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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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【仮面舞踏会・6】


 象牙色の封筒にしっかりと押されていた封蝋。
 コバルトブルーのインクで貴方様へと綴られた、つるりとした感触の微かに光沢を帯びる招待状を握り癖が付かないように大事に持って宮殿にやってきたのは、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)だ。
「フランスのお屋敷では、こういうパーティーとかやっていたなぁ」
 見上げるのは、壮厳なる宮殿。
 窓という窓は開け放たれているのか全て煌々と輝き、室内がどれほど綺羅びやかなのか一目でわかった。
 招待状から格式の高さを感じ用意した正装は自前のドレス。必須な仮面は、猫の純白のベネチアンマスクを選んできた。
 歓迎と開かれた扉を潜り、ネージュを一番最初に出迎えたのは大広間の、上質な香水の香りを孕み音曲をたっぷりと含んだ雰囲気と言う名の光だった。
 ネージュの上から足元へと熱を持たない暖かな光は、今宵はあなたも主役の一人だと告げ、彼女を祝福する。
 小柄なネージュを慮(おもんばか)ってか、最初にと供(とも)されたのは、飲み物と料理だった。
「ありがとう!」
 給仕もまた仮面を被って顔は見えなかったが、片膝をついて饗(もてな)してくれる相手に、ネージュは飲み物を受け取った。
 受け取って「ああ」と思う。
 そのままグラスを片手に会場の奥へと進み花のオブジェに隠された小部屋に続く扉のノブに手を掛けた。
 もしもの為とチェックするお手洗いは、ネージュの心をときめかせた。
 アンティーク調に統一された室内は小物から設備までネージュ好みで、化粧台の皿に乗せられたポプリからは良い匂いがするし、取り巻く雰囲気は優しい。
 理想通りの安心できて、居心地の良い空間に満足して、会場に戻ろうとネージュは踵を返す。

「その形は、ネージュか?」
 小部屋から出てきた所で名前を呼ばれた。
「破名さん?」
「ネージュも招待されていたんだな。豊美ちゃん達も居る。案内しようか?」
「あ……」
 出された豊美ちゃんの名前と破名が伺う声の調子で、これは何かあるんだと、ネージュは察した。否、薄々わかっていた。差出人の書かれていない招待状だったから。
 自然と俯いたネージュに、どうしたんだろうと破名は首を傾げ、うん、と頷いた。
「ネージュ。俺で良ければ少し歩こうか?」
「え?」
 突然の提案にネージュは顔を上げる。
「俺は他に招待された契約者を探さないといけないし」
 それに、と続けた。
「ネージュにはいつも助けられている。これで返せるかはわからないが、飲み物は持ってこれるし、料理くらいは盛りつけて運べる」
 何があるかわからないという危惧の元、招待された人間の一斉脱出の為に破名は一括転移を可能にするマーキングを施すのに当人達と直接接触しなければならない。それが終われば大広間に戻るつもりだが、その間までなら誰といようが特に問題なかった。
「どうだろうか?」
 少し慌ただしいがネージュさえ構わなければと破名は提案してみせる。



