校長室
【創世の絆・序章】未踏の大地を行く
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2.1日目・早朝〜回廊前の探索隊〜 ニルヴァーナ探索隊のベースキャンプは、回廊周辺の一角にある。 そう、あのストーンヘンジにも似た奇妙な「祭壇」の近くだ。 本部はテント群の中心にある。 そこに、橋頭堡の資材担当者が訪れたのは、早朝のことだった。 隊長のヘクトルに、長曽彌から託された物資を渡すためだ。 声をかけて幕を上げると、中には簡素なテーブルセットがあり、ヘクトルは椅子に腰かけて名簿を眺めていた。 「お1人なのですか? ヘクトル隊長」 「ああ、幹部がおらん」 彼は低く唸ると、仏頂面のままテーブルの上に名簿を投げ出した。 「『必要があれば、学生達の中から選抜せよ』との本部命令だ。 幹部か……」 軽く親指の爪を噛んだ。 (さて、どうしたものか?) 名簿に視線を落とす。 『要員リスト ■お茶会班: 崩城亜璃珠(くずしろ・ありす) マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ) 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと) エイボン著『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ) セルマ・アリス(せるま・ありす) ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら) 中国古典『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう) ■回廊調査班: フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ) ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん) ヤジロアイリ(やじろ・あいり) セス・テヴァン(せす・てう゛ぁん) 及川翠(おいかわ・みどり) ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ) アリス・ウィリス(ありす・うぃりす) 関谷未憂(せきや・みゆう) リン・リーファ(りん・りーふぁ) プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー) ■演劇班: ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと) 五月葉終夏(さつきば・おりが) ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる) タタ・メイリーフ(たた・めいりーふ) チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ) アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー) ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん) トリア・クーシア(とりあ・くーしあ) フユ・スコリア(ふゆ・すこりあ) 月詠司(つくよみ・つかさ) シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす) サリエル・セイクル・レネィオテ(さりえる・せいくるれねぃおて) アレイ・エルンスト(あれい・えるんすと) メルヒオール・ツァイス(めるひおーる・つぁいす) エルヴィーネ・ツァイス(えるう゛ぃーね・つぁいす) 雷霆リナリエッタ(らいてい・りなりえった) アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく) ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす) 雪国ベア(ゆきぐに・べあ) 騎沙良詩穂(きさら・しほ) セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど) 清風青白磁(せいふう・せいびゃくじ) 七瀬歩(ななせ・あゆむ) 宇都宮祥子(うつのみや・さちこ) 樽原明(たるはら・あきら) 神代明日香(かみしろ・あすか) イリス・クェイン(いりす・くぇいん) クラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす) ■回廊・その他: 