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死いずる村(前編)

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死いずる村(前編)
死いずる村(前編) 死いずる村(前編)

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■1――二日目――01:00


 川の側に、一つの施設があった。その裏口を守るようにして、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が立っている。
 そこへ歩み寄ってくる者がいた。
 ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)である。
 オリヴィアは、間をおかずに嘘感知を使用した。
「貴方は死人ですか?」
 その質問に来訪者は、肩を竦めた。
「どうかな」
 誤魔化している。一見して分かるその言動に、オリヴィアは目を細めた。
 ――誤魔化す様子なら信頼は出来ないわよね。
 ――後は一応銃型HCでオートマップを。
 彼女がそう決意した時には、既にニコは、走り去っていた。
 入れ違うように、そこへ、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)、そして人気に気付いて人型になった櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)がやってくる。
「貴方は死人ですか?」
 本日何度目かになる質問を、オリヴィアが根気強く繰り返した。
「いいえ、違うわ」
 緋雨は、応えながらマスクをはずし、安堵するように笑みを浮かべた。
「貴方は?」
 逆に尋ね返した緋雨に対し、オリヴィアが静かに首を振る。
「死人じゃない。此処にいる者は、皆生者です。嘘感知で確認しました」
「そう――他にも大勢いるの? 私達は、アンプルを持ってる人たちを確認して、記録してるんだけど、良かったら全員のアンプルを見せてもらえないかな?」
「構わないと思う。ただ一本だけ、私が死人ではないことを証明する為に、使用したんだけれど、それを前提に一人、生者だと信じてもらえるなら」
「残念だけど、アンプルがない人は記録できない――ただ、此処にいる間、私は疑わないことを約束するよ」
 そう告げた緋雨に頷いて、オリヴィアは中にいる面々に声をかけた。
 こうして、緋雨は新にアンプルを所持している人々を記録した。


 一方、オリヴィア達の拠点を後にしたニコは、今後のことを思案しながら、林を歩いていた。
 ――すると。
「生気、生気――!」
 死人が襲いかかってくる。
 ――そうか、死人同士でも、生気を奪うことは出来るのか。
 漸く明瞭になってきた思考で、ニコはそんな事を考える。
 しかし彼自身は、未だ誰の生気も吸っていなかった為、体に力が入らない。
「チ」
 腕を食いちぎられ、思わず彼が舌打ちした、その時のことだった。
「大丈夫か?」
 そこへ椎名 真(しいな・まこと)が現れた。
 緊迫した彼の表情に呆気にとられながら、ニコは腕を押さえる。
 不思議と痛みは感じない。
「ああ……」
 ニコの前で、真は、霜橋を投げつけ助力する。それからニコの手を引き、走り出した。
「酷い傷だから――俺達の拠点に戻って、治療した方が良い」
 その言葉に驚きながらも、ニコは頷いた。
 暫く走った所で、真が問う。
「君は、人間だよね?」
 酷そうな傷だったからと、善意で分校にある拠点に連れて行こうとしていた真は、しかし現在、拠点で眠っている村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)達のことを思い出して、呟いた。
 ――襲われる心配は一緒だけど、道端よりは拠点の方が施設内を把握している分ましか。
 そうは思いつつも、真は、超感覚と殺気看で警戒を始める。
 それを察知して、ニコが、あからさまな笑顔を浮かべた。服で、勝手に治癒を始めた患部を隠す。
「確かに僕は、狂人だって言ったけど、疑うなんて酷いなぁ――護ってほしいな」
 狂人とは、嘘しかつかない、ゲームの役職の一種である。
 その声に、真は動きを止めた。
 ――死人が人間をだますのは分かるが。
 ――人間が人間をだますことはあるのか……?
 しかし、『狂人』だと言う声に、既に一度、疑問を抱かせられている。
 真は、ニコの手を離しながら、思案するように歩いた。
 ――後、一度。
 ――後一度だけだ。
 ――二度裏切られたら、三回目は信じない。
 そう決意し、真はニコを連れて、拠点である山葉分校へと戻った。
「おかえりなさい」
 そこでは、眠そうに目をこすりながら、蛇々達が迎え入れてくれた。
 ――その瞬間だった。
 ニコが、アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)へと襲いかかる。
「!」
 膝をついて倒れ込んだアールの隣では、蛇々が目を見開いた。その前で、殺気を感じた真は、瞬時に霜橋で、ニコの首を狙った。
 だがかわされ、逆に手を引かれる。
「折角信じてくれたのに、騙して悪いね、くふふ」
 ――直後、真は首筋に噛み付かれた。
 全身から力が抜けていく。
 そんな中でも、真は考えていた。
 ――もし自分が信じたせいで誰かが死んだ時は、死んでも死にきれない。人間のままでも……いや、きっとそれはないけれど、死人化しても……追い続ける。修羅と化してでも……。
 そう決意した彼の正面で、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が、蛇々の肩に手をかけた。


