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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

リアクション


3.1日目・昼〜回廊前の舞台設営現場・正面〜

 演劇班の舞台設営活動が本格化し始めたのは、正午だった。
 既に日は高く、空は雲ひとつない快晴である。
 
「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん、本日は絶好の設営日和だぜ!」
 アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)はぐっと伸びをする。
 金槌を右手に、ドライバーを左手に持ったまま。
 隣で、アレイ・エルンスト(あれい・えるんすと)が呆れ顔で諭す。
「ドライバーで金槌で打ったら、ベニヤ壊れるだろ? アッシュ」
「う……うっせー。
 気合いで打てばとまるって! 気合いだぜ!」
 言って、アッシュは2枚のベニヤ板をドライバーで固定しようとする。
 案の定、ベニヤ板は真っ二つになり、使いものにならなくなった。
「もう、きちんと後先考えろよ、アッシュ……アッシュ?」
 アレイが顔を上げると、アッシュはぼんやりと遠くを眺めていた。
 彼の視線を伝って、目を向ける。
 
 祭壇前の、演劇用の資材置き場。
 
 そこには少女が座っていて、うつろな目で大空を眺めていた。
 アッシュ等と同じくらいの年頃のようだ。
 額に宝石をはめ込んだ、明らかにパラミタ人とは違うその娘は「たいむちゃん」と呼ばれているが、本名は誰も知らない。
 
 ニルヴァーナ人であると知ったのも、つい最近の話だ。
 
 吸い込まれそうなほど、大きな目をしていて、笑うときっと、お日様のようなのだろうな、とは思う。
 だが、ここ数日というもの、彼女は笑わなかった。
 
(帰って来た故郷がこんな様では無理もない、か)

 だからこそ、アッシュはわざとこんな失敗をして、笑いを誘おうとしたらしい。
 人が元気になるためなら、どんなことでもして見せる。
 バカだと分かっていても、一生懸命にやる!
 それが、イルミンスールのアッシュがアッシュたるゆえんなのだ。

 ■
 
 キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が動いたのは、アッシュの心意気を感じたからではなく、クン・チャン地方出身のゆる族としては、打ちひしがれたたいむちゃんを放っておけなかったからだ。
 
 例えゆる族の皮を被った「ナニカ」だったとしても――。

 目的の物を資材置き場から、たいむちゃんが身につけていた「うさぎの被り物」を回収すると、そのままひょこひょこ彼女の傍に向かった。
 たいむちゃんは呆けて空を見上げている。
 キャンディスには気づかない。
 
(ミーが、たいむちゃんの根性を試すヨ!)

 キャンディスはサッとうさぎの被り物を取りだす。
 たいむちゃんの目の前に、突きつけてみた。
 
 うつろな目が、ほんの少しだけ動いたような気がした。
 さすがに長年来ていた被りものだ。
 それなりの思い入れがあるのだろう。
 
 だがそれ以上の反応は望めないようだ。
 
 
「しかたナイネ!」
 今のたいむちゃんにとっては、「空京万博」や、万博マスコットになるための努力も何もかもを含めて、「過去」はどうでもいいことのようだ。
 キャンディスはそう判断した。
 
 決意が固まるまでに、そう時間はかからなかった。
 
 キャンディスはウサギの被り物を大切そうに抱きしめて、たいむちゃんに語りかけた。
「絶望して空京万博で頑張ったのも嫌になったのなら、それでも構わないのヨ。
ゆるキャラの寿命は10年といわれてるけど、短いキャラもいれば長いキャラもイルワ、疲れて途中退場があってもおかしくナイネ〜……」
 たいむちゃんの様子は変わらない。
 それは、「絶望して」いるのはニルヴァーナの現状であって、「空京万博」の件に関して絶望してるわけではないからで。
 そういった違いがあるために、たいむちゃんの心に響かなかっただけの話であるが。
 勘違いしたキャンディスは、固く決心した後。
「ろくりんピックの無い年は、ミーが代わりを引き継いであげるから、安心シテネ!」
 被り物をかぶって、アッシュ達に手を振って見せた。
「みんな、たいむちゃんは大丈夫ダヨ!」

 だが、口調で正体がばれたキャンディスは、その場にいた学生たち全員に押さえつけられ、気ぐるみは没収されてしまうのであった。
「ろくりんピックがあろうがなかろうが、広報に貢献するのがろくりんのマスコットだろうが! おらっ!!!」

