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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.5 闇が揺れる 


 同刻、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、地下三階にいた。
 千住が四階と三階の間の階段前に辿りつく前に、ゴッドスピードにより移動速度を上げることで先に階上へと到達していたのだ。ベアトリーチェがディテクトエビルで警戒を強める中、美羽はきょろきょろと辺りを見回していた。
「美羽さん、どうですか……?」
「うーん……このへんにもなさそう。やっぱり、もっと上の方だと思う!」
 言うが早いか、美羽は足を前に動かした。
 彼女は、トレジャーセンスを用いてブライドオブハルパーの捜索を行っているところだった。
 道中、さほど貴重な宝物がなかったことを確認した美羽は、これを使えばハルパーを追跡できるのでは、と踏んでいたのだ。
「ハルパーを早く見つけて、任務を達成してもらわないとね!」
 走りながら、美羽が言う。彼女の考えでは、元々この任務を任されたのは晴明なのだから、その晴明がハルパーを手にするのが筋だということのようだ。
 そして、そんな彼女を守ろうとする者もいた。
「そのためにも、色々気にかかることを解いていかないとね」
 美羽にそう告げたのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)であった。その身には、魔鎧の那須 朱美(なす・あけみ)をまとっている。さらに、ベアトリーチェを補佐するように、祥子のもうひとりのパートナー、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)――通称静香が召喚獣ウェンディゴを呼び出し背後を守らせていた。美羽を中心に据えたその陣形は、不審な者を寄せ付けない強固さが感じられる。
「協力してくれて、ありがとね」
 美羽が、祥子に言った。姉妹にも似た関係故か、祥子もそれに穏やかに微笑んで返す。
「今まで頑張ってきた実績が、信頼を生んでいるのよ」
 嬉しそうな顔をする美羽に目を向けながら、祥子は今自分が口にした言葉について考えていた。
 信頼。
 深守閣の一件で、自分たちは何を信じ、頼るべきかを問われた。無論、祥子とて例外ではない。
 しかし、彼女は心を強く持つことで、その難問に答えた。
 誰が裏切っていたとしても、誰が出し抜いたとしても、まず信じるのは、自分。この身が信じると決めたものを信じたなら、たとえ誰かが裏切っても裏切られたことにはならないのだと彼女は思った。
 その上で、祥子はさらに考える。
 裏切った者がいたとすれば、千住を追う者、ハルパーを探す者、どちらを狙うだろうかと。また、ハルパーが誰の手にあるのが望ましいかと。
 その結果祥子は、数少ない信頼できる生徒の美羽と出会い行動を共にすることを決めたのだ。
「母様、難しいことを考えていますわね?」
 と、彼女の思考を一時停止させたのは、静香だった。思い詰めているように見えた彼女の気を軽くしようとしたのだろうか、静香はいつもの調子で話した。
「小難しいことは置いておいて、あのお華さんというくノ一の方は、いい味出していましたわね」
「え?」
「いえ、調査のため潜入した城で捕まって縛られて……なんて。薄い本が出せそうなくらい……」
「ちょっと、今はそんな妄想してる場合じゃ」
 祥子が言いかけると、静香は「分かってますわよ」とどこか残念そうに返事をした。その直後、美羽が声をあげた。
「なんか……もっと上の方にある気がする!」
 美羽の第六感は、より地上に近いところに何かを感じていた。それを聞いた彼女たちは、さらに速度をあげ、階上へと向かった。



