校長室
死いずる村(前編)
リアクション公開中!
■2――二日目――01:00 山場本家の別宅にて。 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を見送り、山場弥美が帰路についたのを見送りながら、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は溜息をついていた。 ――一体何が、どうなっているのだろう。 そんな思いで玄関の扉を閉め施錠した彼は、振り返った瞬間アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)を視界に捉えた。アクリトのアンプルを受け取ってからすぐに、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)と共に自分の元へと訪れた友人の姿に、涼司は肩の力を抜く。 アキラは、それ以後、つまり涼司と遭遇してから、片時もその側を離れないでいた。 その分、涼司から見ても、彼が『生者』である事は、明らかだった。 「俺の弱さを甘く見るなぁ! おめーは仮にも校長なんだし、他校とはいえ俺は一般生徒なんだから、校長が助けを求めてる生徒を見捨てていいのかぁ! ていうかお願いしますぅぅぅ助けてくださいぃぃぃ!」 何度目かになる彼のそんな台詞に、涼司は頬を持ち上げる。 自分の実力を信じてくれる仲間がいるというのは、とても嬉しいことだった。 泣きついてきた彼の髪を、緩慢に撫でながら涼司は嘆息した。 その間も、アキラが、トレジャーセンスでお宝を探している事に気がつきながら。 アキラは一見きまぐれで、心許ない上、戦力に思えないことは無かったが、その頭の回転の速さに、涼司はひっそりと感づいていた。 「で、この村って何なんだよ?」 アキラが尋ねると、涼司が顔を上げた。 「なんか知ってるんだろ?」 何とはなしに尋ねられ、それがあまりにも自然で、心を見透かすかのような物言いだった事に、涼司は目を瞠る。 「――俺の叔母さんが住んでいた所なんだ」 「他には?」 「変な祭りがあるらしい」 実際、詳しいことを知らない涼司は、それだけ言うとアキラから視線を背けた。 「ダムに沈んだ経緯は?」 アキラが尋ねると、涼司が視線を落とした。 ――この村はなぜダムに沈まなければならなかったのか。 彼がそれを尋ねようとしているのだと察して、涼司は髪を手で掻く。 「今日、俺は色々質問されたし、アクリトに聴いてきたって奴の話も聴いた。それを総合して、プログラムみたいに機械的に結果を導出する、っていう意味なら、俺にだって組み立てて――推測してることはある」 これでもパソコン関係の操作に秀でている涼司は、迷うような瞳でアキラを見る。 「想像でも良いって」 アキラがそう言うと、涼司が安心するように頷いた。 「恐らく――恐らくだけどな。俺が小さい頃から聴いてきた話しと、アクリトの言ってることを踏まえると……この村は、ナラカかどこかと通じているんだと思うんだ。だけど普通、地球の土地や人間は、通じることなんか出来ない。だから場所柄と……何らかの病いが、それを可能にしてるんじゃないかと思う。だとすればこの土地その物を、沈めて塞ぐこと――水でそれが出来るのかは知らないけどな。それからナラカのナニカと親和性を持つ疾病を患った人間を屠ること……それが、ダムに村を沈めた理由なんじゃないかと思うんだ」 「おい、それって、沈んだ時、その時に逃げ遅れた村人とかはいなかったのか? その後村人たちはどうなったんだ?」 「勿論、村から逃げた人はいる、今回呼び戻された村人だってそうだろ。だが、何らかの病いに感染した村人が、逃げたかどうか――正確に言えば、ダムに沈没する事を知らされていたのかは、俺は知らない。ダムが出来た時、何人かの村人が犠牲になったって言う話も聴いた事があるんだ」 涼司とそのようにして言葉を交わしたアキラは、肩に乗っているアリスを一瞥した。 彼女は何も言わないまま、端正な顔を傾げている。 