真が口に出したのに縁が視線を向けると、真は慌てて「ゴメンナサイ何も言ってないです!」と首を振る。太腿にはサイ・ホルスターと小銃があったが、折角褒められたのだ。黙っておこうと縁は心に決めた。
 此処で暴れたら可愛いふわふわが大好きな、アレクの期待を裏切る事にもなるだろうし――。
「近々ドレスに用があるし、いい練習かなぁなんてね」
 縁が真の顔を意味ありげな瞳でじっと見つめて少々、にやりと吐き出したそれに、アレクが首を傾げる反応を示す。
「ん? あー結婚式近いの。私の。
 そんでもって今ゆってなかったの思い出したね私……?」
「うん、聞いて無い。
 おめでとう御座います」
「おっ、有り難う御座いますー」
 互いに丁寧に挨拶し、そこからは状況について軽く流した。
「――うむ、とりま情報収集かねぇ?」
 縁の提案を、アレクは即座に否定した。
「否、取り敢えず飲む。
 Sakeとそれから向こうで歌菜が出したシャンパンも美味かった。あっち行って飲もうぜ。
 お祝いしねーとな、結婚式の前祝い」
 言って酒瓶を手にアレクが――間違った方向に――動き出したのに、彼等もいそいそと付いていく。



「アレクおにーちゃんっ」
 そうして、暫くの間酒に溺れていた――ように見える――アレクだったが、例に漏れずドレスを身に纏った及川 翠(おいかわ・みどり)に呼び止められると、ことさらに爽やかな笑顔で挨拶を返すのだった。流石は全ての妹の兄を自称するだけのことはある。
「私達、探検しに行くのっ! さっき気になる所を触ったら、隠し通路を見つけたの!
 これは探検するしかないの! だからおにーちゃん、行ってきますなの〜!」
 アレクの返答を待たずに、翠がドレス姿でありながら器用に駆け去り、壁の一箇所に飛び込むとその姿がフッ、と消えた。
「私も行ってくるね、おにーちゃんっ」
「すみません、行ってきますっ」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)徳永 瑠璃(とくなが・るり)も、探検には程遠いような格好――マスカレードには相応しい格好――でアレクに挨拶すると、翠の後を追っていった。
「もう、何なのこれ。いきなりこんな服着せられて、動きにくいったらないわ……。
 あっ、アレクさん。うちの子達見ませんでした?」
 最後に、どうやら普段着慣れない服に戸惑ったのだろう、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が翠達から遅れる格好でやって来た。
「向こうの壁の向こうへ行った」
「壁の向こう? ……まさか隠し通路が本当に? ……ううん、考えても仕方ないわ、後を追わないと。
 ごめんなさい、私行きますね」
 ぺこり、と頭を下げてミリアが翠達を追いかける。一旦は彼女たちを見送ったアレクだったが、少し離れた位置の歌菜に視線を合わせて持っていたグラスを置くと、傍に居た真と縁、豊美ちゃんに話し掛ける。
「真、縁ちゃんごめん。
 豊美ちゃん、俺達も後を追おう。妹達が心配だ。特に翠とサリアはすぐに暴走するからな……」
「分かりました、行きましょう」
 アレクが翠達を“妹”と呼んだことは特に気にせず――アレクが翠達を気遣っているのが分かっただけで十分だった――、動き出したアレクの背中を豊美ちゃんが追った。

