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第八章 桜下の口付け1

「桜か……なぜこうも美しいのか」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は杯を桜の世界樹『扶桑』に掲げながら言った。
「そして愛おしい」
 刀真はつかの間の休息に、美しく着飾った彼の三人の契約者たちと静かに酒宴をひらいていた。
 剣の花嫁である漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が空の杯に酒を注ぐ。
「刀真ったら、さっきから扶桑ばかりみつめて。扶桑の化身である天子は噴花の後、また数千年の眠りについたんでしょう?」
「らしいな」
「じゃあ、私たちもゆっくりしましょうよ。ずっと戦ってばかりだったもの。たまには……私の方を、みてくれたって……いいじゃない」
 言い掛けて、月夜は刀真と目があった。
 彼はじっと彼女の顔を見つめている。
「な、なあに?」
「今夜はやけに綺麗だなと思って。月夜」
「だ、だって、それは頑張って着物を着てきたから……あ」
 刀真は、紅く頬を染める月夜を抱き寄せて、口付けた。
 彼は柄にもなく、ずいぶんと酔いが回っているようだ。
 突然のことに驚く月夜だったが、抵抗はせず、次第に目がとろんととけていく。
 そして、彼女の方から、彼の唇を求めていた。
「私だって……女だし。もっと普段からこうしたかった……もの。んっ……まだ、もう少し。もっと……して」
 熱い息に濡れた唇を重ね合う二人。
 もう一人の契約者封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、身体をもじもじとさせながら見つめた。
「刀真さんも月夜さんもあんなに……激しく」
 彼女の中にもこれまでにない熱いものがこみ上げてくる。
 白花の視線に気がついた月夜は刀真から身を離し、白花の手を取り促すように引いた。
「ん……もう満足。次は白花の番ね」
「えっ、私? えっと、月夜さん!? ……刀真さ……んんっ!」
 白花は刀真に覆い被されるように抱きしめられながら、深いキスをしていた。
 いつもは冷たく光る黒い剣を握っていた彼の腕が、白花の甘く柔らかい髪を撫でている。
「白花、お前が扶桑にならなくて良かった。もう、あんなことはするな……」
 白花たちは何度もキスをしながら、いつしか眠りに落ちていた。
「……ようやく眠ったか。刀真、やっとこうして二人きりに……」
 玉藻 前(たまもの・まえ)が酔いつぶれた彼らの手から杯を取りあげる。
 刀真は薄く目を開けた。
「こうなるまで、月夜と白花に飲ませたな」
「だとしたら?」
「どうもしない……好きにしたらいい」
 前は返事の代わりに微笑むと、刀真に顔を近づけた。
 彼女は静かに唇を、心を寄せるように口付けを交わす。
「もっと奥深くまで触れてほしい。独りにならないように、さあ……」
 前の願いに刀真が応える。
 桜の花びらがひらひらと舞い落ちた。
「天子、ずっとそこでみてるんですね」
 刀真がつぶやいた先には、桜の樹を背後に天子の輝く姿がある。
 天子の声が頭の中に響いてきた。
『みています。あなた方に生きる営みはすべてーー生を見守り、送り出すのが私の使命』
「天子、本当は……こちら側の人間になれたのですか?」
『……』
 天子は黙っていたが、もし噴花が違う形で起こったら、もし、誰かが天子に成り代わったそのときには、天子は鬼城 貞康のように地球に転生していたのではないだろうかと刀真は思った。
 いや、本当は貞康以上に、日本へ還ることを望んでなかっただろうか。
「君を独りだと放っておく気はありません。でも、こいつらを奪おうとするなら、奪ったのなら全力で取り戻します。それ以外に、できることがあれば力になりましょう」
『ただ言えること。それは私には叶わぬことをあなた方は成し遂げることができる、ということ……』
「と、いうと?」
 刀真の問いに、天子は怒ったような、困ったような顔をしているように見える。
 桜の化身はようやくこう答えた。
『私は、あなた方が羨ましいのです!』
 天子の思いがけない告白に、刀真は笑みがこぼれた。
 まるで人の子ではないか……。

 頭の上に桜の花びらが舞っている。
 これも夢なのだろうか。
 いや、どうでもいいことだ。
 このまま、暖かく、心地よくまどろんでいられたら……。
 刀真は魂の契約をした三人の美女に囲まれながら、いつしか眠りに落ちていった。