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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

リアクション


chapter.7 「信じてる」 


 地下三階に、テレパシーが飛んでいた。
 それは、晴明らがこの階に上った直後のことだった。
 ――お華、生きてる?
 無音の言葉をお華に届けようと、そのテレパシーを送ったのはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。それは、生存確認の目的もあったが、彼女の位置を知るという意図も含まれていた。既に同じようなテレパシーをローザマリアは送っており、これが何度目かの送信だった。その間、お華からの返事はない。
「仕方ないわね。崩落の時の状況から照らし合わせて、大まかに概算して方向を……」
 探索方法を彼女が変えようとした時だった。
「大丈夫だ、我なら探し出せる」
 一行の前にそう言って、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が進み出た。何やら眉間に皺を寄せている。その表情が発する威圧感に、無意識のうちにローザマリア、いや、周囲の者が飛び退いた。
「我のホークアイなら、僅かに動くものも逃さず見つけることが可能だ」
 どうやら、ジュレールが目を凝らしているのは、スキルによるものだったようだ。が、端から見るとその顔は睨みをきかせているようにしか見えなかった。もちろん、彼女は至って真剣である。
「どこだ、お華はどこだ……」
 セリフも相まって、どうも危うい界隈のそれに見えてならなかった。とはいえその技の精度は本物であった。
「むっ……?」
 すっ、と。
 薄く伸びた暗闇の中に、何か影が動いたような気がした。それはほんの一瞬見えただけで、すぐにまた闇と同化してしまった。
 お華かもしれない。今の動きがくノ一らしい動きといえば、らしい気もする。もし彼女がこちらに気づかずそのまま去ってしまったのなら、ただちに後を追うべきだ。
「今のが、お華かもしれぬ。我は先に行くぞ」
「それなら、私も行かないとね」
 ジュレールが動き出すと、ローザマリアも晴明ら一行から飛び出し、影の後を追った。大勢で移動するよりも早く機敏に動けるためである。
「え、おい」
「お華の行方を追うためだ。理解を願おう」
 ローザマリアのパートナー、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が晴明に言い残すと、同じくお華との接触を目的とした者が十数名、集団から抜け出てジュレールとローザマリアを追いかけていった。

 暗がりに目を慣らしながら、気配を頼りに彼女たちは進んだ。板張りの床を何度か曲がったところで、彼女たちは足を止めた。
「お華……?」
 小さく出した声。少し先にある輪郭は、記憶にあるくノ一の姿を成していた。やがて、そのシルエットが彼女たちに近づき、正体が顕になった。
「あれっ……みんな?」
 言葉尻を上げてそう声を発したのは、紛れもないお華本人だった。
「Hi,お華。また会えたわね」
「よかったー! みんなとはぐれて困ってたんだよねー!」
 お華に目立った外傷は見られない。崩落の被害は受けていないようだった。無事を確認し合った彼女らは、今後のことについて話し始めた。
「私たちは、お華をちらっと見た気がしたからこうして追ってきたんだけど……これからどうする? 他のみんなと合流する? それとも、宗吾や神海を探す?」
 ローザマリアの提案に、お華は聞き返す。
「あれ? てことは、晴明と千住は見つかったの?」
「ああ、うん……そうね」
 千住のことについては、あえて触れなかった。それで反応を確かめようという試みもあったのかもしれない。ローザマリアは、お華を信じている。彼女はお華との友情が破綻することを望んではいなかった。しかし、一方で最優先事項が今回の任務の達成であることも自覚していた。そしてそこに裏切り者の存在が付きまとうことも。
 つまりローザマリアは、矛盾する気持ちをお華に向けていた。
 お華のことは信じたい。
 しかし、どこかでお華に探りを入れてしまっている自分もいる。
 ローザマリアの心は、見えないところで揺れていた。ただ優先すべき事柄が存在する以上、ローザマリアはそれを行わなければならない。
「そういえば晴明だけど、心細そうだった。瓦礫で汚れたせいかしらね。ほら、綺麗好きだから」
 ローザマリアがそう切り出した。無論、彼女は晴明の心中などは知らない。道中で他の生徒に「好みは誰?」という話をふられた時、「みんな好きだよ」と答えつつも晴明だけ視線が行っていなかったことが、気にかかっていたのだ。あえて晴明の名を出し反応を窺ったローザマリアだったが、お華は「だよねえ」と短く返しただけだった。
 好きという割には、反応が淡白ではないだろうか?