 その頃、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は地の上に丸太をついて両手で支え、夜空を見上げていた。
星が煌めいている。
 都会とは違う暗闇が、一つ一つの灯りを、よりしっかりと地上へ届けているようである。
 雄軒が立っているのは、川の外れに建設されていた、変電所の作業員が休息を取る為の施設の前である。二階建てで、川が守ってくれているのか、幸い人気もない。
 人間であることを互いに確認し合った桐生 円(きりゅう・まどか)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、見つけ出した施設である。村内を探していた雄軒達や、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)に限らず、林の中も冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)樹月 刀真(きづき・とうま)が一通り探した。決して単独行動はせず、視界に入る範囲に誰かを伴って、死人に対抗する為の拠点を彼らは見つけ出したのである。
 食糧不足は否めなかったが、幸い寝具や灯りに困ることはない。
「そろそろ我らも行くか」
 そこへバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が声をかけた。
「そうですね。大勢の死人に囲まれては困ります」
 雄軒が頷くと、その後ろでドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が明るく笑った。
「もしも死人に襲われて、数の暴力が来た場合は、六連ミサイルポッドを全弾ぶっぱなして煙幕と道を作るようにするぜェ。ついでに光術で視界も奪うか」
 確かに死人は夜目が利くいう情報はないから、人と変わらない視覚情報を認知する存在であれば、闇の中では光術も有効だろう。目くらましには、なるはずだ。
「行ってらっしゃい。無事に帰ってきてね」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がそう声をかけると、雄軒はぼさぼさの黒髪を手で撫でてから、頷いた。
「勿論です」
 そうして静かに手を振り歩き出す。彼は黒い瞳に柔和な笑みこそ浮かべていたのだったが、それは拠点で待つ者を心配させないようにという、現実的な性格をした彼なりの気遣いだったのかも知れない。
 闇に包まれた林を、バルトとドゥムカと共に進みながら、彼は幾ばくか冷徹そうな色をその瞳に浮かべた。
「しかしアクリトもこんな夜更けに出歩くなんてなァ。あんまりよろしくねェな」
 ドゥムカが普段のきまぐれさを潜めるようにして呟いた。
 彼ら三人は、これからアクリトの元へと向かい、情報収集をする予定なのである。
「日中は民宿にいたと我は聴いているが――その時に、用件を済ませるべきだったのかもしれん」
 バルトが嘆息するように言うと、雄軒が唇を撫でた。
 ――やはり、丸太を持ってくるべきだっただろうか。
 死人の弱点は分からないものの、わざわざこの時間に、目的の人物が宿を出ていると言うことは、戦っているのだろうと推測できる。
「まぁまたその辺りで拾えばいいでしょうか」
「何をだ?」
 ドゥムカが首を傾げたが、雄軒はそれには応えなかった。
 暫し歩き、アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が、夜ごと出向いているという、六角寺の後方にある閻羅穴を目指す。
 閻羅穴は、古来から秘祭にも関係しているらしい。アクリトの不在を教えてくれた民宿の少年が言っていた事を、雄軒は何とはなしに思い出す。
 そうこうしているうちに、林道は坂になり、川のせせらぎは聞こえなくなっていった。
 暗いブナの木の葉が、星の光も遮り始める。
 鎮守の森へとたどり着いたようだった。
「――アクリト」
 その内に、目標の相手を見つけて、彼らは足を止めた。雄軒が声をかける。
 すると眼鏡のフレームの位置を正しながら、アクリトが振り返った。
「少々お訊ねしたいことがあるのですが」
 穏やかに雄軒が言うと、頷いたアクリトが手招いた。
 それに従って進むと、寺の所有物らしい蔵が姿を現した。
 その石段に腰を下ろし、アクリトが指を組む。
 隣に座りながら、雄軒は吐息した。
 山歩きは中々に疲労するものである。
 そんな二人の正面では、バルトとドゥムカが、周囲に目を光らせていた。
「――それで? 何が知りたいのだね?」
 質問するタイミングをはかっていた雄軒は、逆にアクリトが切り出した為、短く息を飲んだ。彼はメモを取る用意をしてから、静かに口を開く。
「貴方がなぜアンプルを開発することが出来たか。何か先に知っていたのではないか? まずはこれらの事柄を知りたいです」
「残念ながら、私はこの村が、死によって汚染されている事に確信は持っていなかった。だから有る程度、科学的に解決できるのではないかと判断し、有効性のある薬品と、生成する為の装置を持参して、この土地へと訪れたんだ。――しかし、事前に全く何も知らなかったわけではない。パルメーラから、パートナーである私に、届いたんだ。山場弥美の真の思いが」
「真の思い?」
「今の山場弥美は、山場弥美でこそあるが、現実では沈んだはずの山場村を統治していた山場弥美と同一の思想を持っているとは、考えていない。山場弥美もまた、死人になった者同様、何らかの得意な思考に支配されている可能性がある。無論これはただの推測になる。だから、これ以上話すつもりはない」
 その言葉に雄軒は、必ずしも納得できたわけではなかった。だが有無を言わせぬように光るアクリトの暗い瞳に、声を飲み込む。だから、別の質問をする事にした。
「――擬似的にアンプルに似たものは作れるのでしょうか?」
「見た目だけであれば、偽装することは可能だろうが――中身に関しては困難だろう。私も、あのアンプルを生成するにあたり……率直にいって、一部死人の協力を仰いだ。だが一般的に、死人になると、山場弥美に逆らうことが出来なくなるらしい。単に私は運が良かったのだろう。偶発的にアンプルの生成に成功しただけだ。仮に死人に協力を仰ぎ続けることが可能であれば、そしてこの村を離脱し、適切な設備の中で生成するのであれば、アンプルの量産も可能になるかも知れないが――この村からは出ることが出来ないんだ。例え死人であっても」
 唸るようにアクリトが言うと、雄軒が腕を組んだ。
 アンプルに関しては、これ以上尋ねても、結果は変わらないように思えたから、質問の趣旨を変えることにする。
「貴方が考える、山場の祭りが成功する条件は何んです?」
「私に限って言えば、秘祭を利用して死人を殲滅――正しく言うとすれば、この村から消し去ることだ。だが、山場弥美が意図しているものは違うだろう。秘祭を利用して、この村とナラカを通じさせる事、それが目的だろうな」
「ナラカと? 何か祭りが行われる時に、その鍵のようなものがあるのですか」
「私の母国の神話に現れる現象としては、鍵即ち『ソレ』は『憑依』と日本では翻訳される。この国の神道に例えるとするならば、『依代』と換言できる。人の体を使って、今の山場弥美は、ナラカにいる何らかの存在を顕在化させようとしているらしい。その為の、儀式だろうな」
「儀式とは、率直にいって、何を指してると貴方は考えているんですか?」
「古来から山場村は、この土地は、ナラカに通じる事があったらしい。無事にダムが建設されていたはずの『現在』では、完全にその道は閉ざされている。だがそうではないこの場所では、儀式を行うことによって、その道を意図的に開こうとしているのだろう。具体的に言えば、憑依の対象となる人間を、生け贄にすべく動いているはずだ。それが三日目、最終日までに死人が用意しようとする事だろう。それまでの二日間は、古来から行われている祭儀の再現に過ぎないのだろうが。山場家は、概念的にナラカの何らかの存在を、仏教的なものとして認識していたらしい。それらが混在した為に、この村の神道は何処か異質なのだと考えられる」
 淡々と語るアクリトの横顔を見据えながら、雄軒は頷いた。
「兎も角、死人を倒すことが、大切なんですね」
「そうなる。だから私も、こうして夜ごと、村を徘徊している」
 厳しい表情のまま、アクリトはウルミと呼ばれる武器へと手を伸ばした。
「助力したい。貴方が考えている、アンプル以外の死人の弱点は何かありますか?」
「死人になると血液に似た赤い液体が、血管系を巡り、体を生者同様動かしているらしい。また、その信号を出している箇所は、脊髄の辺りに集束しているようだ。だから、首をへし折れば、動き自体は止まる。首を切断することは更に有効だ。だがそれでも、死人が完全に死ぬことはない――何せもう、死しているのだから。アンプルを打って体を瓦解させる事が、最も目に見えて効果的な対策だ。死人の内側には、赤い粘液がある。それは、体が崩壊すると、次に憑依する相手を探して動き回る。だからこそ、肉体と首、そしてその本体とも言える紅い代物を、這い上がることの出来ない閻羅穴に私は落としている。秘祭の完成するその日まで、それは変わらない」
 アクリトのその言葉に、ふと雄軒は思い至った。
 ――動き回る死人。
 ――仏教的概念で捉えられている、ナニカ。
 ――アクリトの母国であるインドの神話。
 そうした断片的な情報を噛みしめるようにしながら、彼は顔を上げて、再度尋ねた。
「そもそも貴方はヤマをどう考える?」
 雄軒のその言葉に、アクリトが息を飲んだ。
「――この秘祭に、深い関わりを持つ概念的存在だと考えている」
 アクリトがそう応えた時のことだった。
 茂みが騒ぎ、死人が姿を現した。
 眼鏡をかけた、山場村分校の、教師であるらしかった。
 雄軒とアクリトがそれぞれ構えた時、ドゥムカが一歩前へと出た。
 ドゥムカは、殺気看破と歴戦の防御術で気を配っていた。そして常にラスターエスクードの盾で最大限の人数を守れるであろう位置にいたのである。
 またドゥムカは、オートガードとオートバリアを雄軒達にかけ、更に護りを確固たるものにした。
「あなたは大丈夫なんですか?」
 雄軒が言うと、ドゥムカが笑って見せた。
「俺自身はファランクスで完全な防御体制を作ってあるさ」
「死人の相手は我が」
 それを見守っていたバルトが一歩前へと出る。
 それに安心した様子で、ドゥムカは、常に防御を維持できるように警戒しつつ、周りの位置を覚える事に注力した。
「後は、死角になりそうな辺りを警戒するぐらいだァな」
 どこか暢気にドゥムカが言う。
 その前で、バルトは龍鱗化で己の守りを固めた。それ以前から、常に殺気看破で警戒もしていた様子である。
「あれが死人か」
 襲いかかってきた眼鏡の教員に向かい、バルトは冷静に戦法を練る。
 神速と加速ブースターにより速さをあげたバルトは、それから疾風突きを叩き込み、そのまま死人の手と足を切断した。
「なるほど、やはり再生するようだな」
 呟いたバルトは、アクリトの話を聴く前から、始めから再生する可能性を念頭に置いていたらしい。
「離脱しよう」
 バルトの声に、一同がそれぞれ頷く。
「一人で大丈夫ですか?」
 尋ねた雄軒に対し、アクリトが首を縦に振る。
 その表情に宿る真剣さを見て取り、信用することにして、雄軒はバルトとドゥムカと共に、拠点へ戻るために走り出した。


 背後からは、六角要が体を乗っ取っていた教員の首を、ウルミでアクリトが刎ねる音が響いてきた。その体が閻羅穴へと落とされたのは、直後のことである。紅い粘液である本体も、同様に穴へと落下したらしかった。


