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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.6 記憶が引き連れた望みは 


 千住が生徒たちによって身柄を確保されている間、晴明は何ひとつ声を発しなかった。その顔は、まだ現状を理解しきれていないように見える。
 いや、見えるのではなくおそらく実際にそうなのだろう。彼は、未だ千住が敵だということを嘘だと思おうとしていた。しかし目の前の光景はそれを明確に否定するものであり、それが晴明の心から理解という感情を抜き取った。
 そしてそれは、千住やその場に居合わせた生徒たちの証言を見聞きしている間も同じであった。
「晴明君」
 そんな晴明に、リカインが声をかけた。だが彼の耳には今、どんな声も朧気にしか聞こえない。
 千住に真意を問う。
 冷静になればそう動くのが当然だとしても、そこまで晴明は頭が回らない。リカインはその心のもつれを、解こうとした。
「裏切った、裏切られたっていうのは簡単だと思う。でもそれって、相手の事情を汲んでいないかもしれないのよ。陰陽師は、目に見えないものも見えるんでしょう?」
 リカインの問いかけに、晴明が僅かに視線を向ける。
「ちょっとだけでいい、湧き上がるものを抑えて、確認してあげられないかな。もし理由があるのなら、別のやり方を探せるかもしれない。初めから裏切りが目的だったり、理由に理解や納得が出来なかったら、その時けじめをつければいい」
「理由……そうだ、理由だ」
 晴明はゆっくりと反芻し、縄で両手を縛られた千住に近寄ると話しかけた。
「あの崩落を起こしたのは、本当に千住なのか?」
 それは、どこか「違うよな?」という含みを持たせていた。が、千住はあっさりと答える。
「どうせあの銃型HCに残ってるデータ見たんだろ? なら今さらそんなこと聞くんじゃねぇよ」
「……どうしてだよ」
「それも言うの二回目だってえの。芸術作品は、披露して初めて作品になるんだよ」
 本当に、千住はそれだけのために床を崩し、自分たちを生き埋めにしたのだろうか。晴明は会話をしながら、そんな思いを抱えていた。
 同じく、千住へと鋭い視線を向けている男がいた。雄軒だ。彼もまた、何かひっかかりのようなものを感じていた。
 自分の芸術を示すため。それはおそらく、嘘ではないだろう。ただ雄軒は、それだけではないような気がしていた。そうなれば彼の心中に湧き上がるのは、善悪のない探究心である。
 知りたい。この男がここで終わるのか、まだ何かあるのか、知りたい。雄軒は、薄く笑った。
「……まだハルパーもお目にかかっていませんしね」
 ぼそっと雄軒が呟く。そばにいた生徒が「ん?」と聞き直そうとした時だった。
「わっ!?」
 突然、周囲の生徒が雄軒から飛び退いた。彼の手に、機晶爆弾が抱えられていたからだ。雄軒はそのまま千住の方へ進むと、彼の動きを封じていた縄を解いた。
「おい、何を……!」
 言いかけた晴明に爆弾を向け、威嚇する。雄軒はそのまま千住の腕を引き、階段を踏みしめた。
「私に一杯食わせた人物を、ここで終わらせるのは勿体無いですからね」
 そう言い残し、雄軒は千住と共に暗闇へと消えた。
 残された一同が思うことはいくつかあった。
 千住らを、追わなければ。
 もう決着は着いた。それよりも、ハルパーを一刻も早く見つけなければ。
 複数の意見が出たが、いずれにせよ、上階へ向かわなければならないことに変わりはない。生徒たちは晴明と共に、階段を駆け上がった。

 地下三階へと進む一行の中で、先ほど麻羅にからかわれた鳳明は、自分の前を走る晴明の背中を見ていた。その背は、どこか頼りないというか、儚げに見えた。鳳明は少しスピードを速め、晴明の横に並んだ。やはりその横顔に、覇気はない。
「……お友達のこと?」
 鳳明が声をかけると、晴明は顔の向きを変えないまま、ちらりと横目で彼女を見た。
「私は詳しく知らないから、良かったら教えてほしいんだけど……」
 どこかお人好しの節がある鳳明は、思い悩んでいる晴明に声をかけずにはいられなかったのだろう。無論、彼が味方である保証もないのだが、敵である確証もないのなら仲間として、助けあうべき対象なのだと思っていた。
「さっきの千住さんとか、それとお華さんとか神海さん、宗吾さんとの信頼関係って、どういうものだったの?」
「……え?」
 突然の質問に、晴明が思わず振り向いた。鳳明はもう少し細かく話した。
「ただ学校でいつも一緒にいるだけの、空っぽの信頼だったのか。それとも、お互いのことをたくさん話して、ちゃんと知って、色んな辛苦を共にした上での信頼なのか……色々思い出してみよう?」
「色々、って……」
 戸惑いつつも、晴明は数分前まで話していた千住のことを頭に浮かべていた。同時に、鳳明が名前を出した三人についても。鳳明はさらにそれを喚起させる。
「たとえば……宗吾さんはどんな出身で、どうして侍になって、一緒にどんな戦いをしてきたか。神海さんは何を信仰している僧侶で、あの笠の下はどんな素顔をしているんだろう、とか。お華さんはなぜくノ一を目指し、本名を名乗らないのかな、とか……千住さんはどんな経験を経て、人形にどんな思いを抱いていたのかとか」
 鳳明がひとつひとつ語る度、晴明の脳裏には今までの出来事が呼び戻されていた。さらに鳳明は言う。
「これまでと、これからのためにも、今まで重ねてきた五人の思い出全部を使って考えよう?」
 千住の思わぬ行動が彼に与えた影響は大きかった。晴明は、普段なら告げないであろう自身の話を吐露した。
「あいつらは、俺と仲良くしてくれたんだ……」
 丁度階段を上り終え、地下三階へと足を踏み入れたのと機を同じくして、晴明は語りだした。



