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リアクション
第3章
その頃。
『やれやれ……これ、人によっては誤解されますよ』
と、笹野 朔夜(ささの・さくや)は携帯のメールを見ながら一人、心の中で呟いた。
「んー、冬ちゃんからの返信がどうかしましたか?」
その朔夜に心の中で話しかけたのは奈落人笹野 桜(ささの・さくら)。
今、桜は朔夜に憑依している状態で、つまり正確に言えばメールを見ているのは桜なのだが、憑依時に朔夜の意識や記憶をどうするかの選択権は桜になるようで、今は一つの身体を二人で使っているような状態なのだ。
今日はツァンダ観光に訪れた朔夜と桜。だが、あまり慣れない街のこと、パートナーの笹野 冬月(ささの・ふゆつき)との待ち合わせ場所に辿り着く前にすっかり道に迷ってしまったのだった。
そこで、とりあえず道に迷ったことを冬月にメールで連絡したのだが。
返って来たメールのタイトルは、
『どうやったら迷うんだよ……』
内容は、
『お互い入れ違っても時間の無駄だし、いっそのこと、そのまま二人で一緒にツァンダ巡りを楽しんできたらどうだ?』
というものだった。
『はぁ……聞く人によってはこれ、『面倒だから勝手にしろ』って言っているんだと思われちゃいますよ、まったくあの人は……』
と、そっとため息をつく朔夜に、桜は言った。
「あら、冬ちゃんの自己表現が下手なのは今に始まったことじゃないでしょ?
朔夜さんの方でフォローしてあげないと駄目ですよ?
……とはいえ、今日はどうしましょうか」
ふと、桜が見渡すと、いつの間にか中心街を外れてしまっていたようだ。人の流れの先を見ると、今日オープンしたという遊園地がある。
『……あれは……遊園地……ですか?』
朔夜の呟きに、桜はいち早く反応した。
「遊園地っ!! ツァンダにはそんなものもあるんですね、行ってみたいです、行きましょう、朔夜さんっ♪」
桜は奈落人だ。普段のナラカでの生活などは朔夜には知る由もないが、そこまで楽しいものでもあるまい。
『……そうですね、行きましょうか、せっかくですし』
朔夜も、遊園地を眺めてはしゃぐ桜に、そっと微笑む。
「ええ……今日は一日、このおばあさんに付き合ってもらいますよっ♪」
確かに実年齢を考えれば桜はおばあさんと言えなくもないのだろうか? そもそも奈落人の年齢はどうカウントしたらいいのだろう。
そんなことに戸惑いながらも、朔夜は思った。
桜のためにも、今日は楽しい一日になるといいな、と。
☆
「ヘーイ彼女!! 俺とひとときのアバンチュールを過ごしてみないかーい!?」
と、その遊園地内でステレオタイプなナンパを繰り広げていたのが鈴木 周(すずき・しゅう)だ。
声をかけられたのはウィンターの分身の一人。
ちょっと困った顔で、ウィンターは周に聞いた。
「お主……何か困ったことはないでスノー?」
すると、周は胸を張って答えた。
「ああ、あるぜ!!」
ウィンターの目に少しだけ輝きが戻る。
「な、何でスノー!? 私はわけあって人助けをしなければいけないでスノー!! 是非助けさせてほしいでスノー!!」
「何人もの可愛い女の子にモテたくてモテたくてモテたくてしょうがないんだ!!!
けどなかなかこの気持ちが伝わらなくて困ってるんだ、何とかならねーか!?」
それを聞いて、軽い眩暈を覚えるウィンター。
「おぅ……難しい問題でスノー」
ウィンターの呟きに、周は笑顔で返した。
「ははっ、まあ気にすんなって!! んじゃまずは俺とデートでもしてもらおっか!! ……俺は鈴木 周だ、お前は!?」
「あ……冬の精霊、ウィンター・ウィンターでスノー」
何となく差し伸べられた右手を握って、ウィンターは握手した。
「お主、ちゃんと名乗ったでスノー。見かけによらず礼儀正しいでスノー、気にいったでスノー!!」
どうやらウィンターは周を気に入ってしまったらしい。そのまま周の手を引っ張って走り出すのだった。
「行くでスノー!! 道行く人々に周の愛情の深さをこれでもかとばかりに伝えるでスノー!!」
「おぅ、話が分かるじゃねぇか!! 行くぜ、ナンパデートだ!!」
デートなのかそれは。
二人は道行く女性に声をかけまくって歩き、主に周がビンタを張られたり殴られたりした先に辿り着いたのは、風森 巽のヒーローショーだった。
「ここの観客には、周が好きそうな女の子はいないでスノー? 子供ばっかりでスノー……?」
観客を眺めながら呟くウィンター。
「そうだなぁ、基本的に女の子なら平等に接するのが俺のポリシーなんだが……さすがに年齢が低すぎるか?」
そんな周の視界に移ったのは、同じくウィンターの分身と共にヒーローショーを観戦するライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)とスティーデ・ゼルニナ(すてぃーで・ぜるにな)の姿だった。
「おっ! いるじゃねぇか、いいお年頃のかわいい女の子がよ!!」
「さすが周、目が利くでスノー!!」
「こ、子供を人質に取るなんて、卑怯だよ!!」
ちょうどステージでは、巽扮する怪人雪だる魔が仮面ツァンダーソークー1を相手に戦い、お約束どおり観客の子供を人質にとっているところだった。
「そこまでだ!!」