 走っている東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)達に、その時水橋 エリス(みずばし・えりす)が木立の影から襲いかかってきた。
「危ない――!」
 その光景を、少し離れた位置から、聞き込みに行く彼らの護衛をしていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が見て取り、声を上げた。
 小夜子は、魔鎧であるエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)を装備すると、エリスと雄軒達の間に割ってはいる。
「死人みたいですわね」
 小夜子は、まずエンドゲームで死人であるエリスに傷を付け怯ませる。
 しかしすぐに、死人の傷は塞がっていく。
 だがそこに出来た僅かな隙を見逃さず、彼女は焔のフラワシに命じてエリスを焼き払わせた。けれどすぐに再生する様子の死人に、唇を噛んで、氷雪比翼を用い、今度は氷付けにする。
「これでも駄目かしら――……」
 相手の特徴を見極めようと、彼女は目を細めた。
 瞬間、エリスが接近戦を挑んでくる。
 それを目にした小夜子は、フラワシに命じて粘体化した状態で待ち伏せる事に決めた。
 勢いの付いた死人の体が、襲いかかってくる。
 小夜子はそれを見逃さず、突っ込んできたエリスの動きを封じた。
「今の内です、逃げて下さい」
 アクリトとのやりとりを記したメモを握っている雄軒に、彼女はそう叫ぶ。
 情報の保持が大切であることを冷静に判断した彼が、距離を取る。
 それを確認していると、エリスが体を揺らし、小夜子の元から離れた。
「しかたがありませんわね」
 決意した小夜子は、ミラージュによる幻影と、歴戦の防御術で、死人の攻撃を防御する。
 それから小夜子とエリスは、再び距離を置き対峙した。
 互いに接近戦の構えになる。
 最初に仕掛けたのはエリスだった。
 それに対して、小夜子がカウンターとして歴戦の武術を用いる。
 彼女の拳と蹴りが、エリスの体を捉え、直後死人は叩きのめされた。
 それに奢ることなく、二人のことを見守っていたエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が身構える。
 護衛時、そして今のような移動中も、周囲に対する警戒を怠ることなく、彼女は、殺気看破やイナンナの加護を駆使していた。
「光学迷彩とかで来る敵もいるかもしれませんからね」
 エノンが言うと、小夜子が顔を上げて頷いた。
「今の内に、私達も待避しましょう」
 エンデにそう声をかけて、小夜子もまた走り出す。
 魔法やフラワシだけに頼ることのない、彼女の動きを支えるしなやかな足が、木の葉の落ちる道を踏み、颯爽と駆ける手助けをする。
 走りながら、小夜子は考えていた。
 ――死人が遠距離、範囲攻撃などをしてきたら、フォースフィールドを展開して防御しましょうか。
 どこから襲いかかってくるか分からない相手のことを思い、静かに嘆息する。
 それから、決意するように彼女は言った。
「私自身、装備や肉体の完成、魔鎧エンデの超人的肉体などもあるから、そう簡単にはやられはしませんわ!」
 しかし意気込みだけが全てではないからと、冷静に考えもする。
 ――仮に仲間の誰かが死人にアンプルを使う素振りがあれば、攻撃を手控えますわ。
 そんな事を小夜子が考えていた時、仲間の待つ拠点の灯りが見えてきた。


「流石に疲れましたね――だが、皆が無事で本当に良かった」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が体を休めながら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)を一瞥した。
 それから彼は、労うような目で、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)を見る。
「やはりアクリトは、なにか知っているようだな」
 雄軒がメモしてきた紙を受け取った朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が、考え込むように内容を確認する。
「村から死人が出られないとは言うが――秘祭が行われて以降もその限りだ、という保障はないようだな」
 千歳が呟くと、雄軒が頷いた。
「寧ろ、外にも蔓延するかもしれない――それが死人なのか、アクリトの想定していた何らかの病気なのかは分かりませんが……そんな口ぶりだったのは間違いがない」
 それを聴いて、千歳が腕を組んだ。長い黒髪が揺れている。
「死人を村の外に出すわけにはいかないからな――対処を考えなければ」
 ――ここで何が起きているのかを突き止めて、死人が外に出るのを防ぐ。
 胸中でそう決意した彼女は、凛とした瞳で、一同を見渡した。
「死人を何とかしないと、このまま放置して、もし外に出て行ったりしたら、日本が大変なことになりかねない。まずは、事態を正確に把握しないとな。アクリトが知っている情報は、雄軒さんの報告で分かった。残るは、ヤマバと、後、一番事情を知ってそうなのは山場弥美か」
 思案するように言った千歳は、未だに気がついていなかった。
「そういえば、山場? ヤマバのバは、はっぱの葉だよな?」
 彼女は山葉 涼司(やまは・りょうじ)の名前を、間違って覚えているのである。
「千歳、その様なことは些末なことですわ。私は、千歳が生き残ってくれれば良いんです」
 隣で柔和にイルマ・レスト(いるま・れすと)が微笑んだ。
「イルマ……みんなで、生き残ろう。私は、イルマにも死人になってほしくはないんだ。 自分の事もちゃんと大切にして欲しい」
「有難う、千歳」
「それにしても、――消えたはずの村の住人が、生前の記憶を保持したまま生活していたり、逆にダムに沈んだことを知っている嘗ての村人までもが、呼び寄せられて戻ってきているとは、な。そもそも山場弥美が、若返っているというのも、どう考えても怪しい」
 冷静な千歳の言葉に、桐生 円(きりゅう・まどか)が顔を上げた。
「ボクもそう思うよ。だから直接、山場弥美さんに質問してみようと思うんだ」
「良い考えだと思う、危険は伴うだろうけどな――分かった、私も同席する」
 千歳はそう口にしながら、考えていた。
 ――私も判官の端くれとして、人の嘘を見抜く技術、嘘感知はそれなりに持っているつもりだからな。
「心強いよ」
 円はそう述べると、赤い瞳を静かに揺らして、白い頬に指を添えた。
 小柄な彼女は、緑色の波打つ髪を揺らしながら、静かに頷く。
 それに微笑み返して、千歳は続けた。
「こういうのは、質問する当事者ではなく、第三者的な立ち位置からの方がよく見えるものもあるだろうからな」
「一理あるわね。他の不安事は、お姉さんに任せなさい」
 そこへオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が声をかける。
 千歳は頷き返しながら、腕を組んだ。
 ――山場弥美の言葉や態度に嘘がないか、注意深く観察したい。
「頼りにしている。では私は、話に矛盾や不審な点があるようなら、問い質してもいいかな。先入観を持つのは危険だろうが、現状だと、弥美が騒動を起こしている張本人の可能性も捨てきれない。――後は、面会時の警戒も怠らないようにしないといけないな」
 千歳はそう口にすると、イルマを始め、皆を見回した。
「信用できる仲間がいてくれて良かった」
 呟くように言った千歳は、生来の正義感が強い眼差しと情に厚い性格を滲ませるようにして、微笑んだ。端整な顔立ちの中で、その表情は、目を惹く。
「大勢で動けばそれだけ襲撃されても対処しやすいし、それぞれの得意分野でお互いにフォローし合えるしな。私は一晩ぐらい寝なくても平気だから――不寝番のスキルもあるし、夜の警備なら任せて欲しい。持ってきた携帯食料も必要なら提供しよう。まぁ、大勢で食べたら一晩で無くなりそうだけど」
 千歳のその声に、円が、ハッとしたように頷いた。
「ボクも、携帯食料を持ってるよ。みんなで分けよう」
 日中は村において拠点の捜索に明け暮れていた皆だったから、気がつけば、食事が未だだったのである。
「ここにも、多分作業員の人が置いていったっぽい食料があるけど――」
 言いかけた円に対し、樹月 刀真(きづき・とうま)が視線を向けた。
「食事に毒を混ぜられるかもしれないし、いいや、既に混入されている可能性もあるだろう。アクリトが言わんとしていた病気というのも気になるからな。だから念のための非常食を皆で分け合って食べるべきだ――完全に安全だと思えるものを、な。それには、何か対策を練った方が良いかもしれない」
 冷静な刀真の指摘に、考えるように円が首を傾げる。そして彼女は、暫しの沈黙を挟んでから、大きく頷いた。
「そうだ、一応ゆるスターに毒味させようよ」
「良い考えね」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が頷く。はかなげな容姿の彼女の黒髪が、静かに揺れる。
「そうですね、後は実際に今夜摂る食事の内容が問題でしょうか」
 イルマが言う。すると、考え込むような調子の声がかかった。
「食料ですか――……」
 一同のやりとりを見守っていた、エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が小首を傾げる。
「あんぱんや芋ケンピがありますけど……」
 オリヴィアが、金色の瞳を細める。
 ――随分と渋いなぁ……。
 彼女はそんな声を飲み込んだ。
「……」
 ――どうしてそのチョイス?
 普段陽気なミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)もまた、思わず視線を逸らして、尋ねることは止めた。
「……」
「……」
「……」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が目を瞠っている。その隣では、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が顔を見合わせていた。
「……ま、まぁ封の開いていない既製品は安全だろうな」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が視線を逸らしながら、冷静に言う。
「わ、悪くないな」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が言いながら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)へと視線を向ける。
「そ、そうですわね」
「有難うね」
 朗らかに七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が微笑んだ。
 だが、その場に漂ってる微妙な空気に、エンデが息を飲んだ。
「――何ですか? ……べ、別に私のお菓子じゃないですよ。たまたま荷物の中にあったんですよ!」
 反論したエンデに対し、エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が腕を組む。
「どうしてたまたま、あんぱんと芋ケンピ……」
「まぁ食料があることに越したことはないわね」
 寛大な調子で、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が頷いた。
 そんな一同を見守っていたイルマ・レスト(いるま・れすと)が荷物をほどく。
「カレーを作るつもりで食材は持って来ましたけど、作ります?」
 幸い、この施設には、簡易的なガスコンロなどが設置されていた。
「あ、あんぱんはその、携帯できるしな。今夜は、カレーで」
 もっともな理由をつけて、刀真が断言した。
「そこに鍋が収納されて居いるみたいですね、包丁もあるわ」
 月夜が棚の中を確認しながら、刀真に追従する。
「落ち着いたら、俺が涼司に食料についても聴いてくる。もう少ししてから、会う約束をしているんだ」
 カレーの調理を開始したイルマの側で、刀真はそう皆に告げたのだった。