「よくわからんけど、とりあえず俺はトイレに行ってくるわ。それから風呂に入って寝る」 「アキラ……」 「でも山葉の事は信用してる。何せ、修行に出かけられるように普段は力を抑えてるけど、それはいろんな奴らと、出かけられるようにしてるだけだもんな」 アキラはそう言うと、ひらひらと手を振り、トイレへと向かった。 彼がトイレに入っている間は、アリスが見張りに立つ。 こんな状況下で、大して尿意を催しているわけでもなかったが、独りきりになれた個室内で、アキラは腕を組んだ。 現状、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は信用できるだろうと、彼は考えていた。 「アキラぁ、ワタシもトイレ!」 そこへ、アリスの声がかかった。 「仕方ねぇなぁ」 交互に見張りをする約束だったことを思い出し、アキラは、トイレの外へと出る。 特に排泄したわけではなかったが、形ばかり水を流した。 続いてアリスががトイレに入ったのを確認し、その扉に背を預けながら、彼は思考を続けた。 「嘘を言っているようには、思えないんだよなぁ」 涼司に対して考えながら、アキラがそう呟いた時、アリスが外へと出てきた。 「生気――生気をくれぇぇぇぇ!!!」 丁度その時、死人が垣根を越え侵入してきた。 「っ」 息を飲んでアキラがアリスを庇った時、事態に気付いた涼司が駆けつけてきた。 「大丈夫か?」 「嗚呼……だけど、ここは一端退いた方が良いだろ」 冷静に判断したアキラは、涼司の手を強引に取り、アリスを肩に乗せて、廊下を走り始めた。 ――分が悪い。 そう考えたアキラの行動だったが、暫く走ると、涼司が立ち止まった。 「これじゃあ、埒があかねぇだろ」 死人に対して向き直った涼司が、アナイアレーションを駆使して死人を撃退する。 「ああ、そうだな!」 アキラは唇を噛むと、サイドワインダーで援護した。 その反動で、死人は姿を消す。 「有難う、助かった」 涼司の声に、はにかむように笑い、アキラは肩を竦める。 「これからも、俺のことを助けてくれよ! って――なんか疲れたから、風呂に入ってくるわ」 アキラはそう告げると、アリスを連れて風呂へと向かった。 山場本家の別宅にある浴室へと、アキラとアリスは向かう。 そうしてお風呂に、一緒に入った。 体を洗う時も、片時も側を離れない。 それから湯船を楽しんだ二人は、浴衣に着替え、あがると、側のソファでヨーグルト風飲料を飲んでいた涼司の元へと歩み寄った。 「とりあえず、今夜の襲撃が怖いな」 「まぁな」 ストローを噛みながら涼司が応えると、アキラは頭を垂れた。 「怖いんで、一緒に寝てやって下さい」 ――涼司ならば、何かあれば目を覚ますだろう。 そんな思いで言ったアキラに対し、涼司が笑顔で頷いた。 「その代わりにお前等、明日図書館に行って、スウェル達の手伝いをしてやってくれ。言葉が違うから苦労してるみたいなんだ」 本家で会ったスウェル・アルト(すうぇる・あると)達の事を思い出しながら、山葉はそう告げた。 涼司がアキラとアリスを伴い寝室に戻ると、隣の部屋へと通じる襖が開いていた。 そこにいたのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)とソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)、そして木曾 義仲(きそ・よしなか)である。 リカインは考えていた。 ――さすがに涼司君が死人とは思えないので……というより落ちたら終わりのような気がするので……なるべく行動を共にすることにしよう。 そんな思いがあったからこそ、彼女はこれまで涼司と行動を共にしていたとも言える。 「大丈夫なのか、この人達は?」 リカイン達の姿に、それまでも顔こそ会わせていたが、改めてアキラが尋ねると、涼司が腕を組んだ。 彼を困らせるような事をしてはいけないと判断して、リカインが声を上げる。 