武神牙竜(たけがみ・がりゅう) 武神雅(たけがみ・みやび) 龍ヶ崎灯(りゅうがさき・あかり) ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな) キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ) 樹月刀真(きづき・とうま) 漆髪月夜(うるしがみ・つくよ) 獅子導龍牙(ししどう・りゅうが) ■ニルヴァーナ探索隊: 穂波妙子(ほなみ・たえこ) 朱点童子鬼姫(しゅてんどうじ・おにひめ) 火村加夜(ひむら・かや) 相田なぶら(あいだ・なぶら) 赤羽美央(あかばね・みお) 冬蔦日奈々(ふゆつた・ひなな) 冬蔦千百合(ふゆつた・ちゆり) グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー) シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる) ノア・ローレンス(のあ・ろーれんす) ラピス・ラズリ(らぴす・らずり) オリオン・トライスター(おりおん・とらいすたー) 白砂司(しらすな・つかさ) サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ) レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ) ミア・マハ(みあ・まは) 遠野歌菜(とおの・かな) 月崎羽純(つきざき・はすみ) 緋桜ケイ(ひおう・けい) 悠久ノカナタ(とわの・かなた) 沢渡真言(さわたり・まこと) マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす) 沢渡隆寛(さわたり・りゅうかん) マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ) サーバル・フォルトロス(さーばる・ふぉるとろす) 土方伊織(ひじかた・いおり) 馬謖幼常(ばしょく・ようじょう) 如月佑也(きさらぎ・ゆうや) ラグナアイン(らぐな・あいん) ラグナツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい) ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー) セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ) ルカルカ・ルー(るかるか・るー) ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく) カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで) 夏侯淵(かこう・えん) ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる) 強盗ヘル(ごうとう・へる) 神崎輝(かんざき・ひかる) シエル・セアーズ(しえる・せあーず) 一瀬瑞樹(いちのせ・みずき) ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる) グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー) エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ) フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす) 源鉄心(みなもと・てっしん) ティー・ティー(てぃー・てぃー) イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく) アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん) ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん) セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん) アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず) 国頭武尊(くにがみ・たける) 以上』 ■ 幕を探るような音に気づいたのは、資材担当者が去って間もなくのことだ。 ヘクトルは薄く笑って、「彼」に声を掛けた。 