 ゆるスターに毒味をさせた後、カレーを食べながら、皆は今宵の死人への対策について話し合っていた。
「とりあえず、ボク達は、山場弥美さんの所に行ってこようと思うんだけど――昼間、山場本家に聴きに行ったら、村の朝は早いからって言われて、丑三つ時あたりに来るように言われたんだよね。ちょっと早すぎるって言うか、寧ろまだその時間て夜だと思うんだけど……しかたがないかなぁ」
 円が言うと、千歳が腕を組んだ。
「では、それまでは、私は夜警の手伝いをする」
「でしたら、私も」
 エノンがそう言うと、頷いたミネルバが、悪魔の目覚まし時計を渡した。
「3・4時間交代でスキルの不寝番と殺気看破なんかを使いながら警戒するのが良いと思うんだけどなぁ。後は刀真ちゃんの禁猟区の反応が現れたら警戒って方向でー。だけど刀真ちゃん、出かけるんだよね?」
「嗚呼、涼司の所に行ってくる」
「私も、涼司くんの所に行くよ」
 歩がそう声をかけた。
「だとすると、他に夜、警戒できるのはミネルバちゃんと――」
 ミネルバの声に、バルトが声を上げる。
「我も手伝おう」
 睡眠を取る際の見張りとして立候補したバルトに対し、ミネルバが微笑んだ。
「頑張ろうね」
 その声に頷きながら、バルトは方策を練る。
 ――不寝番と殺気看破を使用しながら、ミネルバと組んで辺りを警戒するように。
 ――何か異常があり、もしその異常までの距離が遠いようなら、皆の事も呼びかけて起こすか。
 ――しかし、もはや気付いた際に、時間がなさそうなら、自分だけでも防衛が出来るように構えてから、しっかりと起こせるようにしておこう。
 そう決意したバルトに対し、刀真が声をかける。
「戻り次第俺も手伝おう」
「そうだとすると約束の時間があるから、ミネルバちゃん達のセットの方が、後の方が良いかな」
 ミネルバ声に頷き、千歳がエノンを見た。
「食べ終えたら、警戒を始めようか」


 それから二人は、外へと出た。
 まずはエノンが、不寝番で小夜子のフラワシと一緒に寝ずの番をする事を決意した。
 その隣で、千歳が周囲に視線を光らせる。
 丁度、そんな時のことだった。
 暗いブナ林の奧から、ナニカが拠点を狙うように飛び出してくる。
「中の皆に知らせてきましょう」
 エノンはそう言うと立ち上がった。
 ――当然、不審な点や危険を感じたら警告の声を出して仲間に知らせ、私も戦闘態勢に入る。
 それはエノンが決意していた事柄だった。
「頼む」
 構える千歳に頷いて、中へとエノンが知らせに行く。
 そうして彼女はすぐに戻ってきた。続いて、オートガードやオートバリアを発動し防御体制を確固たるものにする。
「死人だ――!」
 千歳が声を上げた時、目の前の死人が転倒しそうになった。
 エノンはその隙を見逃さない。
 強化光翼で空を飛び、それから急降下して、槍で龍飛翔突を繰り出した。
「基本的に私は盾であり、仲間を守るのが優先です」
 地に降りたエノンがそう呟いた。
 心強いといった表情で、千歳がエノンの横顔を見る。
 その時再び、茂みが揺れた。
「うわぁぁあぁっぁああ!!」
 恐慌状態にあるらしい、現れた存在に、千歳とエノンが息を飲む。
 確かに怪しい相手だったが、先程のように、一見して死人と分かるような兆候はなく、その瞳は、ただ恐怖に駆られているだけに見えた。
「どうす――……」
 どうするべきなのか?
 ――人が、人を襲撃することはあり得るのか?
 そんな思いで、千歳が一瞬、動作を止めた。
 そこへ、銃声が響き渡った。
「イルマ――……」
 現れたパートナーの、拳銃を構える姿に、千歳が目を見開いた。
「あれは、もしかしたら死人ではなかったかも知れないんだぞ……? 仮に死人だとしても、見極めなければ……」
「死人はピストルで足を撃ったぐらいでは動じないでしょう。私は、不審な態度を見せる者がいたら、ピストルで足を撃ち抜きます。今も、そしてこれからも。人間だったらヒールすればいいんですよ。不審な態度を見せる方が悪いのです」
 天使のように慈悲深い表情で、けれど、とんでもない事を言ってのけたイルマに対し、千歳は息を飲んだ。確かに、彼女の言葉は、間違ってはいない。
 だが、イルマはそれには構わない。
 ――一緒に帰る。その為には、立ちはだかる障害は全力で排除。
 それがイルマの、強い想いだった。
「アンプルにも限りありますし、試しにアンプルを打つという手は使えませんからね。いいのですよ……千歳さえ無事なら、他の誰が死のうが、私が憎まれようが些細な問題です、そうでしょう?」
「正論といえないこともないでしょう」
 エノンが、小さな声で言う。
「――……夜警に戻るか」
 一方の千歳は、返す言葉を探すあまり、何も言えなかった。
 ただ夜だけが更けていく。