 地下四階。
 階段前で千住と生徒たちが戦闘を始めた頃、晴明たちもまた、この階層を進んでいた。まだ、争いの音や気配は漂ってこない。
「ねえ、晴明君……って呼んでいいのか分からないけど、ちょっといい?」
「ん?」
 一行の中にいたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、晴明に話しかけた。リカインのそばでは、パートナーの空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が遠隔呪法で操っているトラの毛皮の式神もいる。式神化されたそれは、晴明やリカインを守るように周りを歩いていた。
 その式神や、リカインがこうして晴明と共に行動しているのは、現時点で彼から裏切り者としての気配を感じなかったためである。当初の目的通り、晴明を観察したいという動機もまったくないわけではないようだが。
「晴明君は、ペルソナって知ってる?」
「ペルソナ……? いや、言葉くらいしか知らないけど」
 若干の距離をとりつつ、晴明が答えた。来る途中、過剰に観察されていた晴明は、リカインに対し微妙に不気味さを感じていたのだ。ましてや唐突にこんな質問をされては、致し方ない反応だろう。
「……」
 リカインは晴明が後ずさった数歩を見て軽く頬を掻いたが、気にしないことにして話を続けた。
「一般的にはペルソナって仮面のことなんだけど、色々な表情があって付け替えられることから、状況に応じて態度を使い分けることの比喩でもあるの。まあいわば『自覚できる多重人格』ってとこかな。ちなみに私はこのペルソナ以上のものが出せるか否かが、役者として一流かどうかの壁だと思ってるんだけどね」
「あ、ああ……」
 やはり、晴明はどこか一歩ひいた反応をする。リカインはつい話が脱線してしまったことに自分でも気づくと、伝えたかったことへと流れを戻した。
「まあそれはともかく……お節介になるかもしれないんだけどさ」
 リカインの表情が、微かに真剣さを増した。それを感じ取った晴明も、姿勢を正し耳を傾ける。
「私と晴明君みたいに、会って間もないのはもちろん、親友と呼べるほどの付き合いがあったって相手のことを何でも知ってるなんてそうあることじゃないと思う」
「まあ……な」
 晴明の返事に、リカインが言葉を重ねようとした時だった。
「見たでしょ兄貴、やっぱり陰陽師はすごいんだって!」
「陰陽師というか、晴明さんがすごいのはよく分かったっスよ……」
 何やら騒々しい声を響かせながら、リカインの残るパートナー、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)がやってきた。サンドラはそのまま晴明の前まで来ると、目をきらきらと輝かせながら彼に言った。
「晴明さん! 決めました、私を晴明さんの弟子にしてください!」
「……はぁ!?」
「ちょっとサンドラ、今私が晴明君と話……」
「まだまだ陰陽師なんて名ばかりのひよっこだし、色々とお忙しい立場なんだろうと思います。私でよければお手伝いできることは頑張りますからっ!」
 会話を閉じられたリカインの言葉も聞こえぬほど熱が上がっているのか、サンドラはぐいぐいと晴明に寄っていた。
「ちょ、な、なんだよいきなり、意味が分かんないから」
「深守閣での戦いぶりを見て、感動したんです! 迷惑かけないように努力します。だから……お願いします!」
「いや、あのな、俺まだ弟子を取るとかそういう立場じゃ……」
 晴明が困り顔で告げるが、サンドラは何度も深く頭を下げている。晴明は「参ったな……」と頭を掻いた。その様子を見て、リカインが再び彼に話しかける。
「ふふ、私からもサンドラの弟子入り、お願いするわ。弟子っていいものよ? 自分がどんなに未熟か、痛感させられるから。それとも既にたくさんお弟子さんがいるのかな?」
「いや、だから弟子とかはいないんだって。ていうかさっき何か話そうとしてなかったか?」
「え? ああ、そうそう晴明君……」
 リカインが口を開きかける。が、それはまたしても予期せぬ乱入者によって声にならず喉で止まってしまった。
「ん……姉貴、何か来るっスよ!」
 残心で周囲の気配を敏感に感じ取っていたアレックスは、自分たちに近づいてくる何かに気づいて声をあげた。サンドラが師匠と慕うなら、自分にとっても大事な者だと関係付けた彼は、晴明らに危害が及ばぬよう警戒をしていたのだ。
 気配の主は、騒々しい足音と声を引き連れて彼らの前に現れた。
「むっ、とうとう見つけたぞ! さすがわしじゃ!」
「ま、麻羅、そんなに走ったら危ないわよ……!」
 契約者水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)の制止も聞かず、マスクとつるはしを装備し、カナリアを肩に乗せるという破天荒な出で立ちで、天津 麻羅(あまつ・まら)が晴明らを指差す。
「な、なんだ……?」
 晴明が、目を丸くして声をあげた。麻羅としてはどれも探検に必要な装備であったのだが、初見でこれを見せられては戸惑うなという方が無理だろう。そんな彼らに、緋雨が説明をする。
「地上で調べものをしていたんだけど、居ても立ってもいられなくなって降りてきたの。探索に使えそうな機器は一通り持ってきたし、来る途中マッピングもしておいたから何かの役に立てればと思って」
 言って、緋雨が取り出したのは銃型HC弐式や妖精の塗り薬など多用な補助道具だった。
「深守閣のヤツらなら、きっとほとんどがもう救出済みだと思うけど……一応まだ誰かいるかもしれないから、下に行ってもいいかもな」
 晴明が答え、緋雨が来たルートの説明をしている最中、麻羅は疑念渦巻く生徒たちの微妙に尖った空気を感じていた。
「ふふん、裏切りに怯えておるのじゃな。わしが一発で見抜いてやろう」
 麻羅は一行を見渡した。見知った顔がある。彼女は一目散に、その生徒の元へと向かった。
「鳳明のフリをしているな!? その胸のデカさはニセモ……」
「な、何言ってるの!? 本人だよっ」
 突然指名された琳 鳳明(りん・ほうめい)が、顔を真っ赤にして反論した。まだ麻羅はそこから何か言いたいようだったが、緋雨に腕を捕まれぐいぐいと引き戻されていった。探索のため降りてきたはずなのだが、麻羅はどうも遊ぶことに気を取られてしまっているように思えた。
「それはそうと、ここに来たってことは地上から降りてきたんだろ? 途中で、千住を見なかったか? 全身包帯のヤツだ」
 晴明が、緋雨に尋ねた。すると彼女の口から、あっさりと答えが返ってきた。
「暗くてはっきりは見えなかったから確証はないけれど、あっちの階段付近で何人かが言い争いしてるところなら見かけたけど……」
 緋雨の言葉通り、彼女らが四階へ降りる階段を通った時、丁度千住は生徒たちに問い詰められているところであった。仮にあと少し早いタイミングだったなら、生徒たちが千住を訪れる前に緋雨は千住と遭遇していただろう。その際千住が緋雨を素通ししたかどうかは、甚だ疑問である。逆にもう少し遅く差し掛かっても、千住との戦いに巻き込まれていただろう。つまり緋雨と麻羅は、唯一千住と関わらずに済むタイミングで、晴明らと合流できたのである。
 もうひとつ補足をしておくならば、緋雨が言い争っている集団をやり過ごしたのは、彼女が地下の奥深くで行方不明になった生徒たちの救出を第一に考えていたからである。そのことも、千住との接触を避けることができた一因であるのは自明の理だった。
「……分かった」
 晴明は緋雨の言葉を聞くと、来た時に通った道へと視線を向けた。
「それより、怪我人とか行方不明者は?」
「ああ、深守閣で救助活動してるヤツがまだいるはずだから、そっちに詳しいことは聞いてくれ」
 緋雨にそう答えた晴明の意識は、既にこれから進む進路の先へと集中していた。同時に、彼の足が動き出す。ここから三階への階段までは、そう遠くないはずだ。
 そういえば、何か聞き逃していたことがあったような。
 晴明は走りながら、ふと思い出していた。リカインが、先ほど自分にすべてを伝えていなかったことを。「まあいいか」と余計な考えを持たないように思考をすぐ変えた彼だったが、このすぐ後、リカインの言葉が彼の胸に鋭く刺さることとなる。

