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リアクション
10.7日後・昼〜回廊前の舞台・開場〜
舞台は最終の設備チェックに追われていた。
演劇要員が忙しく徘徊する中、獅子導龍牙はアッシュを探していた。
片手にマイク。スイッチは「OFF」になっている。
「よう、アッシュ!」
おう、とアッシュは片手を上げる。
マイクに気づいて。
「ホントに司会やるんだな? お前」
「当たり前だ! 天職だぜ。
これだけは譲れねぇ」
龍牙はさらりと言ってのけて、そうそう、と要件を思い出した。
「開場の時間だがよぉ、劇の前にお茶でもどうかって」
「って、誰が?」
「涼介・フォレスト」
■
涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は、舞台近くで一同を待っていた。
これほどの人数をお茶会に招待するのだから、多くの水や食料を必要とする。
だが、その点は予め根回しで都合がついたため、全く問題がない。
たいむちゃんを励ますためにお茶会をしたい――。
これ以上、有効な申請理由はないと言える。
あとは得意の『調理』と『用意は整っております』、『ティータイム』も使用して、パウンドケーキとクッキー、飲み物にはコーヒーや紅茶を準備した。
「本当ならもっと手のこんだものを、用意したかったんだが……」
涼介はすまなさそうに告げたが、そのパウンドケーキはブランデーで戻したドライフルーツを入れた大人味の逸品で、クッキーの方はプレーン生地にココア生地のモザイク柄と、十分に手がこんでいる。
「わりぃな、涼介。
気を使わせてしまったみたいで」
舌なめずりをしつつ、アッシュが周囲の者達に集合をかける。
「おーい、みんな! 涼介の厚意だ!
少し休憩しようぜ!」
アッシュの号令で、一同はお茶会の席についた。
その中には、演劇要員でないセルマ・アリス(せるま・ありす)、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)といった学生の姿も見られる。
いま一人のパートナー・中国古典『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)は、二胡を演奏して場に安らぎをもたらしていた。
演奏が変わるたび、龍牙は得意の司会で曲目を告げる。
彼の前を、時折忙しく通り過ぎるのは、給仕係のエイボン著『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)。
変身! を使用した可愛らしい魔法少女の姿で、主催者の涼介を手伝っている。
一同が寛いだところで、主催者の涼介は隣席のたいむちゃんに笑いかけた。
「少しは落ち着いたかい?」
パウンドケーキを切り分けて、皿に乗せる。
勧められると、反射的に食べ始めるが、そこに彼女の意思は感じられない。
そうだろうなあ、と涼介は頷いた。
「確かにこの光景を見れば誰だって気が滅入るよ。
ここに来れば何かあるかもしれない。
そんな意気込みでみんな来てるからね」
遠くを見た。
北の果て――。
もう見えなくなってしまったが、そこでは探索隊の学生達が、今頃は何かを必死になって捜しているはずだ。
「今、隊のみんながそれぞれの場所で調査をしてるから、その結果をゆっくり待とう。
それにさ、こういうときにこそ心に余裕を作っておかないと。
いざ動く時に、すぐには動き出せないからね」
たいむちゃんは黙々とケーキを食べ続けている。
『エイボンの書』が近づく。
涼介にうんと頷いて、たいむちゃんの顔をのぞき込んだ。
「お茶会、楽しんでいらっしゃいますか?」
笑顔。たいむちゃんは空のティーカップに手を伸ばす。
慌てて紅茶を注ぐと、めげずに笑顔で。
「この後魔法少女モノの劇があるみたいですね?」
たいむちゃんは静かに紅茶を飲み続けている。
『エイボンの書』は、スイーツ魔法少女コスチュームの裾をつまんで。
「この、魔法少女であるわたくしから、一つアドバイスですわ。
魔法少女の本分は皆様を笑顔にすることですわ。
そのためにはまず、自分が笑顔になること。
笑顔になれないと他の方に笑顔を届けることは出来ませんからって、
わたくしの師匠の受け売りですけど。
けど真理だと思いますわ」
たいむちゃんはティーカップを置くと、皿にまた手を伸ばした。無意識の行動のようだ。
『エイボンの書』は小さく息をついて、手近なモザイククッキーを数枚皿の上にのせる。
セルマは涼介に目配せをする。
たいむちゃんと話してみても、いいか? ということだ。
涼介が小さく頷いたのを合図に、たいむちゃん、と穏やかに声をかけた。
「辛いこと聞くようだけど、ニルヴァーナにいた家族とか、クン・チャン地方の仲間達のこととかって、覚えている?」
「家族……3人いたの……パパとママと、お姉ちゃん。
クン・チャン……仲間……かつおぶし君とか……」
それだけ話すのが精いっぱいなようだ。
「少しずつでいい。
無理しなくていい」
セルマはたいむちゃんの頭をよしよしと撫でた。
彼女が哀れでもあり、見かけよりもずっと小さな女の子のようにも思えてしまったから。
その様子を、いいなぁと、眺めているのはミリィ。
よしよしされたことではなく、着ぐるみでお茶が飲めない彼女は、単純に美味しそうな菓子が食べられることが羨ましかった。
だがそれ以上に、たいむちゃんに元気になってもらい、と思っている。
「ワタシの家族は片田舎でのーんびり暮らしてるんです。
着ぐるみの上からだけど頭撫でてもらったりね〜」
たいむちゃんに語りかけた。
着ぐるみ、とたいむちゃんは繰り返す。
そうですよ、とミリィは頷いて。
「ぬくもりが気持ちいいんですよ〜!