 その頃、拠点を後にした樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、そして七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、山葉 涼司(やまは・りょうじ)と約束している公園へと向かい歩いていた。
 村の外れ、鎮守の森と市街地の狭間の先にあるその場所で、月を見上げるようにしながら、涼司はブランコに座っていた。
「刀真か、無事で良かった」
 見知った来訪者に対し、涼司が顔を上げて微笑した。元蒼学生である刀真は、学校に限らず様々な面で共闘したことがあったから、涼司と顔見知りだったのである。ここには修行にも共に訪れた。
「歩も無事みたいだな」
 その声に、静かに歩は頷く。後ろで束ねた薄茶色の髪が揺れている。
「聴きたいことが有ってきた――だけど、なんでこんなに遅い時間なんだ?」
 刀真が言うと、涼司が苦笑する。
「死人って奴がいるらしいんだよ。アクリトが言ってたんだ。――その活動時間は、主に夜だからな。大切な奴を守りたいんだよ、俺だって。対抗するには、夜起きてた方が良いだろ――っていう短絡的な考えだ。正直眠いんだけどな」
「涼司らしいって言えば、そうなのかも知れないな」
 刀真は、ブランコを覆う柵に腰を預けながら、微笑した。月夜もまたその隣で、柵に少しだけ座る。歩はといえば、涼司の隣のブランコに静かに座った。
「で? 聴きたい事ってなんだよ?」
 涼司が促すと、刀真が真剣な表情を浮かべる。
「山葉一族は何故滅んだんだ?」
「滅んで無ぇよ。俺がいるだろう」
 それもそうかと頷いてから、刀真が腕を組む。
「この村は何故ダムに沈んだんだ?」
「――自然のダム湖が決壊して、全部がダムになったって聴いていた。計画的に建設されたものじゃなかったらしい。でもな、ダム湖の決壊前に、危ないって事は知れ渡っていたから、村民は避難していたし、決壊させる手法自体は人為的なものだったって聴いてる」
「ダム建設で、人工的に沈んだわけではないんだな」
「嗚呼――あくまでもこれは、俺も噂に聞いただけだけどな――おかしな風土病があったらしいんだ。それごと消す為に、ダムに沈めたって言う奴もいる」
「風土病?」
「詳しいことは俺も知らない――ただ、今思えば、死人の体が、生きた人間と同じように動くっていう、ナニカがあったのかも知れないな。子供の頃、動く死人についての怪談話を聞いた事があるような気もする。ただ、小さい時に弥美さんに……叔母さんに聴いた時は、『あってはならないものを封じる為に、閉ざす為に、ダムに沈める』って言っていたような気がするんだ」
 思い出そうとするように追憶に耽る涼司の表情を一瞥し、刀真は腕を組んだ。
「――話は変わるが、『ヤマ』の『場』に心当たりはあるのか?」
「無い」
「無いのか……」
「ただ叔母さんは、昔良く聴かせてくれたんだ。死後に魂が逝く地獄――閻魔様の采配が振るわれる場所、それが、閻魔――ヤマの場所だって、な」
 それが、『ヤマの場所』転じて『ヤマ場』――『山場』なのではないと推測しながら、刀真は目を細める。
「山葉の姓は山場から変化をしたものか?」
「そう聴いてる。山葉姓の親戚と山場姓の親戚が、同じくらいの数いる。ただ、山葉を名乗っているのは、俺の近親者だけだけどな」
「なるほど。元々この村に縁があるんだろうな、何せこの村は、山場村だ。――ならば3日間行われ、その後村は『永遠』になるという『山場の秘祭』の詳細も知っているか?」
「俺が小さい頃は、怖い怖い閻魔様って奴が出てこないように封じる祭りだって言われていたぞ。詳細――って言われてもなぁ……」
「兎も角、なにか秘祭が関係していることは、間違いがないだろう。祭りを潰せるか?」
 真剣な瞳の刀真の事を、月夜が静かにうかがう。
 歩はただ伏し目がちに、そのやりとりを聴いていた。
「祭りを潰す? 何の為に?」
 涼司が首を捻る。それを見て取り、刀真が嘆息した。
「まぁ良い。――所で、山葉と山場は元から別々にあってそれぞれ役割をもっていたのか?」
「いや、元々は一つだったと聴いているんだ。ただ、山場には役割があったらしい」
「それは何んだ?」
「閻魔様が出てこないように、封じる役目があったと聴いたことがあるな」
 涼司の言葉に、思案するようにしてから、刀真が頷いた。
「そういえば涼司、『死人』の見分け方とか弱点とか知らないか? 塩とかかければいいか? 清めの塩って言うし!」
「塩だぁ? 知るかよ! ただ、なんだろうな、弥美さんを見ててもそうだけどな、日光に弱い、つぅか昼間は寝てるのと――後は、辛いものが苦手みたいだな。これは昔からだけどな――なんだか、酷くなってるみたいなんだ」
「辛いもの?」
 自身の弱点と同じ事柄があがった事で、刀真が首を傾げる。
「昔はそこまでじゃなかったんだが、今は、辛いものが側にあるだけで、吐き気するみたいで倒れそうになってる」
 その言葉に、刀真は思案する。
 ――生来、辛い者が苦手、弱点だった。
 ――山場弥美が死人だとして、その兆候が強まった?
 あくまでも推測の域を出ることは無かったが、その事実を彼は胸に刻む。
「所で涼司、食糧問題も何とかならないか?」
「食料?」
「ああ、何があるか分かったもんじゃないからな。安心できる食べ物を探してる」
「そうだなぁ……あ。この村に一軒だけある民宿は、村に届いた食材じゃなくて、村外から届いた新鮮なものを使ってるって聴いてる――って、本来ならダムに沈んでるんだからあてにならないか。後はそうだな、寺だ。六角寺は兼業農家らしいから、森の側の畑には野菜があるはずだ。それと、吊り橋の下には、昔防空壕があったらしくて、今でも震災に備えて、食べ物の備蓄――缶詰とかが置いてあるって聴いたことがあるな。備蓄だけなら、山場村分校……学校にもあるだろうし、公民館にもあると思う。後は肉類か。病気とかは分からないけど、それならマタギの六興さんの所が、肉を持ってると思うし、魚を釣るんなら、村の中に釣具店がある。ただ――完全に保障できるものってなると……村の外れに一箇所だけ、トウユウっていう鶏のマークがついたホームセンターがあるんだけどな、そこの、封が開いてない食品じゃないか」
涼司の声に、何度か刀真が頷いた。
「後は、あれだ。ヤマって閻魔とかのアレか? そう言う話しみたいだよな。……だとしたらヤミに当たるものもいるのか?」
「ヤマの事はよくわからねぇけど……ヤミっていったら、弥美さんしか思いつかない。大体なんだ、ヤミって」
「そういう神様がいるんだ――有難う、助かった」
 刀真はそう告げると、ブランコの柵から体を離した。
「行こう」
 彼はそう口にし、月夜と歩に声をかける。
「ええ」
 立ち上がった月夜が頷いた時、しかし歩は俯いたまま首を振った。
「私は、少し涼司くんと話しをしてから帰るね」
 その声に、刀真と月夜が顔を見合わせる。
「大丈夫、心配しないで」
 穏やかに歩が笑った。その心の強そうな瞳を見て取り、結局刀真は、心配しながらも頷いたのだった。