「魔穂香! 良かった、やっと知ってる顔に会えたよ〜」
「美羽? ……そう、美羽も招待されたのね。私も美羽に会えて良かったわ」
 パタパタと駆けてきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に、ようやく魔穂香の顔に安心が戻ってきた。多分他の契約者も、そして豊美ちゃんもこの会場に来ているのだろう。
「美羽さん! それに魔穂香さんも!」
「良かった、見つけられた。さっき向こうでハルカと、アレクと豊美ちゃんに会って来たよ。豊美ちゃん、魔穂香の事を心配していたから、ちょっと行って無事を伝えてくるね」
 魔穂香の推測を裏付けるように、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がそれぞれタキシードにドレス姿という格好ではあったが現れ、豊美ちゃんも会場に来ている事を伝える。
「ねえ、どういう事なの? 私確か期間限定イベントに集中してて、招待状なんて無視してたはずなんだけど」
「そうよ、島そのものが敵なんて運営もやってくれるわね……ってそうじゃなくて。
 私の所にも招待状が来たの。なんか変な感じがしたから気をつけよう、って思ってたんだけど、気付いたらいつの間にかこんな服を着せられて、踊らされていたわ」
 美羽の疑問に、魔穂香が自身が分かっている範囲の事を伝える。詳しい事は豊美ちゃんの所へ行ったコハクとベアトリーチェが聞いてきてくれるだろう。
「そっかぁ〜。ホント、困っちゃうよね! こんな事するなら期間限定イベントがない時にしてほしいな!」
 プンプンと頬を膨らませる美羽に、魔穂香は苦笑しつつまあまあ、と宥める。
「強制的に招待するのは困るけど、だからといって私達を苦しませるつもりは無いみたいなのよ。
 “敵”が何を考えているか分からないわ……そもそも誰が敵なのか分からないけれど」
 ぐるりと会場を見渡す魔穂香と美羽。このような場を設けた首謀者が居るはずだが、今の段階ではそれらしい手掛かりを得ることが出来ない。
「お待たせ。豊美ちゃんから色々と話を聞いてきたよ」
「私も、シェリーさんや破名さんからお話をお伺いしましたわ」
 戻ってきたコハクとベアトリーチェが、分かった事を美羽と魔穂香に話す。どうやら赤と紫のドレスを纏った姉妹が、この会場の首謀者らしい。
「お揃い、ってことね! 分かったわ、見つけたら懲らしめてやるんだから!
 あっ、そうそう、魔法少女衣装ね、新しくしたの! 魔穂香のも用意しておいたから、楽しみにしててね!」
 お揃い、という言葉を耳にして思い出した美羽が、魔穂香に衣装の事を話す。先日プラヴダの訓練に参加した美羽は、ぱんつを丸出しにして空を飛び回ってしまった。そんな経緯からマジカルな一等軍曹のアドバイスを受けたという衣装は、どうやら見せパン仕様になっているらしかった。
「み、見せパン……そ、それはちょっと……いえ、かなり恥ずかしくないかしら? 美羽は見せても恥ずかしく無いと思うけど……。
 ああ違うの、ほら、美羽は綺麗な脚してるから見せても恥ずかしくない、ってことよ」
 魔穂香の言葉に目を細めた美羽が、次の魔穂香の言葉にそうかな〜、と照れた笑いを浮かべた。対して自分は美羽ほど整った身体つきでもないし……と懸念を露わにする魔穂香。
「姉妹を見つけたら、一緒に懲らしめようね!」
「そ、そうね」
 頷きつつも、出来るなら今回だけは、その時が来ないといいかな……と他力本願を願う魔穂香だった。



