校長室
死いずる村(前編)
リアクション公開中!
■□■第三章――二日目――夜明けから――間章 ■前章――二日目――10:00 「血液検査では、目立った結果はでなかった。広場に晒した死人も、弱る以外に目立った変化はないな。日光は、動きを鈍らせるだけのようだ」 相田 なぶら(あいだ・なぶら)を見送ってから、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がルカルカ・ルー(るかるか・るー)に言う。 それを見守りながら、朝早くから、二人の元を訪れていた山葉 涼司(やまは・りょうじ)が目を細めた。 「お前等、俺を囮にしていたのか……」 その声に、ダリルが肩を竦める。 「俺の提案だ」 「それで加勢も無かったって事か」 唇を尖らせた涼司に対し、申し訳なさそうにルカルカが両手を合わせる。 「だが、その間に、色々なことが分かった。死人になると、体を異常プリオンに汚染されるらしい」 「プリオン? なんだそれ」 涼司が首を傾げると、日が出てから山場医院に訪れたクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が補足する。 「アクリトも恐らく把握している。此処に来る前に調べていた形跡があるんだ」 「僕たちは元々それが気になって、此処に来たんだよね」 セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が言うと、データを見ながらダリルが唸った。 「元々は、伝達性海綿体状脳症――クールー病や、クロイツフェルト・ヤコブ病で見られる、異常プリオンを摂取することで起きるものだ。食人や食肉が、その危険を生む。他にも遺伝性のものもある――眠れない疾病にかかる一族や、精神疾患を発現させる家系もある。アクリトが言っていた手遅れの死人とは、何か妄執に取り憑かれるか、記憶疾患を併発している可能性もあると思う――それ以外は、通常は、脊髄や骨髄の周辺にこの異常プリオンが集束して、擬似的な血液を産みだし……あるいは、そうだな、生気を求める『死人』の本体が血液に擬態して、体を操っているんだと思う。それを瓦解させるのが、アクリトのアンプルであるらしい。だが、体を失っても、死人の本体自体は消えない」 「ってことは、肉からも感染するのか?」 涼司が尋ねると、ダリルが首を振った。 「正直な話し、分からない。理論的には、プリオン病は、経口で、肉から感染するが――今回、この村にいる死人達は、死人の手により生気を吸われない限り、死人にはなっていないように見える」 「その辺りが気になるから、少し図書館へ行ってこようと思うんだ」 セリオスがそう言うと、ダリルが目を細めた。 「やめておけ。村長の家――この場合山場本家か。後は、図書館。そう言った所には、色々な人間が調査に行っていると思う。誰か俺達の知人も行ってるかも知れない。だけどな――……一人で行ったとしたら、多分もう殺されてるだろうな……」 奇妙な確信を持って、ダリルが述べた。 「それでも必要かも知れません。助力できるのであれば」 いささか丁寧な口調で、クローラはそう告げると、セリオスを伴って、山場医院を後にした。 その頃、日の当たらない図書館には、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)とアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の姿があった。アキラがトイレに行っている間、扉の前で待っていたアリスは、見知った顔に声を上げる。 「あ、スウェルさんだワ」 そこにはスウェル・アルト(すうぇる・あると)とヴィオラ・コード(びおら・こーど)、そして作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)――ムメイの姿があった。 「おはよう」 淡々とスウェルが言った時、アキラがトイレから出てきた。 アキラとアリスは、交互にトイレに入り、互いの無事を確保しているのである。 「おぅ、スウェルさん。おはようございまーす」 暢気な声でアキラは言うと、図書館脇に併設されている飲食スペースへと彼らを誘った。 「図書館で調べごとしてるみたいだって聴いたから、来てみたんだよ。山場の本家で、元メガネの半裸に会っただろ? 半裸――って、まぁ校長達に、朝食用にサンドイッチとか貰ってきたんだよ。一緒にどうだ?」 「良いな。俺様的に美味しそうだと思うぜ」 ムメイが、はにかむように笑んだ。 ――『村についての資料』と言えば、誰か一緒に来る人が、いるかもしれない。 そう思っていたスウェルだったが、実際に来てくれた相手がいた事に嬉しくなって、どこか和らいだ表情で吐息した。 「日本の昔の文字は難しくて、ムメイと違って私は少ししか、読めないから、誰か一緒に来てくれるのは、有り難い……色々と」 こうして五人は、それぞれソファに座る。 図書館に最初から備え付けられているグラスに水を注いで、アキラが人数分用意しようとする。気を利かせたスウェルがそれを手伝い、ヴィオラとムメイがそれを運んだ。