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第五章 マホロバの城1

 マホロバ城の西の丸には、隠居した前将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)が暮らしている。
 将軍職を退いてからは、大奥への『お渡り』は将軍としての努めではなくなったものの、貞継も夫や男としての努めを果たさねばならぬ。
 貞継は御花実として迎えた秋葉 つかさ(あきば・つかさ)と逢っていた。

「姿を見なくなって随分と久しいが、達者であったか」
 貞継の問いかけに、つかさは答えない。
 彼女は腕に抱いていた)貞嗣(さだつぐ)を彼の前に差し出した。
「どうした?」
「私は大奥にいる資格もありません。ですが貞継様、どうかこの子はこの大奥で立派に育ててくださいませんでしょうか?」
「母親のお前が言うのだからよっぽどだろうが、なぜそう考えた」
「それは……」
 マホロバの将軍のみが可能な『託卵』の秘術によって、『天鬼神(てんきしん)』の血を受け継いだ鬼の子である。
 しかしそれも、『扶桑の噴花』が起こった際につかさの意志によって
、扶桑・天子のもとへと力は返された。
 同時に、将軍継承権も失っている。
「今はもうふつうの子です。でも、私のようなものの手元に置くより、きちんとしたところで、立派になってほしいのです。これは私のわがままですが、同時に望みでもあります」
「……わかった。そこまで言うのなら鬼城家の男子として育てよう。後々はこの鬼城家を幕府を、マホロバを支える人材になるやもしれん」
「ありがとうございます」
 つかさは長い重みから安堵したようだった。
「そして、最後にもう一つ。私のわがままを聞いてくださいますか」
 貞継が「何か」と尋ねると、彼女はもう一度結ばれたいと言う。
「それは……お前は御花実なのだから……しかし、もう託卵はできんぞ」
 貞継は『扶桑の噴花』を止めるために、将軍職を噴花の直前に譲った経緯がある。
 彼はそのとき、マホロバ将軍でなくなるとともに『託卵』可能な『天鬼神の力』も無くなった。
「そんなの承知です。私はただ、貞継様に抱かれたいのです」
 つかさが目を伏せた。
「それとも他のお方に気を使ってらっしゃる?」
 貞継にとっては「皆、鬼城家の一族である。大事である」と、彼は言った。
「でしたら私を……もう一度、貞継様を感じたいのです」
 つかさが貞継に寄り添い手を回す。
 首筋にしがみつき、豊満な胸を押しつけた。
「大きいからと、もう嫌がらないでくださいね」
「……嫌じゃな……い」
 つかさは貞継の顔にそのまま押しつけて、大きな胸で彼の口をふさいだ。
 やがて痺れるよな甘い感覚が伝わってきた。
 つかさは心の中で、届かぬ声で、叫ぶ。
『世界で……ただ独りきりは……寂しい。愛してます……貞つぐ……これまでも、この先も……ずっと』