「……シュールストレミン、あっ、痛い痛い! セリカストップ! 頭砕ける!」
 無骨な拳を無遠慮に振るわれ、言いかけたヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は堪らず声をあげた。拳骨を受けて痛む頭を押さえ、パートナーを振り仰ぐ。
「だって、やっぱどう考えてもおかしいだろ。見覚えのない招待状にこの会場。
 特に料理! おすましとかペットフードとか出てくるマスカレードってどうなの?
 気になるじゃないか。一瞬で出てきたようにも見えるしさ、だからシュールスト――」
「だからって、やめろ、考えるな!」
 好奇心でそんなものを出されたら一溜(ひとた)まりもない。
 セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)はヴァイスの頭蓋を抉(えぐ)る勢いで、地球で一番匂い立つ缶詰の出現を阻止しようと拳を振るった。
「痛い、痛い! セリカ、痛いッ!」
「あ、あの、セリカさん、ヴァイスさんの頭から骨がきしむ音がしています!」
 思考を消すどころか頭蓋が粉砕されそうな危険性を感じてラフィエル・アストレア(らふぃえる・あすとれあ)が慌ててヴァイスとセリカの間に割って入った。
 缶詰は出現するか、出現させまいかの遣り取りで死人が出てしまうのは、あまりにヴァイスが不憫だ。
 ラフィエルと、結構遠慮なく叩くセリカに驚いてアニマルズも制止に加わり、多数から止めてくれと言われ、セリカは「まぁ、ヴァイスが考えなければいいか」と拳を退(の)いた。
「たく、頼むぜ」
 緊張感が一気に霧散してセリカは両肩を落とす。
「大丈夫ですかヴァイスさん。ヒールいりますか?」
 頭蓋骨は硬いとは言えセリカの拳こそ一溜りも無くて、両手で頭を抱え痛みを堪えるヴァイスにラフィエルは手を差し伸べる。
 ラフィエルの治療を受けているヴァイスを眺め、セリカは周囲に視線を走らせた。
(ヴァイスがシュール……ごほん)
 自分で想像しかけて、セリカは慌てて咳払いした。ヴァイス、ラフィエルの視線を受けて何でもないと取り繕う。
(馬鹿な物を口にしようとする騒ぎで気づいたが、改めて思い返すとここに来る前はもっと不信感を持っていたはず……)
 明らかに何かの力が作用している。
 力の作用……つまり、誰かが"そうしようとしている目的意識"を感じて、注意に気を張り詰めようとしたセリカは、ヒールの治療を終え、再び皿に料理を盛り付けるヴァイスに、顔を顰める。
「ヴァイス! お前まだ食事にかまけるつもりか!」
「え、だって……、とりあえず折角だしさ。踊ったり食ったりしながら様子見ようぜ。な、ラフィエルだってダンス踊りたいだろ?」
 脳天気に言い放つヴァイスにセリカは拳に力を入れる。
「お前はそうやっていつも……」
 と、ヴァイスの隣りに居たためセリカの視界にラフィエルの表情が割り込んできた。
「ラフィエルも、無言で目で訴えるな……」
 暴力はいけないとラフィエルの目に、セリカから一気に力が抜ける。
「はぁ……。仕方ない。食事はともかくとして、ラフィエル、お前もダンスの一つや二つおどれるようになっておいた方がいい」
 目立たず様子見するなら状況に身を任せたほうが確かに得策だ。ヴァイスの提案にそのまま乗るのは何だか釈然としないが、このままというのも、些か勿体無い気もするセリカだった。
「ラフィエルは踊ったことある?」
「え、踊りですか?」
 こういう機会がいつまた巡ってくるのかわからないから、ヴァイスはラフィエルに聞いたのだが、
「残念ながら私達にはこういう踊りは必要なかったので、プログラムされていないんです。
 その、踊ってみたいとは思うんですけど……」
案の定というか、何というか、知らなかった様で、貰った返答にヴァイスは、うん、と一つ頷いた。
「俺は仕事で色々やってるからどっちのパートも大体は踊れるよ。
 何なら俺とセリカで先に見本を見せようか?」
「え?」
 きょとんとするラフィエルにヴァイスは大丈夫と笑う。
「セリカの奴あれで案外おぼっちゃま育ちでさ、踊れるんだよ」
 話を振られ、セリカはわかっていると頷き、ヴァイスに片手を差し出した。
「先に俺とヴァイスで見本を見せる。その後簡単なステップから覚えろ」

 突如として開かれたヴァイス&セリカのダンス教室。生徒のラフィエルは真剣な面持ちでセリカの大きな手に自分の手を乗せた。
 男性のリードに任せるだけの初々しい足運びでステップを踏む少女。
 たおやかな肢体を清楚なドレスに包み、緩やかなターンに七色に艶めく銀色の髪を微かに揺らす。
 雪のように散りしだかれる光の残光を全身に浴びて、ラフィエルは自分の知らない世界のひとつひとつを学ぶ。
 二曲ほどたっぷりとセリカと踊り、ワルツの流れを覚えたラフィエルを待っていたのは、陽気に微笑むヴァイスだった。