「アンプルを見せるくらいしか死人ではない事を証明することも出来ないけれど、変に人間だってゴリ押ししたら、かえって怪しくなってしまうだろうし」 リカインはそう告げると微笑した。 「正論ネ」 アリスが言うと、リカインが頷いた。 「その上で、涼司君の記憶にある限り、ここにいるはずのない人物……恐らくは死人となってしまったのであろう誰かがいないか、聞いておきたいの。正面切ってなら相手にならないだけで、どんな搦め手を使ってくるかも分からない以上、警戒はしておくべきだから」 「そんなの弥美さんしか俺は知らない。だけどな、わざわざ危険に身を晒すなんて言うのは――」 涼司が言うと、リカインが優しい顔で首を振った。 「涼司君が聞いたっていうアクリト君の言葉、『手遅れ』の意味も気にはなるけれど……一人で何もかもは、出来ないからしょうがないところかな。死人の『死』が意味するところすら分からない今、とにかく変わった事、不自然な事を見逃さないよう神経を研ぎ澄ませ続けるしかないのだから」 そんなやりとりを見守っていたソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)が、口を開く。 「具体的に死人がどういう行動に出てくるのか、また人間の側も死人に対してどういう態度であるのか分からないので難しいところですが――基本的に非戦主義者かもしれない。――自分だけでなく、目に見える範囲全ての攻撃的な行動に対し、それこそ自身の命を張ってでも……当然無抵抗で、止めようとする神経の持ち主かもしれない。その可能性はありませんか?」 「分からない」 「普段ならば本当に命に関わる前に、リカインがやめさせる――簡単にいうと気絶させるのですが、今回は囮の意味もあって放置すべきです。誰の味方でもない以上、人間サイドからも嫌われる可能性はありますが、わざわざ死人側に有利な結果に持っていくまでのことはないはず。貴方の命を狙う人物がいたらそれは高確率で死人でしょうから」 彼らがそんなやりとりをしていると、木曾 義仲(きそ・よしなか)が呻いた。 ソルファインの中に潜んでいた彼は、息を飲む。 「死が、即ち死人の仲間入りだとした場合、その死に乗じて奈落人が体を乗っ取ることは出来るのか、そのまま死人ではなく、わしの意思で行動できるのか? それを確かめようとしていたんだ」 呟いた義仲は、ソルファインの体で、頭を振る。 「死人だと思われて、殺された人間は操ることが出来るが――今、この村で『死人』と呼ばれている存在は、奈落人のわしであっても操ることが出来ない」 義仲は、死人を操ることが出来ないことを発見した。 だが同時に、死人と目され殺された、幾人もの『生者のまま命を落とした』村人の死体を操れることを発見した。 「恐らく今『死人』と呼称されている存在には、何らかの力が関与しているのだろう」 だが――通常の死者に限って言えば、なんの影響も無かった。 その数は数百に上る。 「やりようによっては――村を、別の死人によって制圧することも出来そうだな」 ひっそりと呟いた義仲の声を、皆は押し黙るようにして聴いていた。 その頃林道を、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は歩いていた。 銃型HCを用いて情報収集を行っていたラムズは、軽く村のマッピングを行いつつ、山場の秘祭について、日中村人に聞いてまわっていた。 ――仕入れた情報は宿に隠した『ティ=フォン』へ送り、万一の事態に備えていたのだ。 自分の持ち物に情報を記憶したり送る事は出来るようだったし、携帯電話のメールも通じるようだったが、大規模な送信や、インターネットを用いての全体への送信は出来ない様子である。 だから幸い、ラムズは、情報を残せる立場にいた。 その上で念には念を入れる形で、ラムズはこのようにして、情報を保持していた。 情報収集の途中で人々と出会った場合は、こっそり名前を控えて、自分が何時何処で誰と出会ったかまで記録しておいたのが、彼である。 その様にして足を動かしていた彼に、歩み寄る者があった。 ――死人である。 「生気を寄越せ――っ!」 