 母が殺されたのは、雨の日だった。まだ晴明を名乗ることが決まるよりも大分前の話である。
「お母さん、お母さん!!」
 何度も呼び、起こそうとするが反応はない。体は、およそ人と思えぬ温度となっていた。でもそれを、彼は雨のせいだと決めつけ、このまま呼び続ければ母は戻ると信じていた。
 しかし、広がる血溜まりがそれを残酷に否定する。
 彼の母は、背中を大きく斬られ絶命した。周囲の見解は通り魔による殺人だとされ、犯人も分からないままだった。
 復讐心がまったくないと言えば、嘘になる。しかし、その行動を起こそうという気持ちは彼にそれほどなかった。

 きれいなひとになりなさい。

 常々、母が言っていたことだった。彼はその言いつけを守り、そのまま育った。だから彼は復讐という汚いことはしようとしなかったし、汚いと思えるものと自分とを度々遠ざけた。
 結果、彼は孤立していった。
 おおよそ子供らしい遊びもせず、人と触れ合うことを過剰に避けてきたのだから、当然だ。元よりその傾向はあったが、母の死をきっかけに彼の潔癖症は、より一層深まった。
 そんな中、変わらず付き合いを続けたのが、宗吾、神海、お華、そして千住の四人であった。

「なあお前、なんでひとりなんだ?」
 母がまだ生きていた頃、最初に声をかけたのは宗吾だった。その時既に、他の三人は宗吾と仲良さそうにしていた。
「なんでって……みんなが、僕を避けるんだ」
 嘘だった。避けていたのは、他でもない自分だった。宗吾は嘘に気付いているのかいないのか、にっと笑って言った。
「ふーん。じゃあ、俺避けない」
「え?」
「名前、教えてよ」
「……八景」
「じゃあやーくんな。ほら、やーくん。遊ぼうぜ」
 それは、彼にとって初めての遊びの誘いだった。少し戸惑った後、彼は笑って頷いた。
「うん!」

 そして、母が死んだ後も四人は近くにいてくれた。
 四人とたくさん話すうち、彼は孤独を感じていたのが自分だけではないと聞かされた。
 宗吾は明るく振る舞っているが、時々「何を考えているか分からない」と周りから浮いてしまうことがあることを教えてくれ、神海は「自分のところの宗教が度々批判の的となり避けられることがある」と言っていた。彼はその宗派を尋ねたが、神海は深編笠の奥で苦笑いを浮かべるだけだった。千住もまたその芸術至上主義の性格が災いし、よくトラブルを起こすと問題児扱いされていたし、お華に至っては身寄りがなかったため、名前すらろくに身につけることが出来なかったと聞かされた。
 それぞれが、限られた居場所で過ごしていたのか。そう思うと晴明は、より四人に好意を持った。自然と、会話の量も増えた。
「千住、それなんだ?」
 まだ八景だった彼の問いかけに、千住が答える。
「ああ? これか? これはな、カラクリ人形だ。こうやって人形にくっついてる糸を指で引っ張ると……」
「おお!」
「ひひっ、今はこんなちっちぇえ人形だけどよ、そのうちもっとでっけえ人形を操って、そいつで色々な芸術を生み出してやんだ」
「そっか、すごいな千住」
「その情熱を、もう少しまともなことに使えば良いのだがな」
 横槍を入れた神海に、千住が噛み付く。
「あ? 根暗坊主は黙ってろ」
 睨み合いになりそうなところに、宗吾が割って入った。
「おいおい千住、もうちょっと楽しくいこうぜ楽しく」
「俺はこれが楽しいんだよ、ひひ」
「でも宗吾、お前だって侍になるんだろ?」
「えー、もう宗吾侍みたいなもんじゃん」
 お華がにやにやとしながら言った。宗吾はその言葉に答える。
「もう侍になれてるかどうかは分かんないけど、やりたいことは遠慮しないでやりたいんだよね、俺」
「あーあ、みんなキラキラしてるなー。神海は、そんな宗吾にラブラブだしねー」
 ちら、とお華が神海を見る。神海は返答に困りながらも、「そういう間柄ではない」と真っ当な返しをしていた。
「お前だって、もう立派なくノ一だろ」
「立派、ねー……どうだろ」
 お華は、両手を頭の後ろに回してその言葉に答えた。五人で話していると、時折こうして間延びした空気になることがあった。そんな時決まって最初に口を開くのは、宗吾だった。
「まあ、とりあえずさ」
 それを四人も分かっているのか、宗吾の方を見る。彼はいつもの笑みを浮かべると、一言目に必ずこう言うのだった。
「ほら、遊ぼうぜ」



「そっか……たくさん思い出があったんだね」
 一通りを聞き終えた鳳明が、優しく言う。晴明の顔には、まだ戸惑いが滲んでいる。
「そういう思い出とか過去を振り返っても、それでもこの先敵と判断せざるを得ないようなことになったら……」
 もちろん、そうでないのならそれが一番良い。ただこれ以上晴明が悩み苦しむのも辛いのだろうと思うと、言葉をかけずにはいられなかった。
「その時は決めないとね。お友達でいるのかどうかを」
 鳳明のその言葉は、晴明に幾許かの覚悟をもたらした。残った三人の中に、千住側の人間がいないとは限らないということを。
 それがただの杞憂で、千住とも後で再会し、話し直せる。それが一番望む未来に違いはない。晴明は、願わくばその未来が待っているようにと心に思いながら、三階を進んでいった。