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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.3 千住への疑念 


 晴明たちは、通路を抜けた先の階段を上り、地下四階へと進んでいた。
 来る途中に通った罠の小部屋も今は作動しておらず、しんと静けさを漂わせている。人の気配も、少なくとも彼らの周りにはないように思えた。
 が、この階層には既に人が存在していた。

 大橋千住。
 崩落に立ち会った彼が、四階と三階を繋ぐ階段の前にいたのだ。
 晴明らが四階に足を踏み入れたのとほぼ同時刻、その場所で時折周囲に目を配っている素振りを見せていた千住は、闇の中から人影を見つけた。
「ここにいたんですね」
「んん? なんだ、お前」
 千住が、聞こえてきた声に返事をする。すると声の主は臆面も無く現れ、千住の問いかけに答えた。
「私は東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)と言います。崩落に巻き込まれた中のひとりですよ」
 雄軒は崩落後、晴明らを待たずして急ぎ四階へと上り、千住を探していたようだ。そして目的の人物とのいち早い接触に成功した彼は、千住に尋ねた。
「正直に答えてもらいましょう。あなたが、崩落の犯人ですか?」
「……あ?」
 唐突なその問いかけに、千住は眉をひそめた。そこからにじみ出ているのは、不信感や敵意の類である。会うなり急に犯人呼ばわりされては当然とも言える反応だ。
 千住が口を開こうとすると、雄軒はそれよりも早く次の言葉を告げた。それは、千住にとって予想外のものだった。
「ああ、答えはどちらでも構いませんよ。私はどちらにしろ、あなたの味方をしますから」
 雄軒は、事も無げにそう言ってのけたのだ。これには千住も、しばし言葉を失ってしまった。逡巡の後、千住は言った。
「敵とか味方の前にそもそもよぉ、なんで俺が犯人だって思ったんだ?」
 それは、疑われた千住からすれば当たり前の発言であり疑問だった。しかし彼が崩落の際その現場を四階から見ていたのは、既に目撃済みである。雄軒はそれを引き合いに出し、先ほどの発言の補足をした。
「あなたがその瞬間四階にいたのは何名かに見られています。となれば、状況的に疑われてもおかしくはないですよね? そして疑われている以上、襲撃を受ける可能性は否定できません。となれば、無実であろうと確信犯であろうと、味方はいた方がよろしいかと」
 要するに、雄軒は疑いを持つ者らから千住を守りたいのだという。千住は、もうひとつ尋ねた。
「……まあ、疑われてんのは分かった。けどよ、お前の目的はなんだあ?」
「目的? 気に入ったからですよ」
 雄軒は言葉を省いて伝えたが、彼は感心していたのだ。
 目の前の男が犯人だとするならば、道中はひたすら自分たちを欺き、目的を消化してから罠を発動させたということになる。その鮮やかな手口は、彼の気にいるところだった。
 彼は一杯食わされた屈辱よりも、それを食わせた人物への興味が勝ったようだった。
「きっと、そのうち必要になる時が来ますよ……ほら、早速訪問者のお出ましです」
 雄軒が、自分が今来た方向に目を向けた。そこには、何名かで固まっている集団がいた。御神楽 陽太(みかぐら・ようた)七枷 陣(ななかせ・じん)矢野 佑一(やの・ゆういち)らである。さらに暗くてまだはっきりとは見えないが、陣や佑一らのそばには彼らのパートナーらしき人影たちも控えていた。
 雄軒が気づいたのは、そこから声が聞こえてきたからであった。話の内容までは聞き取れなかったが、声がだんだん近づいてきていることは充分確認できた。
「う〜ん、千住さんが裏切り者かもしれないなんて、信じられないんだけどな……」
 まだ千住から少し離れたところでそう言ったのは、佑一のパートナー、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)だ。
「確かに、そう断定するには早過ぎるかもね」
「そうだよ佑一さん、だって千住さんらしい姿が見えたのは一瞬なんでしょ? だったら、それだけで裏切ったっていうのは、ちょっと無理があると思う」
 ミシェルはどうやら、千住のことについて佑一と話しているようだった。
「でも、こんな状況の中で証拠を見つけるのも難しいし……」
 悩んでみせるミシェルだったが、すぐに「諦めたらダメだよね」と思い直し、千住の捜索に精を出していた。と、彼らも少し先にいた千住と雄軒の存在に気づいたのか、声をあげた。
「あ、千住さんかな!?」
 ミシェルの声とほぼ同時に、他の生徒らも姿を認める。ぞろぞろと歩み寄ってきたその集団を見て、千住は目を丸くし声をあげた。