 ■
 
 騒ぎが収まった頃合いを見計らって、獅子導龍牙(ししどう・りゅうが)がたいむちゃんの下を訪れた。
 キャンディスに後れを取ったのは、たいむちゃんが呆けてしまった理由と同じである。
 
 ここが……ニルヴァーナ。
 
 いつもより無口なのは、夢にまで見た場所が「荒れ果てた大地」だったから。
 あれほどの危険と労力を注ぎこんで辿り着いた末に、このありさまでは、ニルヴァーナ人でなくとも気が滅入ってしまうというものだ。
 だがすぐに我に返ったのは、元気少女の生気の抜けた瞳が、脳裏から離れなかったからだった。
 
(あんな表情を見過ごすのが、俺様の目指す王の姿か?)

 龍牙は頭を振ると、迷うことなくたいむちゃんの傍らに腰かけた。
 
 たいむちゃんはぽかんと口を開け、流れる雲を見上げていた。
 もはや「真っ白な灰」の状態である。
 その表情からは、何の変化も読み取れない。
 
 回廊前に目を向けた。
 舞台設営の傍ら、備品を作成しているアッシュ等の姿がある。
 出演者リストの建て看板で、「主役:魔法少女 たいむちゃん」の文字がでかでかと書かれてあった。
 みんな必死に、たいむちゃんが元気になる事を願っているのだ。
 
 が――。
 
 視線を元に戻す。
 たいむちゃんはうつろな目のままで、現実を否定し続けている。
 そっと息を吐くと、龍牙は、なぁ、と彼女に語りかけた。 
「てめぇのためにこんだけ仲間が集まってんだ」
「…………」
「主役がそんな顔しちゃいけねぇ」
「…………」
 たいむちゃんの表情に変化は現れない。
 まるでよくできた人形と対話しているような手ごたえの無さを感じつつ、それでも彼は辛抱強く言葉を紡ぐ。
 
「お前の気持はわかんねぇなあ。
 俺様はそこまでの悲しいことを経験したこともねぇ。
 だけどな、俺様は良いコト知ってんぜ?」
「…………」
「いいか?
 悲しいときはな、泣くんだよ、
 心の底から思いっきりな。
 そんで今度は笑うんだ。
 心の底から思いっきりな。」
「…………」
 悲しみが深すぎて、単なる慰め程度では、彼女の心は癒せそうにない。
 
 さて、どうしたものか……。
 
 龍牙はすくっと立った。
 たいむちゃんに振り向いて、少し笑いかける。
「良いモン聴かせてやるよ。
 たった今出来た新曲だ」
 
 そうしておもむろに、ディーヴァの歌唱力で歌い始めた。

 止まない雨は無いように
 明けない夜は無いように
 悲しみも痛みも消えていくから

 雨上がり虹かかるように
 太陽が昇ってくるように
 また見せてくれ輝くあの笑顔を……♪
 
 龍牙は心の底からの笑顔を向ける。
 
 たいむちゃんは泣いていた。
 ディーヴァの声は、確かに少女の本能の悲しみを動かしたらしい。
 だが、それ以上の変化はなかった。
 無表情のまま泣き続ける。
 少女の悲しみは、それほど深いらしい。
 
 だが、彼の想いは「声」となって、彼女の心の琴線に確かに触れている。
 長期戦だが「想い」をぶつけていけば、また元の元気な彼女に――そう、龍牙は考えた。
 
「なぁ、アッシュ!」

 みんなの力が必要だと悟った。
 そう考えたとたん、彼は居てもたってもいられなくなった。
「たいむちゃん、元に戻るかもしれねぇ。
 演劇以外のイベントも、ひとまとめにしてやろうぜ!
 そうして、みんなの想いを畳み掛けるんだ!
 
