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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

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8.5日目・夜〜北の探索隊・野営地と周辺〜

 この晩探索の進行状況に伴い、ニルヴァーナ探索隊は野営地を大きく北に移動させて設置した。
 さすがに5日目ともなると、様々な問題が出てくるようだ。
 夜は深く、回廊は既に地平線のかなたにあり、闇の中に野獣の咆哮が時折低く不気味に流れてくる。
 
 彼等はこの困難を、いかようにして乗り越えて行ったのであろうか?
 
 ■

 5日目ともなると、隊の体勢もしっかりと出来あがっており。
 例えば物資管理役も、専属の担当が新たに1名増員されている。
 長丁場が予想されるための交代要員と、チェック体制の強化を図ったためだ。
 
 ■
 
 その、虎の子の「1人」――。
 
 沢渡真言(さわたり・まこと)はどちらかいうと探索隊の補佐的立場であり、その性質上食糧管理ばかりではなく、一行の体調管理や、野営地を守る役目を担っていた。
 彼は既にパートナーによって、その実績を上げている。
 沢渡隆寛(さわたり・りゅうかん)は本来は野営地の護り役だったが、【ダウジング】により地下水の場所を掘りあてた。
 彼が早く探せたのは、セリカのサバイバルの知識が貢献したためだ。
 セリカが大まかな水の出そうな地形を示した後、詰めを隆寛が引き受けた結果であり、隊のチームワークがあればこそなせた、まさしく奇跡の業だ。
 
 セリカさんと隆寛が地下水を見つけてくれて、本当に良かった……。
 
 真言は当面の水の心配をしなくて済むことに、安堵した。
 未開の地での食料と水の無事と確保は、何よりも優先される。
(これらに何かがあれば、途中で調査を切り上げなければいけないかもしれませんし)
 だが5日目ともなれば、さすがに見知った顔も増える。
 この急ごしらえの探索隊にも、徐々にだが愛着がわき始めつつある。
(ここまでご一緒させて頂いたのです。
 皆さんと滝まで辿り着かせて頂きたいものですね)
 手元のリストに視線を落とした。
 食料の在庫が記されたものだが、狂いがないのは財産管理で真言がこつこつと管理して行った結果だ。
 2枚目は、野営地の周辺の状況などの記録。
 この仕事は主に隆寛のもので、彼が野営活動の知識や真言達から提供されたデータ等が記されているが、その目的は「周囲の安全圏」を割り出すことにある。
 この野営地も、実はそうした彼らの地道な努力によって導き出された「安全圏」のはずであった。
 
 真言の目が、ふと曇る。
 次いで溜め息。
 
「この分では、まだまだ節約して頂かないと。
 水はともかく、食料の自給が出来ない現実が厳しいですね」
 データから割り出す限り、滝まではこの調子で行くと、とても厳しいのだ。
 最悪の場合は「栄養失調」、いや「餓死」に至る可能性も否定は出来ない。
「滝まで行って、運よく見つけられる、という保証もないことですしね」
 嫌な役目ですが、と腹をくくった。
 ヘクトルのテントに足を向ける。
「なに、食料の目処が立つまでの間ですよ。
 もう少し、食べ物は切り詰めて下さいね♪
 ……と、こんな感じでよいのでしょうか?」
 
 ザザッと背後が揺らで、真言は振り返る。
「マーリン、どうしたのですか? 血相を変えて」

 ■
 
 食料の在庫を心配する声は、真言ばかりではなかった。
 物資役に少しでも携わる者達であれば、滝との距離を考えて溜め息が出てしまう、というものだ。
 
 この日だけでも、一向に大きさの変わらぬ「滝」に不安を感じた物資役の者達から、隊長ヘクトルへの要望や意見が相次いだ。
 彼は「上」にたつ者としては、超ウルトラ級の丁寧さで応対する。
 
 最後の1人の意見をしっかりと聞き終えた頃には、既に夜になっていた。
(疲れたな……)
 体ではない。
 戦場と違い、こういった事務的作業は、やはり彼の性質には合わないようだ。
 が、泣き言は言えないし、言いたくもない。