そこに颯爽を現れるお助けヒーローは、ブレイズ・ブラス扮する正義マスク。
ヒーローショーはより一層の盛り上がりを見せていた。
「なぁ、そこのかわいい彼女っ、ヒーローもいいけど俺との将来について話し合わないかいっ!?」
突然声をかける周だが、ライカはヒーローショーに夢中でまるで聞いていない。
「いけ、正義マスク!! ソークー1も負けるなーっ!!」
「ははは、照れ屋さんだなぁ、俺が眩しすぎてこっちを見られない……とかじゃなさそうだな」
「ああ、怪人がいよいよ本気出してきたよっ!! ヒーロー大ピンチ!! やれ、そこだーっ!!」
夢中でヒーローを応援するライカ、興奮してジタバタと繰り出したパンチが後ろから声をかけた周の顔面にヒットした。
「って!! ……駄目だこりゃ、それならこっちのキレイな子に……お嬢さん、俺と愛について語り合わないかい?」
と、ライカの隣に大人しく座っているスティーデに話しかけると、スティーデはきっちりと周に向き直り、思いのほか真剣な眼差しを向けてきた。
「……愛について、ですか?」
キラキラとした瞳を覗きこむと、はるかなる宇宙に吸い込まれてしまいそうな錯覚を感じるほど、スティーデの瞳は深い。
だが、ライカとは対照的にちゃんと応対してくれたことに喜んだ周は、ここぞとばかりに畳みかける。
「お、おぅ!! 今ならもれなく俺の腕の中にご招待!! ベッドの中で最高の愛に包まれてみないかっ!?」
受け取り方によっては意味不明、ある意味では露骨な周の誘い文句に、スティーデはゆっくりと返事をした。
「……素晴らしいことです。ここにも我がトッコルーニ神の愛を広めようという方がいらっしゃるのですね」
「……トッコ……何?」
頭が一瞬空白になった周は、スティーデの言葉の中で最も意味が分からない単語について、素直に聞き返した。
「トッコルーニ神です。神の大きく深い腕は全ての人々を平等に包んで下さいます。
あなたは神の使徒として、自らの肉体を通して神の愛を皆に伝えようとしていらっしゃるのですね……」
おそらくその神はスティーデの脳内にしか顕現しない類の神であろう。
周の後ろから、ウィンターの分身が背中をつついた。
「周、ヤバイでスノー、電波でスノー」
だが、この程度で引き下がる周ではない。背中を伝う冷や汗を感じながら、しかしスティーデに食い下がる。
「お、おぅ。どうだい、お嬢さんもこの俺の愛に包まれて……」
スティーデは柔らかく、極上の笑顔を浮かべながら、周の言葉を繋いだ。
「ありがとうございます。ですがご心配には及びません、私はすでに大いなるトッコルーニ神の愛に包まれております。
今日もこちらのウィンターさんに人助けの手伝いを頼まれまして、多くの方に神の愛を伝えたいと思っております。
パートナーのライカさんが人助けのヒントがありそうだと言うのでこちらのショーを拝見しているのですが、なかなか面白いものですね。
あ、申し遅れました。私、スティーデ・ゼルニナと申します」
「あ、俺――鈴木 周」
「周さんですか、良いお名前ですね。
大いなるトッコルーニ神の至上の愛を皆様に伝えることは決して平坦な道ではありません、しかし周さんのように神の愛を伝えようという方がこの世にいらっしゃる限り……」
スティーデは放っておくと際限なく脳内神について語っていそうだ。
どこから自分のペースで話を進めようかと周が困っていると、後ろから肩を叩かれた。
「ちょっと、周くん?」
「……ん? 今ちょっと忙しいんだ、後にしてくれ」
しかし周は、スティーデとの会話の中から攻略の糸口を見つけようと必死で、それに取り合わない。
「いいからこっち向きなさいっ!! ちょっと目を離すとすぐナンパしに行くんだからっ!!」
周の後ろに立っていたのはパートナーのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)だ。無理矢理後ろを向かせた周の顔面にレミの鉄拳制裁がめり込む。
「げほぅっ!? な、殴ったな!! パートナーにも殴られたことないのにっ!?」
「あたしがパートナーでしかもいっつも殴られているでしょ、何を寝ぼけたこと言ってるのよっ!?」
「げ、レミ!? やべぇ逃げるぜウィンター!! 逃げながらナンパの続きだーっ!!」
ウィンターの分身を背中に乗せて、周は走り出した。それを追って走り出すレミ。
「あ、こら!! 待ちなさーいっ!!」
ステージでは司会役のウィンターが会場の子供たちにマイクで叫んでいた。
「大変でスノー!! ソークー1と正義マスクが大ピンチでスノー!! みんな、声援を送ってヒーローにパワーを送るでスノー!!
がんばれー、ソークー1!! がんばれー、正義マスクー!」
「がんばれー、そーくーわーん!! がんばれー、せいぎますくー!!」
「が、がんばれソークー1!! がんばれ正義マスクー!! 悪の怪人に負けるなー!!」
その声に呼応して、ライカも子供たちと一緒に声援を送り。
「ですから神の愛は……あれ、周さんは……?
ああ、きっと他に愛を求める方の元へと向かわれたのですね……素晴らしいことです……大いなるトッコルーニ神のご加護がありますように」
一人、空へと神の愛を投げかけるスティーデだった。
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