「開いているぞ、入れ!」 ■ 「おーい。相談があるんだが?」 何回目かの声で、武神牙竜(たけがみ・がりゅう)はようやく本部テント内に入ることに成功した。 脇に武神雅(たけがみ・みやび)を伴っている。 龍ヶ崎灯(りゅうがさき・あかり)は魔鎧「ケンリュウガー」として牙竜に装着されていた。 ヘクトルは雅を椅子に座らせると、自身は席を立ち、牙竜に向き直った。 「そろそろ来るころだと思った」 「? どういう意味だ?」 「俺に用があるなら今しかない。 部下もシャヒーナも誰もいない。 話があるなら、雑音は無いほうが良いに決まっている」 「なるほど」 つまり、「聞く耳を持つ」ためにわざわざ取り巻きを遠ざけ、時間を設けた言うことだ。 (やはり、元龍騎士の団長ともなると、格が違うらしいな) 牙竜は感嘆する。 実のところ、ヘクトルの目的は別の所にあったのだが、牙竜は当然知る由もない。 単純に感心すると、腹の内を総て晒すことに決めた。 「パラミタ崩壊の状況とニルヴァーナの調査状況についてだが。 パラミタの各国への情報提供って、どうなってる? 流石になにもしてないのはまずくないか?」 「調査状況? 情報提供、だと?」 ヘクトルの目は険しくなったが、牙竜は構わず、今がチャンスとばかりに熱弁を奮い始めた。 彼の提案は、まず今の状況を整理してパラミタ各国首脳レベルで話し合う機会を設けるために、「主要国首脳会議」を開いた方が良くないだろうか? というものであった。 ヘクトルが落ちついて聞く態度を示したのは、彼の態度が紳士的であり、その言葉に説得力があったからだ。 「丁度、冬季ろくりんも丁度開催されてるし……各国首脳に話しを通す根回し工作をするのにはタイミングがいいと思う」 魔鎧化した灯が、牙竜の説を補足する。 「各国が知らない状況でパラミタにイレイザーが出没したら対応に遅れ、被害が拡大する恐れがあります」 灯は慎重に理論展開を考える。 「そんな状況になったら事前に情報を知ってたシャンバラとエリュシオンに批難が集中するかと。言い返すことも出来ないでしょうね。 事前に意見交換すれば、国を超えた協力関係が出来るかと思います。 公にしたら各国で混乱が発生しても困りますが、首脳レベルなら知っておいた方が、いざという時に対策が立てやすい上に準備も出来ます」 「例えば?」 「パラミタ大陸崩壊を災害に例えるとして、災害対策が出来るだけでも多くの人命を危機に晒さなくてすみます。 また対策に必要な設備投資のための需要と供給で一時的に経済効果が発生し各国の国交が活発化すると思います」 「彼女の意見も尋ねてみて良いだろうか?」 ヘクトルは武神雅を指す。 牙竜は、かまわないさ、と雅を促した。 「私の考えはこうだ、ヘクトル。 ニルヴァーナに来たからには、当然ニルヴァーナ人のことも考えねばならない」 一瞬、出口の隙間に目を向けたのは、現状は無人の荒野だからだ。 「だが、生き残りがいれば、国と国との交渉になる」 もう一度気を取り直して、ヘクトルに目を向ける。 「その時にパラミタの統一した意見や決まり事がしっかりしてれば、功績を焦り勝手な国交に支障が出るような約束事をする契約者が出るのも防げる。 実際にザナドゥの時に揉めていたからな同じ過ちは繰り返すべきではない。 今のところイレイザーへの対策やニルヴァーナが調査中でパラミタを救う方法は見つかっていないから公にすることの出来ない会議になると思う。 シャンバラとエリュシオンは、たいむちゃんの故郷に帰りたいと言う願いを元に一つの目的……パラミタ崩壊の危機を止める思惑もあるが出来た実績がある。他の国とも可能なら歩み寄るべき時期だと思う」 「ま、本格的な会議は先になると思うが、そのための土台と環境を作っておくのはありだと思う。 国同士がまとまってくれれば、ニルヴァーナ探索隊も動きやすくなる。 後方の決断が遅くなれば前戦が困るのは避けたい。 主要国首脳会議はパラミタ各国は経験がないので、非常に慎重さを求める事となる。 この相談内容を却下してもらっても構わない。 ただ、パラミタは戦争をしすぎた……話し合いで戦争の火種が少しでも消せればいいと思ってな」 牙竜は一気に話して、ヘクトルの判断を待つ。 3人の話を聞いている内、彼の表情は明らかに変わって行った。 「なるほど、貴殿らの言うことには、確かに立派なものだ。 一つ、直接の返答を行う前に訊いておきたいことがある。 貴殿は、その話を何故俺に?」 「俺はマホロバ幕府の奉行の1人だ」 牙竜は大きく息を吐く。 「マホロバの色が強くなって、要らない軋轢が出ても困るし。 結構、無茶なことを相談してるのはわかってるんだが……。 先のことを考えると、相談して政府首脳に上申できる、丁度いい時期じゃないかと思ったまでだ。