姿を現した人ではない者に対し、ラムズは冷静に視線を向けた。 ――相手が夜盗だろうが死人だろうが、基本的には逃げに徹する。 それがラムズが一人決意していた事柄であった。だからラムズは、隠れ身とブラックコートの相乗効果を利用して、死人を煙に巻きながら逃走した。 それから暫しの間走り、そうしながら、ラムズは考えていた。 ――死人がパーフェクトゲームを望むのなら、人間を襲うよりまずこちらを――アンプルをどうにかするのが先だと思われる。肌身離さず持つのも良いかもしれないが、襲われて命と薬の両方を奪われたら、たまったものではない。 暫しの間走ったラムズは、不意に人気のない家屋の前で立ち止まった。 年代を感じさせる井戸が、庭にはある。 ――アンプルは、使われなくなった古井戸の釣瓶の中にでも隠しておいた方が無難かも知れない。 そう判断したラムズは、アンプルをその場所へと隠した。 「これで私は、情報収集に全力を注ぐ事ができますね」 一人笑った彼は、薬を所持していない事で疑いの目を向けられても、自分は人間だと言い張ろうと決意した。この隠し場所を言うつもりはない。 「そこで何をしているんですか?」 その時唐突に声がかかった。 山場 仁だった。民宿で育った少年は、訝るようにラムズを見据える。 「まさか、死人?」 その声に、ラムズは微笑する。 「私が死人だと思うのなら、どうぞご自由に」 宿に泊まっている彼の言葉に、仁は唇を噛む。 「――俺、あんたの事、信用したい」 「へぇ? 」 てっきり疑われると思っていたラムズは、驚いたように瞠目する。 「お客さんだしな!」 子供らしい仁の声に、ラムズは何を言えば良いのか逡巡する。 「だけど、こんな所にいたら危ないだろ。早く、帰ろう」 そうして二人は、民宿・ハナイカダへと帰ることになったのだった。 そもそもラムズは宿に戻る気はなかったのであるが、少しばかり様子が気にならないでもなかったのである。 「ちょっと、良い?」 そこへスウェル・アルト(すうぇる・あると)が声をかけた。ヴィオラ・コード(びおら・こーど)と作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)も一緒である。 「アクリトに話を聴きたいことがあって、此処へと来たんだけれど……姿が見えない。知らない?」 「ああ、先生なら夜は死人退治に行ってるよ」 仁がそう応えるのを、ラムズが隣で見守っている。 ――その時のことだった。 「生気を寄越せ」 唐突にそんな声がかかり、そこに死人と化した橘 恭司(たちばな・きょうじ)が現れた。 ラムズとヴィオラが身構えるが、恭司の攻撃が一歩早い。 作曲者不明 『名もなき独奏曲』こと、ムメイがスウェルの前に一歩出る。 その時、仁の腕に恭司が触れた。 「っ」 「大丈夫?」 慌てて手を引いた仁の腕を取り、スウェルが言う。 「怪我、してる」 「ああ。だけど今ので、どうにかなったわけじゃないと思うから、大丈夫だよ」 仁がそう言うと、スウェルが優しい手つきで、そっと少年の傷口に触れた。 「そう――さっき触られた時に精気を奪われていないと良いのだけれど」 スウェルはそう言ってから、ヴィオラとムメイに向かい、告げる。 「アクリトに話を聴く前に、ここから一端、帰ろう」 ラムズもまたその提案に頷こうとしたのだったが、恭司の手が腕に絡みついてくる。 ――このままでは、何よりも守るべき情報ごと、死人になってしまうかも知れない。 そんな思いで、ラムズは唇を噛む。 その時のことだった。 光条兵器の灯りが、周囲のもの全ての目くらましをする。 そこに現れたのは、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だった。 「目つぶしは成功、か。全員、逃げろ――!!」 そう叫んで、彼は走り出した。 再び動き出した恭司に対して、悠司は、メンタルアサルトで気を引きつつ、皆を逃がす。 スウェルや仁、ラムズ達が距離をあけたのを確認していた時、悠司は捕まりそうになった。 