コップは少々アリスには大きすぎるので、小さな彼女はアキラの肩の上でそれを眺めていた。 山葉 涼司(やまは・りょうじ)のことは兎も角として、本心を言えば、近づいてくる皆を警戒していたアキラ達は、漸く見知った顔との歓談の一時に、安堵した様子だった。 「こんな時だけど、本当に良かったって思うなぁ。スウェルさん達に会えて」 「本当ネ」 アキラの声に、アリスが頷く。 その声に、心なしか表情を優しくして、スウェルがソファの側に和傘を立てかけた。 「まぁでもこんな田舎だけどな、見晴らしだけは良いし。スウェルさんも、窓際に座ったらどうだ?」 四階にある飲食スペースだったから、常時なら綺麗な紅葉が見下ろせるようだった。しかし書籍を保護するためなのか、厚いカーテンが窓を覆ったままである。 カーテンを開ける為に立ち上がろうとしたアキラに対し、スウェルが声をかける。 「気を遣わないで。大丈夫。それよりも、ゴハン、食べよう?」 「ああ、そうだな。――そうだ、この照り焼きサンド、美味しいぞ。俺、さっき食べたんだ」 アキラは頷いてから、一つパンを手に取ると、少し思案してから、ヴィオラに手渡した。 こんな状況だから、食の細そうなスウェルに渡すことは気が引けたのだ。だから、その隣にいたヴィオラに渡したのである。 「あー……有難う。ただ俺、偏食で……肉はちょっと、な……」 「偏食っていうか、そのレベルを超えて、すごく顔色が悪くなっているワヨ? 大丈夫なノ?」 心配そうにアリスが言うと、ムメイがヴィオラの背をさすった。 ヴィオラは目眩を押し殺すように双眸を伏せ、嘔吐感をおさめようと努力しているようだった。 「ちょっとこの場所、寒いのも良くないよな。何か、火でも――そうだ、さっきのコップの側にマッチがあったな。煙草用かもしれないけど、そこに薪ストーブみたいな奴もあるし、試してみるか」 図書館にあるにしては不自然な火器類だが、村の冬は思いのほか厳しいのかも知れない。確かな事は分からなかったが、アキラは視線を向ける。 「とって来るワネ」 アリスはそう言うと、テトテトとマッチ箱の方へと近寄った。 人形らしい可愛らしい足取りである。 「止めろ。いいから、大丈夫だから、さっさと食事に――」 マッチ箱を視界に捉えた瞬間、ムメイが顔を顰めた。 なんだか体調が悪そうな三人に対し、アキラが首を傾げる。 「――大丈夫か? やっぱり、日の光にちょっとは当たった方が良いんじゃねーの?」 気遣うようなその声に、スウェルが嘆息する。 「元々私は、日の光には、弱いから……この髪と目の色を見てもらえば分かると思うの」 「ああ、そうなのか。悪ぃ事、言ったかな?」 「気にしないで」 二人がそんなやりとりをしていた時、アリスが不意に、テーブルの上で転んだ。 小さな彼女の体が、同じくらいのサイズであるコップに激突する。 瞬間、床に落ちたコップが割れた。 「おいおい、大丈夫か――痛っ!」 慌てて破片を拾おうとしたアキラは、硝子の破片で指先を切り、思わず手を引いた。 「怪我を、したの?」 「ん? 嗚呼、大したことは無ぇけど――」 その時、スウェルが、アキラの指を口に含んだ。 「えっ」 思わず照れて、アキラが黒い髪を揺らす。だが、気持ちが騒いだのは、数秒だけだった。 すぐに、言いしれぬ虚無感に体が包まれ始める。 「な――なんだ、コレ……」 「アキラ?」 驚いたようにアリスが視線を向ける。その華奢な体を、申し訳なさそうな顔をして、ヴィオラが手に取った。 「ごめん」 「え……」 呟いた瞬間、アリスの手首を、ヴィオラが小さく傷つけ、口を寄せる。 目を見開いている彼女の逆の手を、今度はムメイが取った。 そうして、アリスもまた、意識が朦朧とし始める事を実感した。 アキラとアリスの体をソファに横たえてから三人は立ち上がる。 「ごめんなさい」 無機質な表情で、けれどどこか辛そうに、スウェルはそう呟いたのだった。 三人は、死人になっていたのである。 スウェルは階段を下り、書庫への道を歩きながら、考えていた。 ――村の調査に協力する為に、ここへ来たけれど、私達も、死人になってしまった。 ――こうして死人となっても、シャンバラの契約者と敵対する事になるのは、とても寂しい事。だけど、これも主の為。 主――山場弥美の姿を思い出しながら、スウェルは睫毛を揺らす。 元来彼女は、この村の調査へとやって来た。だから、ここへ来た目的通り――これまでの間は、『調査に来た契約者』を装い、時に死人とも対峙しながら、契約者や村人に、接触してきたのである。疑われないようにあえて、人前で、主である弥美に、『村についての資料は、どこかにある?』と尋ねもした。 同時に、資料探しは理由にもなった。 ――日の高い時間、室内で活動する為の、理由。 けれど決して気を抜かず、人前で主である弥美を始め、他者と接する時は、いつも通りを、心がけて行動していた。 「元々私は、日の光には、弱いから」 それは先程彼女が、アキラにかけた言葉でもある。 「だから、日の高いうちは、室内に籠っていても、問題はないと思う」 室内にばかりいる理由を問われた時のことを考えながら、確認するようにスウェルは口にし、ヴィオラとムメイを一瞥した。