 こつんっと、小石がテントに当たるような音がした。

 ■

「よっ! 隊長さん、調子はどうだい?」

 ひょこっと、入口から可愛らしい「少女」が現れた。
 幼い少女がつき従っている。流れるような長い銀髪が印象的だ
緋桜ケイ(ひおう・けい)、と悠久ノカナタ(とわの・かなた)か」
 ほうっと肩の力が抜けたのは、旧知の友人だったからだ。
「なんだ、疲れてるのか?」
「少しな。探索隊の隊長というものは、案外疲れるものさ」
 言いながら、何で自分はこんなことをケイ達に聞かせているのだろう、と不思議に思う。
 こんなことは、自分の腹の内にとどめておけばよいことだ。
 
 グゥ。短く鳴った。
 ヘクトルは思わず自分の腹を見る。
「そういえば、食ってなかった」
 
 ケイはぷっと笑うと、持ってきた食事の膳を押し付ける。
「食ってない、つーか忘れてただろう! 食え!!」 
 
 ケイが用意した料理は、携帯食を簡単に調理しただけの物だったが、美味しいものだった。
 ただし、ヘクトルの舌が肥えていればの話だが。
 その証拠に、半分ほど平らげて。ヘクトルからでた言葉は。
「いきかえった、ありがとう」
「もっとよい褒め言葉はないのか? ヘクトル」
 カナタは呆れて、困ったようにケイの顔を見る。
 ケイはそれでも満足そうに、ヘクトルの向かい席で夕食を楽しんでいる。
 
 食事は探索隊にとって数少ない娯楽の一つになるからな……。
 未知の土地での調査で、仲間たちにもストレスが溜まっているかもしれないし。
 食事を通してメンタル面でのケアも出来れば万々歳だ。

 そんな思いを込めて、ケイは食事を作っていた。
(まぁ、素直になってきただけでも、大した進歩かのう……)
 やれやれと、頭を振る。
「そういえば、今回の探索隊には同行しておらぬようだが、
 おぬしのパートナー……シャヒーナはどうしておるのだ?
 元気にしておるか?」
 ああ、とヘクトルは答える。
「心配ない、息災だ」
「そうであったか」
「お前は? どこに住んでいるんだ? 今は」
「空京だ」
 とヘクトル。その片手は書類に伸びている。
 書類に目を通す彼を眺めつつ、ケイは別の事を考えていた。
(そういえば、ヘクトルとはずっと戦ってばかりで、
 私的な会話とか、ほとんどしたことなかったんだよな……)
 探索に入ったら、彼はまた「荒野」という名の戦場に飛び出してしまう。
 聞いておくなら、今しかない。

「へぇ、空京か。空京のどこにいるんだ?」
 ケイは質問を畳み掛ける。
「ホテルに部屋を借りている。
 ニルヴァーナ探索隊の隊長だからな」
 ヘクトルは相変わらず素直に応える。
 自分にならば答えてやってもいい、と。そういうことのようだ。
「食事はどうしている?
 ホテルじゃ、自炊とかできないだろうし」
「向こうで適当に用意してくれる。
 俺に好き嫌いはないから、特に不自由はないな」
「えー!」
「しいてあげれば、チョコレートだな?」
「チョコレート???」
 なんてタイムリーな奴なんだ! とケイは思う。
(真冬のこの時期に、「チョコレート」だと?)
 ヘクトルは淡々と答える。
「旅の疲労回復にいいんだ。ちょくちょく食べる」
「は? 旅? 旅が好きなのか?」
「ああ、旅行先の土産もだな。
 ちょうちんやペナントは必ず買うぞ」
「へー……」
「観光地にあるスタンプもだな。
 専用のスタンプ帳を持って行って、必ず捺してくるのさ」
(どこまで「生真面目」なんだ、ヘクトル)
 ケイは涙する。一方で、もっと聞いてみたいな、とも思った。
 