頼むわ」 「マホロバ幕府の奉行だったか……」 ヘクトルは腕組みをして考え込む。 「私からも頼みます」 「私もだ」 灯と雅も頭を下げる。 ヘクトルは腕組みを解くと、先ず3人に頭を上げるように告げた。 「まず、貴殿が知りたいのは、『パラミタ崩壊の状況とニルヴァーナの調査状況についての、パラミタの各国への情報提供』だったな」 「あぁ、そうだが」 「何もしていないということはない。 奉行の一人ということであれば、いずれ耳に入ることと思うので申し上げるが。 シャンバラ政府もそれなりの対応は打っている」 そうして彼が語った内容は、「基本的にはシャンバラとエリュシオン帝国がメインとなり、シャンバラと国交があるポータラカ、カナン、マホロバ、ザナドゥ、コンロンなどとも、情報が共有出来るところとは共有している」という事だった。 「主要国会議についても必要ならば行われるだろう。 各国各地方が様々な事情を抱えていることもあり、こういったものに『足りる』ということは決してありえ無いが……。 しかし、それでも、皆、今出来得る最善の手を尽くしていると言っていいだろう。 それぞれが、それぞれの出来る事を最大限に見据え、行なっている。 然るに――貴殿は貴殿自身が“今”“この地”で何が出来るのか、何をすべきなのか、もう一度考えて欲しい。 時間は有限だ。そして、此処は見ての通りの場所。 本来、この地で最も必要とされるのは立場などではなく自身の力だ。俺は、そう思う」 ヘクトルは席を立って、深々と一礼する。 それを合図に、牙竜は部屋を辞した。 ■ 入れ替わりに入ってきたのは、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。 彼女は丁重に一礼すると、軽やかな足取りでヘクトルの前に立った。 「これはこれは……百合園女学院の御令嬢が、このようなむさくるしい場所に……」 ヘクトルは片手を差し出し、向かいの椅子をすすめる。 ロザリンドは優雅に椅子に腰かけると、華の笑顔で話し始めた。 「ええ、その……あなたにご相談がありまして……」 「どのような相談だ?」 というヘクトルの目は穏やかで、ロザリンドの膝に向けられている。 すでに事情については、察しがついているらしい。 彼女は開き直ると、思い切って。 「これで」 と、膝のビデオカメラを掲げてみせた。 「回廊周辺の様子を記録させて頂けません? お茶会とか、演劇とか……」 「ああ、それは構わないが」 ヘクトルは訳知り顔で、ゆっくりと頷く。 お嬢様学生の考えそうな発想だ、と合点したのだろう。 「いいえ、違いますよ、ヘクトルさん」 ロザリンドは慌てて頭を振った。 「私が記録したいのは、あくまでもたいむちゃんの為です」 「たいむちゃん? 例の娘、か」 ヘクトルは一瞬遠くを眺めた。 彼が視線を向けた方角には祭壇があり、その前には平坦な砂地があって、演劇の舞台が設置されることが予定されている。 そこで、空京たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)、こと元空京万博マスコットだった少女は、日がな一日地に座り、生気の抜けた目でニルヴァーナの空を見上げていた。 「あれほど会いたがっていたんですもの、お父様やお母様に。 何とかしてあげたいでしょう?」 ヘクトルの目の前で、ロザリンドはいかにも「学生」らしい見解を示す。 「現状敵対種族といいますか、イレイザーは確認されていますが、 たいむちゃんの一族や友好的な種族もいるかもしれません。 ひょっとしましたら放送でこちらの存在に気付いてくれるかな、と思いまして。 リスクとしては敵対種族にも気付かれる可能性ですが……」 「……お前達は、優しいのだな」 ヘクトルは淡く笑った。 「『放送』は難しいだろう。 今回は機材の調達が、な」 通信施設を作りたい、と申し出た者達がいたのだが、今回は諸事情から中継器や大規模な通信施設が手に入らず、少しばかりの機材しか渡らなかった。 彼が告げた事実は、そうした厳しいものだった。 「そういった次第で、ニルヴァーナ中に映像を放映することは不可能だろう。 携帯電話のパートナー間通信を利用して、音声のみを流すことは出来るかも知れんがな。 それでも構わなければ、好きにするがいい」 「そ……うですか、ありがとうございます」 音声だけでもよしとしましょう――ロザリンドは計画を頭の中で修正しつつ、席を立つ。 「それでは、私はこれで。ごきげんよう」 「まあ、まて」 ヘクトルは片手を上げ、ロザリンドを呼びとめる。 「そう急ぐな。 俺の方からも、貴殿に頼みがあってな」 「頼みごと?」 「フレデリカ・レビィという学生の事は知っているか?」 