「なんだなんだぁ?」
 雄軒同様、崩落直後から千住を探していた彼らも無事、千住をここで発見し再会を果たす。その余韻に浸る間もなく、佑一が近づき、声をかけた。
「千住さん、無事だったんですね。お互いたいした怪我もなさそうでよかったです」
「んん? お前らは確か、来る時揃いも揃ってマスクしてた連中じゃねぇか」
 佑一とパートナーたちを見て、千住が言う。ここで、彼はひとつ確認をした。
「お前らは、俺を疑ってないのかよ?」
「あなたがやったと判断するには、色々と不透明な部分が多すぎますから」
 佑一が答えた。その口ぶりから、おそらくそれが彼の本音なのだろうと分かる。それを聞きにっと笑った千住に、今度は陣が話しかけた。
「ただ、気になってることがあるのも事実やから、それだけは聞かせてほしいけどな」
 そう前置きしてから彼は、千住に質問する。
「あの時起こった崩落……その原因が知りたい」
 陣は、最初からすべてを疑ってはいない。しかし同時に、すべてを信じてもいない。千住が崩落を起こした可能性がゼロとは言えないが、たまたま居合わせただけということも充分あり得る。
 そう思った彼が取った手段が、千住に崩落のことを問い詰めるというものであった。
「アレなぁ……俺もよく分かんねぇけど、あのへん歩いてたら急に床が崩れちまってな。俺も危ねぇとこだったぜ?」
 それに対する千住の答えは、いまひとつ要領を得ないものだった。
「てことは、崩落の原因は結局分からんってことか……」
「ああ、古臭ぇ城だし、老朽化で壊れたりしたんじゃねぇか?」
 千住の言葉は、曖昧にも思えた。が、本当に事情を知らないのであれば、そうした受け答えになってもおかしくはない。これだけでは判断がつかないと思った陣は、それ以上踏み込んだ質問を投げることが出来なかった。
 そこで代わりに千手との会話に望んだのが、陽太であった。
「あの、俺からも聞きたいことがあるんですが……」
 おずおずと、どこか遠慮がちに陽太が話しだす。
「千住さんは、他の四人の方たちの普段の様子などは、詳しいですか?」
「他の四人って、宗吾とか晴明のことか?」
 千住が聞き返すと、陽太は首を縦に振った。その質問が何を意図しているのか千住には分からなかったが、黙る必要もないためそれに答えた。
「まあ全部を知ってるわけじゃねぇけどよお、普段もあんな感じだよ、あいつらは。宗吾は頭より体が先に動く馬鹿だし、お華は色っぽいがたまに鬱陶しいな。神海は根暗な坊主で、晴明は笑っちまうくらい潔癖だ」
「そうですか……」
 遠慮のない言い草に冷や汗を浮かべながら、陽太はどのタイミングで本題を切り出すか、迷っていた。
 彼が本当に聞きたかったこと。それはもちろん今の質問ではない。陽太はやや切り出しづらいその「本来の問い」を、思い切って口に出した。
「今俺たちは、ハルパーを探しています。それで、疑いたくはないんですが……今行方が分からない三人について、寺院のスパイである可能性についてどう思うか、千住さんの意見を聞きたかったんです」
 千住を前にそう話す以上、カマをかけているのでなければ陽太は千住を信じるという姿勢なのだろう。陽太が彼を信じるに至った根拠、それは来る時に罠と対峙した時のことを思い出してだった。
 体を痺れさせるにおい袋のありかをあっさりと突き止めた千住。それが彼が持つ力のお陰かは分からないが、ともかく千住はその力を隠さず自分たちに披露した。もし敵であれば、わざわざそれを明かすような真似はしないだろう。そう判断し、陽太は千住に疑いの気持ちを持たないことを選んだ。
「スパイ、ねぇ……」
 陽太の言葉を聞き、千住が短く呟く。
「俺も疑われてたクチらしいから人のことは言えねぇけどよ、スパイがいるんだとしたらやべぇよなあ。特に晴明なんか強ぇ力持ってるから、敵に回ったらやべぇかもな」
「なるほど……」
 言いながら、陽太は銃型HCに聞いた内容を打ち込んだ。後で仲間内で確認し合えるようにだ。聞くべきことを聞いた陽太は、本来の目的、ハルパーの捜索に話を戻した。
「参考になる意見も聞けたところで、千住さん、ハルパー探しを手伝ってもらえませんか? 俺もいくつか役立ちそうな力を持ってますし」
「あぁ、まだ見つかってねぇのか? しょうがねぇ、付き合ってやるかあ」
 千住が陽太の言葉に応じようとした時だった。佑一が、彼に声をかけた。
「あ……千住さん。その前に、僕が貸した物、返してもらっていいですか?」
「貸した物?」
 動き出そうとした千住の足が止まった。その仕草と間に、佑一は小さく息を呑んだ。
 これは、一種の賭けだった。
 敵か味方か判断がつかない千住に対し、佑一がずっと抱いていた疑問。

 ――晴明さんが五階から見た千住さんは、本当に千住さんだったんだろうか?