「話変わっていいか?」
「ああ」
「嫌な話だったらごめん、昔の話さ」
「何だ?」
「元七龍騎士だろう? 帝国でどんな生活をしていたのかな、って」
「どうって、普通さ。俺は帝国では一般人だからな」
 ああ、そうか。そういえば、そうだった。
 もうひとつ――。
 ケイは用意していた質問がある。
 龍騎士を輩出するエリュシオン人の祖先は龍神族だって話だから、やっぱりヘクトルもそうなのだろうか――というものだ。
 けれど「一般人」のヘクトルが、龍神族の出身な訳はない。
 
「巧かった、ごちそうになったな」
 ヘクトルは空の膳を置くと、ぼんやりとしているケイに言った。
 え? と驚いたケイに笑って、彼は一礼する。
「野営の準備を手伝ってくれただろう。
 皆の食事ばかりでなく、焚き火の用意もしてくれたと聞く。
 本当に助かる、ありがとう、ケイ」
 ケイは胸が詰まってしまった。
 
 見えないところもちゃんと、この隊長さんは見ているのだな……

 ヘクトルは、どこにいてもヘクトルなのだ。
 妙なところで、感心してしまうケイなのであった。
 
 ■
 
「ヘクトル隊長! モンスターの襲撃です!」
 ぱっとテントの幕を払いのけて、学生の1人が本部にかけ込んできた。
「食糧庫と残飯を狙っています。
 早く、ご英断を!」
 
 ■
 
 ヘクトルが外に出ると、食料庫の方は月明りの中、更に濃く黒い集団に飲みこまれようとしていた。
 はぐれて、こちらへ向かうものがいる。
 ヘクトルが斬り捨てると、モンスターの正体が露わとなった。
「挟みネズミ……?」

 ■
 
 そのモンスターの事は、仮に「挟みネズミ」とでも呼ぼう。
 
 人の頭ほどもある大きな鼠だが、前足は鋭いカニの挟のようになっている。
 後ろ脚の筋力は異常に発達しているために、強靭なジャンプ力を持ち、 人に襲い掛かってきたのだった。
 
 ■
 

 はからずも最前線に立つ鉄心達は、初めに「挟みネズミ」と対峙する栄誉を得た。
 夜間の見張りを積極的に引き受けた結果だ。立派な心がけである。
 
「鉄心、ティー、あっちですの!」
イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は殺気看破によって、ネズミ達の正確な方向を見定めた。
「イナンナ様、イコナ達にご加護を!」
 イコナは両手を天に捧げる。
 周囲が聖なる光――。イナンナの加護に包まれた。
 これで身に迫る危険を察知しやすくなった。
「これで私の役目はおしまいですの!
 ごきげんよう! 鉄心」
 鉄心の背に隠れて、すりすり。
 つまんないー、と目をこする。
 ティーは目を丸くして、イコナを見た。
「今からここを護るのですよ! 私達」
「えーだって詰まんないんだもの……もうねむいしー」
「それはイコナちゃんが、昼間食料庫でつまみ食いしようとした罰に、夜の見張りをやらなければならなかったからでしょう?
『おやつ(?)は自前で用意するように』って鉄心も言ってたでしょう?」
「いやいや、もうねむいのー!」
 イコナは駄々をこねて、そのまま安全地帯まで逃げてしまった。
「しかたがないよ、ティー。
 ここは我々で護るとしよう」
「もう、鉄心は本当にイコナちゃんに甘いのですね?」
 ふふっと笑う。そんなティーも、実はイコナには甘かったりするのだ。
 
「ティー、敵の正確な位置を教えて欲しい」
「ええ、鉄心」
 ティーはダークビジョンで、闇の中を移動するネズミの影を探した。
 月は中天にかかっている。
 子供は既に寝ている時間だが、不寝番のティーの目は寝ることもなく、ネズミの姿をとらえて開いたままだ。
「鉄心の真後ろです!」
「ありがとう、ティー」
 鉄心は迷うことなく、魔道銃を放った。
 
 チュウッ!
 