だがそこで、彼は機晶爆弾を物質化して、爆発させた。 時間を稼いで逃げながら、彼は仁達に追いつく。 悠司はこれまで、村全体を見渡せる場所、吊り橋脇の高台に隠れながら一時待機していたのである。そして調査に向かう人間――例えば、今回は、ラムズ達のような情報収集者に気を配っていたのである。すると彼らを尾行しているようなそぶりの死人達が、村の中には大勢いた。そうした死人――尾行している死人達を、彼は更に尾行していたのである。 ――相手が行動に出るまでは俺も大人しく。 ――ここで見つかったら意味ねーし、慎重に行きたいもんだねぇ。 彼のそんな慎重な姿勢が功を奏し、此処まで悠司は無事だった。 「まあ、一段落したら、事情を知ってそうな奴らに話を聞いたり、村を調べようとする奴らが出てくるだろって、思っていたんだ」 悠司がそう声をかけながら隣に追いつく。するとスウェルとラムズが視線を向ける。 「基本的にそいつらは情報を調べるって目的があるわけだし、表面上は信用できそうな気がしたんだよ。まあ、中には混ざってるかもしれねーが、一緒にいる連中が判別できねーなら、俺もわかんねーけどな」 「なるほど」 頷いたラムズに対し、悠司が続ける。 「んで、俺の目的としちゃ、そいつら――要するにお前らが生きてる人間と予想して、既に得ている『情報』を奪いに来る連中――死人を撃退したいと思ってたわけだ。ぶっちゃけ、死人が何人いるのか知らねーが、数が俺らより多いなら回りくどいことしねーで殺しに来るはずだろ。死人ってんだから、死なねーだろうしな」 ――つまり、実際には死人側は時間を稼げばいいんじゃないか。 そんな事を予想しながら、悠司は歩く。 「ばれちゃまずいこともあるだろーし、そこは情報元を潰すつもりで来るんじゃねーかなと」 「その通りかも知れないですね! 頭良いなぁ!」 仁が頷いた時、一同は、民宿・ハナイカダへと辿り着いた。 「お礼に何か飲み物でもないか、探してきます」 そう告げて、仁が先に中へと入っていく。 「私達は、アクリトが戻ってくるまで、元々いた場所に戻る」 スウェルはそう言うと、ヴィオラとムメイを連れ、静かに頭を下げて戻っていった。 「はい、どうぞ」 駆け足で戻ってきた仁は、その直後、ぐらりと玄関前で体勢を崩した。 「おい、大丈夫か?」 声をかけた悠司は、歩み寄ろうとして、声を飲み込んだ。 「生気……生気は……」 その声に、ラムズと悠司が揃って目を見開く。 「さっきの相手に、やられてたのか……?」 悠司が呟くと、ラムズが首を傾げる。 「まさか、お前じゃないだろうな……アンプルは、持ってるか?」 淡々と聴いた悠司に対し、ラムズが頭を振る。 「私が死人だと言うのなら、どうぞご自由になさって下さい。仮に貴方がお持ちのアンプルを使うのだとすれば、使ったアンプルは無駄になりますけどね」 「――そうか。そうだな、ここで疑ってもきりがないし、俺は、ラムズが情報収集する姿を影で見ていた。とりあえず逃げよう」 そう言って、二人は走り出した。 夜も更けてきた。 六角寺の後方にある閻羅穴から少し離れた位置で、アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が地に腰を下ろし、膝を立てる。 その様子を見守りながら、フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が飲み物を差し出した。 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)もまた辺りを警戒しながら、側に立っている。 「秘祭で村が永遠になる」 アクリトが視線を地に落としていると、ジェイコブが呟いた。 屈強な見た目に反し、切れ者である彼は、金髪を揺らしながらアクリトを一瞥する。 「その部分を考察するに、死人による永遠の国などを作ろうとしているのではないか」 そう推察した彼は、アクリトの表情をうかがった。 護衛の傍ら、死人についての知識を得ようとしているのである。 「永遠の国か、興味深いな。