 一瞬そう思ったローザマリアだったが、すぐにそれを打ち消した。探りはいれていても、気持ちはお華に寄っていたからだ。
 そのローザマリアとお華の会話に混ざってきたのは、ローザマリアのパートナー、羽搏輝 翼(はばたき・つばさ)だった。そばにはもうひとりのパートナーである上杉 菊(うえすぎ・きく)も控えていた。
「それにしても、ハルパーは未だ、誰が持っているのかも分からぬ。寺院の者もおる故、気をつけねばならぬな。特に、裏切り者や、内通者の存在にはな」
 お華を見て言ったわけではないが、それは生徒たちが疑心暗鬼の状態にあることを暗に伝えていた。無論、お華もその対象に含まれている。本来ならばローザマリアが切り出すべき話題であったが、彼女は言えなかった。言うなればその甘さの分、翼は泥をかぶる役割を負ったのだろう。
「怖いねー。あんまり疑ってばかりでも、疲れちゃいそうだけど」
 お華が翼に言う。どういう意図でそれを言ったかは分からないが、翼はお華のその言葉に反応した。
「元々隠密科……言わば密偵じゃ。なれば、人を疑うこともままあることじゃろ? 隠密というものは、覚悟を決めた上で敵地に潜り込むのじゃから、そういったことにも慣れておらねばな。疑ったり、疑われたりを厭うようでは、忍はやっておれまい」
「へー……こんなちっこいのに、大人な考えだねえ……」
「何、当然のことを言っただけじゃ」
 捉えようによっては、それは忍であるお華に矛を向けた発言にも取れる。それを内心で冷や汗をかきながら聞いていた菊は、思わず口を挟まずにはいられなかった。
「翼様の非礼、お詫び致しまする」
「へっ? お、おわびって?」
 が、お華は特に気にもしていないようだった。再度頭を下げることも考えていた菊だったが、場の雰囲気を察し、翼も立てつつさりげなくフォローをすべきだと思った。
「翼様も、翼様なりにお考えあってのことですので、気を悪くなさらないで下さいませ」
「あ、うん……別に大丈夫だけど。なーんか固いねえ」
 笑いながら、お華が言った。

 とりあえず他の生徒たちと合流しよう、ということで話がまとまった彼女たちは、晴明らのところへ戻ろうとしていた。道中、お華を取り囲みはしゃいでいたのはクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)と、ジュレールの契約者カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)であった。
「あれ、お華ちゃんあんまり汚れてないね?」
 最初に口を開いたのは、カレンだった。
「あ、うん。てかすごい汚れだねー」
 お華がカレンらの姿を見ていう。彼女たちは崩落の影響で、埃塗れになっていた。お華がそこまで汚れていないことを考えると、やはり彼女は崩落に巻き込まれていなかったのだろうか。
「そう! しかも肝心のブライドオブハルパーも、本来あった場所から無くなっちゃったし。あーあ、お風呂に入りたいなあ。ねえ、お華ちゃん?」
「え? あっ、うんそう……かな? それより、ハルパーの行方、まだ分からないんだ?」
 なぜか、深守閣に行く時もカレンはやたらお風呂の話題を出していた。お華はそれとなく、話題を切り替える。
「うん。もしかしたら誰かが持ち逃げしてるかも。敵が紛れてたりするかもしれないし。あ、でもお華ちゃんは敵なんかじゃないよね」
「あはは、何バカなこと言ってんのー?」
 カレンの言葉を一笑に付したお華。そこに割って入ったのは、クドだった。
「そうですよ! そんなわけないじゃないですか!」
「うわっ……君急に入ってきたね」
 物凄い勢いで首を突っ込んできたクドに、お華が反射的に飛び退く。同時にお華は、やたらと自分の下半身にクドの視線が向けられていることを感じた。
「……なに?」
 お華が聞くと、クドは目をそらすどころか、逆に露骨に視線を集中させた。そして彼は語る。