「あー疲れたもう無理。さっきから踊りっぱなしで脚がパンパンだし動くから酔いも早いし。小部屋でちょっと休んでいいすかねぇ?」
 着慣れない服に見慣れない場所で踊らされ続け、すっかり疲れ果てた東條 カガチ(とうじょう・かがち)が部屋の扉を開ける……前に、想像する。
(いっそ横になりたいよなあ……出来れば畳の部屋でさぁ。座布団二つ折りにして枕にして、熱ーい番茶でもしばきながら。
 あっ、酒でもいいな、焼酎とか。んで田舎饅頭とか豆大福とか、沢庵とか塩辛とかもいいねえ)
 ついつい色々と想像してしまったカガチがま、そんな事ないかと扉を開けると。
「……そんな事あったわ」
 まさに今さっき自分が想像したものが、目の前にはあった。扉はいつの間にか障子になっていたし、畳の部屋に座布団が積まれ、湯気をのぼらせる湯のみ、隣には焼酎が入っているだろう徳利もある。
「あぁ〜……いいねぇ、やっぱりこうでないと」
 座布団を引っ張り出し、二つ折りにしてそれを枕にごろり、と横になり、まずは番茶で喉を潤す。じんわりと染み入る温かさに、カガチの警戒心はすっかり解けていった。

「カガチ、食べ物持って来たよ……って何これ、どこから突っ込んだらいいの?」
 障子を引いて入って来た東條 葵(とうじょう・あおい)が――すでに扉じゃなくて障子な時点でツッコミを入れたかった――、中で座布団を枕に、珍味を肴にすっかり出来上がっているカガチを見て冷ややかな視線を向ける。しかしそれも一瞬のこと、葵はまぁいいかと片付けて持って来た食べ物をカガチの前に置く。
「え、何これ。どれも見たことがないっていうか怪しさプンプンなんですけど」
 置かれた食べ物は、一見普通に見えるものもあったし、既に怪しい物もあった。それらを一つ一つ葵が丁寧に紹介していく。
「こっちは蝗の佃煮で、こっちは蜘蛛の唐揚。どっちも食べたことあるけど美味しいよ。
 この芋虫炊いたのもアフリカ辺りでよく食べたよ。後はカース・マルツゥにシュールストレミング……あっ、デザートにサルミアッキも持って来たよ」
「えっと、葵ちゃんは何で一人世界珍味大会開いているのってサルミアッキはノーだ」
 話の流れで自然にサルミアッキの黒い粒を放り込もうとした葵を全力で制する。だからといってカース・マルツゥはなんかウジ虫が大量にうごめいているし、シュールストレミングに至っては今にも爆発しそうに膨らんでいた。これがもしこの部屋で爆発しようものなら、多分二度と朝日を拝むことはないだろう。
「葵ちゃん、佃煮と唐揚げはもらうからさ、それは返してきてくんねぇかな」
 やんわりと受取拒否を示すと、葵は残念そうな顔をしつつカガチの言うことに従った。
「他にもあるかな。ルタフィスク、パシャ、バルート。これがあったらヤバイね、よく揃えたねって尊敬するよ」
 出会いを楽しみにしながら葵が料理を置き、その場を離れる。……そこに件の姉妹が現れ、置いてあった缶を興味津々に眺めた後、手にしてそそくさと駆けていった――。

「この缶は何かしら、何かしら? 興味あるわよねインニェイェルド」
「そうねそうね、興味あるわマデリエネ。……でもそれ、今にも爆発しそうよ?」
 部屋に入り、ふっくらと膨らんだ缶をあちこちから眺めるインニェイェルドとマデリエネ。二人が缶をそのように扱うものだから、既に缶の中身は爆発寸前というところまで来てしまっていた。
「「……爆発しちゃう!?」」
 だから、二人がそう口にし、缶を投げたのはある意味で正解だっただろう。……いや、舞踏会に巻き込まれた契約者にとっては、ここで姉妹が気を失えば魔法も解除されるわけで、さぞ惜しかっただろうが。
 缶は地面に接触した瞬間ついに爆発し、中の液体を飛び散らせる。漂う臭いが姉妹の鼻に届く前に、カン(決してシャレではない)とでも言うべき行動で部屋を飛び出し、臭いが漏れてこないように封印を施す。中には自分達が生み出した傀儡も居た気がするが、彼らがどうなったのかを確かめるのは怖かった。
「……恐ろしいわ、恐ろしいわインニェイェルド。この世界にはあんな危険な食べ物があるのね」
 二人身を寄せ合って、ひとしきり震えた後、踊りの会場へと手を繋いで向かっていった――。