「もうすぐ、階段が見えてくるはず……」
 時間にして数分。晴明らは先へ進み、三階へと上る階段がある部屋まで近づいていた。ここにきて、彼らはようやくその異変に気付かされる。
「なんだ、この音は……?」
 晴明や他の生徒らの耳に届いたのは、鋼鉄がこすれ合うような歪な衝突音だった。それは不定の間隔で何度も鳴り、彼らに一抹の不安を抱かせた。危機感に煽られた晴明が、大きく足を踏み出し部屋に入る。
「……!」
 瞬間、彼は言葉を失った。
 そこで晴明が目にしたのは、何名かの生徒と攻撃をぶつけ合う千住の姿だった。
「千住……」
 一歩、晴明が前に出る。それに続くように、他の生徒たちも詰め寄り、部屋の様子を目の当たりにした。千住側も、戦闘中といえどもさすがに大所帯の視線には気付いたようで、ぴたりと手を止めた。
「晴明か?」
 千住が名前を呼んだ。その声に、晴明は揺れていた。

 ――この状況は、なんだ?

 千住が犯人と早とちりした生徒たちが、千住を攻撃している?
 彼と相対している生徒たちが裏切り、千住に罪を被せようとしている?
 千住が抜け駆けしようとしたのを、生徒たちが留めた?

 いくつもの考えが瞬時に浮かぶ。あくまで彼は崩落の場に居合わせただけ。晴明はそう信じつつも、それが自分にとって都合の良い解釈であることもどこかでは感じていた。そんな晴明の疑念を払うように、千住が話しかける。
「よぉ、助けてくれよ晴明。こいつらが急に襲ってきて……」
 咄嗟に言い訳を見繕い、晴明らを引き入れようとする千住。が、それを悲しそうな顔で見つめていたのは、陽太だった。その手にある銃型HCには、千住が先ほど自分たちに告げた真相をテキスト化したデータが入っていた。
「晴明さん……」
 陽太がその機器内のデータを晴明に見せようとした時、千住の目の色が変わった。そう、そのデータがある以上、言い逃れが出来ないことを彼は理解したのだ。
 千住が、陽太に向かって人形を飛ばそうと糸を構えた。
 最悪、目の前のこの男を仕留めた後、口八丁で犯人に仕立て上げればまだ隠し通せる。そう目論んだ千住の動きはしかし、アレーティアとセレンフィリティによって防がれた。
「羅刹王!」
 アレーティアの呼び声に応え、彼女のイコプラが千住の人形に向かって鋭利な回し蹴りを放つ。寸前でそれを回避させた千住だったが、糸が次の動作を人形に伝えるよりも早く、間を突いたセレンフィリティがサイコキネシスで千住の動きを鈍らせる。
「今ね!」
 セレンフィリティは、素早く千住を組み敷くと、自らの技によって彼に電流を浴びせた。
「がっ……!」
 千住が短い悲鳴を上げると同時に、人形も動きを止めた。
 晴明は、一瞬の間で行われたその攻防を、ただ黙って見ていることしか出来なかった。