「皆さんには、聞こえないんですか? この、ハイレグの声が……」
「え?」
「え?」
 これには、カレンもお華も同時に声を発した。突然奇妙なことを言い出したクドに、思わずふたりの目が点になる。しかしクドは慣れたもの、という具合でその発言の真意を話し始めた。
「いきなり何を言っているのかと、そう思っていますね? ですがまあ、話を聞いてください」
 そこからクドが話した内容は、明らかに犯罪めいて……いや、宗教めいていた。
「お華さんがね? もし下着をはいているならば、日々それと向き合い、語り合い、心を通じ合わせているお兄さんにはその下着の声が聞こえてくるはずなんです。しかし見る限り、残念ながら彼女はそれをはいていません。なんかハイレグってます。忍装束か何か知りませんが、これ確実にハイレグです」
「……」
 既にこのあたりから、聞く者は言葉を失い、その表情は侮蔑へと変わっていた。どうでも良いが彼にとってそれはご褒美だ。テンションの上がったクドはさらに饒舌になる。
「だがしかし、ハイレグだとしても、それは下着です。広義の下着です。下半身を覆い隠す役目を担う衣類という点で、何ら変わりはないのです。そしてそのハイレグの声が、お兄さんには聞こえるのです。『この子、悪い子、チガウ』と。ほら、みなさんも耳を澄ませてみてください」
 もちろん、誰も耳を澄まさない。しかしクドはそれでも煽る。
「きっとあなたたちにも聞こえてくるはずです! さあ! エビバデリッスン!」
「……えーと、お華ちゃん?」
「あ、うん何?」
 ついにカレンとお華は、クドをいなかった者として会話の続きを進めることにしたようだ。しかし、お華の受難はまだ続く。
「さっきも言ったけど、ハルパーがまだ見つかってないんだ」
「そうみたいだねー」
「でね、疑ってるわけじゃないんだけど、念のため、ほんと、念のためってことで、調べてもいい?」
「え? 調べるって……」
「とりあえず、脱いでくれれば……」
「脱ぐかっ!」
 カレンからすれば頑なに風呂を拒むお華を脱がせられる好機であり、疑いを晴らす機会でもある、まさに一石二鳥の進言だった。お華には即答で断られたが。
「身の潔白を証明するために、必要だと思って!」
「脱がせるのはやり過ぎでしょう! これを脱いでしまっては、声が聞こえない!」
「ちょっとごめん、黙ってもらっていいかな?」
 熱弁をふるうカレンに、クドも加わる。が、すぐさまカレンに睨まれ大人しくなった。
「よく分かんないけど、あたし脱がないからね! あとハルパーも持ってないし!」
 ふたりを同時に諌めるべく、お華が声をあげた。脱ぐ脱がないはともかくとして、お華の外見を見るに、確かにハルパーをしまえるだけの荷物も持っていないようだ。
「まったくもう……」
 お華がふう、と息を吐いた。カレンとクドのセクハラまがいの絡みはここで一段落ついたが、さらにお華に接触しようとする者がいた。
「お華さん、また会えた!」
「わっ!?」
 仰々しい声と共にお華の前に現れたのは、緋山 政敏(ひやま・まさとし)だった。彼は接触しようとするどころか、大胆にも接触していた。お華に近づくやいなや、突然抱きついたのだ。声をあげたお華に、政敏は言う。
「あい……いや、『愛』変わらずのフトモモ! なんて神々しい!」
「ちょっ、何すんのっ」
 お華に手で押しのけられ、政敏は渋々離れた。
「……何でしょう、無性に腹が立ちますね」
「相変わらず、あほな子ねー」
 政敏のそんな様子を見て、ふたりのパートナー、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)はしみじみと言葉を交わす。
 とはいえ、彼もただ欲望のままに抱きついたわけではなかった。彼は、彼なりにお華の気持ちを確かめようとしていたのだ。
 政敏はお華に抱きついた際、心臓の音に耳を澄ませていた。同時に、皮膚の発汗具合も。それらの情報は、お華の心理状況を推察するためのものだった。