米国の大学にはそうした講義もあると聴く」 「ああ」 頷いたジェイコブは、静かに腕を組んだ。 ――だが、単に物珍しさで受講したゾンビ学の知識など所詮つけ焼き刃の類でしかないので、ここはアクリトから正確な知識を得たい。 それが率直な彼の考えだった。 護衛も兼ねているのだし、時間はある。そう判断したジェイコブは色々と質問する事にした。 ――自分の推察が正しいかどうかを確認することも、大切だろう。勿論、外れていても別に腐らないし、むしろ間違った推測で調査しても意味がない――そんな冷静な思考で彼は尋ねる。 「死人とは、一体何なんだ?」 ジェイコブは率直に尋ねた。 ――今回は護身など必要最低限の戦闘を除き、あまり動かず、フィリシア共々周囲に対しては細心の注意を払い、生存を期す事――どのみちサバイバルならば体力や弾薬の温存が必要だという理由もあるが、無事に朝を迎えようと決意していた。 彼の茶色の瞳を見返すようにアクリトが顔を上げる。 「ゾンビとも吸血鬼とも違うようだが」 ジェイコブが言うとアクリトが頷いた。 「そうだな」 それを見守っていたフィリシアが、綺麗な髪を後ろへ流す。 ジェイコブ共々、調査任務のため、『山場村』に赴いた彼女は、色々なことを考えていた。ゾンビ学を始め、ジェイコブが色々推測たてるので、それに様々な角度から指摘を加えているのも彼女である。 「ゾンビだったら、もっと腐臭がするでしょう?」 日中にはそんな彼女の鋭い声が、幾度も谺したものである。 そのような異論を発し、ジェイコブの論に穴がないかどうかをチェックしてきたのが彼女だった。そうしてジェイコブがアクリト相手に議論を展開しようとするのを、些か無謀だと思いながらも、彼女は周囲を警戒していた。 ――無謀でも構わないのである。 要は調査活動において専門家の意見を引き出しつつ、調査の足掛かりを得ようということこそが肝心なのだ。 ――とはいえ死人が襲いかかってくるかもしれない状況でもあるので、周囲に対しては警戒を怠ることが出来ない。 だからフィリシアは、万一に備え、戦闘に陥った場合には、主にヒールとキュアポイゾン、そしてリカバリなどの回復系を中心にスキルを使い、生存性を高めていく方向で動こうと決意していた。 「光条兵器などは護衛用に使おうかしら」 そう呟いた彼女に、ジェイコブとアクリトが視線を向ける。 「ううん、独り言よ。どうぞ、続けて」 柔和に笑う彼女の促しにより、二人は再び死人についての話し合いを始めたのだった。 そんな中、鎮守の森を月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が歩いていた。 彼女は、超感覚のネコ耳を出して人間の襲われた場所を見て回っていた。 「さてさて、まずは敵さんのことを調べなきゃね」 一人、その様に呟いてから、頬を持ち上げる。 「心配無用、銀河パトロール隊の独立レンズマンにお任せQX」 先程まで死人の手助けをしていた彼女は、一人腕を組みながら頷いた。 「どんとうぉーりーあゆみにお任せ――ハッピーエンド目指してオスカーばりのショーを見せてあげる。悲しいけど、これ戦いなのよね……」 そう呟いてから、彼女は唇をきつく噛みしめた。 「荒ぶれ、あゆみの魂。動くんだ未来の為に! ノシャブケミングノシャブケミング――聖なる力よ我が身に宿れ」 そのように口にしてから、あゆみは道を進んだ。 彼女は漠然と感じていた――この戦いは長びきそうだ、と。 未来を予知出来る相棒の事を思い出しながら、自嘲するようにあゆみは笑う。 「それより――ふむ、なんかを見てまわろう。現場百ぺん。先人は良いこと言うわよね、ほんと。ここで手の甲についたレンズをおこしてルーペにしてヒントになりそうなものを 探しつつサイコメトリを、と……」 あゆみがそんな事を考えていた森の中。 そこには沢山の人々の思いが集まっていた。 ――とにかく自分を死人と思わせ接触し、近距離から死人の弱点や行動パターンを見極める。 何処かで誰かがそんな事を考えていた。 ――ここは、死人になりきり情報集めに徹しよう。