 佑一は千住と再会する道中、パートナーたちとしていた会話を思い出す。
「やれやれ、ブライドオブハルパーが見つかったら、さっさと帰ってくつろごうと思っていたんだがな」
 そう簡単にはいかないか、とひとつ息を吐いて言ったのは、佑一のパートナー、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)
 ミシェルが捜索しながら千住について悩んでいた時、彼もまた千住のことを思い浮かべていた。
「千住を探すのは構わんが、そいつを見つけて、その後の判断はどうするんだ?」
「……本物の千住さんかどうか、確かめるよ」
 佑一は千住の格好を思い返す。記憶にある彼の姿は、体の多くが包帯で覆われており、首から上に至っては目元と口以外がすべてそれで隠されている。その格好は、彼にある疑念を抱かせた。
 何者かが、千住さんに成りすましているかもしれない、と。
 早い話が、包帯さえ巻いてそれらしくしてしまえば、変装も簡単だろうということだ。
「確かめるのは良いが、どう確かめる?」
 シュヴァルツに聞かれ、佑一は自分がしていたポータラカマスクを取り出した。
「これを使うよ」
「?」
「千住さんに会ったら、『僕が貸した物を返して』と言ってみる」
 それが、佑一の考えついたカマかけであった。そう、千住は道中、マスクを手渡されていたのだ。
 もし「借りた物」が何か分からなければ千住を装った偽物ということになるし、逆にマスクを返してくれば、本物の可能性が高い。その際佑一ではなく貸した張本人、シュヴァルツに手渡せばより疑惑は解消される。
 言うなればこの一言に佑一は、二重のトラップを潜ませていた。あえて「僕」が「貸した」と言ったことで、貸した物の回答と、貸した人物の回答を確かめようとした。さりげない形で佑一は、嘘という毒を忍ばせたのだ。
「ちょっと、佑一、シュヴァルツ……さっきから聞いていれば、あれは元々私が貸した物じゃないの」
 と、ふたりの会話にもうひとりのパートナー、プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)が難癖をつけた。
「プリムラ、そういうことじゃなくてだな……」
 シュヴァルツが佑一の狙いを説明すると、プリムラも理解したのか、「ああ、なるほど」と大きく頷いた。
「要はカマをかけるのね。だったら、しばらく口を挟まないでおいてあげるわ」

 そのプリムラやシュヴァルツも見守る中、千住はゆっくりと佑一の方に向き直った。
「そういやあ、お前にこれ借りてたっけなあ。ほら、返してやるよ」
 言って、千住が懐からマスクを取り出した。そしてそれをすっと手渡す。
 渡されたのは、佑一だった。
「……」
 佑一は、黙ってそれを受け取る。その事実に、早速シュヴァルツが切り込んだ。
「返すのは、佑一で良いのか?」
「あ? こいつが返せっつったんだから、そうだろうよ」
「直接貸したのは、俺なんだがな」
 シュヴァルツが目を細めて言う。佑一は思った。まさか、目の前の千住は偽物なのだろうか。しかし、マスクを返してきたのも事実だ。偽物ならそもそもこれを持っていることがおかしい。
「いちいち誰から受け取ったかなんて憶えてねぇよ。大体お前こいつのツレだろ? ならこいつに返したところで問題ねぇはずだ」
「まともなヤツなら、借りた本人に返すのが当然だと思うがな」
 彼が千住の言動の真偽を計りかねている間にも、シュヴァルツと千住は互いにいがみ合っている。
 単純に千住がうろ覚えなだけだったのだろうか。それともやはり千住は黒なのだろうか。堂々巡りの葛藤が続くかと思われた状況だったが、その時突然響いた大声が、一切を掻き消した。
「千住、ここにいたのね!」
 勇ましい声と共に現れたのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。その手は銃が握られており、銃口はしっかりと千住に向けられていた。