たいむちゃんは覚えてます?」
「ぬくもり……」
たいむちゃんは同じ言葉を繰り返す。
だが、その頻度は上がってきている。
「家族や仲間ね〜」
二胡の手を止めて、『老子道徳経』も参戦する。
何だかこちらの方が、楽しそうだ、ということらしい。
「魔道書の私には家族なんて居ないし、あえて言うならおじーちゃん(著者:老子)が、ってくらいかしら」
セルマ達を眺めて。
「仲間って言っても、セルマやミリィは何だか見守りたい子供、って感じなのよね。
私にはたいむちゃんの気持ちを理解するのは、すごく難しい気がする。
でも……見守りたい相手に何かあったら、やっぱりぞっとするかな……」
「見守りたい相手……」
「ワタシはね、今目の前にいますよ」
ミリィはたいむちゃんを指さす。
「パラミタ大陸のためにニルヴァーナを探索するって言われても
未だにピンと来ないんです。
でも、たいむちゃんのために頑張るのは、全然苦じゃない気がします!
それじゃ駄目ですか?」
「私のため……」
「つまり彼女達はこういいたいんだよ、たいむちゃん」
察した涼介は、控えめに助け船を出す。
「たいむちゃん、君に『希望』はあるのか?
まだこの地に君の家族がいることを、諦めてないか、て」
「私の……家族……?」
「セルマ達は家族と、仲間達と、もう一度引き合わせたい。
そう考えているんだよ、どう思うかい?」
「家族……あいたい……
パパ、ママ、お姉ちゃん……みんなみんな……」
たいむちゃんははらはらと泣き始めた。
「わかった、会いたいんだね? たいむちゃんは」
表情に変化がないまま、たいむちゃんはひたすら泣き続ける。
その様子は見る者達の胸をぎゅっと締めつけた。
「わかった、たいむちゃん。
でもそんなんじゃ駄目だ!
たいむちゃんが希望を捨てないなら俺達は協力する。
ニルヴァーナではまだ何が起こったか分からないままなだけ。
絶望するにはまだ早いかもしれないしね」
「私も約束しますよ!」
ミリィが畳み掛ける
「たいむちゃんの家族仲間探しに協力しますって!」
がたん、っとたいむちゃんは席を立った。
「うん、ありがとう……」
そのままふらふらと舞台に向かって歩き始める。
えっ? と一同は顔を見合わせた。
いま、たいむちゃんが、「ありがとう」って言ってなかったか――?
■
『エイボンの書』がすれ違う。
すれ違いざまに、ぼんやりとしたままたいむちゃんは呟いた。
「笑顔……できるのかな? 私……」
サッと『エイボンの書』が振り返った時には、たいむちゃんの姿は楽屋裏に消えていた。
「いま、自分の意思でしゃべってませんでした?
あの子……気のせい?」
■
たいむちゃんが楽屋裏につくと、たいむちゃんの着ぐるみをきてヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が応援チアの練習に励んでいた。
これ、ミーのヨォー! と裾を掴むのは、キャンディス・ブルーバーグ。
キャンディスには、キャンディスの考えがあるのだ。
「キャンディスちゃん、ちょっとまっててです!
あれれ? たいむちゃん、休憩ですか?」
ヴァーナーは慌てて、冷たいタオルとドリンクをたいむちゃんに差しだす。
「これを聞いて、げんきになるですよ!
一生懸命応援します!!!」
まだ、練習ですけれど、と前置きして、ヴァーナーは応援チアの練習を続けた。
ピッピッピッ!
タイムちゃんの故郷はなにもなくなってたですか…。
ずいぶんむかしにパラミタにきてたんですね。
でもタイムちゃんをパラミタにおくったあとにパパやママもどこかにひなんとかねむったりとかしてたりして、タイムちゃんをまってたりしないかなぁ?
これからみんなでいろいろしらべていくから、タイムちゃんもあきらめたりしないでパパママニあったときにかなしい顔をみせたりしなくてすむように、みんなとあそんでえがおになるですよ!
ピピピッ!! ピーッ!
……ひとまず、自分の心情を応援文句にしてみたようだ。
その時、「今から『開場』するぜ!」という龍牙の声が流れた。
ヴァーナーはたいむちゃんの着ぐるみをキャンディスにかえすと、ショルダーキーボードを肩から吊り下げる。
「さ、本番ですね!
これからはBGMでもりあげます。
頑張ってくるですよ! たいむちゃん」
「うん、頑張ってくるね。
ありがとう、ヴァーナー、それとキャンディス」
たいむちゃんはとぼとぼと舞台に向かう。
「いま……『ありがとう』っていってくれたです……」
「ミーの名前も呼んだネ!」
顔を見合わせるヴァーナーとキャンディスなのであった。
■
この日、たいむちゃんは誰にも手をひかれずに、自分の足で舞台に立った
開幕のベルが鳴る。
幕が上がる。
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