アンプルも極力使わず、落ちているものは回収していこう。 その思考は理性的なものである。 ――死人に襲われている人達、ごめんね。後で絶対助けてあげる。私の目と耳と能力で死人を倒す方法を絶対に見つけ出す。そして、ここでおこっている、本当の危機を探るから! 数多の想いと願いが、暗い森の中には渦巻いていた。 その様にしてサイコメトリを用いながら夜の林を歩いていたあゆみは、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)とバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が守る拠点の前へとさしかかった。 「せ、生気……」 あゆみがそう呟くと、二人の視線が向く。 不寝番と殺気看破をしようしているバルトの隣で、ミネルバが一歩前へと出る。 「何度も聞いちゃうけど、頭とか潰せばなんとかなるのかなー?」 ――丸太、丸太ー。丸太で潰しちゃうー! そう決めていたミネルバに対し、注意深くバルトが首を傾げる。 「恐らくは」 「わんないけど、倒されそうになる事もあるだろうし、みんなの事を起こして、ミネルバちゃんがしんがり務めながら逃げるー?」 「聞き込みに行った者達の為にも、此処は保守しなければ」 「そうだねー。じゃあ、防御防御ー!」 オートバリアとオートガードを使おうとしたミネルバの前から、再び林の中へと向かって、あゆみが走り出した。 死人になった山場仁が、先程までたいまつを持っていた多くの村人を襲いながら、夜の道を走っていく。 山場本家の別宅がある、涼司達の滞在場所にも近い坂を、村の民宿に生まれた少年が駆け下りていく。 「間違いなく、死人ね」 呟いたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。 仁の姿を見て、死人だと確信したルカルカは、行動を起こすことに決めた。 彼女は、フェニックスを突撃させ、焔の全体攻撃連射で死人を焼いた。 「ここはもう少し我慢して、私は隠れて撮影していよう」 冷静に呟きながら、誰かがこの光景を見ていないか、彼女はホークアイを活用し、鋭い視線を周囲に向けた。隠れ身をしている他者はいないか、監察している者はいないか、しっかりと気配を探る。 幸い、誰も現れなかった。 だが――彼女の目の前で、仁の焼けただれ、剥がれている皮膚が、するりするりと集束し、再生を始めた筋肉と脂肪の上に、張り付いていく。その姿には流石のルカルカも、カメラを取り落としそうになった。 「!」 呆然とその光景を見守りながら、彼女は息を飲んだ。 様々な部位にはしっていた人体を構築する白い線が、焼けた肉が、次第に元の位置へと戻り、生々しい状態へと戻っていく。淡い桃色が、夜の闇の中でもはっきりと目に焼き付いた気がした。そして死人の体は、少しばかりの時間をおいて、完全に元の状態へと戻った。 「あ」 再生し、襲いかかってこようとした死人に対して、咄嗟にルカルカは、動くのが遅れた。 しかし――。 「フェニックス……」 彼女を庇うように、死人とルカルカの間に、フェニックスが割って入る。 「首を折れば、動きが止まる!」 そこに、相田 なぶら(あいだ・なぶら)の声が響き渡った。 素早くなぶらを一瞥してから、ルカルカは、仁の首に手をかける。 ――それは、決して気持ちの良いものではなかった。 だが、誰かがやらなくてはならない事である。 意を決して、ルカルカは掌に力を込めた。 骨の折れる音が、辺りに響き渡った。 「有難うね、フェニックス――それに」 声をかけてくれたなぶらに対し、ルカルカが微笑する。 召喚獣であり、全身が火に包まれた鳥であるフェニックスを撫でて慰労しつつ、自分が生者だと示しながらルカルカは、なぶらに対して礼を言う。 「いや、たまたまテレパシーが届く範囲にいたんだ」 なぶらがそう告げた時、そこにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が現れた。 