 ――村人たちが生き返ってる原因を調べて、もし問題がないものなら共存できる術がないか調べたい。

 それが歩の想いだった。
「今、俺は山場本家の別宅に泊まってる。だから、そこに――一緒に行くか?」
 涼司が言うと、歩が頷いた。
 その様子に、少しばかり不安そうに月夜が瞳を揺らす。
「――まかせたぞ」
「ああ、刀真。俺も出来る限りのことはする。ただ、もうすぐ弥美さんがくるから、全てを保証できる訳じゃないけどな。俺は仲間を決して見捨てない」
 涼司のその声に頷いて、刀真と月夜が帰路につく。
 それを見送ってから、歩が涼司の横顔を見据えた。
「死んだ人が帰ってきたら、ホントは喜ぶべきなのかもだけど――アクリトさんの言ってること、気になるなぁ」
「アクリトが何か言ったのか?」
「うん、さっき、聴きに行ってくれた仲間がいたの。秘祭について話したみたい」
「そうか。何事もなく祭りが終わると良いんだけどな」
 涼司はそう言うと、ブランコから飛び降りて、暗い夜道に立った。
「行くか」
 歩き始めた彼の隣に並びながら、歩が頷く。
「――死人って、私達に敵意を持ってるのかな?」
「どうだろうな。ただ、弥美さんは今のところ、俺に良くしてくれてる」
「死人って言っても、やっぱりほとんどは、この村に住んでいた人達なのかな?」
「そうみたいだな。俺も小さい頃に少し過ごしただけだから、全員を知っているわけじゃねぇけど」
「涼司くんが小さい頃にいた村の人たちかぁ。死んだ人が何で? って気はするけど、ナラカから環菜さんも帰ってきたし、パラミタが出てきた事による影響なのかなぁ?」
「そうかもしれない」
「涼司くんは、やっぱりこれから来るって言う弥美さんに会うの?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、あたしも一緒に」
 村の外れにあった公園から、山場本家の別宅がある吊り橋の側に至るまでは、数刻の距離がある。
 歩は、道すがら、涼司に尋ねた。
「涼司くんも、小さい頃はお祭りに参加したことがあるの?」
「ああ、そうだな。叔母さんに連れられて、御饌供進っていったか。神様と一緒に食事をするんだよ、山場縁の人間と、祭りを手伝う村の奴らで。それから禊ぎをして、準備をするんだ。そういうのに二日もかかるんだよ。本家関連のしきたりなのかも知れないけどな――メインは、三日目だ。鬼に扮した村の人たちの所を回った後、汚れを払う為に、寺の後ろにある閻羅穴に、依代を投げ込む。そういう儀式は、小さい頃の俺にはよく分からなかったけどな、綿飴があったり、金魚すくいがあったり、小さな村だけどみんなが露店を出すんだ。それが、そっちの方が楽しくてな、良く覚えてる」
 懐かしむ様子の涼司の横顔を見て、歩は静かに微笑んだ。
「死人の皆さんは、ずっと現世にいられるのかな」
「え?」
 その優しい声に、驚いたように、涼司が足を止めた。
「死んだ人が会いに来る、死んだ人に会いに行く、って言うのは、自然の摂理としては間違ってるかもしれないけど、やっぱり会えたら嬉しいと思うの」
「……そうだな。俺だってずっと、環菜に会いたいと思っていて、それが叶った時は嬉しかったな」
 涼司は、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の事を思い浮かべながら、瞬きをする。
「ただ、この村から出られないとか、そういう縛りがあったら退屈かもなぁ。あたし達の側からだと、会えたら嬉しいって感じかもだけど、弥美さんたちはどう思ってるんだろ?」
「――どうなんだろうな。ただ、あの弥美さんが、本当に俺の叔母さんなのか、今でも俺は少し考えてる」
「どういう事?」
「弥美さんは、快活で、本当に明るくて良い人だった。だから亡くなった事は本当に辛かった。もしあの当時、ナラカの事を知っていたら、俺はどうにかしようとしたかも知れない。だけどな――……そうじゃなかった。だからこそ、俺は弥美さんの葬儀の時に、ただ泣いているばかりじゃいけないと思ったんだ。俺が泣いていたら、それこそ弥美さんは悲しむ気がしたんだよ。笑って、それで、弥美さんの分も世界を見ていきたいと思ったんだ。勿論、悲しく無かったと言えば嘘になる。だけどな、だからこそ、尊敬する誰かの意思を尊重して、その眼差しを継いで、新しい世界を見ていくべきだと俺は思った。それと同じように、いつか俺が死んだら、また誰かが、きっと次の世界を見て、進んでいく。そうして永遠になるんだろうって思ってたんだよ。パラミタを知る前の、ただの埼玉最強だった頃の俺は、少なくともそう思ってたんだぜ」
 最後は冗談めかして笑って見せた涼司に対し、歩が儚く笑う。
「そもそも、永遠ってのは、面白ぇ事ばかりってわけじゃねぇだろうしな」
「そうだね。永遠って、楽しい事だけ続くわけじゃないよね……」
 歩の声に頷きながら、涼司は夜道を歩く。
 彼女の歩幅を気遣うように、少しばかりその速度は緩慢だ。
「もし、弥美さんがこの村が現世に出られるようになった原因を教えてくれそうなら、一緒に聴いてみたいと思います」
 決意するように歩は言った。
 ――仮になにか、そうする事に条件があったとしたら基本的に同意する方向で考えましょう。
 そう考えた彼女は、携帯電話を取りだした。
 そして桐生 円(きりゅう・まどか)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)を始めとした仲間宛に、メールを打ち始める。

 『村の秘密を教えてもらいに行ってきます。心配しないでねー』

 そのメールが拠点にいた彼女達に着信した頃、丁度樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が戻ってきた。奇しくもその直前、死人達に襲われた二人は、臨戦態勢で、敵対者である死人と対峙していた。
 ――死人が誰なのかわからず、目的が俺達を殺すことなら、顔見知りである事すら関係無く、自分と月夜以外は全て敵と考えるべきだ。
 そう胸に誓った刀真は、アンプルを手に入れる際に見た顔が相手ではあったが、間合いを取って相手の動作にすぐに対応できるよう身構えた。
 一方の月夜は、皆で固まりながら動いていく中で、後々のためを思い、銃型HCのオートマッピングを使って村の地図を作り、記憶術で見聞きした事を全て記録していた。
 だから、地の利は彼らにあった。
 不意打ちしようとした死人、瓜生 コウ(うりゅう・こう)に対して、余裕を持って対処する。
 月夜が、移動時や話しをする時に狙撃や不意打ちを防ぐために、防衛計画を使って、それらをできるだけ防ぐ事が可能な、障害物のある場所を選んで、そこを進んでいたからである。
 それが幸いし、コウが動きを止めた。
 ――障害物が無いような、行動する時に隙となるような穴がある所は、刀真に警戒してもらおう。
 月夜のそんな思いが、自然とパートナーである刀真にも伝わったらしい。
 彼は、月夜と、背後に見える拠点の夜警の人々を守るように、百戦錬磨と殺気看破を使用した。その隙に、月夜が、不審な動きをする死人――コウに対し、ラスターハンドガンとスナイプで頭を撃ち抜く。
 周囲には鈍い銃声が残響した。
 ――死人には感染系の何かが、あるのかも知れない。
 そう冷静に判断した刀真は、一切触れないように注意をしつつ、百戦錬磨の経験をもってして攻撃を加えた。スウェーで防御しつつ、頭か心臓を狙おうと誓う。
 ――聖杭ブチコンダルを叩き込んで潰してみせよう。
 ――……動けないように手足の関節を潰しておくか。
「ブチ込んだるっ!!」
 冷静な胸中と、戦闘で熱くなった思考の最中、刀真が声を上げた。
 だが、足を潰される前に、コウは走り出し、待避していく。
 深追いはしない方が良いだろうと判断した彼は、それから月夜に対して向き直った。
「刀真――私達の他にも、話を聞こうとする人達は他にもいると思う。つまり死人からしてみたら、まとめて殺しやすいという事……様子を見ながら動いた方が良い」
 彼女のその声に、刀真は頷いた。
「分かった。仲間の皆に話をして、俺達以外に話を聞こうとしている人達からは、離れて慎重に動く事を提案しよう――それに七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の事も心配だな」
 刀真がそう呟くのを聴きながら、月夜が腕を組んだ。
 ――トレジャーセンスに何か引っかからないかな?
 そんな思いでスキルを発揮した彼女は、その時ほど近い山小屋で、なにか反応があることを確認した。その後彼らは、クロス・クロノス(くろす・くろのす)が山小屋に隠したノートを発見したのだった。