 さらに彼は、筋肉の硬直具合も確認することで、自分に対して警戒を持っているかどうかも測っていた。そうした小さい積み重ねの末、信じられる要素を増やそうとしていた。もっとも、周囲の者にはただ突然抱きついた不埒者に映っただろうが。
「……」
 政敏は、今味わった感触を思い返す。心臓の音も、発汗具合も、異常は特に感じられなかった。強いて言えば、やや筋肉が硬直気味に思えたことくらいだろうか。
 それが立場故の警戒心からか、単にそこまで親しくない男性に抱きつかれたからかは分からない。いずれにせよ、これだけで敵味方を断定するのは不可能であるように思えた。そこで政敏は、次なる行動に打って出る。
「あ。そういえばみんな、俺のこと疑ってないよね?」
「え?」
 突然の問いに、周囲の生徒たちが声をあげる。政敏はその説明を付け加えた。
「いやほら、あいつらが取った手口だからさ」
 言って、政敏が指さしたのはカチェアとリーンだった。カチェアが彼に合わせるように言う。
「確かに、同じですね。私たちが取った『手口』と」
 ふたりが言った「手口」。それは、来る途中で寺院の忍と遭遇した際、天井の一部を崩して相手を倒した戦法のことを言っていた。そして同時にそれは、多くの生徒が巻き込まれた深守閣の崩落事件と類似していた。
 が、そもそも彼らは崩落に巻き込まれた側なのだ。状況的に、彼らが崩落を起こしたとは到底考えにくい。さらに言えば千住が崩落を起こしたと分かった以上、残った可能性は千住と組んでいたというものになるが、彼が千住と組んでいる様子も、動機も見当たらない。
「疑ってないけど……」
 生徒たちが政敏に言う。お華も首を立てに振った。と、それを見た政敏は大きく声をあげる。
「マジで! 良かった!」
 そしてお華に再び抱きつこうとした。さすがに二度目はひらりとかわされたが。
 彼が一連の言動を取ったのは、お華の不安を和らげようとしてのものだった。先に自分の不安を口にすることで、もし彼女も不安を抱えていた場合軽くできると思ったのだろう。無論それは、お華を信じていることが前提となる。
 なんだかんだと考えてはいても、とどのつまり政敏の至った結論はそこなのだ。
 仮に敵だったとしても、「人」として信じよう。政敏はお華のこれまでの言動を見て、そう決めていた。同時に、最悪の場合、信じた責任を取ろうとも。
 政敏がそう決意を固める一方で、カチェアは言う。
「いい加減落ち着いてください、政敏。早く皆さんと合流して、地上に向かいましょう。ところでここには、抜け道とかはないのでしょうか」
「抜け道?」
「ええ。例の、寺院の忍たちがそこを通ってきたかもしれませんし。天井裏とか床下にあるのではないかと」
「うーん、分かんないなあ……。あたしもまだここをそんなに調べてないしね」
 お華が答えた。彼女が口を開く度、周りの生徒は耳を傾ける。それほど、生徒たちは注意深くなっていた。
 お華のことは信じている。
 そう思うのも口にするのも容易い。が、「信じている」という言葉が成り立つ前提として、その逆の感情がまったくないと言い切れるだろうか。
 信じるために心を確かめたい、探りたいと思うその心自体が矛盾を抱えていることに、彼らが気づいているかどうかは分からない。
「これ自体が、ハルパーの担い手探しのようにも思えてくるわね」
 ぼそっと、誰にも聞こえないくらいの声でリーンが呟いた。展開次第では、この先さらに多くの生徒が精神的に追い込まれる状況になるだろうと予見した彼女は、そうなればどう結果が転んだとしても、生徒たちに罪がふりかかることはないのではないかと思っていた。それ故に浮かんだ予想だろうが、すぐに自嘲気味の笑みを浮かべ、否定した。
「葦原を巻き込んでの大芝居……なんてさすがに考えすぎかな」
 渦巻いた思考の群れは、生徒たちに多様な予測を立てさせていた。それらが解けるまでは、そう遠くない。