 ん? なに、司会だと? ……俺がやるぜ」

 ■
 
 たいむちゃんへのアプローチは、まだまだ続く。
 
 ■
 
 樹月刀真(きづき・とうま)が訪れたのは、龍牙の件が終息し、アッシュ達が昼休憩に入った頃だった
 右腕には、ここが定位置! と言わんばかりに、漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)がつかまっている。
 空気を察して動く、冷静な刀真とは対照的に。
(え〜ん、うさぎさんが月に来たら、うさぎじゃ無くなっちゃったよ……)
 どうしてもたいむちゃんを凝視してしまう、女の子な月夜なのであった。
 
 たいむちゃんは相変わらず資材置き場に座って、ぼんやりとしている。
 目元に涙の跡――だが、表情に抑揚がないため、単に汗か雨にでもあたった跡のようにも見えなくもない。
 
 悲しみが深過ぎるのですね、たいむちゃん……。
 
 内心の心情とは対照的な冷めた瞳のまま、刀真はたいむちゃんに近づく。
 隣に腰かけて、むにーっと両頬を引っ張った。
「そんな凹んでても仕方ないでしょう?
 大体君は俺が護っていた【ルシファーの角】を盗んでいったんですよ?」
 たいむちゃんは変顔のまま、空を眺めている。
 刀真は諦めない。
「……そういう他人に迷惑をかけてまでニルヴァーナへ来る事を望んだのに、いざ来てこの状況を見たら来なければ良かった? 馬鹿にしてます?」
「…………」
「大体そんな事言っている暇はありませんよ?
 早くニルヴァーナ人を見付けないとパラミタがやばいんですから……ん? 君はもう、この地に誰も居ないと思っているんですか?」
 刀真は両手を離した。
 反応の無いたいむちゃんに、ふわりと笑いかける。
「それなら、イレイザーがここに居る理由にはならないと思うんですけどね。
 彼等がこんな荒野にまだいるのは相応の理由がある、と思ってます
 まだ生きている存在があるのでは? とかね」
「…………」
「現実が厳しいんじゃ無い、ただ俺達が甘えているだけなんです。
 自分が動かなければ、自分にとって都合の良い現実は引き寄せられない。
 だから俺は、シャンバラを救う手段を見付けるために、ここで手掛かりを探し続けます。
 その活動の中でニルヴァーナ人に、君の両親に会えたら最高じゃありません?」
「…………」
「……と言う訳で、ニルヴァーナ人は生きています。
 そして俺は、これから彼等に会いに行こうと思いますが……君も一緒に行きませんか?」
「…………」
「俺は悪人なんだ、だから今は俺に騙されて付いて来い。
 本当に騙されたと感じたら、俺に騙されたと好きなだけ怨めば良い」
「ねぇ、刀真〜」
 月夜が刀真の腕にしがみつく。
「やっぱり駄目だわ。
 無駄よ、諦めようよ!」
「駄目だ、諦めない。
 俺は悪人だからな」
 刀真は子供をなだめるように、優しくたいむちゃんの頭をなでる。
「俺の両親は俺の事を庇って死んだ……今はもう何も感じないけれどその時は苦しかった、筈だ。
 俺だけの物が無ければ、とっくに死んでいたんだ。
 だから両親に会えないと独りで悲しんでいる君を、放っておけない」
「両親……」
 初めて呟いたが、たいむちゃんの表情は変わらない。
 駄目もとで刀真は握手を求める。
「君の名前は?
 もう『空京たいむちゃん』じゃないだろう?
 ニルヴァーナ人としての君の名前を教えてくれ」
「ラクシュミ……」
 僅かに口が動く。
「ラクシュミ、か。よろしく、ラクシュミ」
 刀真はたいむちゃんと握手する。
 月夜が横合いから、顔をひょこっと出して。
「ねえ、この赤い石ってなんなの? たいむちゃん」
 たいむちゃんの額にある石を指さす。
 刀真が大丈夫、と言わんばかりに手に力をこめると、たいむちゃんは呆けたまま機械的に答えた。
「ニルヴァーナ人はみんな持っている……みんな……そのために強力な魔法が使えたの……」

 ■
 
 一方で、不埒なアプローチを試みる学生もいるご様子。
 
 ■
 
「リナリエッタ様、本当に演劇部員になられるので?」

 アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)は心配そうに主を見あげた。
 主の雷霆リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はそーよ、と下方を見下ろしている。
 そこには、演劇班がとってんかんとこしらえている野外劇場がある。
 手前に、アッシュの姿。
(アッシュ・グロックか、楽しめそうね?)
 ふふっと笑って、リナリエッタは舌舐めづりをする。
 