 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が夜警をする中、戻った刀真達の前で、メールを確認した桐生 円(きりゅう・まどか)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が顔を見合わせていた。
 事情を説明しながらも、刀真は、禁猟区を、戦乱の絆にかけて、結界をはっていく。
 その上、今までの経験から周囲の気配、空気の流れや匂いなどにも注意して、皆を護る事ができるよう襲撃を警戒した。
「残してきたのは、やはり失策だったか」
 涼司を信用したい気持ちと、仲間を守りたい気持ちが、彼の胸中でひしめき合う。
 冷徹な所がある刀真だったが、それでも正義感に溢れた優しい人間であるのだ。その事をよく知っている月夜が、唇を噛む。
「歩ちゃんの意思だし、仕方がないのかもしれないよ」
 円がそう声をかけると、小夜子が頷いた。
「あなたは悪くありませんわ」
 二人の声に、少しばかり疲労の色を見せながら、刀真が頷いた。
「今は信じたら良いのではないでしょうか」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が力強い声で言う。それが一時皆を安心させた。


 その頃、見えてきた山場本家の別宅へと足を運びながら、涼司と七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は言葉を交わしていた。
「素敵な村なのね」
「おぅ。こんな時じゃなかったら、案内してやりたいくらいだ」
 涼司はそう言うと、別宅の扉に手を添えた。
「多分、弥美さんがじきに来るはずだ。本当に――一緒に来るんだな?」
「はい」
 頷いた歩の姿に、涼司が優しく笑った。
 それから二人で、屋内へとはいる。
「約束の時間は十分後だ。弥美さんが来たら、応接間に通すから――弥美さんに話しがあるんならそこで待っていてくれ」
 涼司はそう言うと、エントランスをあがってすぐの、豪奢な飴色の扉を示した。
 頷いて、歩が中へと入る。
 少しすると使用人らしき人間が、飲み物を運んできた。
 それから、暫しの間をおいて、応接間の扉が開いた。
 涼司が連れて入ってきたのは、まるで喪服のような黒いワンピースを纏った、山場弥美だった。
 スカートの裾で、唯一白色のレースが揺れている。
「貴方が涼司ちゃんのお友達?」
「――七瀬歩です、はじめまして」
 涼司によく似た髪の色をした弥美だったが、その瞳は、夜空のように暗い印象を与える。
「涼司ちゃん、二人でお話ししたいの。席を外してもらえる?」
「いくら弥美さんの頼みでもそれはちょっと無理だな」
 きっぱりと涼司は断言したのだったが、歩が首を振る。
「私なら、大丈夫」
「だけど――……」
「女同士の話しという者もあるのよ。女心が分からないと、フラれちゃうわよ」
 弥美の意地の悪い声音と、真剣な表情の歩を見て、涼司が唇を噛む。
 そして彼は、焦燥感を瞳に滲ませるようにしながらも、何も言わずに部屋から出て行った。
 それを見送ってから、改めて弥美が、歩を見る。
「どうぞ祭りを楽しんでいってね」
 人形のように端正な、作り物じみた美をあらわにしていた弥美の表情が、その時不意に和らいだ。長い睫毛が揺れている。だが、どこからどうみてもその面立ちは、年相応の少女に見えた。歩の隣に座った弥美の華奢な腕が、ティカップへと伸びる。先程使用人が運んできた紅茶だった。
「――宜しければ、私達の側で」
 そう呟いた弥美は、大きく口を開く。同時に懐から長い針を取り出し、歩の首筋へと向けた。
 不意にちくりと刺さったその感触に、歩は息を飲む。
 血が、玉のように、白い肌に浮かんだ。
 その傷口へと噛み付くように、弥美が唇を近づける。
 ――だが、歩は逃げようとはしなかった。
「それで本当に弥美さんたちは、楽になるんですか?」
 歩の声が響いた瞬間、噛み付こうとしていた弥美は、動きを止めた。
「どうして――私達を、死人にしようとするんですか?」
 真摯な表情の歩の前で、つまらなそうな顔で弥美が口を閉じる。
「どうして? 理由なんか無いわね」
「共存することは出来ないの?」
「共存――?」
「そう――死人と人間は、一緒に行動することは出来ないのかな?」
 歩のその声に、弥美が目を見開いた。
「無理ね。貴方は何を言っているの――私達は――……っ」
 その時だった。
 黒が宿っていた弥美の瞳が、僅かに色を変える。
 それは涼司の眼差しによく似た、蒼空の青、それに近かった。
「――それが、できればいいわね。けれど、ヤマはソレを許さない。だから私の体を乗っ取った。次は、涼司ちゃんの事を狙っている。ヤマが涼司ちゃんの体を乗っ取ることで秘祭は完成する――貴方にはきっと出来るはず、私の可愛い甥を、守ってあげて」
 それまでの何処か周囲を滑稽なものと見下しているような弥美の声とは違う、淡々とした、冷静で大人びた声が、その場に響き渡った。
「弥美さん?」
「そう、私のこの祈りが、ナラカのアガスティアを経由して、届いたのね」
「弥美さん!?」
 歩が何度か声をかける。
 すると直後、再び弥美の瞳に黒が差した。
「あら――……何かしら」
「弥美さん……」
「兎に角、貴方も私達の仲間になってほしいの」
 現れた当初と同様、暗い色の瞳に戻った少女を一瞥し、歩は唇を噛んだ。
「帰ります」
 断言した歩は、空飛ぶ魔法を使って脱出を図った。
「逃がさないわよ」
 だがそんな弥美の声よりも、いち早く室外へと出た彼女は、玄関の扉をくぐる。
 そこでは涼司が構えていて、歩の離脱に手を貸した。
「山の中なら木も多そうだし、一度飛べたら逃げ切れないかな?」
 歩がそう言うと、涼司は大きく頷いた。
「行けるはずだ」
「涼司くんも一緒に――」
「駄目だ、俺は此処にいる他の仲間を見捨てては逃げられない。――だから、頼んだ」
 涼司の言葉に頷き返して、歩はその場から離れた。
「今のままじゃやっぱりまずいって言うこと――円ちゃんたちのところへ行って、そして聞いたこと、しっかり伝えるね」
 逃避しながら、歩はしっかりと決意したのだった。