「ここの角と次の角の間に……ほら、あったの!」
「す、凄いです翠さん! あっ、でも私もなんだかここに何かあるような……わ、ありました!」
「翠ちゃんも瑠璃ちゃんも、すごいの〜! それじゃ私も、う〜〜〜ん……え〜〜〜い!!」
 次々と隠し通路や隠し部屋を見つけていく翠と瑠璃に負けじと、サリアが握った手をえい、と前に振れば、目の前の壁だった空間が広がりを見せ、その奥にさらに道が続いているのが見えた。
「わ〜〜〜い、やった〜〜〜!!」
 手を上げて喜ぶサリアに、翠と瑠璃も加わって三人がキャッキャッとはしゃぐ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。な、なんでこんなに隠し通路や隠し部屋があるのよ……おかしくない、ここ……?」
 そこに、ようやくのことで追いついたミリアが肩で息をしながら、自分達の居る場所の異変を訴える。
「あっ、お姉ちゃん! ここ、と〜っても楽しいよ!」
「私でも隠し部屋を見つけることが出来ます。ここは楽しい場所です」
「お姉ちゃんも一緒に、隠し部屋を見つけよっ?」
 しかし翠と瑠璃、サリアは何の疑問も抱かないまま、自分達が見つけた隠し通路から次の部屋へ向かおうとしていた。保護者として何とかみんなを引き止めなければ、と思いながらもミリアは疲れもあって、もしかしたら、と可能性を想像してしまう。
(……もしかして、もふもふを求めたらもふもふ部屋に出会えるのかしら?
 もふもふさん、いっぱいもふもふさん、ねこさんいぬさんうさぎさん……)
 すると、ミリアの目の前に突然、扉が現れた。本当に出てきてしまったことにミリアが訝しみながら扉を開ける……そしてその後、ミリアの緊張の糸ははじけ飛んでしまった。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! もふもふがいっぱいだわ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 右を見ても左を見てももふもふがいっぱい。しかももふもふもミリアを嫌ったりせず、むしろ自分の方から身を寄せてくる。こんな部屋に入って、とても抜け出せるはずがなかった。
「うふふ、ふふふ、ふふふふふ……」
 まるで狂ったような笑いを残して、ミリアがもふもふの中へ消えていった。そして何事かと後に続いて部屋を覗き込んだ三人の内、サリアの身体に電撃が走る。この中ではサリアもまた、もふもふ好きだったのだ。
「私達は探検を続けるの!」
「ええ、行きましょう」
 翠と瑠璃は特に興味が無かったため、隠し通路探索を続けるべくサリアから離れていく。
「う〜〜〜っ、もふもふ、隠し通路…………もふもふ〜〜〜!!」
 もふもふを取るか、隠し通路を取るか……悩んだ結果サリアはもふもふを選び、ミリアの後を追うようにもふもふの中へ突撃していった――。

 一行に追いついたアレクと豊美ちゃんは、まず開け放たれた扉の向こうでミリアとサリアがもふもふに埋もれているのを発見する。
「豊美ちゃんはここに居てくれ。俺は残りの二人を探してくる」
「はい、気をつけてください、アレクさん」
 心配する豊美ちゃんに頷いて、アレクは翠と瑠璃が見つけたであろう隠し通路を辿っていく。そして辿り着いた先でアレクが見たものは――。
「すごいのすごいの! どんどん見つかるの!」
「なんか、探索してる! って感じですね、楽しいです!」
 翠と瑠璃が、壁の向こうへ消えていく。すると別の壁から二人が現れ、また隣の壁の向こうへ消えていく。また別の壁から二人が現れ、またまた隣の壁へ……を延々と繰り返していた。マスカレードに参加した者が踊り続けることを強いられるように、彼女たちは探索し続けることを強いられていた。
「ugh……」
 流石にこのままにしておくわけにもいかず、アレクは二人が壁の向こうから出てきたタイミングで前に立ちはだかった。
「俺の可愛い妹達、そろそろお腹が空いてこないかな? 腹が減っては探検が出来ないだろ?」
「……言われてみればそうなの。うん、ご飯にするの!」
 翠と瑠璃が片方ずつ、アレクの手を握って両脇に着く。
「ところで二人とも、今日はとっても可愛らしいな。
 …………あとで写真とっていいか?」
「え? はい、大丈夫ですよ?」
「ご飯食べてるところとか」
「うん。パーティーさんのごちそう楽しみなの」
 探検の事はすっかり忘れにこにこ見上げてくる妹軍団の愛らしさに、またもや心の中でガッツポーズをしつつアレクが豊美ちゃんの所へ戻ると、もふもふに取り込まれたミリアとサリアを救出しようと奮闘する姿があった。
「ミリアさん、サリアさん、帰りましょう。ここに居ては敵の思う壺です」
「はぁ〜、もふもふ、もふもふ……」
 しかしどれほど声をかけても、ゆさゆさと揺さぶっても、二人はもふもふを愛でるばかりで豊美ちゃんに見向きもしない。二人はもふもふをもふもふし続けることを強いられていた。
「どうしましょう、アレクさん」
 と、豊美ちゃんは振り返った先で、アレクがもふもふに埋もれたミリアとサリアをせっせと写真に収めているアレクに気付く。
「アレクさん?」
 声をかける事数回。そこでアレクはやっと気付いてくれたようだった。
「ああ……放っておいても、いいんじゃないか?」
 途方に暮れた顔の豊美ちゃんへ、アレクがそう口にした。決して二人を見捨てたわけではなく――アレクにとっては二人とも妹だ――、ここに置いておいても急に危険なことにはならないだろうという判断からだった。――今の状態が既に危険だと言われれば、まあ否定は出来ないが。
「ごはん〜ごはん〜♪」
「おにーちゃんといっしょにごはん〜♪ パーティーさんのごちそうなの〜♪」
「俺はもう胸いっぱいで〜お腹へらない〜♪」
 ごはんの歌を口ずさむ翠と瑠璃を連れて歩き出すアレクの背中を、豊美ちゃんが心配そうに振り返りつつ後を追った――。