 少なくとも――。
 アドラマリアの知る限り、ニルヴァーナに降り立った時のリナリエッタは、他の学生同様疲れたように見えた。
 
 ――なんにもないわねニルヴァーナ
   涅槃の境地って奴かしらねーこれ
   特にやることないんだけどどうしようかしら…と
   たいむちゃん、落ち込んでるわねぇ
   可愛い子が悲しんでるのってあんまり見たくない光景だし
   少しでも彼女が明るくなればいいけど……
 
 特に最後の言葉は印象的だった。
 が、足が向いた先の演劇班で、アッシュとその台本を見たときから、どうにも雲行きがおかしくなった。
 人の心とは、秋の空模様ほどに変わるものらしい。

「まぁ、ちょっとアレな子だけど、イケメンよね?」
「けれど、彼はでられませんよ。
 劇を企画した、いわばプロデューサー。
 役者をしている暇などあるはずがございません」
「えー、それじゃ困るのよー!」
 リナリエッタはふくれっ面で、自分の計画――という名の野望をぶちまける。
 
 この劇では、初日にヒロインが気になる男の子とぶつかって出会うというシーンがある。
 そのヒロイン(=たいむちゃん)とぶつかる生徒は、大抵男でイケメンでなければならない。
 更に付け加えれば、そのイケメンは、クライマックスではヒロインと一緒に戦って、最終的にラブラブにならなければならない。
 ……となると、この演劇を成功させるのに必要なことは、
 たいむちゃんに寄り添うカッコいいイケメンを出演させることだ! きっとそーだ!! 絶対そうに違いない!!!
 そしてこの場にいるイケメンといえば、アッシュしかいない!!! いないのだ!
 
「という訳で、何としてでもあの子を出演させなければ、意味がないのよー!!!」
 う〜〜〜〜〜〜〜〜〜と唸って、シナリオに目を通した。
 ぱらぱらとめくって、現状の出演者リストに目をとめる。
 リナリエッタは諸手を挙げて。
「へー、出るじゃん。
 なになに……ふーん、クラスメイト役やるんだ」
 彼女の表情はくるくる変わる。
 喜んだと思った次の瞬間には、狡猾そうな表情で考え込む。
 
(あのアッシュって子……見た目はいいけど、中身はどうなのかしら)
(女の子の扱いは……大丈夫なのかしら)
 
「うん、試す必要がありそうね?」
 それはとてもとても楽しいことのような気がする。
 はじめの「たいむちゃん云々」はどうでもよくなって、結局イケメンに帰結してしまうリナリエッタなのであった。
 
「でしたら……私、皆様の衣装を作ります。
 お許しを頂けませんでしょうか?」
 アドラマリアは遠慮がちにリナリエッタに申し出る。
「物資を包む布等を利用すれば、簡単な服を作る事も出来ましょう。
 リナリエッタ様の為に、少しでも劇を盛り上げられますように」
 本当は、皆でたいむちゃんを励まそうという提案を聞き、
 その話に共感して作りたいと願ったアドラマリアであったが。
 リナリエッタの前では、慇懃に許可を願い出た。
「あらいいわよー。
 せいぜい似合いそうなものを作って頂戴、アドラマリア」
 ツインテールを風になびかせて、リナリエッタは意気揚々とアッシュの下へ向かう。


 ここまで勝手にビデオ撮影係(イケメンの苦痛顔オンリー)として呼び出されて、
ニルヴァーナに同行させられていたアドラマリアは、本来の家業に戻れることにホッとした。
 ああ、なんで私こんな所にいるのでしょうか……と、運命を呪う日々も、これでやっと終わるのだ。
 気が楽になったアドラマリアは、近くを通った演劇要員達を呼びとめると、片端から採寸を申し出た。

「あ……サイズをお聞きしたいのですが……その前に、お膝の汚れ、私がお拭き致しますね」

 ■
 
 夜になって、演劇班は本日の仕事を終えた。
「うーん、この分だと、あと5、6日はかかりそうだなぁ」
 というのがアッシュ達の、設営に関する見解だった。
 設営しながら、演劇の練習も、ということになりそうだ。
 
「その時は、私に是非撮らせて下さいね?」
 ロザリンドは記録用のビデオカメラを回しつつ、アッシュ達に申し出るのであった。
「元気なたいむちゃんの魔法少女を、
 この荒野いっぱいに放送するのですから……」