 桐生 円(きりゅう・まどか)の所へと戻った、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が聴き知った出来事を伝えた。
 彼女の帰還に、安堵するように樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が顔を見合わせる。
「ひとまず約束の時間までは未だ時があるが、夜警の配置を換えるか」
 そんな一同の様子を確かめながら、冷静にオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が言った。
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)に続いて、夜警を行うのはミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)だった。任務を変わると、千歳とエノンはそれぞれ眠りに行く。
その様子を一瞥しながら、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)はバルトを補佐するように、狂血の黒影爪で影に潜んでから眠っていた。――何か有事の際はすぐに行動できるようにしておく為、武装はあまり外さないようにして眠っている。実際には深い眠りについているわけではなかった彼は、周囲の会話に耳を傾けてもいた。
「後は刀真ちゃんの禁猟区の反応が現れたら警戒って方向でー」
 戻ってきた刀真と月夜へと視線を向けて、ミネルバがいう。
 同時に、夜警の任を負っていない人々にも、念のため、一応警戒すべき状況だと感じた彼女は、悪魔の目覚まし時計を準備をして、適切に配布した。
「ミネルバちゃんは護衛ー! 後は特技のサバイバルでみんなに知識を教えて飲食をカバー?」
 殺気看破を早速用いながら、グループのみんなを守ることを彼女は決意していた。
「死人さんって解ったら丸太で潰しちゃうー! 頭とか潰せばなんとかなるのかなー?」
 ミネルバのそんな明るい声を耳にしながら、一同は思案していた。
「サバイバル、か」
 オリヴィアが呟く。
「一応簡単な救護用品を持って来ましたけど、役に立つかしら?」
 彼女はそう言うと、耳式体温計などを差し出した。
「試してみる必要があるかも知れないな」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が言うと、オリヴィアが頷いた。
 これまでにもオリヴィアは、アンプルを樹月 刀真(きづき・とうま)に打ってもらい、自身が死人ではないことを証明した後、『貴方は死人ですか?』という質問をして、様々な者に、基本的にはYESかNOで答えてもらいながら、尽力してきた。それこそ嘘感知が効くかまだ不明だったが、どうやら幸いにも、人間相手にはそれが功を奏したようで、こうして拠点に人々を集めることが出来るに至ったのは間違いがない。
 だからこそ、彼女の手持ちのものや、その扱い方も、一同から一定の信頼を得ていたのだった。
「救護用品の耳式体温計で、一応皆さんの体温も計りましょう。死臭がするという事は腐っている――血液が循環してないんじゃないかしら?」
「アクリトの口ぶりだと、血液に変わる『ナニカ』が、体を巡っているようでしたが」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が言うと、オリヴィアが腕を組んだ。
「けれどその『ナニカ』が、恒常性を維持しているとは限らない――だから体温は低い可能性もあるわ。それに、手首も触って脈があるかどうかも調べたいわね。仮に血管を流れていて、脈動を感じさせたとしても……全身に酸素を供給しているとしても、その頻度は人間とは異なる可能性があるのだから」
 その様子を見守りながら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が伏し目がちに呟いた。
「とりあえず、山場の秘祭とかこの村の事とかももう少し調べるのよね。じゃあ私は護衛としてみんなに付き従おうと思いますの。それこそ今まで通り、移動中や食事中などは、私は不審者や罠など周囲を警戒し、イナンナの加護をも、もってして。フラワシにも命じて辺りを警戒させますわ。ちなみにフラワシに関しては、睡眠時にも見張りに立つエノンと共に警戒させていました」
 その言葉に、エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が頷く。
「山場村。ダムに沈んだ村が何故……? まあそれを調べるのは仲間の、みなさんの仕事ですので私は、私の仕事に専念しましょう。私も護衛をして、小夜子様やエノン様と同じく周囲を警戒します。イナンナの加護での警戒を怠らない事、それは約束しますね。あと私は仲間が分断された場合や、携帯電話が不通の場合などの非常時には、テレパシーを使って仲間同士の連絡に駆けまわろうかしら。まぁ、戦闘時は魔鎧として小夜子様に着られ小夜子様の指示に従いますけどね」
 二人のそんな声に、一同は頷いた。
「拠点は大丈夫だと思って良いのよね」
 オリヴィアが言うと、玄関口で、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)と共に夜警をしているミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が大きく頷いた。
「まかせちゃってよ、ミネルバちゃん達にー!」
 その声を聴きながら、少し睡魔が襲ってきた目元をこすり、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が告げた。
短時間の仮眠を取り、彼女は起きたのだ。ほとんど眠っていないという方が正しいのかも知れない。
「ならば、そろそろ私達は、山場弥美に話を聴きに行くか」
「そうだね」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が頷くと、同行するといった様子で、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)イルマ・レスト(いるま・れすと)もまた首を縦に振ったのだった。
「私もついていこう」
 そこに東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が声をかける。こうして一同は、山場弥美の元へと向かうことにしたのだった。


 雄軒が林の中、双眸を鋭く細める。
 彼は、山場弥美の元へと向かう、桐生 円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)を護衛しながら、林の中を進んでいった。
 ――何が起こるか分からないために、警戒は怠らないべきですね。
 そんな風に考えた彼は、一応先に、マインドシールドとフォースフィールドを展開させておいた。同時に、粘体のフラワシを下に展開させておき、いざという時は、死人の足に絡みつかせて足止めできる用意もしてある。
「大丈夫でしょうか」
 イルマが呟くと、雄軒は笑って見せた。
「大多数で襲って来た場合は、非物質化と物質化を駆使して、消しておいた機晶爆弾を手榴弾のように投げつけて足止めをしようと思っています」
 その声に安堵したように、一同は頷いた。
 行動しながらも、雄軒は殺気看破を怠らないようにしている。
「痛っ」
 そんな時、円が、釘つきの木の板を踏んだ。
 誰かが警戒の為に投げておいたものだったのかも知れない。
「大丈夫ですか?」
 それを見て取った雄軒は、すぐに慈悲のフラワシの能力で癒す。
「有難う」
 円の笑みに、彼は頷いた。
 ――一人でも戦力が減るのは致命的なので、出来るだけ即座に動く。
 それが雄軒の信念だった。
 ――死人はまだ明確な弱点が分からない為、機動力を削ぐ事に徹するべきだ。
 そう考えた彼は、ひとまずの対処策として、死人に遭遇した場合は、足をもぐか、出来れば死人の手をフラワシでねじ切る事にしようと考えていた。
 彼が色々と思案していたその時、山場本家の別宅から帰ってきた様子の弥美が、本家の中へと入っていく姿が見て取れた。
「――行こう」
 決意した様子で千歳が言う。
 一同は、それに頷いた。

 正面から山場本家に来訪すると、一同は思いのほか、温かく出迎えられた。
 ソファに腰掛け、差し出されたお茶を前にしながら、円が瞬く。
「会いに来てもらって嬉しいわ」
 弥美はそう言うと両頬を持ち上げた。だがどこか、底冷えのする笑みだった。しかしその表情に気圧される事なく、オリヴィアを一瞥してから、意を決したように、円は切り出した。
「君達の事を『死人』と僕らは呼んでるんだけど。秘祭ってなんなのかな? 君達にとって、秘祭ってどんな意味を持つの?」
「死人? 私達が死人だと、あなた方は思っているのね」
 弥美は、湯飲みを両手で握りながら、そう口にした。
 その様子を、千歳が注意深く監察する。
 ――弥美の言葉や態度に嘘がないか、注意深く観察しなくては。
 内心、そんな事を思いながら、千歳は強い視線を向ける。何処か緊張している様子のその肩に、イルマが手を添えた。
「山場の秘祭って、閻魔様とかと関係あるのかな?」
 円が続けて尋ねた。オリヴィアもまた、腕を組んで、反応を伺っている。
「ヤマって、閻魔様の事かと思って。ヤマ王って事で、そう連想してね――昔見た感じでは兄弟とかいたらしいけど、これはどうなのかな?」
「昔? 神話はいつだって古のことだと思うのだけどね、そうね閻魔――ヤマには、諸説有るけれど妹がいたようね。妹にして最初の妻である者が。兄妹・姉弟婚は比較神話学の上でも珍しいモティーフではないし、その逸話の黄泉への旅路も有り体といえばそうかも知れない。けれどこの神話に関しては、他の類似する神話とは、決定的に違うことがある。女性性と死の概念に対する姿勢が、他の神話とは違うのよね――貴方は、私と神話の談義をしに来たのかな?」
 弥美が微笑むと、円が唇を噛んだ。
「そういうわけじゃないよ」
 その様子を見守りながら、千歳が腕を組む。
 ――今のところ、弥美の話に矛盾や不審な点は特にない。だが、何か切り込む糸口が、有るように思えた。
 そんな風に考えた千歳が口を開くよりも一歩早く、円が続けた。
「閻魔の場って事で、この村が地獄に近い状態になっていたりするのかな?」
「――貴方は、聡いのね」
「永遠ってなんなのかな? 山葉くんの叔母である君がずいぶん若い姿である事にも関係あるの? 不老不死とかそういう?」
「一度死せば、年老いることはない――そうね、それはあるいは、永遠だよね」
「ダムに沈んだはずの村が、なぜ元通りになってるの? 水は何処にいったの? それともなんかの結界?」
「此処ではない、確かな時の流れを経た『現実』においては――元通りのはずの『村』はダムの底で、水もまたダムの中にあるのでしょうね。結界……それは否定できないけれど」
「弥美さん、貴女の役割はなんなのかな?」
「私は、ヤマの復活を行う為に、顕在させられたにすぎない、涼司ちゃんの叔母よ」
「秘祭って、良いことなのかな? 悪いことなのかな?」
「今の私にとっても良いことであり、あるいはアクリト教授の側から見ても、手段としては良いことでしょうね――お話は、もう終わりかしら?」
 弥美はそう言うと立ち上がった。
「あなた方が、祭りを楽しんでくれることを祈っているわ」
 そう告げ部屋を去っていく弥美を見据えながら、一同はそれぞれ思案に耽ったのだった。