二人は、同意するように、首を縦に振る。 「調べたいのは本当の、所だけど、あくまで、『調べている』フリをして、来た人が多数でなければ、抜刀して襲わせて、もらう」 彼女は、どこか辛そうに述べると、殺気看破で、周りに人がいないか否かを確認した。 「リジェネレーションで回復して、死人のフリをする人が、いるかもしれないから、それだけは注意しないと」 彼女がそう呟いた時、図書館に入ってくる気配があった。 クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)とセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)である。 彼らは、山場弥美が階下に寄越した死人を、倒しているようだった。 元々日の光に弱い面もある死人達に対し、彼らは、存分に力を振るっていた。 「死体が動いているだけだ。人ではない」 躊躇せずに首を刎ねながら、クローラが階段を上がる。 セリオスはといえば、行動予測で敵の動きを読み、銃で弾幕をはっていた。 同時にフラワシで死人は焼き、クローラなど味方は癒している。 それを察知したスウェル・アルト(すうぇる・あると)は作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)と共に、煙幕ファンデーションを使い、辺りの視界を奪った。突然の出来事に、クローラとセリオスが息を飲む。 他にも何人かの来訪者がいるようだったが、構わずスウェルは、二人に向かった。 それを見て取り、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)が、彼女の攻撃に合わせて、ブラインドナイブスを用いる。決して相手に、スウェルを傷つけさせないようにと、行動している風である。 ヴィオラが二人の首筋に小さな傷を作ると、その箇所からスウェルが生気を吸い取った。 煙の中、体の力を失い、二人の体が倒れる。 それを確かめてから、スウェル達は、図書館の外へと待避した。 陽光で体の力が奪われ倒れ込みそうになったが、何とか日陰を見つけて移動し、山中にある洞窟へと身を隠す。一旦山の奥に逃げてから、三人はそれぞれ安堵の息を吐いた。 ――その場で戦う事も考えたけれど、人数をバラけさせた方が、他の仲間にとって、安全だろうから。 スウェルが内心そんな事を考える。 ――死人は、増やさなくては、ならない。 ――それは、主に厳命された事で、私達が正気を保つ為にも、人の生気は必要だから。 ――でも……人間であった時も、死人になった今も、日の光の下で、生きられないというのは……因果なもの。 俯きがちに、何か考え込んでいる様子のスウェルを一瞥して、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)が心配そうな視線を向けた。 ヴィオラは思う。 ――変わってしまった事ばかりだが……それでも変わらない事だってある。 「俺はスウェルの傍にいる」 静かに呟いた彼の横顔へ、スウェルが視線を向ける。それに微笑を返しながら、彼は内心強く想った。 ――死人となった今も、例えその先朽ちる事になっても。 ――最後までスウェルを守るだけだ。 そう決意した彼は、それからムメイという愛称の、作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)を一瞥する。ムメイは、追っ手が歩きにくいように、サンダーブラストで洞窟前の木を倒し、道を塞いでいた。 「これで、ちょっとは歩きにくくなっただろう」 それを見て、ヴィオラは思う。 ――……ついでに、ムメイの事もな。 スウェルのそばに待機しているヴィオラは、それから近くに敵対者が潜んでいないかを確認する為に――敵がいないか確かめる為に、忍犬に注意をさせた。 ――この状況なら疑心暗鬼になっている奴も多いだろう。 ――潜んでこちらをうかがっているような奴がいれば、自分達を疑っているとも考えられる。 「気をつけるに越した事はない、か」 ヴィオラの胸中は兎も角、その言葉を聴き、推測しながら、ムメイが腕を組んだ。 「嬢ちゃん達を飢えさせるわけにはいかないし、俺様も飢えるわけにもいかない」 彼の言葉に、スウェルとヴィオラが視線を向ける。 「アクリトの兄さんが配ったって言うアンプルは気になるけれど。さーてどうしたもんかなー」 「そうね」 スウェルが頷いたのを見ると、ムメイは続けた。 「ホントはさー、死んだら故郷の土の下でゆっくり眠りたい、って思ってたもんだけど、こうなっちまった以上は仕方ないじゃない? まー腹くくるしかないかねぇ」 ――……二人を守る為にも、さ。 その言葉は口にせず、ムメイは洞窟の天井を見上げた。 もう、真っ向から太陽を見ることが叶わないのだとすれば、それは恐らく寂しいことだと思ったが、二人がそこに無事でいてくれるのであれば良いと彼は思う。 ムメイもヴィオラもスウェルを守りたいと感じていた。 そして互いのことも守ろうとしていた。 だが、当人達は、それを知らない。