 断末魔の声をあげて、挟みネズミは地に伏した。
 だが、ひい、ふう、みい……たくさん、と。
 2人きりではこれ以上対処のしようがない。
「囲まれてしまいます! 鉄心」
「ああ、そうだな。ここは一旦退こう! ティー」
「ええ、それでは私は一足先に! 皆さんへ」
 ティーは白鳥の羽衣をなびかせつつ、素早く移動する。
「そういえばコンロンにも滝がありましたね。
 魔物がたくさん沸いて大変そうだったけど……こっちはそんなことなければ良いな」
 
 ■
 
 ティーからの言を受けて、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)
サーバル・フォルトロス(さーばる・ふぉるとろす)は各々の定位置についた。
 マクスウェルは食料と水の無事を護る役であり、サーバルは物資の警戒役だ。

「俺達も加勢するぜ!」
 隆寛とマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)も参戦する。
「マーリン殿、マスターには……」
「真言は報告済みだ」
 すっと武器を構える。
 役者がそろったところで、ネズミ達は群れとなって、計5名を標的としたのであった。
 
 ■
 
 マクスウェル・ウォーバーグは食料と水の保管庫の前で構えていた。
 ここを警戒しておいたのは正解だったと思う。
「備えあれば憂いなし! ってな」
 さすが現実的な学生なだけは有る。
 魔銃モービッド・エンジェルと曙光銃エルドリッジを構え、挟みネズミ達を迎え撃つ。血と鉄で攻撃力を高める。
「立ち塞がる敵は排除するだけだ」

 群れが襲い掛かってきた。
 彼は冷静に、その身を蝕む妄執で怯ませ、魔弾の射手を撃ち込む。
 暗がりだが、殺気看破とケイが作った焚火の炎で、相手の位置は簡単に推測できる。
 撃ちもらしたネズミは、サーバル・フォルトロスに譲る。
「サーバル! そっちに行ったぞ!」

 サーバル・フォルトロスは怪力の籠手で腕力を増すと、先の先でモンスター達の素早い動きに対して先手を打ち、鳳凰の拳で確実に仕留めていく。
「えーん、でもこれじゃ、きりがないわ〜〜〜〜〜!」
 物凄い大群と言う訳ではないが、それでも素早く対応しなければ、食料や水の保管庫まですり抜けられてしまう。
 それは「護る側」としては、とてもマズイのだ。
「もう面倒臭い! 一気に片付けちゃうわよ!」
 等活地獄で敵全体を撃ち滅ぼしていく。
 一気にカタがついて、サーバルは気分良くなった。
「さ、この調子で行くわよ! ウェル」

「周辺の調査しながら、野営地の護り。
 俺って、冴えてる!」
 マーリンはその為に、ティー同様この危機を先にかぎ付け、報告の為真言に連絡した。隆寛にも。
 仲間に号令をかけた所で、ヒロイックアサルトで攻撃力を高める。
「ルーカン、後ろ頼んだ!」
 ディテクトエビルで敵のおおよその位置を把握すると、歴戦の魔術で全体を迎撃した。
 一度に多くの仲間を殺されて、ネズミ達は怯み始める。
 
「残りは、私が引き受けましょう。
 この剣さばきで!」
 隆寛はすっと脅えるネズミ達にレーザーマインゴーシュを向ける。
 その威力は、イコンの装甲にダメージを与えられる威力を持つ程のものだ。
 たちまちのうちに数匹が彼の剣の餌食となる。
「さて、今日は何を作りましょうか?
 それとも、あなた方の肉はたべられないのでしょうか?」
 ネズミ達の死体を見下ろして、隆寛はそっと溜息をつく。
 
 ■
 
 ……各要員達の連携の取れた動きと対策の為に、ニルヴァーナ探索隊の物資は総て護られた。
 地味ではあるが貴重な貢献に、先ずは感謝を述べたい。