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第三章 浮世絵屋2

 こちらは人もまばらな通りである。
 ここを人は遊郭のはずれ『島』と呼ぶが、新人やあまり売れない絵師のブロックらしい。
 先ほどから客足はさっぱりだ。
 突然、素っ頓狂な女の子の声が響きわたった。
「これで三枚一小判? 高いわぁ〜! ぼったくりもいいところよ〜!!」
 三角目をした師王 アスカ(しおう・あすか)が、日数谷 現示(ひかずや・げんじ)に食ってかかっている。
 アスカは現示から筆を取り上げると、朱墨でいきなり添削を始めていた。
「線は荒いし、塗りもはみ出てるし、体のバランスも良くないわ。何よりこんな野ざらしにして、保存方法もサイアクよ。絵と絵師をなめるもんじゃないわよぉ。私がお手本を見せてあげるからね」
 そういって彼女はさらさらと筆を運ぶ。
 現示が感心したようにいった。
「へえ、あんた上手いね。ところでこの紫頭の男は誰だ」
「フェロモン自動発生器もとい薔薇の学舎理事長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)様よ。立っても座っても、話していても色気立つ、私のあこがれのお方よ。いいこと? ただ美人に描いてもダメ。もっとこの方のように、情事を含ませて、色っぽく、艶っぽく描くのよ!」
 所々まちがった比喩はあるものの、アスカに指導されるまま筆を運ぶ現示。
 しかし、彼女は非情にもダメだしした。
「だめだめだめ! おじさんも男なら、女性の裸のひとつやふたつやみっつ、見たことあるでしょう? もっと、男性の興奮する視点にたたなきゃ」
「おじさん……女の裸」
 現示は何かショックを受けたらしく黙り込んでしまった。
 しかし、アスカは構わずに描き続けている。
 そのアスカの絵を、恋人である蒼灯 鴉(そうひ・からす)と花妖精のラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)が売りさばいていた。
 花魁衣装に身を包んだ鴉が女性客に声をかけ、ラルムが男性客からリクエストされた絵を丁寧に保存加工する。
 徐々に客足が延びてきた。
「ありがとう……ございます……?」
 ほんわか口調で小首を傾げながら、両手を伸ばして絵を渡す花妖精。
 じっと見つめられて客は思わず財布の紐もゆるむ。
「退屈させないほど刺激的な絵だったろ?」
 鴉は女性客を引き寄せ、頭をなでながらちょっと照れたように耳元でささやいた。
「買ってくれて……ありがとうな」

 ずきゅーん! ずきゅーん!

 イケメンに誘われた女性客が陥落する効果音が次々と鳴り響く。
 アスカが顔を上げた。
「ちょ……サービスしすぎよお」
「ごめん。アスカの絵を一枚でも多く買ってもらいたくてさ」
「鴉……ううん、私こそごめんね」
 見つめ合い、手と手を取り合うアスカと鴉。
 背景はもちろん5色差し蛍光ピンクのハートマーク・カラートーンである。
 現示がイライラしながらに言った。
「てめーら。俺の前であんまりいちゃいちゃすんじゃねえぞ……」
「え、おじさん。でも売れたでしょう?」
 そういってアスカの指し示す箱には、あふれんばかりに小判が投げ込まれている。
「私の言うとおり、カプ作って描いたらいいのよ。画力不足は妄想力で補うものよ!」
「だから、俺はおじさんじゃーねーよ!」
 瑞穂藩士であり、侍大将までなった現示。
 ただし、彼女イナイ歴24年=年齢。
 正月も一人でお参りに行ったし、その後、色っぽいシーンはとことん縁がなかった。
 このモヤモヤは絵に叩きつけるしかない!
 現示は猛烈に絵筆を走らせた。
「……わかった。女でも男でもいい。先生、俺にもっと描き方を教えてくれ」
 アスカは新しい弟子を得て、にこりと不敵に笑った。
「いいわよぉ。スパルタでいくから覚悟しなさいね☆」