ロザリンドの反応を窺いつつ、ヘクトルは少し前に受けた少女からの依頼を彼女に打診した。 「……という訳だ。 貴殿は『機晶技術』を収めている。 申し訳ないが、彼女に協力してはもらえないだろうか?」 「ええ、そういうことでしたら」 心優しい少女は快諾した。 「私の知識でお役に立てるのでしたら、撮影の合間にでも、 喜んで!」 そうして、まずフレデリカに会うべく、探索隊本部のテントを後にするのであった。 ■ 土方伊織(ひじかた・いおり)は慌てるあまり、たどたどしい口調になってしまった。 「はわわ、食料の現地調達は、この荒野を見る限りちょっと厳しすぎるですから、しっかり準備しないと、予定外な事が起こるだけで、はらぺこ探索隊になっちゃいそうです。 なので、現地調達ができないと仮定して、調査日数の2割増し位で物資を準備しておくのですよ」 一気にまくしたてて、ヘクトルの様子を窺う。 ヘクトルはしっかりと御意見受け止めて、なるほど、と頷いた。 伊織の傍らに佇む馬謖幼常(ばしょく・ようじょう)に目を向ける。 「要らぬ節介だろうが、言いたいことの要点は、こうなのだ」 幼常は、先程伊織に説明した理論を、もう一度繰り返す。 「部隊を維持するのに最低限必要な事は食料の確保だろう。 それを怠れば、部隊が崩壊する事に左程時間はいらん。 現地調達が困難との事……探索が予定通りの日数で終わるかどうかは、情報が足りな過ぎて俺には言えん。 ならば、予定外にも対処できるようにしておくのが無難と言うものだ。 その為にも物資を大目に用意しておくべきだろう――いかがかな? 貴公」 「だから、『2割増し』なのだな? 合点した」 ヘクトルは満足そうに頷くと、実は、と説明する。 「幼常殿が申されたように、そもそもは『予定通りの日数』が問題なのだ。 現状あの滝までどれほどの日数がかかるのかは、まだ誰にもわからない。 だが、当初の予定より多く積み込むのは、当然のこと。 ご指摘、痛み入る」 伊織はホッとした。 自分たちの願いは、一応聞き届けられたようだ。 「はわわ、それでは僕はその物資を管理します! ええ、財産管理とかできるのですよ。お役に立ちますか?」 「ご厚意、感謝する、伊織殿」 伊織達は満足する成果を得て、テントを後にした。 ■ 最後に訪れたのは、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の2名だった。 彼等は単独、もしくは仲間と共に、別行動をして調査をしたい、と申し入れたのだ。 「皆で同じところに行ったってしょうがねぇ」 アキラはたたみかけて進言する。 ヘクトルに言われずとも、危険は承知で、覚悟の上。 「残された時間がもう残り少ないんなら、 多少リスクを犯してでも、各方面に散らばって調査したほうがいいんじゃね? というわけで、ウチラは西へ向かうぜ」 「ルカは、仲間が別の方角に行くわ。 通信網を整備したいの。いいかな?」 ヘクトルは大きく息を吐いて、 「あまり人員を割きたくはないのだがな……」 渋い顔をしたが、結局は頷いた。 誰かさんも、ひとりで地球に飛び出して行ったことがあったなぁ……と、そんなことを思い出したらしい。 「危ない、と感じた時は、探索隊の本隊、もしくは回廊前のベースキャンプをたよるのだ。 くれぐれも、無理をして功は焦らぬようにな」 「うん、隊長さん♪」 「わかってるって!」 2人は答えを返して、意気揚々と自分の持ち場へと引き返して行くのであった。 ■ 再び1人になったヘクトルは、静かな時の中で様々に思いを巡らす。 その中で、最も大きなウェートを占めるのは、もちろん仕事のことだ。 探索隊には世界の存亡がかかっており、自分はその責任者である。 そして「学生」達は、シャンバラの女王陛下からお預かりしている、大切でかけがえのない要員達だ。 この先、どのような危険が待ち受けていようと、彼には「学生」をまず護る義務がある。 (……義務なのか? 違う!) 彼は心優しき「学生」達の事が好きだった。 だから1人も失いたくはないのだ。 冒険を成功させるためには、結束力が必要だ。 有事に際しては、総力を決して、事に当たることが要求されるだろう。 だが、探索隊の人数は50人を超え、 集団の中に、頼りになる「幹部」もなく、 つまりは、個性も考えもバラバラな「烏合の衆」である。 いずれ自分1人の力では、手にはあまるのは目に見えている。 「だが、当面は俺一人で乗り切るしかないようだな」 隊長! と部下の一人が幕の向こうから声をかけた。 「ニルヴァーナ探索隊、全員準備が整いました!」 「あぁ、承知した。出発するとしよう」 ヘクトルはいつものように「責任」という甲冑を容易くまとうと、力強い足取りで本部を後にするのだった。