ルカルカが死人を発見したと理解した時、ダリルが、死人を一体捕縛し弱点を調査する為に、テレパシーで皆に呼びかけたのである。生者を集めるためだ。 「そっちは順調?」 空からの監視に徹していたルカルカとは対照的に、ダリルは林の中で、襲撃されたと思しき人々から、採血を行っていたのである。どちらかが襲撃されても、襲撃された方が離脱する隙を、距離を置いての攻撃で作れるという利点もあって、上空と地上にそれぞれ分かれていたのである。 ルカルカの声に、ダリルは嘆息しながら頷いた。 何体かの契約者と思われる死人に対しては、武装解除後に、手を下した。 死人は完全に動かなくなったわけではなく、単に沈黙しているだけの様子だったから、彼は山場医院脇の中央広場に、動きを止めていたいくつかの死人を運び、これまでにロープで縛り放置してきたりもしていたのである。 「杭はうってきたが、効果の程は未だ分からない。後は、昼になって、陽光がどのように作用するのか確認する事が大切だろうな」 二人のそんなやりとりを聴きながら、なぶらが何度か頷く。 「弱点を探るとして、他には――」 言いかけてから、なぶらは未だ沈黙している山場仁の姿を一瞥した。 「考えられることはいくつもある。ヒールや光条兵器の光属性、タバコの火等から死者の弱点等をみる事もできるだろう。後は死人の側から見た、秘祭や死人の謎も聞きだしたい」 「じゃあこの死人、サンプルとして運んでみるって事になるのか」 なぶらの言葉に、ルカルカが頷く。 「山場医院があいてるの。一室、借り受けてる」 山場医院は村の中央にあるというわけではなかったが、山林も含めた村全体の立地的には、中央にあたるらしい。そこには、中央広場という名前の公園のような場所があった。普段は村の催し物などに使われていたらしい。 ルカルカ達は、広場に面した山場医院を拠点に、雨戸を閉め、閂をかけ、食料や使える物を物置から出したりしつつ、端緒は環境を整えてもいたのである。 「一度戻るか」 採取した血液を、ダリルは、医師として携帯してる往診カバンの中へと入れた。 「夜の間、手伝おうかねぇ」 なぶらはそう告げると、ルカルカと共に、死人の体へ手を伸ばした。 ――が。 「生気を寄越せ――!」 再び、仁が目を見開いた。 「まずいな」 ダリルが呟くと、咄嗟にノコギリを手に取った。 「燃やしても駄目だったの」 ルカルカが言うと、なぶらが腕を組む。 「首を折ると動きが止まる事だけは分かってるんだ。後、アンプルを打つと、体も瓦解する」 「――アンプルを試したのか?」 「ああ」 「首も確かなんだな……だとすると、首から上に何かある可能性もあるな。まずは四肢を切断して、どうにかしよう」 そう言ってのこぎりを構えたダリルの隣で、ルカルカが死人の足を狙って攻撃する。 ほぼ同時に、なぶらが死人の両腕を攻撃し、切り跳ばした。 四肢を切断され傾いた死人の首元にのこぎりを突きつけ、ダリルが押し引く。 辺りに鮮血じみた赤い液体が飛び散った。 ダリルがノコギリを動かす音が、暗い林に静かに響く。 腕に出来た丸い断面と、中央に覗く汚れた白い骨を一瞥し、思わずなぶらは顔を背けた。 「足を切り離した場合も、近くにその部位がない場合、再生が遅れるみたい」 努めて冷静であろうとするように、ルカルカが表情を失った顔つきで言う。 首の切断を終えたダリルは、その声に頷きながら、切断した死人の首を手に取った。 「――確か、山場医院の医師が言っていた。プリオン病の可能性がある」 「どうするの?」 「出来る限りの検査をしてみたい――危険かも知れないが、頭部だけ持ち帰ろうと思うんだ。他の部位は、広場に晒しておこう」 その言葉に、ルカルカとなぶらが頷く。 そうして彼らは、山場医院へと戻った。 夜が明けるまでの間、ルカルカは常に周辺に注意し、殺気看破やイナンナの加護で危機察知を欠かさない。時折なぶらと交代する。彼らは、複数で見張りを行った。睡眠と食事も交代でとる。最もルカルカは寝なかった。暗視装備と不寝番を駆使し、彼女は朝が来るまで、そのまま見張りを続ける事にしたである。